ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

誰の為の誘拐

 おかしい。こんな事があり得るとは中々想定外だ。
 フィージェントは権能によって世界を見渡していたが、何処を見たってパランナの姿は見当たらなかった。キリーヤ達には適当な事を言って単独行動を取ったとはいえ、この事実は教えられそうにない。『そこそこ全力で探したけど、この世界の何処にもパランナは居なかった』何て、そんな事を言ったらあの少女に泣きつかれてしまう。自分は確かに人を助ける事において善悪の判断を持たないが、助けたいか助けたくないかくらいの気持ちは持ち合わせている。とはいえ、その気持ちすらも判断材料には採用せず、問答無用で助けるから……持ち合わせているとは言ったって、取り敢えず持っているだけ、なのだが。恩師に彼女達の御守を頼まれている現状、今回ばかりはその気持ちを採用しようと思う。
 誰もその事について文句など言わない筈だ。自分だって女の子の涙何て見たくない。特に対処のしようがない事態によって引き起こされた涙は、こちらの手で拭う事も出来ないから見れたもんじゃない。ならどうすればいいかって? 最初から見なければいい。つまり、事実を知らせることなく解決してしまえばいいのだ。
 そうすれば全てが丸く収まる。自分一人では解決できないかもしれないが、今は己が生涯の師であり、超えるべき壁である彼が近くに居る。彼と二人で居て出来ない事は無いので、相手が誰であっても……たとえ執行者であっても、不可能は無い筈だ。
「ちょいと本気出しちゃうかな…………、布石を打っておくに越した事はないしな」
「フィージェントさんッ」
 首を右に向けると、すっかり息の上がった様子のエリが、槍の柄尻を杖にこっちまで歩み寄ってきた。彼女は元騎士だそうだが、鎧を剥ぎ取られていて幸運だったと思うべきだ。この様子では相当走り回ったのだろうが、仮に鎧を着用していた場合、彼女はここで倒れ伏していただろうから。
「パランナは見つかったのか?」
「いえ……ハアハア。途中ですれ違ったナイツの方々にも尋ねてみましたが、そのような人物は見掛けていないと」
 まあそうだろう。何せ彼の存在は今何処にもない。少なくとも、この世界には存在していないのだから、見つかる訳が無いのである。
「そういう…………フィージェントさんは?」
「いやー、知らんな。実力不足で申し訳ないが、どうやっても見つからない。高度な隠蔽魔術でも使って隠しているのかもな」
 実際は『魔術』という分類にある以上、権能の上位に行く事は出来ないので(出来るとすれば魔力の根源エヌメラが使う魔術は殆ど権能と同程度の力を持っている)、どんな高位の魔術が使われていた所で、この世界に居るのなら問題なく見つけ出す事が出来る。
 尚、この嘘が通用しないのは彼だけであり、彼との関係がどういう事になっているかは知らないが、エリ程度では自分の嘘を見破る事は出来ない。案の定、エリは少しも疑いの眼差しを向けぬまま、話を続ける。
「そうですか……貴方が見つけられないのでは、探すだけ無駄なのかもしれませんね。早速キリーヤ達にも教えましょう」
「あーちょっと待てエリ。それはいいんだが、ついでに俺の頼みも聞いてくれやしないか」
 首に掛けられた転信石を手に取ったままポカンとしているエリの手を取り、フィージェントは言葉を魔力で伝えた。
「……え?」
 仲介役を負わせた都合上、彼女自身も巻き込んでしまうが問題ないだろう。仮にも聖槍『獅辿』に選ばれた担い手、力量は申し分ない筈だ。彼女の目線がその言葉の意味を問うようにこちらに向いた。小さく頷くと、エリは神妙な面持ちを浮かべてから小さく首肯した。
 さて、この闘いに勝利するには裏のかきあいにおいても勝利しなければならない。それは既に相手も気付いているだろうし、ひょっとしたらカテドラル・ナイツの誰かしらも気付いているのかも。結果はどうなるか分からないが、何にせよ久々に面白い敵が現れたモノだ。
「さて、もうちょっと力を使わせてもらいますよ、神様?」


















 自由時間とは言ったが、これは決してデートをするような時間では無い。戦争中によくある様な、一時休憩のようなモノである…………が、魔人との全面戦争、あれは実際の話を言わせてもらえば人類は防戦に徹底。攻めたのはたった一人と、まるで戦争の体を成していなかったので、この例えは悪かった。そんなバカげた話があるかという話だが、唯一攻めた人間ことアルド・クウィンツがそう言っているので、間違いない。今思えばどうして百万人等という数を相手にして生き残ったのか分からないが、退けなかったから仕方ない。自分以外に全盛期の魔人を相手に出来る人間は居なかったし、何より自分以外のモノは皆所帯を持っていた。死ぬのが怖いかと言われれば当然の事であり、仮に自分にも妻子が居たのなら、自分だってそうした―――かもしれない。言い切れないのは、結局あそこで攻めなかった所でいつかは攻める事になっただろうから、どうせ行くのだろうという自虐にも似た自己分析だ。
 ともかく、体裁は休憩だが、アルドに休むつもりは毛頭なかった。またいつ事態が進展するかも分からない、リーナを追い回している男とやらが来るかもしれない、うっかりナイツが人間を殺してしまうかもしれない。
 悩みの種はたくさんある。
「アルド様」
 自由時間と言う事でナイツが街中に散開していく中、只二人この場に残ったモノが居た。
「お前達、何か用か?」
「大した用ではございませんが……その、リーナ。大丈夫か」
「は………………い」
 その正体は『烏』と『鼷』なのだが、しかし少し様子がおかしかった。彼女の方はチロチンの肩に頭を凭れて、何とか立っている状態といった所で、チロチンの方はそんなリーナを労わる様に体を支えている。殆ど反射的に他の部位に視線が映ったが、外傷を負っているようには見えなかった。
「どうした?」
「実は……ですね。リーナは特異な病気でして。『意識昏眠病』というのですが、ご存知ですか」
「ああ。一定以上の体力を使うと、本人の意識に拘らず昏睡状態に陥るという病気だよな」
 さらりと答えたアルドに、チロチンは素直に感心したような様子を見せた。
「知り合い……なのかな。近い関係の存在に同じ奴が要るんだよ―――末期で、もう起きないんだけどな」
「…………迂闊な発言でした。申し訳ございません」
「リーナを語る上で外せないんだ、気にするな」
 それにしても、自分の周りにはやたらめったら特異体質や病気を持っている存在が多い気がするのだが、気のせいだろうか。もしかして自分の体質とは、魔力を一切引き出せない体質では無く、自分の周りに自分より優秀な存在を生み出す体質だったり……いや、流石に有り得ない。都合が良すぎる。
 リーナの名前を呼んでみたが、今度は反応が無かった。昏睡状態へと移行したようである。
「成程。お前の言いたい事は分かったぞ。つまり、この時に男とやらが来る可能性があるから、安全な寝場所を探したいと、そういう事だな」
「流石はアルド様です。ご明察という他ありません。何処か良い場所を一緒に探していただけると助かるのですが」
 魔境は話にならない。空き家になった住居は簡単に見つかる。一番の安全な場所はナイツの近くに置く事だが、安眠が取れるとは言い難い。ここがもしフルシュガイドであれば自宅を、アジェンタであればあの城を利用したのだが、レギとなると……キーテン以上に候補が無い。実質一つだ。
「協力しよう。しかしレギ大陸で良い所か…………ふむ。ついて来い。まさか使う事になるとは思わなかったが、案内するとしよう―――かつての私がレギ大陸に滞在していた時、良く使用していた地下室をな」
「地下室、ですか?」
「ああ。物凄く汚いから、入っても直ぐ寝かせるなよ。何せあそこは……安眠と言わず、永眠した方が良いってくらいの臭いが籠っているからな」
 その代わり、誰にも気づかれないという意味では一番の場所である。幾ら主の出した案とはいえ、その場所の概要にチロチンは逡巡したようだが、致し方なしと諦めて、リーナを抱き上げた。
「アルド様。不要かと思われますが、リーナは―――」
「分かっている。女の子だって言いたいんだろ。大丈夫だ、こんなショボい使い方をするとは思わなかったが、私には王剣がある」
 歴史が存在する以上、その中には暴君であれ名君であれ、様々な王様が存在したと思うのだが、幾ら王様が居ても、部屋の掃除に王権を行使する者は居なかっただろう。何の名誉にもならないが、こんな事にこの武器を……世界の『法』の象徴であるこの剣を使ったのは、アルドが初めてになるだろう。



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