ワルフラーン ~廃れし神話
剣か死か
「私達と手を組まないか?」
空き家へと足を踏み入れてから、最初に発された言葉が、それだった。一応、パーティとしての総大将はキリーヤだが、彼女はアルドの言葉に弱すぎてどんな言葉も頷きかねない。もしかしてフィージェントは、それを見越した上で自分を行かせたのだろうか。だとするならば鋭すぎるのだが。
立っていては話もゆっくり出来ないので、エリは近くの椅子に腰かけて、聖槍『獅辿』を壁に掛ける。警戒するのならば持っておいても良かったのだが、仮に持っていた所でアルドに本気で襲われたら為す術なく首を斬られて終了する。ならばせめて、こちらに攻撃の意思はない事を伝えて、あちらからも警戒心を取り除かなければ。
とはいえ、彼の言葉はあまりにも都合が良すぎるのだが。
「『謡』さんを使って宣戦布告じみた事までして、今更何のつもりですか?」
自分達は一年前、『謡』を通してアルドから警告のような何かを受け取っていた。
『五体満足で生きている事を前提に、この言葉を贈らせてもらう。キリーヤ、そしてエリ。私は現在やんごとなき事情により一時的に大陸侵攻を止めているが、再開次第レギ大陸を狙うつもりだ。無論、如何にお前達と言えど大陸奪還を邪魔するようであれば容赦はしない。昨日の敵は今日の友とは言うが、昨日の友は明日の敵でもある。私なんかに遠慮は要らないから……もし出会うような事があれば、全力で掛かって来い。私も一切の慈悲を捨てて、全力で殺しに行こう』
こんな事を言われてから再会して、一体どんな気持ちを持てばいいのだろうか。確かに嬉しい事は嬉しい。彼が助けに来なければ自分達は危なかっただろうし、その事については感謝している。しかしながら、それではあの警告は一体何だったのだという話になってくる……という話を続けたいのだが、目の前の光景がどうしても気を散らしてしまって叶わない。
「ちょっとキリーヤ、いつまでもアルドさんに抱き付いてたら迷惑でしょ。一応貴方は総大将なんだから、離れなさい」
「え―――キャッ!」
いつまでもアルドに抱き付いているキリーヤの首根っこを掴んで引き寄せると、彼女は少しだけ心残りがあるような表情を浮かべたが、直ぐに表情を引き締めて、アルドを見据える。ようやく真面目な調子に戻ってくれたようだ。
「エリの悪い癖だよ? 話を直ぐ先に進めようとしちゃって。私はもう少しアルド様との出会いを喜びたかったのに……」
 戻っていない。真面目に見えたのは気のせいだった。
ブツブツと文句を言っていて聞くに堪えないので、アルドとの話を続ける前に、まずはこちらの問題を処理しよう。
「―――キリーヤ。貴方の言いたい事は分かるけど、仮にも今は敵と味方よ。一応総大将なんだから、その辺りはきちんとしてくれなきゃ。……済みません。ご迷惑でしたよね」
「……気にしていないさ。しかしお前の言う事は尤もだな。確かに私は、お前達に対してそのような言葉を贈った覚えがある」
「ご説明、いただけますか」
「無論だ」
それからようやく真面目になってくれたキリーヤと共に、アルドから幾らかの情報を貰った。『死』の執行者なる存在が別世界から人間を送り込んできている事。そしてその人間は、特殊な手段を用いなければ殺せない事。更には、この世界を支配しようとしている事。今まで通りリスドで過ごしていたら到底信じられないような話の数々だったが、そもそもフィージェントが『権能』なるモノを容易く使用している時点で、エリの常識は腐敗した。だから外の世界の存在と執行者について聞かされても、大して驚く事は無かったし、キリーヤのような露骨に疑問符を浮かべる事も無かった。
「えっと、つまりどういう事?」
「別世界の人達がこの世界を侵略しに来てるって事よ。私から言わせれば、その執行者って存在がやってる事はアルドさんとそう変わらないように思うけど」
「そう思うか。まあそう思ってくれても構わない。実際問題、人間側からすれば私は侵略者だからな。しかしながら同じ侵略者と言えど、勢力が違えば互いを悪と思うのは当然の道理。およそ一年前にお前達に警告したのは、その事を知らなかったからだ。レギ大陸の兵力に成り得る全ての人間とお前達……その二つが相対すべき敵なのだろうと思っていた。だが時間が経ってみればこれだ。執行者は私達魔人側としても、そして人間側としても敵に成り得る勢力。だから提案した。手を組まないかとな」
それはキリーヤ達からすればあまりにも好条件な同盟だった。こちらは全幅の信頼を置くに足る存在を仲間に出来て、更には事態の解決まで図ってくれると。普通に考えようがひねくれて考えようが、どう転んだってこちら側に損はない。だが、ちょっと待って欲しい。即座に肯定の意を示そうとしたキリーヤを抑え込んで、エリは会話を繋げる。
「アルドさん程の強さがあれば、私達と手を組まずとも事態を解決出来る筈では……無いんですか」
仮にアルド一人では無理だったとしても、ではアルドの引き連れているあの者達を加えればどうか。あの中にはレギ大陸にて見覚えのある顔も居たし、その上で言わせてもらうのなら不足ない戦力な筈だ。誰の協力も無くたって、あの者達さえ居ればきっとどうにかなってしまう。自分はあの者達の事を良く知りはしないが、それでもここまで言い切る事が出来る。彼等にはそれ程の力を感じた。
だからこそ、眼前の彼の行動が、解せない。
「……難しい話だな。しかし、今回の侵攻は私にとってもお前達にとっても重要な局面だ。万全を期すに越した事は無い。それに、一年もレギ大陸を歩き回っていたんだろう? 街中は魔人を引き連れている私なんかより、お前達の方がずっと動きやすい筈だ。お前が何を深読みしているのかは知らないが、難しい事は考えなくていい。執行者は魔人にとっても人間にとっても敵なのだから、協力して潰そうというだけの話なのだからな。本当は私だって外世界の事情なんぞに関わってきてもらいたくはなかったが、こればかりは……な。期限に関して言わせてもらえば死の執行者を倒すまで。そしてそれが完了した瞬間から、今度こそ私達は敵対関係に戻る。どうだ、悪い話では無いだろう」
アルドが机に肘を突いて前傾姿勢になると、何故かこちらはそれに合わせて仰け反ってしまう。彼の瞳から放たれる歪みない意思の視線が、自分の身体を押している事に気付いたのは、直ぐの事だった。特に意識はしていなくても舌は痺れて、全身の筋肉は強張る。このままでは呑まれてしまいそうだったので、エリも負けじと前傾姿勢になると、不思議と体の緊張が解れた気がした。
「確かに。レギ大陸救済に私達が関わっていたとあればキリーヤの思想を理解する人だって増えるかもしれませんね。それにもしそうなったら……一つ質問があります。大陸奪還の際、魔人に好意的な人間が居ると仮定して、その人は殺すんですか?」
「……私の弟子が一度こちらの大陸に訪れた事があったが、魔人達も大した拒否感や嫌悪感は抱いていなかった。それに鑑みるならば、本当に魔人に対して偏見を持ち合わせていないのなら、魔人もまたそれを憎む事は無いという事になる。そもそも大陸奪還においてどうして人間を殺すのかと問われれば、それは魔人がその大陸で生活する上で、偏見を持つ人間とは一緒に暮らせないからだ。故に……殺しはしない。だがこちらには少しばかり特別な存在が居る故、無意識下にある嘘でさえ、通用はしないと思え」
そこでキリーヤの手が簪へと伸びたのを一瞥。視線を戻す。
「成程。ではもし、キリーヤの思想に真なる理解を示すモノが生まれた場合は、その人は殺さないと」
「ああ―――」
「ちょっと待ってください!」
彼の首肯と同時に割り込んできたのは、興奮を抑えきれぬ様子のキリーヤだった。片手にはすっかり見慣れてしまった簪が握りしめられている。
「つまり、レギ大陸全ての人間が魔人に好意的になれば、誰も殺さないという事ですかッ?」
鼻先が衝突しそうなほどの距離まで詰め寄られても、アルドは眉一つ/刃一振り動かさぬまま、彼女の顔を押し退ける。
「―――そうだな。王には流石に死んでもらうが、それ以外は見逃すだろう。ただし! そんな事はあり得ないと断言出来るがな」
かつての英雄がそれを言うと、非常に説得力がある。確かに、そんな事が容易に可能だったのなら、彼は百万の魔人を殺す事は無かった。容易に説得して、容易に共存して、そして容易に平和が訪れていた筈だ。実際は血みどろの殺し合いの果てに、人間の人間による人間の為の独占的な平和が始まってしまったが。そんな経緯があるのは事実で、だからこそ彼の言葉には生半可な言葉は返せなかった。少なくともエリには、無理だった。
「そしてあり得ないのならば、例外たる基準は余程の特殊な事情、または殺すまでも無く死んでしまいそうな者くらいで、それ以外はたとえ子供だろうが女性だろうが老人だろうが皆殺しだ。共存を目指す英雄の前で口走るのは如何なモノかと個人的には思うが……こちらとしても、今はお前達を殺す暇、はたまた気にかけている暇がある訳じゃ無い。出来るだけ正直に話していこうと思っているから、気を悪くするなよ」
押し退けられたキリーヤは少しの間唇を舐めてから、普段見るような優しい笑顔で言う。
「大丈夫です! 私はアルド様の正しい事を、信じていますから!」
嘘だ。彼女が唇を舐める時は、大体自信を持ち合わせていない時。本人が居る手前どうにか笑顔で取り繕ったが、実際は誰かが死ぬ所を見たくないのが本音、と言った所か。しかもその殺す人間が、敵対関係となっても慕っている存在であると言うのなら、彼女が仕草として感情を晒してしまうのも無理はない。
いつだったかキリーヤは言っていた。平和な世界が見たいのだと。魔人とずっと、見ていたいのだと。
そんな夢見がちな彼女の目の前で無慈悲にも現実を突きつけるアルドは、何処までも冷たくて、しかし何処か、試しているようでもあった。
「―――話が少し逸れたか、そろそろ結論を聞こう。手を組むか、組まないか。強制はしないし、断ってくれても構わない。どちらにしてもお前達に構っている暇は無いからな、執行者の行方を調査しつつ『住人』共を殺していくだけだ……では。エリではなく、お前に問おうキリーヤ。相容れぬ事の無い魔王の手を取り、たった一人の部外者を追い出すか、それともこの手を払って、己が道を突き進むか。この場で選べ」
エリの方を一瞥してから、特に悩む事も無くキリーヤは答えを口にした。
空き家へと足を踏み入れてから、最初に発された言葉が、それだった。一応、パーティとしての総大将はキリーヤだが、彼女はアルドの言葉に弱すぎてどんな言葉も頷きかねない。もしかしてフィージェントは、それを見越した上で自分を行かせたのだろうか。だとするならば鋭すぎるのだが。
立っていては話もゆっくり出来ないので、エリは近くの椅子に腰かけて、聖槍『獅辿』を壁に掛ける。警戒するのならば持っておいても良かったのだが、仮に持っていた所でアルドに本気で襲われたら為す術なく首を斬られて終了する。ならばせめて、こちらに攻撃の意思はない事を伝えて、あちらからも警戒心を取り除かなければ。
とはいえ、彼の言葉はあまりにも都合が良すぎるのだが。
「『謡』さんを使って宣戦布告じみた事までして、今更何のつもりですか?」
自分達は一年前、『謡』を通してアルドから警告のような何かを受け取っていた。
『五体満足で生きている事を前提に、この言葉を贈らせてもらう。キリーヤ、そしてエリ。私は現在やんごとなき事情により一時的に大陸侵攻を止めているが、再開次第レギ大陸を狙うつもりだ。無論、如何にお前達と言えど大陸奪還を邪魔するようであれば容赦はしない。昨日の敵は今日の友とは言うが、昨日の友は明日の敵でもある。私なんかに遠慮は要らないから……もし出会うような事があれば、全力で掛かって来い。私も一切の慈悲を捨てて、全力で殺しに行こう』
こんな事を言われてから再会して、一体どんな気持ちを持てばいいのだろうか。確かに嬉しい事は嬉しい。彼が助けに来なければ自分達は危なかっただろうし、その事については感謝している。しかしながら、それではあの警告は一体何だったのだという話になってくる……という話を続けたいのだが、目の前の光景がどうしても気を散らしてしまって叶わない。
「ちょっとキリーヤ、いつまでもアルドさんに抱き付いてたら迷惑でしょ。一応貴方は総大将なんだから、離れなさい」
「え―――キャッ!」
いつまでもアルドに抱き付いているキリーヤの首根っこを掴んで引き寄せると、彼女は少しだけ心残りがあるような表情を浮かべたが、直ぐに表情を引き締めて、アルドを見据える。ようやく真面目な調子に戻ってくれたようだ。
「エリの悪い癖だよ? 話を直ぐ先に進めようとしちゃって。私はもう少しアルド様との出会いを喜びたかったのに……」
 戻っていない。真面目に見えたのは気のせいだった。
ブツブツと文句を言っていて聞くに堪えないので、アルドとの話を続ける前に、まずはこちらの問題を処理しよう。
「―――キリーヤ。貴方の言いたい事は分かるけど、仮にも今は敵と味方よ。一応総大将なんだから、その辺りはきちんとしてくれなきゃ。……済みません。ご迷惑でしたよね」
「……気にしていないさ。しかしお前の言う事は尤もだな。確かに私は、お前達に対してそのような言葉を贈った覚えがある」
「ご説明、いただけますか」
「無論だ」
それからようやく真面目になってくれたキリーヤと共に、アルドから幾らかの情報を貰った。『死』の執行者なる存在が別世界から人間を送り込んできている事。そしてその人間は、特殊な手段を用いなければ殺せない事。更には、この世界を支配しようとしている事。今まで通りリスドで過ごしていたら到底信じられないような話の数々だったが、そもそもフィージェントが『権能』なるモノを容易く使用している時点で、エリの常識は腐敗した。だから外の世界の存在と執行者について聞かされても、大して驚く事は無かったし、キリーヤのような露骨に疑問符を浮かべる事も無かった。
「えっと、つまりどういう事?」
「別世界の人達がこの世界を侵略しに来てるって事よ。私から言わせれば、その執行者って存在がやってる事はアルドさんとそう変わらないように思うけど」
「そう思うか。まあそう思ってくれても構わない。実際問題、人間側からすれば私は侵略者だからな。しかしながら同じ侵略者と言えど、勢力が違えば互いを悪と思うのは当然の道理。およそ一年前にお前達に警告したのは、その事を知らなかったからだ。レギ大陸の兵力に成り得る全ての人間とお前達……その二つが相対すべき敵なのだろうと思っていた。だが時間が経ってみればこれだ。執行者は私達魔人側としても、そして人間側としても敵に成り得る勢力。だから提案した。手を組まないかとな」
それはキリーヤ達からすればあまりにも好条件な同盟だった。こちらは全幅の信頼を置くに足る存在を仲間に出来て、更には事態の解決まで図ってくれると。普通に考えようがひねくれて考えようが、どう転んだってこちら側に損はない。だが、ちょっと待って欲しい。即座に肯定の意を示そうとしたキリーヤを抑え込んで、エリは会話を繋げる。
「アルドさん程の強さがあれば、私達と手を組まずとも事態を解決出来る筈では……無いんですか」
仮にアルド一人では無理だったとしても、ではアルドの引き連れているあの者達を加えればどうか。あの中にはレギ大陸にて見覚えのある顔も居たし、その上で言わせてもらうのなら不足ない戦力な筈だ。誰の協力も無くたって、あの者達さえ居ればきっとどうにかなってしまう。自分はあの者達の事を良く知りはしないが、それでもここまで言い切る事が出来る。彼等にはそれ程の力を感じた。
だからこそ、眼前の彼の行動が、解せない。
「……難しい話だな。しかし、今回の侵攻は私にとってもお前達にとっても重要な局面だ。万全を期すに越した事は無い。それに、一年もレギ大陸を歩き回っていたんだろう? 街中は魔人を引き連れている私なんかより、お前達の方がずっと動きやすい筈だ。お前が何を深読みしているのかは知らないが、難しい事は考えなくていい。執行者は魔人にとっても人間にとっても敵なのだから、協力して潰そうというだけの話なのだからな。本当は私だって外世界の事情なんぞに関わってきてもらいたくはなかったが、こればかりは……な。期限に関して言わせてもらえば死の執行者を倒すまで。そしてそれが完了した瞬間から、今度こそ私達は敵対関係に戻る。どうだ、悪い話では無いだろう」
アルドが机に肘を突いて前傾姿勢になると、何故かこちらはそれに合わせて仰け反ってしまう。彼の瞳から放たれる歪みない意思の視線が、自分の身体を押している事に気付いたのは、直ぐの事だった。特に意識はしていなくても舌は痺れて、全身の筋肉は強張る。このままでは呑まれてしまいそうだったので、エリも負けじと前傾姿勢になると、不思議と体の緊張が解れた気がした。
「確かに。レギ大陸救済に私達が関わっていたとあればキリーヤの思想を理解する人だって増えるかもしれませんね。それにもしそうなったら……一つ質問があります。大陸奪還の際、魔人に好意的な人間が居ると仮定して、その人は殺すんですか?」
「……私の弟子が一度こちらの大陸に訪れた事があったが、魔人達も大した拒否感や嫌悪感は抱いていなかった。それに鑑みるならば、本当に魔人に対して偏見を持ち合わせていないのなら、魔人もまたそれを憎む事は無いという事になる。そもそも大陸奪還においてどうして人間を殺すのかと問われれば、それは魔人がその大陸で生活する上で、偏見を持つ人間とは一緒に暮らせないからだ。故に……殺しはしない。だがこちらには少しばかり特別な存在が居る故、無意識下にある嘘でさえ、通用はしないと思え」
そこでキリーヤの手が簪へと伸びたのを一瞥。視線を戻す。
「成程。ではもし、キリーヤの思想に真なる理解を示すモノが生まれた場合は、その人は殺さないと」
「ああ―――」
「ちょっと待ってください!」
彼の首肯と同時に割り込んできたのは、興奮を抑えきれぬ様子のキリーヤだった。片手にはすっかり見慣れてしまった簪が握りしめられている。
「つまり、レギ大陸全ての人間が魔人に好意的になれば、誰も殺さないという事ですかッ?」
鼻先が衝突しそうなほどの距離まで詰め寄られても、アルドは眉一つ/刃一振り動かさぬまま、彼女の顔を押し退ける。
「―――そうだな。王には流石に死んでもらうが、それ以外は見逃すだろう。ただし! そんな事はあり得ないと断言出来るがな」
かつての英雄がそれを言うと、非常に説得力がある。確かに、そんな事が容易に可能だったのなら、彼は百万の魔人を殺す事は無かった。容易に説得して、容易に共存して、そして容易に平和が訪れていた筈だ。実際は血みどろの殺し合いの果てに、人間の人間による人間の為の独占的な平和が始まってしまったが。そんな経緯があるのは事実で、だからこそ彼の言葉には生半可な言葉は返せなかった。少なくともエリには、無理だった。
「そしてあり得ないのならば、例外たる基準は余程の特殊な事情、または殺すまでも無く死んでしまいそうな者くらいで、それ以外はたとえ子供だろうが女性だろうが老人だろうが皆殺しだ。共存を目指す英雄の前で口走るのは如何なモノかと個人的には思うが……こちらとしても、今はお前達を殺す暇、はたまた気にかけている暇がある訳じゃ無い。出来るだけ正直に話していこうと思っているから、気を悪くするなよ」
押し退けられたキリーヤは少しの間唇を舐めてから、普段見るような優しい笑顔で言う。
「大丈夫です! 私はアルド様の正しい事を、信じていますから!」
嘘だ。彼女が唇を舐める時は、大体自信を持ち合わせていない時。本人が居る手前どうにか笑顔で取り繕ったが、実際は誰かが死ぬ所を見たくないのが本音、と言った所か。しかもその殺す人間が、敵対関係となっても慕っている存在であると言うのなら、彼女が仕草として感情を晒してしまうのも無理はない。
いつだったかキリーヤは言っていた。平和な世界が見たいのだと。魔人とずっと、見ていたいのだと。
そんな夢見がちな彼女の目の前で無慈悲にも現実を突きつけるアルドは、何処までも冷たくて、しかし何処か、試しているようでもあった。
「―――話が少し逸れたか、そろそろ結論を聞こう。手を組むか、組まないか。強制はしないし、断ってくれても構わない。どちらにしてもお前達に構っている暇は無いからな、執行者の行方を調査しつつ『住人』共を殺していくだけだ……では。エリではなく、お前に問おうキリーヤ。相容れぬ事の無い魔王の手を取り、たった一人の部外者を追い出すか、それともこの手を払って、己が道を突き進むか。この場で選べ」
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