ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

刃の先に人と神

 化け物が目の前で無辜の民を蹂躙している。傍から見ればそのような光景に、クウェイは息を呑まざるを得なかった。救済の選抜とやらが始まった事でキリーヤは張り切っていたが、自分から言わせれば、戦いの次元が違い過ぎて入り込めない。その隙が無い。
「フハハハハハハハハ! フゥーハハハハハハハハハハハハ! 貴様らなんぞ俺様の焔の燃料にもならん油以下の存在だ、く朽ち果てるが良い!」
「ユーヴァン。貴様性格が随分と変わっているようだなん。そこまで調子に乗るような愚者だったか、私にはそう思えないのだが」
 声が二つ聞こえるのに、見える姿は一つ。一体何がどうなっているのだろうか。明らかに焔に触れていない『住人』まで消し飛んでいるし、もしかするとそういう能力なのだろうか。魔術を割り込ませればどうにか人間への被害は防げるかもしれないが……見間違いで無ければ、普通は燃えない筈の石材が溶けている。硝子も溶けている。当然ながら『住人』は溶けているし、それが持っている武器も溶けている。
 超高温としか言いようがない程の熱量が、自分の使う平凡な魔術障壁で止まるのかは議論の余地なく無理だと言える。使い捨ての盾にもなりはしないだろう。
「久々に全てを解放して暴れられるんだッ! 太陽がいつも燦燦と照り付けている理由が分かるか? それは束縛されていないからだッ。つまり今の俺様は、太陽そ・の・も・の!」
「ちょっと何を言っているから分からないん。が、要するに被害をきにしんくていいと言う事だな?」
「その通り! ちゃあんとお前には当たらない様に飛ばしてるから、その辺は安心してくれていイヴリール!」
「そっちは本当に分からないん。『住人』の相手が退屈だからと話しかけてくるのは構わないが、せめて私が付いていけるような話題を出せ」
 二人……居るのか? 視界の限りじゃそうは思えないが、会話が成立している所を見ると、そうとしか思えない。では二人居ると仮定して。
 こんな危なっかしい二人に一体誰が近づくのだろうか。『住人』は死の恐怖何て元々無いから例外として、果たして幾ら魔人を敵視してる人間だからって、こんな二人にまで攻撃を加えようとするのだろうか。『竜』の魔人の言葉を借りるなら、太陽が至近距離に存在しているのに、それに触ろうとする人間が居るのかと言う話だ。答えは否、一体どんな猛者だったらここに進んで接近しようと思うのだろう。そう考えたら、今ここで取るべき最善の判断は撤退だと考えられる。自分の感性が他の一般的な人間に通じていると信じるならば、こんな危なっかしい二人は置いといて、他の者を止めに行く方が賢明である。それに問題があるとすれば、誰が何処を担当しているのか分からないという点だ。
「一応キリーヤは見かけたんだがな……」
 彼女は誰かを止めるでも無く、近くに隠れている人間を避難させていた。チラリと見た限りでは、十二人程、彼女によって一時的に死を免れている人間が生まれている事になる。このまま事態が進み鎮静化すれば、間違いなく今回において一番活躍したのは彼女と言う事になるが、彼女に迷惑を掛けてしまった事がある手前、そんな情けない結果は自分が許せない。
 しかしあの二人には近寄ろうにも近寄れないし、パランナさえいればどうにかなったのかもしれないが、彼の姿が何処にも見えない。最初はキリーヤに付き纏っているのだろうと考えたが、見かけたのが彼女一人である以上その線は薄い。選抜をさぼっている可能性も、キリーヤから好意を獲得したいのなら限りなく低い。
―――だったらエリか?
 彼女とは武器の関係上相性の補完にはならない。しかし一人でやるより二人でやる方がいいのでは無いだろうか。この杭と槌を活用すれば自分だって持久戦をする事が出来る。そうだ、彼女を探そう。
 数秒だけ二人の魔人に注意を払ってから、適当な距離でクウェイは背を向けた。『住人』達も戦いに集中しているからかこちらの存在には気付かない。魔人の方は気付いている可能性があるが、主に攻撃するなと言われている以上、何かを仕掛けてくる事は無い。少し走れば、直ぐに戦線は離脱できた。
 闘技街が存外に広い為、エリの居場所に当てはない。しかし複雑に入り組んでいるだけはあって一定のルートからでしかそちらに行けないという事は無く、例えば目の前に十字路があるから、この十字路の何れかを進めば彼女にはいつか会えるだろう―――そう思って十字路へと入ろうとした、瞬間。
 胴と首と足を三分割された死体が鼻先を掠めた。
「………………」
 真に驚くと言葉が出ないとは言ったモノだ。クウェイは全身を硬直させて、その場に留まった。何が起こったのか理解した訳では無い。危ないという生存本能が、反射的に彼の身体を硬直させたのだ。
 それでもどうにか首を回して死体が飛んできた方向を見遣ると、そこには見た事の無い甲冑を着た騎士と、その攻撃を掻い潜る様に連携を取っているエリが居た。




 


















「フィージェント。これで何体目だ?」
「一万六千体目くらいだな」
 沸いては増え、沸いては増え。時折フィージェントが消し去ってくれるから何の問題も無いが、これだけ倒していたら本来は死体の山で歩きにくくなっていた事だろう。或いはそれこそが『住人』の物量作戦の真髄なのかもしれないが、相手が悪すぎた。チロチンは飛べるし、アルド自身はこれ以上の人数を相手取った事がある経験上、足場の悪さに影響はない。最後のフィージェントに至っては消し去れる上に権能のせいで攻撃が当たらない。彼の動きが視界に入る度にとても美しいと感じてしまうのは、十中八九そのせいだ。彼が使用しているのは恐らく完全なる美を持つ女神の権能。不可侵の容貌を利用した絶対防御だ。お蔭で少しだけ気が散っているが、『住人』が大した強さでは無いので勝敗には影響していないのが救いである。
「何だ先生。もしかして面倒なのか?」
「そういう訳じゃ無いが、数が減ってるとはとても思えなくてな。普通はもう少し露骨な減少を感じてもおかしくないんだが」
 一体『死』の無い世界にどれ程の『住人』を内包していたのだろうか。この五大陸全ての生物の数を軽く上回っている気がする。ひょっとしなくてもこれ以上戦闘を続けると、百万人斬りを超えてしまいそうだ。生憎と今のアルドにはかつてのような体力があるとは言い難い為(あの時ほど戦わなければならないという意義も無い)、それは避けたい。
 そう思うのなら『死』の執行者が空けた世界の穴を塞げばいいのだが、そんな簡単に言われてしまっても困る。あちらだって簡単に塞がれたくないだろうから、半端な場所で穴は空けていない筈。それをこの『住人』を捌きつつ見つけ出す事何て常人には不可能……不可能。
「なあフィージェント。世界に空いた穴を塞ぐ事って出来るか?」
会話を確実に成立させるべく、彼の周りの敵を余計に引き受けておく。それを察したフィージェントは攻撃をやめて、天を仰いで思案する。
「あー、時間は掛かるかもしれないけど、それでもいいか?」
「出来るんだな?」
「おう。素早くやれと言われたら無理だけど、他でもない先生の頼みだ。確実に塞いでやるよ」
「なら頼んだ。『住人』達は私が相手をする」
 言い方は悪いが、何と便利な弟子だろうか。彼と出会った時から恐ろしい体質だとは思っていたが、まさかその応用によって権能を扱うようになってから、ここまで何でも出来る様になってしまうとは。世界に穴が空く事自体が異常事態なので、権能も制限が掛かる事は無い。たった今思いついたばかりの案だが、キリーヤ達と手を組んで本当に良かったと思う。それでは約束通り、自分は『住人』の相手に専念するとしよう。
 もうすぐ自分達の世界への入り口が閉ざされるとも知らず、『住人』達はひたすらに襲い掛かってきた。心なしかその勢いが増している気がするのは、殺せもしないのに死剣で居合を放って挑発したからだろうか。何にしても今は真理剣。何処を斬ったかに拘らず、殺しさえすれば復活する事は無い。ただそこに在る事は『死』とは何の関係も無いが、真理剣を継承したこちらからすれば大いに関係を持っている。
 『死』とは即ち終わりであり、同時に新たな始まりでもある。ジバルではそれを輪廻転生と言うが、それすらも広い意味では『真理』の内に。だから幾ら『死』の無い世界で生きてきたと言っても、そこに在る時点で彼等は真理に回帰すべき存在でしかない。それは執行者も同じであり、幾ら彼等に抵抗できない力は存在しないと言っても、やはりそこに在る時点で真理は彼等を回帰させようとする。何処に、とは愚問でしかない。万物は元々、真理から生まれたのだから。
 戦っている内にフィージェントを見ても気が散らなくなった事に気付いたが、恐らく穴の捜索に全力を注いでいる為、権能を解除せざるを得ないのだろう。それを早い段階で察した『住人』が攻め時とばかりに彼へと武器を振りかざすが、あまりにも大振りすぎる予備動作は、その前に斬り殺してくださいと言っているようなモノだ。この場で言えば、アルドに。
 胴体を両断すると、その死体を隠れ蓑にしていた『住人』が死体諸共フィージェントへと突っ込んでいく。その行動は『見えない所からの攻撃は防ぎようが無いだろう』という思想から取られているのだろうが……一応補足すると、その発想は間違っていない。が、それを考慮してアルドは敢えて胴体を両断していたのだ。胴体さえ真っ二つにしておけば後ろに至って肉に剣戟を防がれる事は無い。もう一度全く同じ軌道で刃を返して斬ってしまえばいい。
「ち、チロチン……!」
「舌を噛むぞ、喋るな!」
 特に苦労する事も無く『住人』を葬っていると、ふとそんな声が聞こえてきた。適当に前方の『住人』を葬ってから声の方向を見遣ると、明らかに数の偏った『住人」達が、チロチンを取り囲んでいた。
―――む。
 これは一本取られた。フィージェントを守ろうとすればチロチン達が危ない。かと言って彼等の助けに回ればフィージェントが危ない。死なないだけで調子づいている愚か者だと思っていたが、どうやら作戦を考える知能はあるらしい。
 それではアルドも、その知能を評価して誤算を指摘するとしよう。一見すると戦闘の負担がアルドの身に掛けられて、どうしようもない様に見えるが、『住人』達の作戦はあまりにも視野が狭いモノだ。自分達を見て、一体どうしてそんな作戦を取ったのか分からないくらいと言えば、この作戦の稚拙さが理解出来るだろうか。
「あまり……調子に乗るなよ不死者」
 ……全く以て理解しがたい。一体自分と戦っていて何を見出していたのか。どんな状態だと思っていたのか。






 どうして本気で戦っていると思っていたのか。






















『住人』の武器が『烏』の脳天へと届く瞬間、その腹から白銀の角が突き出して、彼の目の前で静止。男が助けに回ったのだ。『住人』達はニヤリと笑ってもう一方を見たが、そこには標的とする人間一人しか立っていなかった。そしてその足元には、大量の死体。
 ……彼を攻めていた、或いは攻めようとしていた後続の『住人』も含めて、只の一人も残らず首を掻っ切られていた。特に思案するまでも無く、死因はそれに違いない。
 その事に気付いて視線を戻そうとした瞬間、突如視線が吹き飛んだ。羽でも生えたかのように強烈に吹っ飛んで、目まぐるしく回転して。停止した。視線の先では、刎ねられた首が続々と視界の外から転がってくる。その光景に怒りを覚え、『住人』は何とか体を動かそうとするが、どうにも感覚が無くて動かない……








 自分も首を斬られた事に『住人』が気付くのは、命が終わってからの事だった。










 

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