ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄戦争

 襲い掛かってくる人間に槍を突き刺すが、人間は怯んだ様子も見せぬままこちらの首を刈り取らんと鎌を薙ぐ。直後、横から割り込んできた金色の光が人間の頭部を吹き飛ばし、その動きを強制的に止めた。
「エリ。そいつらにはその槍は通じないから、やるなら首を狙え。数秒くらいは動きも止まるだろう」
 余裕たっぷりの笑顔でそう指摘してきたのはフィリアス―――もといフィージェント。彼はこちらに視線を向けて無防備な体を周囲の敵に晒しているが、彼に接近する度に不可視の刃が敵を切り裂き、消し飛ばす。自分達と一体何が違うのか、彼に葬られた人間は、誰一人の例外も無く動かない。目の前の人間の首を貫いてから槍を振り回し、周囲に群がる人間を牽制。途中で槍に貫かれた人間を離すと、様子を窺っていた一人の人間に覆いかぶさった。
「しっかしキリがないよな。一体どうして突然こんな事になっちまったんだか。まあいいさ、俺としては死ににくそうな相手が出て来てくれて何よりだし、こういう騒動は良き縁を持つというからな。こうやって戦っていたら、きっと何か特別な出会いが―――」
「フィージェント! 後ろだッ」
 彼の後ろでは、体長二メートルを超える大男が、人間が持てるとは思えないような大斧を振りかぶっていた。一番近くに居るのはエリだが、無理に介入すれば彼女の方が死にかねない。それに彼女もまた、何処を刺しても斬っても死なない人間に手を焼いていて、とてもじゃないが誰かを助ける余裕なんて無い。フィージェントに警告をした男―――クウェイもまた、同じような状況だった為に、誰かが介入してくるような都合の良い展開は訪れない。確実に。
「んー? ああ、気にするな。図体がでかくても中身が無いんじゃ話にならん。『貫け』」
 淡々とした口調でその言葉が紡がれると、斧を振り下ろそうとした大男の腹部にいつの間にか巨大な風穴が空けられていた。痛みすらなく吹き飛ばされた腹部は、血液すらも巻き込んで消滅していた。大男の体勢が崩れて、その場に崩れ落ちる。
 多勢に無勢という言葉の表す通り、少数派はあらゆる抗争において不利を取るが、そこに所属している筈のフィージェントは、そんな不利なんて知った事では無いかのように飄々と、そして悠々と戦っている。彼以外の四人は、皆死の恐怖を間近に感じながら戦っているというのに。
「フィージェントさん。武器が壊れました!」
 幼さの残る声が戦場に響いた。声を上げたのはプラチナブロンドの髪がとても美しい少女、キリーヤだ。その体つきは成人女性も顔負けの肉付きで、それでいながら二十歳すら超えていない希少種。もしも王族であれば、躊躇わず性奴隷にして、自らの煩悩をぶつけさせる事を選ぶだろう。彼女とエリが二人並ぶだけで、待ちゆく男性は皆二人の虜である。尤も、その二人の魅力にも負けず劣らず、男臭い者達が囲むように歩いている為、結局声を掛けられる事は無いのだが。
「あいよ。次はどんな武器が欲しいんだ?」
「長期戦に向くような武器を! そして死なない人に効果覿面なモノをッ」
 注文は一見して不可能とも思える難易度だが、フィージェントには何の問題も無い。脳裏で彼女の注文に合うように武器を製作。『鞘』に手を突っ込んで取り出す頃には、もうすっかり出来上がっていた。この時に雑に投げてついでに援護をするのも悪くないが、各方面を守護するのは自分達で決めた事。フィージェントは少女の方をじっと見て、武器が渡せそうなタイミングを探す―――今だ。彼女が振り回せるような細身の剣は、こちらからすれば少々軽く、思った以上に距離が伸びた。
「有難うございますッ!」
 しかし、まがりなりにも彼女は英雄である。キリーヤは人間の肩を踏み台にして、曲芸師の如き跳躍を披露。予想よりも遥かに上を飛んでいた剣をしっかりと掴み、ついでに足元に居た人間を一刀両断する。それで敵はようやく一二〇体まで減った。
 自分はいいとして、これではいずれ四人の力が尽きてしまう。パランナに至っては、キリーヤに良い所でも見せようとしているのか、無理に人間の多い所を担当してしまって、こちらと会話する余裕すらなくなってしまっている。それでもどうにか防衛が成立しているのが彼の凄い所だが、何にしてもこのままでは物量の差で押し負けてしまいそうだ。
「おっと」
 『鞘』から抜刀すると同時に地中から奇襲を仕掛けてきた人間に突き立てる。エリの足元を取りたかったようだが、そうはいかない。地中から上空数万キロに至るまで、全てが自分の感知範囲。幾ら知性があると言っても取り柄が『死なない』事だけでは自分を欺く事は不可能だ。それに不死身と言っても、例えば彼のような……
 ゆっくりと気配の感じる方向を振り向くと、遥か遠方よりこちらに来たる助っ人の姿が見えていた。そしてその瞬間、フィージェントは確かに感じ取った。権能何て使わなくても感じ取れるくらい、ハッキリと。
 この戦いには早々に決着が訪れる事を。


















「死すべし死すべし死すべし死すべしッ!」
 次に向かった村はレギ大帝国の近くにある為か、やはり『住人』達に襲われていた。先程よりも数が少ないのは、『住人』を殺せる手段を持つ先客が相手をしてくれていたからだろう。その光景を見るや、ルセルドラグはアルドを追い越す事も厭わぬ勢いで『住人』達へと突っ込んでいった。その怒りの原動力は恐らく不満であり、先程の自分の言葉に納得はしたが、それで怒りまでもが治まる訳が無いと言った所だろう。流石に死の無い世界に生きた『住人』なので、他とは違って『骸』の存在に気付きはしたが、気づいたからといってカテドラル・ナイツ最強の彼を相手どれる道理は無い。必死の形相で何とか防衛を成立させていた四人を置き去りにするかのように―――いや、実際置き去りにしていた。殺す速度があまりにも早すぎる。それは一秒で一人、十秒で十人程度の速度ではなく、瞬きをした時には既に十人、そして百人。アルドと言えど本気を出さなければ成し得ぬ速度なので、彼は恐らく第一切り札を使っているのだろう。
 『骸』の魔人、ルセルドラグの第一切り札は『連鎖する死ペイルライダー』。攻撃した相手の状態を『生』から『死』に書き換え、更にはそれを周囲に伝染させる秘術だ。武器でも無ければ魔術でも無い。『骸』だからこそ使える、特別な能力。一般的な『死』とは、何らかの要因により『生』の状態から移行した状態の事を言うが、彼の能力では要因を無視して『死』に繋げる為、その概念が無くなってしまったモノにさえも与える事が出来る。恐ろしいのは、それがまるで感染症のように広がって影響を及ぼす事だが、これに対しての解答法を持ち合わせている存在は非常に少ない。死をも恐れぬ『住人』達は、彼を殺さんと武器を振るっては、次々と死んでいった。満足げな表情を浮かべながら、この上なく安らかに。
 元々先客たちがある程度減らしてくれていた事もあって、戦闘は直ぐに終了した。
















 全く訳が分からなかった。自分の身体が悲鳴を上げて、もう無理かもしれないと思い始めた時に、突然目の前の人間が死んで。その次の瞬間にはエリやパランナ、クウェイの担当していた方向でも同じ事が起きて。フィージェントだけは何が起こっているのか理解しているかのように笑っていたが、一体何がどうしたというのだろうか。取り敢えず、助かった事は分かったのだが。
「フィージェントさん。一体何が起きてるんですか?」
 簪を付け直しつつ尋ねると、彼は少々意外そうに眼を細めてから、身体を休めるように背後の家に背中を預けた。
「分かってないのか? ……元魔人の、お前が?」
「え」
 小声で言葉を付け足したのは、キリーヤが未だエリ以外の誰にもその事について打ち明けていない事を考慮してくれたのだろう。どうしてフィージェントが知っているのかは分からないが、ここで嘘を吐いた所で意味は無いので止めておく。それよりは言葉の意味を考えた方がずっと意味があるだろう。
 要領を得ない表情で首を傾げる少女を見て、フィージェントは無言で指をさしてから、過度の疲労と魔術による何らかの負傷によって嘔吐しているエリに駆け寄った。
「大丈夫か、お前」
 背中を何度か軽く叩いてやると、彼女は追加で数度嘔吐してから、ようやく気分の悪さが抜けたとばかりに、吐瀉物を避けて座り込んだ。放置していると文句を言われそうなので、消失の権能にて吐瀉物を消し去り、その場所にフィージェントも座り込む。
「平衡感覚でも崩されたか? 嘔吐なんて女性がやっていいもんじゃないぞ」
「やりたくてやってる訳じゃ……はあ、ありませんよ。しかし、貴方にはみっともない所を見せてしまいましたね」
 力なく地面を触るエリの腕に、隣に座る彼の腕が、優しく置かれた。視線を上げると、こちらを嗤うでも無いフィージェントが、真剣な眼差しでこちらの言葉を窺っていた。
「気にするな。お前やキリーヤみたいな女には中々巡り合えなくてね。それに困っていた時と比べればずっとマシだ」
 曰く、彼は女運が無いとの事だが、それでも女性をドキリとさせる才能くらいはあるらしい。騎士として生きた自分で無ければ、きっと彼に好意を持っていたかもしれない。
「……一応言っておきますが、口説いても無駄ですよ」
「口説くわきゃねえだろ。今までの経験から言って、どうやら俺は男としての魅力が無いみたいだし、お前達にはもっといい男が待ってる筈さ。いや、来るのかな」
「え。それってどういう……」
 彼の思わせぶりな一言は、場違いに大きい少女の声によって、明確になった。




「アルド様ッ!」




 死なない人間達によって壊された壁の向こう側から現れたのは、魔王率いる『カテドラル・ナイツ』。その実力の一端はこちらも良く知る所にあるが、もっと驚くべきはそれら全てを従わせている魔王。アルド・クウィンツだ。
 彼は近寄ってきたキリーヤの頭を撫でつつ、リスド大帝国で出会った時と同じくらいの優しい瞳をこちらに向けて。
「久しぶりだな、フィージェント。エリ。あれから何があったかは知らないが、随分と仲良くなってくれて何よりだ」
「おっす先生。久しぶりだな。約束通り御守はしてるから、ちょっとくらいの悪戯は、まあ勘弁してくれよな」
 いつにも増して輝いた笑顔を浮かべるフィージェントは、羞恥心などまるで無いからか、上に置いた手をどかそうともしてこない。普段のエリであればそこに集中してしまうだろうが、今だけは事情が違った。
 国も滅ぼされて、家族も殺された。だから想い人という訳では無いのに、それでもどうしてか彼を見ると、頬が綻んでしまう。心が少しだけ安らいでしまう。彼と一緒に戦えたらどんなに楽しいかを考える自分が居る。それくらいエリの中でアルドは、たとえ故郷を壊した張本人だったとしても、信頼に足る人間だった。
 或いはそれが、彼の『英雄』としての特性なのだろうか。
「久しぶり……ですね、アルドさん。ひょっとして、私達を殺しにでも?」
 疲れた体に似合わぬ笑顔を張り付けて問うと、彼はこの村の全ての住人が避難している集会所を見てから、誰も居なくなってしまった空き家に足を踏み入れる。詳しい事は中で話したいという事だろうか。いち早くそれを察したキリーヤは、ナイツ達の持つ殺気を意にも介さず空き家へと入っていった。
「俺は『一応』残るが、お前は行ってやれ。仮にもキリーヤの相棒だろう」
「相棒だなんてそんな……しかし、そうですね。行ってきます」
 エリは壁を器用に使って立ち上がり、ズレた平衡感覚に難儀しつつも足を進める。
 此度の彼は敵か、味方か。或いはそれこそが、何よりの問題だ。













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