ワルフラーン ~廃れし神話
過去の遺物と
「フィーお兄さん、怖い人はもういないの?」
「ああ居ないさ。俺達がぜーんぶ倒したから、お嬢ちゃん。怖がる必要はないよ」
エリ達が一旦離れたとなると、ここに居るメンバーはパランナとクウェイの二人だけ。クウェイはともかく、パランナはキリーヤの事が好きなので、自分にはやたら態度がきつい。そこだけ聞けば理由にすらなっていないだろうが……一応、理由としては成立している。キリーヤと自分は良くアルド絡みで話が合うので、彼女との接点を見いだせない彼は苛立って仕方ないのだ。分かりやすく言えば一方的な嫉妬、こちらとしては取るに足らない感情だが、こんな状況になった場合には非常に居心地が悪い。
なのでこうやって人間達と交流を取っている方が、気楽だ。特に幼い子供と交流していると、その心に邪悪さが存在しないので話しやすい。
「じゃあ、どーして魔人が居るの? 魔人は悪い人じゃ無いの?」
「……いいかい、お嬢ちゃん。俺の事をどれくらい信じるかは勝手だけど、これだけは言わせてほしい。幾ら昔、魔人達が酷い事をしたのだとしても、それは今の魔人達には関係ない。だからね、君が酷い目にでも遭わない限り、悪い人とは決めつけないで欲しいんだ。誰にでも手を差し伸べて、それで酷い目に遭ったとしても尚見捨てない。そういう人間になって欲しいんだ。誰が何と言おうと、たとえそれを綺麗事だと非難されようとも、それは素晴らしい事なんだから」
少し言葉が難しかったか。目の前の少女は首を傾げていたが、頷く事が良い方向に作用すると直感したらしく、元気いっぱいの笑顔を浮かべた。
「うん!」
「……君はきっと、素晴らしい女性になるよ」
フィージェントは名前も知らない少女の頭を撫でて、彼女の目の前で指先からキラキラと明滅する光を垂らした。そしてその光を、少女の首に掛けるようにぐるりと一周させる。彼女にそれが見える事は生涯無いだろうが、これが自分の贈れる、最大のプレゼントだ。
立ち上がって、身を翻す。
「こんな男の言葉を聞いてくれた君には、きっと良い事がある。君の人生に『神の祝福』があらん事を!」
そう言って離れていった彼の姿は、少女の瞼にずっと焼き付く事になるだろう。そして、この出会いは後に何でも無かった少女を変える事になるのだが、それはまた、いつかの話。
「フィージェントさん。あの子と何か話でも?」
「世間話だ……分かるだろう、その理由についてはさ」
パランナはキリーヤに対する好意を隠そうとする気すらないので、わざわざフィージェントから教わらなくても容易に気付ける。気付いていないのは好意の対象であるキリーヤだけだ。共存という、とんでもない理想にひた走っている事だけが原因かというとそうでは無いが、彼女がその事に今後気付く可能性は、今の所存在しない。何なら、フィージェントの方に好意を向ける可能性の方が高いくらいだ。
「それで、結局どうなったんだ? 先生との停戦協定か何かだろうと推理しているが」
「その通りです。どうやらアルドさんも私達とは戦う暇が無いとかで、一時的な停戦を持ちかけてきました。それをキリーヤが受諾したので、此度のアルドさんは……味方と言う訳ではありませんが、敵では無くなりました」
彼女からその言葉が飛び出した瞬間、フィージェントの心内では複雑な感情が発生した。狂おしい程に愛おしい(語弊が生まれるかもしれないが、細かい事は抜きにそれくらいは好いている)師と再び歩める事は素直に嬉しいが、敵ではないという事は戦えないという事であり、それでは彼の望みが叶えられない。自分は今度こそ彼を殺せる自信を持っているのに、停戦が成立した以上は、その自信を抑え込まなければならない。
人でありながら人の領域を超えた師を殺せる存在は、フィージェントにとって苦手な存在ではあるが、最早自分しか残されていない。カシルマでは力不足だろうし、クリヌスには単純に先を越されたくない。彼の記憶の中にあるもう一人の弟子の消息は掴めないが、その中には笑顔が見えたので、彼女にアルドを殺す事は不可能だろう。やはり自分しか居ない。
「……どうかしましたか?」
少し思考にのめり込み過ぎた。エリが訝るような表情でこちらの顔を覗き込んでいたので、慌てて表情を取り繕って、その場を凌ぐ。出来る事なら、心は読まれたくない。
「気にしないでくれ。個人的な事だ。で、キリーヤは何で出てこないんだ?」
「アルドさんと戯れたいとの事で。後数分もしたら出てくるそうですから、それこそあまり気にしない方が良いかと」
自分が言えた事では無いが、彼女も良く彼の所業を知って好いているモノだ。普通の者であれば軽蔑するなり失望するなりすると思うのだが、どうやら英雄様には一般的常識は通用しないらしい。誰に向けるでもなく肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
そんな事をしていると、彼女の背後の扉が開き、キリーヤが出てきた。
「あら、キリーヤ。アルドさんとの戯れはもういいの?」
「うん! 話したい事は他にもあるけど、それは何処かで休む時に出来るしね。今はレギ大陸を……どうにかして救わなきゃ」
「そうかそうか、救済か。それは結構だが、しかし忘れていないよな? 俺達がさっきまで戦ってた人間達にとって、生かされる事がどれだけ地獄なのかを」
釘を刺すようにそう言うと、キリーヤの明るい笑顔が、少しだけ不安に曇った。
「……はい。大丈夫です。死の無い世界何て想像も付きませんけど、殺す事であの人達を救えるなら……頑張って、殺します」
生かす事だけが善行では無い事を知る。人はそれを成長と呼び、何者かが英雄となるには知らなくてはならない要素の一つだ。それも分からずに善行を続けるならばその者は英雄とは呼ばれずに、偽善者と呼ばれるようになる。そして偽善者とは、およそ英雄以上に碌な死に方をしない。
彼女が、英雄を目指すならば。今じゃなくても良いから、いつかは理解してもらいたいものだ。
「ならいい。先生は、これからどう動くつもりなのか聞いたか?」
「あ、はい。この村からだったら闘技街が近いから、そっちに行くそうです。ただ、カテドラル・ナイツの方々が私達に手を出さないとも限らないらしいので、その辺りは気を付けろ、と」
そう言ってキリーヤがナイツの方を一瞥すると、即座に『烏』が睨みつけてきたので、直ぐに視線を逸らした。
「……それだけか。だったら安心してくれよ。あの程度の奴等だったら、何かしらで小競り合いが起きても俺一人で問題なく対処できる」
「あ、あの程度? フィージェントさん、ナイツの皆様がどれ程の強さなのか分かって―――」
「言ってるよ。だからあの程度って言ったんだ。複数人で掛かってくるんだったら確かに少し厳しいかもしれないが、一人程度だったら殺す気も起きない。ま、先生の自慢の戦力らしいから、間違っても短絡的な攻撃はしてこないさッ! 入口で固まってると先生が出てこれないし、取り敢えず俺は野郎共の方に行ってくるわ。もし仲良くやりたいって事なら、アイツ等には挨拶を済ませておけよー」
いつもの調子に戻ったフィージェントは、そんな事を言いながらパランナ達を揶揄いに行った。彼の言葉の真偽を確かめるように入り口から離れると、直後に何食わぬ顔で、アルドが空き家から出てきた。
「……変わらないな。フィージェント」
その呟きは、誰にも聞こえない。
「ああ居ないさ。俺達がぜーんぶ倒したから、お嬢ちゃん。怖がる必要はないよ」
エリ達が一旦離れたとなると、ここに居るメンバーはパランナとクウェイの二人だけ。クウェイはともかく、パランナはキリーヤの事が好きなので、自分にはやたら態度がきつい。そこだけ聞けば理由にすらなっていないだろうが……一応、理由としては成立している。キリーヤと自分は良くアルド絡みで話が合うので、彼女との接点を見いだせない彼は苛立って仕方ないのだ。分かりやすく言えば一方的な嫉妬、こちらとしては取るに足らない感情だが、こんな状況になった場合には非常に居心地が悪い。
なのでこうやって人間達と交流を取っている方が、気楽だ。特に幼い子供と交流していると、その心に邪悪さが存在しないので話しやすい。
「じゃあ、どーして魔人が居るの? 魔人は悪い人じゃ無いの?」
「……いいかい、お嬢ちゃん。俺の事をどれくらい信じるかは勝手だけど、これだけは言わせてほしい。幾ら昔、魔人達が酷い事をしたのだとしても、それは今の魔人達には関係ない。だからね、君が酷い目にでも遭わない限り、悪い人とは決めつけないで欲しいんだ。誰にでも手を差し伸べて、それで酷い目に遭ったとしても尚見捨てない。そういう人間になって欲しいんだ。誰が何と言おうと、たとえそれを綺麗事だと非難されようとも、それは素晴らしい事なんだから」
少し言葉が難しかったか。目の前の少女は首を傾げていたが、頷く事が良い方向に作用すると直感したらしく、元気いっぱいの笑顔を浮かべた。
「うん!」
「……君はきっと、素晴らしい女性になるよ」
フィージェントは名前も知らない少女の頭を撫でて、彼女の目の前で指先からキラキラと明滅する光を垂らした。そしてその光を、少女の首に掛けるようにぐるりと一周させる。彼女にそれが見える事は生涯無いだろうが、これが自分の贈れる、最大のプレゼントだ。
立ち上がって、身を翻す。
「こんな男の言葉を聞いてくれた君には、きっと良い事がある。君の人生に『神の祝福』があらん事を!」
そう言って離れていった彼の姿は、少女の瞼にずっと焼き付く事になるだろう。そして、この出会いは後に何でも無かった少女を変える事になるのだが、それはまた、いつかの話。
「フィージェントさん。あの子と何か話でも?」
「世間話だ……分かるだろう、その理由についてはさ」
パランナはキリーヤに対する好意を隠そうとする気すらないので、わざわざフィージェントから教わらなくても容易に気付ける。気付いていないのは好意の対象であるキリーヤだけだ。共存という、とんでもない理想にひた走っている事だけが原因かというとそうでは無いが、彼女がその事に今後気付く可能性は、今の所存在しない。何なら、フィージェントの方に好意を向ける可能性の方が高いくらいだ。
「それで、結局どうなったんだ? 先生との停戦協定か何かだろうと推理しているが」
「その通りです。どうやらアルドさんも私達とは戦う暇が無いとかで、一時的な停戦を持ちかけてきました。それをキリーヤが受諾したので、此度のアルドさんは……味方と言う訳ではありませんが、敵では無くなりました」
彼女からその言葉が飛び出した瞬間、フィージェントの心内では複雑な感情が発生した。狂おしい程に愛おしい(語弊が生まれるかもしれないが、細かい事は抜きにそれくらいは好いている)師と再び歩める事は素直に嬉しいが、敵ではないという事は戦えないという事であり、それでは彼の望みが叶えられない。自分は今度こそ彼を殺せる自信を持っているのに、停戦が成立した以上は、その自信を抑え込まなければならない。
人でありながら人の領域を超えた師を殺せる存在は、フィージェントにとって苦手な存在ではあるが、最早自分しか残されていない。カシルマでは力不足だろうし、クリヌスには単純に先を越されたくない。彼の記憶の中にあるもう一人の弟子の消息は掴めないが、その中には笑顔が見えたので、彼女にアルドを殺す事は不可能だろう。やはり自分しか居ない。
「……どうかしましたか?」
少し思考にのめり込み過ぎた。エリが訝るような表情でこちらの顔を覗き込んでいたので、慌てて表情を取り繕って、その場を凌ぐ。出来る事なら、心は読まれたくない。
「気にしないでくれ。個人的な事だ。で、キリーヤは何で出てこないんだ?」
「アルドさんと戯れたいとの事で。後数分もしたら出てくるそうですから、それこそあまり気にしない方が良いかと」
自分が言えた事では無いが、彼女も良く彼の所業を知って好いているモノだ。普通の者であれば軽蔑するなり失望するなりすると思うのだが、どうやら英雄様には一般的常識は通用しないらしい。誰に向けるでもなく肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
そんな事をしていると、彼女の背後の扉が開き、キリーヤが出てきた。
「あら、キリーヤ。アルドさんとの戯れはもういいの?」
「うん! 話したい事は他にもあるけど、それは何処かで休む時に出来るしね。今はレギ大陸を……どうにかして救わなきゃ」
「そうかそうか、救済か。それは結構だが、しかし忘れていないよな? 俺達がさっきまで戦ってた人間達にとって、生かされる事がどれだけ地獄なのかを」
釘を刺すようにそう言うと、キリーヤの明るい笑顔が、少しだけ不安に曇った。
「……はい。大丈夫です。死の無い世界何て想像も付きませんけど、殺す事であの人達を救えるなら……頑張って、殺します」
生かす事だけが善行では無い事を知る。人はそれを成長と呼び、何者かが英雄となるには知らなくてはならない要素の一つだ。それも分からずに善行を続けるならばその者は英雄とは呼ばれずに、偽善者と呼ばれるようになる。そして偽善者とは、およそ英雄以上に碌な死に方をしない。
彼女が、英雄を目指すならば。今じゃなくても良いから、いつかは理解してもらいたいものだ。
「ならいい。先生は、これからどう動くつもりなのか聞いたか?」
「あ、はい。この村からだったら闘技街が近いから、そっちに行くそうです。ただ、カテドラル・ナイツの方々が私達に手を出さないとも限らないらしいので、その辺りは気を付けろ、と」
そう言ってキリーヤがナイツの方を一瞥すると、即座に『烏』が睨みつけてきたので、直ぐに視線を逸らした。
「……それだけか。だったら安心してくれよ。あの程度の奴等だったら、何かしらで小競り合いが起きても俺一人で問題なく対処できる」
「あ、あの程度? フィージェントさん、ナイツの皆様がどれ程の強さなのか分かって―――」
「言ってるよ。だからあの程度って言ったんだ。複数人で掛かってくるんだったら確かに少し厳しいかもしれないが、一人程度だったら殺す気も起きない。ま、先生の自慢の戦力らしいから、間違っても短絡的な攻撃はしてこないさッ! 入口で固まってると先生が出てこれないし、取り敢えず俺は野郎共の方に行ってくるわ。もし仲良くやりたいって事なら、アイツ等には挨拶を済ませておけよー」
いつもの調子に戻ったフィージェントは、そんな事を言いながらパランナ達を揶揄いに行った。彼の言葉の真偽を確かめるように入り口から離れると、直後に何食わぬ顔で、アルドが空き家から出てきた。
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