ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

忠実なる殺戮

 斬り合いに余計な感情は必要ない。斬って、斬って、ひたすらに切り伏せるのみ。能力の問題で自分には『住人』を真の意味で殺す事は出来ない―――いや、出来なかった。しかしそれは切り札と己の膂力のみを当てにした場合の話で、道具を使った場合はその限りでは無い。一度も見せた事が無いのでアルドが知らないのは当然だが、こんな所で日の目を浴びる事になるとは思わなかった。
 不死殺しの灰油、通称『鎔爻ようこう』。家に代々伝えられた怪物特効の油であり、これを刃に流せばどれ程高位の存在であろうと通常と同じように扱う事が出来る。欠点としてはこの油、ディナント自身は精製出来ない為、使い切ってしまえばそれきりの貴重品だという事と、魔力との親和性があまりにもなさ過ぎて、直ぐに消滅してしまう事だ。時間に換算すればおよそ数十分程度。だが、それだけで十分。救済とか何とか言っていたが、それはこちらからすれば油を無駄遣いしてしまう要因になり得るので、あまり有難い話じゃない。しかし我が主は、どうやら公平な勝負を望んでいるようだ。
 ならば救済の選抜とやらに動じる事は無い。只斬っていればいいだけ、それだけだ。それは彼と出会う前からずっと続けてきた事で、最近こそやらなくなったが、だからと言って腕が鈍っている訳じゃ無い。
 捧げるのは完璧な勝利、ただそれだけだ。武士として忠義を捧げた主がそれを望むのであれば、この身は一本の刀として、迫りくる敵を薙ぎ払うのみ。
 アルドを含めたナイツが街中に広がる中、ディナントだけはその場に留まり続けた。ジバルの鎧は移動に適しているモノじゃない。ここで座して敵を待った方が、幾分体力的に効率が良い。自分程の巨体は見た事が無いのか、直ぐに『住人』達が集まってきた。各自の武器を見る限りその辺りで拾ったと言っても通じそうな粗悪品ばかりだが、油断はしない。あの程度の武器では自分の鎧を破壊する処か傷一つ付ける事は出来ないと分かり切っていても、油断はしない。慢心とは、強者が持つ唯一にして無二の弱点だ。本来はあり得ない筈の敗北でさえ、慢心と呼ばれるくだらない理由の一つで片づける事が出来るくらいは、その心は罪深い。
 だから自分は慢心しない。たとえ相手が、死なないだけの取るに足らない相手だろうと。ディナントは刀を立てて片足を出し、陰の構えを取った。そしてあらゆる方向から迫りくる無数の物量を相手に―――たった一つの巨大な物体が、滑る様に動き出した。
「…………ハアッ!」
 大振りとはいえ、素人に防がれるようなモノじゃない。粗悪な武器ごと『住人』達を叩き切り、黄泉の国へと送還する。その様子を見ていた人間が何故か分からないが酒瓶を投げつけてきたので、敵と認識。『住人』達をそっちのけに、調子づいた様子の人間へ全力の刺突を放った。人間は刃の向きが自分に向いた事に気付いたようだが、もうその時にはディナントの刃は喉元に接触していた―――
「駄目ですッ!」
 刹那。粗悪品とは思えぬ異様な輝きを放った槍が横から刺突を割り込ませて防御。後一歩の所で人間の死を回避された。これが何の規則も無い戦場であれば即座に刃を返し、その犯人を叩き切ったのだが、生憎とここの鎮圧は『選抜』も兼ねている。犯人は既に分かっていた。
 視線の先に居るのは女騎士。鎧を着ているからそう判別した、という訳ではない。迷いの無い刺突をこの場で放てる彼女から、何故だかそう感じただけだ。刃の先に怯えていた人間は、いつの間にか居なくなっていた。
「全員は無理だったとしても……少なくとも、一人くらいは助けますよ」
 『選抜』の規則では彼女に攻撃は出来ない。そして命拾いした人間は、この事態が解決するまでは見逃さなければならない。
「キサ。マ、何故……に」
「他のナイツの方を止めるには、私は少々力不足が過ぎると思ったまでの事です。それに、私の見立てでは貴方が一番話が通じそうですから」
「……?」
 二人の事情など知った事じゃない『住人』が空気も読まずに突っ込んでくるが、即座に女騎士が『住人』の喉元を貫いて、その血液をまるごと抜き取った。その程度で死ぬ『住人』では無い筈だが、動かない。自分と同じで、何らかの手段を用いて不死を無力化しているらしい。
「大変情けない話ですが……どうやら、私達では貴方達全員を止める術は無いようです。フィージェントさんだけは別のようですが、私は自殺前提でどうにか。キリーヤ、パランナ、クウェイでは到底無理な事に変わりはなく、どっちにしてもこのままでは貴方達に区別なく鏖殺されて『選抜』は一方的な蹂躙へと成り下がるでしょう……機会を貰っている以上、この言い方は不適切なのは承知しているつもりですが、敢えて言わせてもらいま……っと」
 会話を中断して何をするのかと思えば、女騎士は軽く体を曲げてディナントの横に刺突を放った。殆ど同時にディナントの顔へと放たれたスリングショットが柄に当たり、軽い金属音を響かせる。彼女がギロリと睨みつけた方向には、少年が棹を持って立っていた。何故か既に失禁した痕が見られる。
「勇気と無謀は違いますよ! 死にたくないのなら、隠れなさいッ!」
 彼女の放った一瞬の殺気が少年に届く。彼はこちらを見据える女騎士の容姿に少々見惚れていたようだが、その殺気に正気を引き戻されて、直ぐに部屋の中に閉じ籠った。幸運にも、周囲の『住人』達はあまりにも目立つ格好の巨体に気を取られて、女騎士が何と言おうと気に留める者は居なかった。
「『住人』殺しには助力します。しかしながら、どうか人間を狙うのは止めていただけませんか。勿論強制こそしませんが……拒否なさった場合、私は人間に向けられた、人間を巻き込む可能性のある全ての攻撃を防がなければならない。そうなったら貴方だって戦い辛い筈です。私には攻撃出来ないし、私を守りながら戦わなくちゃならなくなる」
 エリにとって、それはある種の賭けだったが、祈るよりも先に答えは出てしまった。
「ワカ、らな。い、俺、はお前、守ラな……事まデ、言わ―――ていナい」
 少しくらい期待させてくれても良かったのに。ディナントは完膚なきまでに、その想いを打ち砕いてくれた。
 彼の言う通り、アルドは英雄側キリーヤがわの人間を守れとは一言も言っていない。攻撃するな、とは言っていたが、勝手に死んだ場合については何も言っていない。それは言い換えれば、勝手に死んでしまった分には責任は問わないという事であり、エリの狙っていたモノとは、その辺りの勘違いである。
 僅か数秒で打ち砕かれたが。
「……え、ええ。そうですね。ですが、貴方は私を守らなくちゃいけない。貴方が忠誠を誓っているアルドさんは……少なからず、私は友人と思っています。細かい事情は抜きにして、ね。そんな私がもし、貴方の近くで死んで、そしてもし、貴方が守っていれば生きていたという事が分かれば―――アルドさんは一体、どんな表情を浮かべるんでしょうか」
 しかし諦めない。自分からこんな事を言いだすなんてしたくなかったのだが、彼を説得するにはこちらの方がいいだろう。そう自分に言い聞かせたとしても、この発言は騎士として許容出来たモノじゃない。確かに言っている事自体は真実だ。細かい事情を抜きにすればアルドとは話が合うだろうし、それこそ最初の出会いからずっと彼の事は友人だと思っている。『謡』を仲介して助けを求めた時も直ぐに来てくれたし、そういう意味では好意を持っていると言っても良い。そこまでは何の嘘も吐いていない。
 問題は、その後だ。殆ど脅迫じみた発言だが、この発言はハッキリ言って好きになれない。自分で言うのも何だが、好きにはなれない。単純に思い上がっているというか、友達面も甚だしいというか。相手がどう思っているかも分からないのに、良くもそこまで自分の事を評価できるのか。これが分からない。
 最後の言葉は暗に『私が死ねばアルドが悲しむ』と言っているようなモノだが、そう思える証拠は何処にもない。そもそもカテドラル・ナイツがアルドの忠臣な以上、身の回りの情報戦のみで言えば明らかにこちらに不利がある。つまり自分は、明らかに情報戦に不利を取っている状態で苦し紛れの脅迫を仕掛けたのだ。
 アルドを悲しませたくないのなら、私を守れ。私を守りたくないのなら、人間を殺すのはやめてくれ。
 正直に言って、阿呆すぎる。無謀と言うより馬鹿だ、単純に。でもこれくらいしか方法が無かった。
 一人は全方向から焔を出していて近寄れないし。
 一人は女性を背負っているもんだから何もしてないし。
 他のナイツは見つけられなかったが、容易に近づけるとは思っていない。だからこれが、最初にして最大の好機。
 彼がこちらの言う事を信じてくれるのなら/アルドも自分の事を友人と見ているのなら/、絶対に。受け入れてくれる筈だ。
 話し合いに集中していた為か、気づけば『住人』の数も増えていた。彼に賢明な判断をして貰いたいが為に全ての『住人』は現在自分が相手をしているが、数えるまでも無く数が百を超えると、流石に少し厳しいかも―――






 答えの代わりとばかりに巨大な剣閃が『住人』を薙いだのは、物量にエリが呑まれかけた時の事だった。
 

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