ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

消えた仲間

 偶然見つけた女性に何かがあった訳では無く、そのまま見回りは再開した。あれ以降、特別な事はまるで起きず、時間にして数時間。これで闘技街全てを見回った事になる。ナイツ達も個別で見回っているので、見逃したかもしれない僅かばかりの不安も、彼等を信じるならば存在しない。適当な場所で声を上げればナイツ達は集まってくるだろうし、何かしらを案ずる必要は無いだろう。上空に二人、地上にその他だ。キリーヤ達は仲間を探しに行ってしまったが、不審なモノを見つければ連絡くらいはしてくる筈。
 開けた場所に腰を下ろしてから、アルドは大きく息を吸った。
「―――カテドラル・ナイツ!」
 その声と共に、街の至る所に散らばっていたナイツが集合。特にファーカは飛んですらいないのに、いの一番に駆け付けてきた。その勢いたるや明らかに減速する事を考慮しておらず、彼女はその状態を維持したままアルドへと突っ込んできた。最終的にアルドの身体に抱き付いた形になっているのは、直前で体勢を変えたと思って良いのだろうか。あまりにも早すぎて見えなかったが。
「…………ファーカ」
「はい♪」
「離れてくれ。その……耐え難い」
 具体的には彼女の肢体の柔らかさが、絶妙にこちらの身体を刺激してきて苦しい。至福と言えばそうなのかもしれないが、こんな状況でそんな気持ちを抱く事自体が罪深い。彼女自身の露出度が少ない事でどうにか一命を取り留めているが、これ以上この状態が続くと理性が崩壊する。血の滾りがすっかり引いてしまった事と、女性ナイツが自分しか居ない事でファーカはかなり上機嫌だが、こちらはそんな彼女の行動のせいで気が気でない。
「いや、本当に。休んでいる時であればまだしも、今は全体に話したい事がある。離れてくれ」
「……仰せのままに♪」
 少しだけ名残惜しそうな顔をしてから、ファーカは距離を取ってその場に跪いた。それに倣うように遅れて到着してきたナイツ達も跪き、後はルセルドラグがあちら側に行けば全員集合だ。カテドラル・ナイツが絶対の忠誠心を持っている集団で良かった。いや、アルド自ら集めたのだから持っていない筈が無いのだが……女性が絡むと、どうも不安になってしまう。あれだけデートをしてきたのに、自分の女性耐性は未だ弱いままの様だ。
「……こほん。先程の光景を見た者は忘れろ、見ていないなら聞くな。あれはファーカを受け止めただけであって、決していかがわしい事をしていた訳じゃ―――」
 そこで袖を引っ張られたので振り向くと、隣に腰かけているリーナが小声で「話がずれていますよ」と言ってくれた。
 ……また仕切り直しである。
「―――んん。お前達も十分闘技街を見回っただろう。私も勿論見回ったつもりだ。ありとあらゆる場所を念入りに、という訳では無いが、それでも目新しいモノは見つからなかった。ユーヴァン、チロチン。お前達はどうだ?」
「上空から闘技街全体を見回してみても、特に気になるような物体は見つけられませんでした。建物内であれば話は違ってきますが、道には何も無いと思われます」
「俺様もそう思いますぜっ! ただなあ……何か視線を感じたんですよね。具体的に何処から、ってのは分からないんですけど、何か気になる視線が……もしかして、俺様のファンッ?」
「そこまでにしておけ。報告は以上です」
 視線……か。ユーヴァンは言動がふざけているだけで、根はナイツの誰よりも真面目なので、嘘出鱈目を言っているとは思わない。少し気になったが、今は他の報告に集中しよう。
「ファーカ」
 先程は随分と奇妙な行動を取った彼女だが、流石に今は真面目な調子である。
「私は建物内を調査しました。歪んでしまった等の問題で開かなかった場所は破壊してでも侵入しましたが、特に気になるような物体は……見付けられませんでしたね」
 アルド達が一切見ていなかった建物内にも異常は無し。道は自分達が見ていて異常は無かったし、それ以上にチロチン達が上空から見て何も見つからなかったのなら、本当に問題は無いと考えて良い筈だ。『死』の執行者を探し出す為にも拠点の一つくらいは必要だと思っていた為、問題が無いと言う事ならここを拠点に―――
「アル…………様」
 そこまで思考を整理して、いよいよ結論付けようとした時、雑音に塗れた声が自分の名を呼んだ。ディナントである。
「―――ディナント。あ、ああお前がまだだったよな。お前は何か見つけたのか?」
 彼の事は決して忘れていた訳じゃ無い。只、彼だけしか探していないような場所があるとは思えなかったので、思考整理の上で弾いてしまっただけだ。間違っても彼の存在を忘れていた訳じゃ……
「……こンな、モノを」
 慌てるアルドをよそに彼が取り出したのは、すっかり切り口が腐敗してしまった片腕だった。指の数、爪の長さ、その色合いどれをとっても紛れも無く人間のモノであり、まず間違いなく『住人』のモノでは無い。フィージェントが仲間を探しに行く直前に、残骸の残ってしまった全ての『住人』を掃除してくれたからだ。仮に彼が掃除をいい加減にしていて、そのせいで残っていたと仮定しても、傷口を見るに自分達の内誰かに斬られたとは思えない。ディナントだけは殺す手段が無いだろうから可能性だけはあるが、状況を考慮するとあり得ない。
 彼だって自分の切り口くらいは熟知している筈だ、アルドも彼の切り口がどのようなモノになるかは知っているが、ここまで汚くない。
「部位、在シている……テンで、こ…………レかトは思エナイ。オれも、アリエナイ」
「ディナント、もうちょっと正確に喋れないんですか。普段はフェリーテが居るから気にしていませんでしたが、全然何言ってるか分からないんですけど」
「そう思うんだったら私が翻訳しよう。ディナントは『部位が存在している時点でここの内の誰かとは思えない。俺も、有り得ない』と、そう言っているんだ。そうだよなディナント」
 彼の首肯を受け取ってからファーカを見ると、彼女は素直に驚いたような表情で拍手をしていた。
「アルド様、ディナントの言葉がお分かりになるんですね」
「これでも三人旅の時期があったのでな。それに、ソイツの喉をおかしくしたのは私だ。その私が言葉を理解出来なくてどうする」
 後悔はしていないが、それでも彼が辛そうに言葉を発する度、申し訳なく思っている。忠誠の証が云々と言って彼は聞かないが、そこまで喋る事が辛いのなら治せばいいだろうに。彼の喉を切り裂いたのは死剣なので、やろうと思えば傷は問題なく回復するのだが。
 そんな話は置いといて、問題はこの腕が一体何なのかという事だ。自分も思った通り、ナイツないしは自分が残したモノでは無い事は確実。キリーヤ達はフィージェントを除いて碌に『住人』を殺せないので除外。それではこの腕は一体?
「ちょっと貸してくれ」
 良く見ると、中指から人差し指に掛けて小さな傷が入っている。この腕の持ち主を判明させる唯一の手掛かりがあるとすればこれだが、こんな傷は適当に過ごしていれば誰にだって―――いや、待て。この切り口の細さ、死剣にとても良く似ている。試しに自分の指を同じように切ってみると、全く同じ傷跡が生まれた。
 ここで補足しておくが、アルドが刃の細さを見間違える事は無い。特に自分の使っている武器は、どんな切り方がされていようと見分けられる自信がある。だからこれは間違いなく死剣によるモノで、死剣で指を切った事なんて……なんて…………ある。
 しかしそれは、にわかには信じられないモノだった。
「…………アルド様?」
 仮にこれが真実ならば、かなり難しい事になってくる。現在に何の問題がなかったとしても、後々の利益まで考えれば、この腕の示す事実は……アルドにとって非常に都合が悪い。なので、出来れば杞憂であってほしい。
 事実を確認する方法は一つだけ。アルドはリーナをチロチンに預けてから、人間達の避難所へと歩き出した。




 


 
 

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