ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

絆と呼ばれる繋がり

 人間の癖に、それも潜在能力も一番小さい癖にあそこまでの力を出せるとは、流石は『魔力の根源』を倒した男、と言うべきか。『死』の概念を持たぬ者に徒党を組ませれば大陸奪取など容易だと思っていたのだが、奴らが参加している以上はそうもいかないらしい。これではそう時間が掛からない内にあそこの住人は全て鎮圧されてしまうだろう。まだまだ『穴』から住人達は出てくるので大した損失は無いが、万が一を考えると一時的にでも休息を取られるのは辛い。あそこを拠点とされたら動きづらいし、拠点が出来たのなら『剣』の執行者もそこを守る為に訪れるだろう。ようやく追跡を撒いたというのに、それだけは勘弁願いたい。
 全く勝てない訳では無いが、罪の相性上、奴にはどうしても遅れを取ってしまう。それ故戦いたくないのに、このまま静観を決め込んでいると遅かれ早かれ再戦する事になりそうだ。
「あら、執行者。そろそろ出張ろうと考えてるわね?」
 背後を振り返ると、人とは思えないような―――怪物的な魅力を持つ女性が、自らの下腹部を撫でている。
「『食事』は終わったのか?」
「ええ、お陰様で。孕む事は出来なかったけど、とても美味しい食事でした」
 口を三日月状に開いて、女性は官能的に笑う。人間の男がその笑顔を見れば、忽ちの内にその唇に吸い付いて、彼女の身体を隅々まで味わいたいと、そんな衝動に駆られてしまうだろう。それはきっと性的嗜好を無視しかねない程の強烈な衝動で、抗いうる男は居ないと思われる。
 自分は執行者なので、例外とさせていただくが。
「そうか。ならお前には闘技街の方に行ってもらうとしよう。お前好みの強い男も居るし、ひょっとしたら孕めるんじゃないか?」
「あら、そうなのッ? 私としては行かせてくれるなら全然構わないけど、でもいいのかしら。貴方のお仲間を動かさなくて」
「アイツ等はまだ動かさない。大切な駒だ、この闘いを制するにはアイツ等を何処で切るかが重要になる、一方でお前は利害関係が一致したに過ぎないカスみたいなもんだ。勝手に動いて貢献してくれる分には助かるし、死んでくれても問題は無い。この場合はお前が適しているだろう」
 執行者は何者にも流されない。たとえ背後に魔性の女が居たとしても、それは使い捨ての道具でしか無く、何が起ころうとも助けに行く事は無い。それを承知の上で協力してくれるから、この女性とは特に口論も起きない。
「冷たい事言ってくれるのねー。まあ、私としても孕む事さえ出来ればどうでもいいんだけどね。そんじゃ、早速だけど行きますか」
「……助ける気は無いが、一つだけ言っておこう。闘技街に居る男、中々勘が鋭いぞ。『偽装』するなら完璧に『偽装』しろよ」


















「……見つけた! ……ってあれ、『住人』が死んでるな」
「少々舐められてしまってな。つい本気を出してしまった」
 後続を含めれば明らかに二万人以上の『住人』が居たのに、一瞬で首を切り離されて事態は終結。闘技街の騒音は止む所を知らない為、他のナイツはまだまだ交戦中だと思うが、何にしてもこの周辺から『住人』は居なくなった。幾ら元英雄とはいえ、そんな芸当が可能である事自体、普通の人間から見れば信じられないような事なのだが。
 フィージェントもチロチンも、アルドの所業には驚いた様子を見せなかった。
「塞いだのか?」
「そんな簡単に言わないでくれよ先生。次元に空いた穴を修復する神様なんて居ねえからな。うーん権能を掛け合わせてどうにかするしかないと思うけど……うーん。もうちょい待ってくれ」
 頼んでいるのはこちら側なので、事を急かす資格は無い。近くの出っ張りに腰を預けると、リーナを挟んで、チロチンもまた同じ場所に座り込んだ。その片手が繋がれているのは、彼女の不安を取り除く為だろうか。それなら自分も協力しないといけない。取るべきか、取らざるべきか悩んだ挙句、覆いかぶせるように手を繋ぐと、リーナは少々驚きながらも、しっかりと握り返してきた。
「アルド様。こちらに転移する以前の配慮……誠に感謝しています」
「ん、ファーカの事か? それだったら気にするな。依頼人と顔を合わせるやその首が刎ねられる何て不愉快以外の何者でも無いだろう。私が単純にその光景を見たくなかっただけだから、感謝されるような謂れは無い」
 幾ら死体に目が慣れたと言ったって、その流れは寝覚めが悪すぎる。チロチンが己の傷つくのを無視して依頼を届けてくれたのに、その終末が斬首とは報われなさ過ぎる。それではチロチンの傷つき損だ。
 ファーカもその辺りはきちんと事情を説明すれば分かってくれるだろうが、それにしても彼女がそこまで落ち着いている事は稀である。
「……それでも、感謝しています。ファーカは存外に血が上りやすい性格ですから、リーナにもしもの事があったとしても、不思議ではありませんでした」
「そうだな。それは何度も鎌で切り付けられた私も良く分かっているさ。しかしアイツにも悪気はない。それは分かっているよな」
 チロチンは頷いた。
「勿論です。彼女は私と、そしてアルド様に支えられて生きている。少なくともアルド様が私達の所に滞在していた時はそうでした。しかし……悪気が無いからと言ってリーナを殺されるのは困る。だから感謝しているのです。やはり貴方には頭が上がりそうも無い」
 上がるも何も、自分達は友人であり、そこに上下関係は無い。今は魔王という体裁を保っている関係上、部下と上司の関係にあるが、それが終わり次第、改めてアルドはナイツ達と対等な関係を築きたいと考えている。長年の上下関係で培われた敬語はもしかしたら一生直る事は無いかもしれないが、それでも関係だけは対等でありたい。
「世辞はやめろ。お前の頭が上がらない程偉大な人物では無いよ私は。……おい、フィージェント。調子はどうだ」
「最悪だな。滅茶苦茶強引に開かれてるから修復に時間が掛かる。先生には悪いけど、もう少し待ってくれ」
 滅茶苦茶強引に開かれている、か。執行者と言えども世界を隔てる次元に穴を穿つ事は容易では無いと考えるべきか、彼の存在に気付いてわざと強引に開いたと考えるべきか。革命運動はともかく、特に目立ってもいないフィージェントが執行者に注目されるとは思えないので、恐らくは前者だと思われる。
 まだまだ時間が掛かるという事なので、アルドは再びチロチンへと意識を向けた。
「それにしても、リーナに付き纏っている人間とやら。姿が見えないな。リーナ、お前は何か感じるか?」
「い……今は付き纏われてないかも、です。視線は感じないと言うか、あの人がこっちを見ると、何だか全身が寒くなってくるので」
 もしかして作戦が読まれてしまったのだろうか。それか、何処に行こうが彼女の居場所はリスド大陸にしか無いと考えて、滞在しているのか。まあそうなのだったらリーナをジバルに匿えばいい話だし、今は近くに居ないという事であればそれに勝る幸福は無いだろう。無論、リーナにとっての話だ。
「見られたら寒気がする、か。単純に込められた感情が邪悪過ぎてそう感じるだけかもしれないが、もしかしたら特殊体質という事もある。そうであればとても分かりやすいが……なあ。私がうっかり殺している何て事は無いよな」
「それは……どうでしょう。私はアルド様の動きを目で追うのが精一杯でしたので」
 フィージェントに止められていたので有り得ないとは思うが、本来付き纏ってくる筈の男が居ないのは、こちらの狙いに気付いて敢えて付いていかなかった線の他に、自分がうっかり殺してしまった可能性もある。
 ある……が、
「……まあ、それならそれでいいのか」
 よくよく考えてみたら別に不都合はなかった。理由くらいは問うてみたかったが、リーナの安全が保障されるのならそれに越した事は無い。
 話す事も無くなったので沈黙を貫いていると、不意にリーナがその沈黙を打ち破り、疑問を投げかけてきた。
「アルド様は、好きな人がいらっしゃいますか?」
 そしてそれは、アルドの尤も苦手とする恋愛方面のモノだった。その言葉を聞いた瞬間、心臓が縮まったような気がする。
「……どうしたんだ、突然」
「いえ、その……もしも好きな人を傷つけたら、アルド様はどのような行動を取るのかな、と」
 質問の意図は分からないが、リーナの表情を窺う限りでは、彼女にとってはとても重要な質問の様だ。以前にやらかしてしまった記憶が蘇るが、その時は……確か。
「謝るぞ」
「謝る……それだけですか?」
「むしろそれ以外何をすればいいんだ。悪い事をしたら謝る、己の非を認めた上で二度とすまいと心に誓って謝罪する。当然の事だろう」
 結果的にファーカはとても喜んでくれたが、今でもあれはやらかしたと思っている。幾ら何でも間抜けすぎたというか、不安なのは、今も尚同じ間違いをしかねないという事だ。そんな事を思っていると、最終的には己の恋愛経験の不足を嘆く事になる。『剣』に全てを捧げたような半生だったとはいえ、今思えばまだ何かを詰め込めたような気がする。睡眠時間をもっと削れば恋愛経験の不足は補えただろうし、ゼロにすれば自らの容姿を磨く時間も……作れるだろうが、それはどうでもいいか。どうせ魔力を引き出せない自分を好くような女性はフルシュガイドに居なかった。容姿を磨いた所で元が元なので限度もあるし、他の騎士と比べれば女性がどちらを選ぶのかは目に見えている。今でこそナイツ女性陣が居るが、あの時はイティスくらいしか居なかった。
 思考が深まるにつれて、自分に男としての魅力が―――実際無いのだろうが―――不足している事に気が付いた。考えている内に空しくなってきたので思考を止めるが、一つ気付いた事がある。恋愛経験の不足はいずれにしても免れなかった事に。
 先程はどうして補えると思っていたのか分からないが、そもそもこんな容姿で落ちこぼれの男を好く奴なんて居ない。となれば補える訳が無く、結果的には過去の自分の行動は正しかったと思える。過去の鍛錬を一日でも怠れば、きっと自分は魔人との戦いの時に死んでいた。百万人を相手に勝利し得たのは、偏に今までの鍛錬が身を結んだ結果なのだから。
「そうです……か」
 何か不味い事を言ったとは思わないが、リーナはそれっきり俯いて黙ってしまった。それを見ていると勝手に気まずくなってしまって、何となしに視線を外すと、会話に入りかねた様子のフィージェントが、欠伸を隠しながら目の前で空気に座っていた。体がしっかりリラックスしているので、恐らく本当に座っている。 
「……終わったのか?」
「終わりましたとも、先生。これでもう『住人』が増える事は無いと思うぜ。ほら、闘技街の騒音も―――静まり返ってきたと思わないか?」






 

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