ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

憎悪犇めくその中で

 終わって見れば『住人』の、何と呆気ない事か。取り柄は本当に死なない事だけで、練度も運も技術も足りない。戦っていて全く手応えを感じなかった。ナイツも同じ気持ちを抱いているようで、ファーカはしきりに村の石壁を意味も無く鎌で突き刺している。
 二刀流等という慣れないスタイルで戦ったのにこうも容易く勝ててしまうとは……肩透かしを食らった気分である。
「お、お前達は一体……」
 見た事が無い顔なので、自分との関係性は皆無に等しいのだろう。侵攻を続けて知り合いと出会う度に『邂逅の森』の効果に少々の不信感を抱いていたが、やはりあの森の効果は健在だ。自分の顔を見ても何か言い出さないのがその証拠。フィージェントやカシルマ、クリヌス、或いはエニーアが異常なだけなのである。
 こちらから露骨に正体を明かせばひょっとしたら勘付いてくれるかもしれないが、それでは何のために己の記憶を捨てたか分からなくなってしまうので、する事は無い。
「人間共、大丈夫か?」
「人間共って……お前は人間じゃないのか?」
 アルドはかつてのエヌメラの立ち振る舞いを脳裏に浮かべながら、全身を広げてさも自分が大物であるかのように振舞ってみせる。
「魔人と人間が共に生きる……果たしてそんな状態が実現していようか。人間よ、貴様は―――このような姿を持つ魔人達と、共に生きたいと思うかね」
 自分が何よりも大切にしているカテドラル・ナイツを『このような姿』呼ばわりするのは非常に気が引けたが、これくらいの立ち回りをしなければ人間に威圧感を与えられない。それに、これはキリーヤの頑張りを見定める為でもある。もしも彼女の行動が大陸に多大なる影響を与えているというのなら、きっとこの人間の対応は―――
「そんな訳が無いだろうが! 魔物の遺伝子を持ちし忌まわしき下等種族が、人間と同等に生きられるなどと思い上がるな!」
――――――成程。そういう答えか。
 ナイツの方に視線をやると、全員さして気にしていない様で、むしろどうしてこちらに視線を投げてきたのか分かってすらいなかった。彼等からすれば理解者さえ居るのならばいいという事だろうか。しかしアルドからすれば、その発言は非常に嘆かわしいモノだった。分かりきっていなかった訳じゃ無いし、期待するだけ無駄だったと言えばそれまでだ。
 だが……彼女の努力にも拘らず、このような人間が未だ存在する事を考えると、アルドは無い涙を流しかねない。目の前に居る人間の存在自体が、キリーヤの努力の無意味さをこれ以上なく物語っているのだから。
 アルドは納めた死剣を、再び抜刀した。その行動に、目の前の男が警戒心を露わに武器を構える。
「や、やるかッ? 介入してくれた事には感謝しているが、子供達に手を出すようなら容赦はせんぞ!」
 その気になれば瞬きの瞬間に首を刎ねる事が出来る。たとえ先手を取られても武器諸共体を一刀両断する事なんて造作も無い。しかし、
「………………今は『住人』共が最優先だ。お前達のような脆弱な人間なんて、殺す価値も無い」
「貴様ァ―――ッ」
 男が肉迫しようと足を踏み出した瞬間、その首に湾曲した刃が優しく寸止めされる。その武器の先には当然ファーカが居て、今の彼女はとても機嫌が悪い。そんな時に己の主に歯向かおうとする愚か者が直ぐ近くで生まれれば、どんな事になるのかは言うまでもなかった。
「貴方のような下賤な人間が触れて良い存在ではありません。直ちにその武器を下ろしなさい」
「くッ。魔人如きが調子に乗るなよ!」
「その魔人に助けられたのは何処のどいつだ。全く、これだから人間というモノは浅ましい」
 自分にも適用されるのではないか、という危惧はこの際無視しておく。あらゆる不安に怯えていては如何にもな魔王は演じられない。
「……さて、ルセルドラグ。大陸に飛ぶ以前からずっと沈黙を保っているようだが、何か考え事か?」
 人間達から見れば、アルドが虚空に突然話しかけたようにも見えるだろう。しかしそこには確かにルセルドラグが居て、彼には念の為にチロチンの警護に回ってもらっていた。視線と共に言葉を投げかけると、彼はその瞳に赤い光を宿して、見えない斧槍を男へと突き付けた。
「無礼を承知で発言させていただく。アルド様、このような男は直ちに殺すべきだん。貴方の弟子達はこちらへの偏見も無く、さりとて敵意を持っている訳では無かった。まるで貴方様のように、とても寛容な心を持っていたん。しかしこの男はどうだら。魔物の遺伝子が入っている、たったそれだけのことでこちらを下等種族と見下し、侮っている。これ程の侮辱、聞き流す事は到底出来ぬ」
 基本的には忠実というより従順なルセルドラグが、まさか物申してくるとは思わなかった。言っている事は分かるが、異議を唱えるにしてもディナント辺りかと考えていたのだが。まあ、それくらいの言葉は予想していた。自分も彼と同じ方面で見ていれば、きっと同じ事を考えていただろう。
「……ルセルドラグ。人間が一番屈辱に感じる事は何だと思う? ああ、出来ればお前の言う下賤な人間基準でな」
「魔人に殺される事では……無いのですか?」
「それも屈辱だろうな。だが私が思うに、そこな人間が一番屈辱に感じる事は……魔人に窮地を救われる事なのではないかと思うのだよ」
 言いつつ男の方へ振り返ると、どうやら図星だったようだ。男は何かに押し退けられたように一歩後退して、僅かに身体を震わせ始めた。
「ユーヴァン。酒が飲めないと思っていた奴に酒飲みで負けた時はどう思う?」
「悔しいッ! ああもう、それは実にな!」
「ではディナント。お前は……あー、フェリーテを巡って私と戦う事になった時、何と言っていた」
「キサ……ご、き―――に。フェリ、ーテ……は、助け、ら、ない」
 彼自身が一番近くに居たのに守れなかった。あれはそういう事情もあったから厳密には違うが、状況としては似たようなモノだ。どんな物事であれ、そこに矜持を持っている事柄であれば、格下のモノに負けるという事実自体が史上最大の屈辱。あらゆる事柄において使われる便利な言葉―――調子が悪かっただけ―――に逃げる訳にはいかない。それは、己を己たらしめている誇りを殺す事になるから。
「そういう事だ。こいつらはお前達を侮辱したが、殺す価値も無い。無論助けるような価値も無いが、それはこいつらからしても同じ事。であれば、逆に救えばどうなると思う?」




「……己の無力さ故に滅びかけた平和を、侮っていた魔人に助けられたという事実が残る」




 チロチンがリーナを背負いながら介入してくる。そこでようやく気付いたが、彼女の種族は『ねずみ』である。褐色の肌のせいで一体どんな魔人なのかと思っていたが、力なく垂れさがっている尻尾で理解出来た。種族を告げなかったあちらにも問題はあるだろうが、もしかしたら自分であれば言わずとも察してくれるだろうという期待故に言わなかったのかもしれない。そういう事だったのなら、危なかった。チロチンの友人であるのなら、次からはちゃんと覚えておこうか。
 リーナは『鼷』の魔人だと。
「その通りだ。こいつらは魔人を見下しているが故に、助けられる事を何よりも嫌っている。ならば敢えて殺さず、私達だけで大陸を救ってやれば……なあ人間。お前はどうする? 下等種族と思わしき魔人に大陸を救われたら」
「うッ……そ、そんな事有り得ない! あんな化け物共、勝てる訳がない!」
「ついさっき五千人程殺した事をもう忘れてしまったのか? まあいい。勝てる訳が無いと言うのであれば猶更都合が良い。私達だけで見事レギ大陸を救うぞ。そしてもし本当にレギ大陸を魔人が救ってしまったのなら……さて、下等種族は一体どちらだったのか。明らかになるだろうな」
 アルドは身を翻し、片手で『行くぞ』と告げる。ナイツ達はそれぞれ男を憎悪の視線で一瞥してから、アルドの背中を追うように歩き出す。
「さて。次は……どうやら、懐かしい顔ぶれも揃っているようだな」


 


 

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