ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

儚き破壊

 闘技街の入り口をくぐった時、そこには地獄が広がっていた。
 入り口を装飾するペナントの数々。それを吊るす紐の上には中途半端にぶら下がった人間達の死体。更に複雑に入り組んだ路地の向こうでは『住人』達が揃いも揃って懐妊している女性を嬲り殺しにしており、見ていて腹立たしい。あちらからすれば生きている者は反吐が出るような存在なのだろうが、その中間に位置するアルドからすれば、どっちにしても集団で個を虐げていいモノじゃない。今はまだ面倒なので手は出さないが、選抜を開始次第直ちに向かおうと考えている。
 『住人』達の暴挙はまだまだ続く。見るからに体の弱そうな少年を袋に詰めて棍棒で滅多打ち、磔にした女性の腹を引き裂いて臓器やら子宮やらを取り出して貪る、屈強な兵士を高所から何度も何度も落下させては元の場所に戻るまで引きずり回して。リスド大帝国侵攻の際、チロチンとファーカも似たような事をしていたような気もするが、あれに腹が立たなかったのは身内という補正があるからだろうか。いや、恐らくか弱い存在には手を掛けていなかっただろう。それに、あれは正確には悪ふざけのような何かだ。とはいえ擁護する気は無いが、少なくともここまで殺意を持った行動では無かった。
 だが『住人』はどうだろう。只生きていると言うだけで、どんな境遇の存在にも憎悪を抱き、悪意を抱き。己の特性を極限まで活用した上でその者達を蹂躙する。それはさながら、狼が鼠を相手にその全身を使って狩りをしているようなモノであり、当然ながら鼠に勝つ道理は無い。ジバルには窮鼠猫を噛むという諺があるが、噛んだ所で怯む事すらないモノが相手では流石にどうしようもない。
「酷い……」
 『英雄キリーヤ』の第一声は、あまりにもありふれた一言。しかしその一言は、あまりにも的確だった。理屈じゃない、言葉を変にこねくり回す必要は無い。目の前の光景は只々酷かった。
「当たり前かもしれないが、あれだな。俺らが闘技街を訪れた時よりも、ずっと無法地帯みたいだな」
「……クウェイさん達と来た頃はカオスさんも滞在していましたし、クリヌスさんも居ました。むしろあの時が一番平和だったのではないでしょうか」
「―――親でも殺されたかってくらい、容赦がないな」
 英雄御一行はそんな事を言いながら自分達と共に闘技街を歩く。時々こちらの存在に気付いた『住人』が襲い掛かってくるが、約一名感情の抑制を外したモノが居るせいで、視界に入るよりも前に死んでしまう。これではフィージェントの言う通り、欠伸を噛み殺しきれない。
「構造が複雑で中心が分からないな……まあいいさ。この辺りにしようか」
 闘技場の中で始めても良かったが、これ以上適当に歩いていると退屈で死にかねない。ここであれば周りにも敵が居ないし、あらゆる方向に道が分かれていて広がりやすい。ここから全員で展開すれば最高効率で事態の鎮静化を図る事が出来るだろう。
「先程も言った通り、キリーヤ達は救いたい奴を選べ。ここに今にも全てを壊したくてたまらない奴が要るから容易にはいかないだろうが……もしも全員を救いたいと言うのなら、頑張れよ」
「……アルド様、もう一度お尋ねします。本当に人間が更生したら見逃すんですね」
「全ては民の意思のままに。私には答えかねるが……前例はちゃんとある。安心しろ」
 微塵も期待してはいない。全ての人間をナイツから守れるとは到底思えないし、仮に救えたとしても、心の底から更生する事なんてまず無いと思っている。人の心は複雑怪奇、神の権能を以てしてもそれを変える事は出来ない。キリーヤの理想がどれだけ美しかろうとも、果たしてそれによって変えられるのかどうか。
 いや、無理だろう。一人二人は出来たとしても、全員が更生する事なんてある訳が無い。そんな事が少女一人の手で容易に実現できたのなら、ここまで魔人と人間の間に深い溝は出来なかった。そこまで考慮すれば、この選抜は平等なように見えてこちらの方が少々有利。只殺せばいいだけという事も踏まえれば、最初から勝負は決していると言っても過言ではないくらいだ。
「それでは今より、選抜を開始する。ファーカ、ルセルドラグ、ユーヴァン、ディナント、チロチン、準備は良いな」
 カテドラル・ナイツに一度視線を通すと、言われるまでも無いとばかりに各自武器を抜いて、こちらの合図を待っていた。
「キリーヤ、エリ、フィージェント、その他二人。準備は良いな」
 他の者の名前を憶えていないのは申し訳ない……が、どうやらその事については特に気にしていないようだ。その心の大きさに感謝しつつ、アルドは『住人』達を引き寄せる程の大声で叫んだ。
「それではこれより、事態の鎮静化に並行して救済の選抜を開始する!」
















 主の前だからと抑えてきた。この身が暴走した時のはしたなさは、もう二度と見られたくなかったから。しかしもう、限界だった。アルドへの感謝を欠片も感じないような敵意に満ちた視線といい、助けてもらった立場にありながら牙を向けるその傲慢さといい、『落葉』すら握り潰してしまいかねない程に、はらわたが煮えくり返っている。そんな時に、アルドが用意してくれた最高の企画が始まったのなら、無理やり抑えつける事なんて馬鹿馬鹿しくなってくる。救済だとか何とか彼は言っていたが、そんな事は自分の前では決してさせない。
 『住人』も人間も関係ない。一人残らず狩りつくして終わらせてやる。アルドの許可が下りるやファーカは真っ先に闘技街を駆け抜けて、道行く存在を次々に切り裂いていく。この鎌の前では不死の者さえ滅びの運命を持った一つの存在に過ぎない。湾曲した刃は驚くほど抵抗なく滑り込んで、両断。『住人』か人間かの区別が付くよりも先にその命を刈り取った。
―――皆、死ぬべきなのよ。
 自分の存在に気が付いた『住人』が大剣で薙ごうとするが、それよりも早くファーカの鎌が『住人』の左肩を切断。大剣がその場に落ちると同時に首も落ちて、肉がそこに横たわる。それを皮切りに『住人』が動きを止めようと何百人も飛び掛かってきた。
「私の狩りを……邪魔するなあ!」
 飛びかかってきた『住人』は、誰しもがファーカの身長を超える者ばかりで、非常に攻撃しやすい。あちらからすればリーチの差を利用しているつもりなのだろうが、こちらからすれば懐に潜りやすくて助かる。
 巨大な棍棒をすり抜けて、がら空きになった腹部を切り上げて開く。乱雑に心臓を取り出してその醜悪な口に捻じ込んでやると、突然口内を塞がれた事で『住人』は反射的にそれを噛み潰し、倒れた。その直後に隙を窺っていた『住人』が、こちらの両腕を斬り落とさんと手斧を振り下ろしてきたが、逆さになった状態の鎌ほど取り回しやすいモノは無い。両手で回し背中を守ると、甲高い金属音が響き渡る。鎌の使える場所は何も湾曲した刃だけではない。その刃を取り付けている柄さえも、時としては強力な武器になる。
 刃元の柄を引き寄せるように掴むと、がら空きになった柄尻が背後に弾かれて『住人』に命中。勢いを殺さぬままに柄尻を地面に突き立てて棒跳びの要領で跳躍してから、眼下に見える敵を数える。
「一、二、三、四……十五人」
 鎌を振り回した所で一撃では狩りとれない数か。しかし苦戦する程でも無いので、重力のままに鎌を叩きつけてから魔力を解放。『落葉』の効果を地面に適用させると、強度を無視した『破滅』の罅が拡散。地盤の固さなど物ともせずに足元を破壊して、『住人』を奈落の底へと叩き落す。
鏡哭まよえ蘭堕たましいよ
 ファーカの一言と同時に、底の見えぬ穴から極光が噴き出した。恐らくは大陸外からこちらを見ていてもハッキリと認識できる程の大きな極光。人はこれを奇跡と呼び、神の御業と崇めるが、それは魂を天上へと堕とす偽りの光。
「死ぬ事がお望みでしたら、ええ送って差し上げますとも。しかし安息なる死ではありません。私達に断りも無しにこの大陸を取ろうとする貴方達には、憎苦の滾る死の世界への案内が適しているでしょう」
 カテドラル・ナイツにて最も危険な魔人、ファーカ。その暴走を止めるモノは、未だ誰も現れない。




  

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