ワルフラーン ~廃れし神話
不死の狂軍
幾ら自分でも別の大陸から様子を見る事は出来ないが、レギ大陸の方を注視すれば何やら異様な事になっているのが良く分かった。具体的には、かつて自分が百万の魔人を相手にした時に感じた死の臭いがする。あまりにも距離が遠いせいで、本当に僅かに感じるのみだが、ここまで確かに感じるといっそ嫌悪感すら感じてくる。
「アルド様、依頼人を連れて参りました」
どうせ『隠世の扉』で出発するのだし、ならば帝城でふんぞり返ってチロチンを待つ必要は無い。アルドはナイツを連れて、港の方へと移動していた。ここで待っていれば少しくらいは彼の手間も省けるだろう。すれ違いになる恐れは存在しない。何故ならばフェリーテが居るから。アルドは身を翻して、チロチンの手を掴む女性を見遣る。
魔人という種族はメグナやチロチンのような魔物寄りというのは大概少なく、大体は人間の体を基本としてそこに魔物の特徴が浮き出るというのが常だが、彼の連れてきた女性は、本当に魔人なのかと疑う程に人間に近かった。一見すればフェリーテと同じ系統にも見えるが、彼女はれっきとした魔人であり、明確にこちらはその違いが分かっているので、厳密には違う。
「リーナ。アルド様の御前だ、名を名乗れ」
失礼な言い方だが、チロチンがファーカ以外の女性とここまで親しそうに話している所なんて初めて見た。呼び捨て程度で『親しそう』と表すこちらも何かおかしな気がするが、語調が一貫して柔らかいのを感じると、そう思わずには居られない。
「……リーナです。えっと……アルド様は、どなたですか?」
両目を覆い隠すように包帯を巻いているが、その包帯を加味しても尚彼女が美人と呼ばれる類にある事はこちらにも直ぐに分かった。服はまともに着られないのか、羽織って目の前のボタンを留めるだけで着用できる特注品だが、一体誰がデザインしたのかやたらとお洒落な色合いをしている。まるで彼女の為だけに生まれたかのような服で、こんな服は見た事が……服? 衣類?
―――成程。製作者が分かった。
「私だ。お前が私に依頼を送ってきたリーナだな。同時並行で遂行するようで申し訳ないが、お前には大陸奪還に付き合ってもらうぞ。何、お前は何もしなくていいさ。只私の後ろに隠れて過ごしていればいい。お前の悩みが解決するまでな」
「はい……で、でも。本当に信じていいんですよね? 今度こそ、あの男は居なくなるんですよね?」
「ああ。仮にも私は魔王だ。民の一人や二人を守れないようではこの体に生きる価値は無い。安心しろ……なんてありふれた言葉で申し訳ないが、私にはそれしか言えないな」
チロチンの件についてはそれとなく問うてみるつもりだったが、傍らにファーカが居る影響で問う事は出来なかった。彼女の居る前で依頼の経緯を語ると、確実にリーナの首がこの場で刎ねられてしまう。ナイツの中で言わせればファーカは最も抑えが効かない存在なので、待てと言った所で言い聞かせる方が無理な話。無理に止めればその場は収まるだろうが、大陸奪還中の雰囲気が最悪なモノになりかねない。
ただでさえ二つの勢力と戦って勝利しなければならないのに、そこで内部の問題まで抱えてしまっては流石に対処しようがない。何となしにファーカの頭を撫でると、彼女は訝るような表情を浮かべてから、アルドに身体を寄せてきた。
「それでは挨拶も済んだ所で、チロチン」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げてから、チロチンは『隠世の扉』を発動した。
やはり何度入っても空間の外というモノは中々慣れない。声も聞こえなければ音も聞こえないし、視界も真っ黒いだけで何も情報らしき情報が見えていないし。やはり本当にレギ大陸に向かっているのか不安になってくるが、大丈夫だ。ナイツをフルシュガイドから取り戻す時もこれを使って無事に戻ってきた。今更レギ大陸へ移動する事くらいどうという事は無い筈だ。
しかしこんなところに居ると、自分の弟子にして唯一の女性である彼女の事を思い出してしまう。彼女は今どうしているのだろうか。元気でやってくれていればいいが、自分以外に触れない彼女が果たして別の所で満足に生活できているのか。また何かおかしな所に行っていないか。今も心配で仕方がない。他の弟子達と比べてみると、彼女と共に生活をしていた時期が休む暇も無くて辛かった記憶がある……まあ、カシルマとフィージェントと一緒に生活していた時期も、それはそれは体質の暴走何かで物凄く大変だったが。まるで走馬灯のように過る記憶に、アルドは苦笑してしまったかもしれない。感覚が無いので分からない。
それから歩き続けているつもりで数十分程度。空間内に出れば一秒も経っていないのだろうが、体感数十分。唐突に視界が色付いて、感覚が再起動。
最初に飛び込んできたのは、火の付いた弓矢だった。
「おっと」
額に命中する直前に矢の腹を掴み、傍らに投げ捨てる。偶然だとは思うが、ここまで的確に狙われていると最初から位置を予測していたのかと邪推せずには居られない。が、邪推は邪推のままである。アルド達の遥か前方では、自分達とは全く関係ない方向に魔術やら弓矢やらを放っている光景が広がっていたから。
「……全員、問題なくレギに辿り着いたようです」
背後から忍び寄ってきた彼の言葉に、アルドは頷いた。それについてはこちらも分かっている。というか、
「しょっぱい火を使ってるなあーッ。俺様の火を貸してやれば、この百倍は出るんだがなあッ!」
「……この程度、アルド様との死合に比べれば、児戯に等しきよ」
「イク……サ…………」
男性陣が盛り上がっているので、報告されるまでも無く全員が居る事は分かっている。ファーカとは空間の外に出る直前に手を繋いでいたし、リーナはチロチンに背負われているから消えようが無い。今回も無事に大陸移動には成功したようだ。
「ファーカ。血が疼くか?」
「えっ」
彼女に視線を合わせて尋ねると、ファーカは虚を突かれた様に目を見開いてから、顔を背ける。
「……正直に答えるならば、多少」
「ふむ。本当はどれくらいだ」
「凄くッ! ……あ、し、失礼しました」
同じ大陸に移動してしまえば否応でも感じるこの血の臭い。どうやら、長らく影に潜んでいたナイツの闘争心を目覚めさせてしまった様だ。ならば思う存分、その力を振るってもらおうか。一体どういう力が不死身に通じるのかどうかも気になる事だし。
「ここから北西の方角に小さな村があった筈だ。一体何人の不死と戦っているのか分からないが、戦火がここから目に見えて分かる以上、確実に範囲内にはある。死なないからって調子に乗っている奴等に、私達の存在を知らせてやろうじゃないか。準備は良いな?」
アルドは王剣の剣先を、歪みなく前方へと向けた。
「少数精鋭ながら魔王軍、これより侵攻を開始するッ」
「アルド様、依頼人を連れて参りました」
どうせ『隠世の扉』で出発するのだし、ならば帝城でふんぞり返ってチロチンを待つ必要は無い。アルドはナイツを連れて、港の方へと移動していた。ここで待っていれば少しくらいは彼の手間も省けるだろう。すれ違いになる恐れは存在しない。何故ならばフェリーテが居るから。アルドは身を翻して、チロチンの手を掴む女性を見遣る。
魔人という種族はメグナやチロチンのような魔物寄りというのは大概少なく、大体は人間の体を基本としてそこに魔物の特徴が浮き出るというのが常だが、彼の連れてきた女性は、本当に魔人なのかと疑う程に人間に近かった。一見すればフェリーテと同じ系統にも見えるが、彼女はれっきとした魔人であり、明確にこちらはその違いが分かっているので、厳密には違う。
「リーナ。アルド様の御前だ、名を名乗れ」
失礼な言い方だが、チロチンがファーカ以外の女性とここまで親しそうに話している所なんて初めて見た。呼び捨て程度で『親しそう』と表すこちらも何かおかしな気がするが、語調が一貫して柔らかいのを感じると、そう思わずには居られない。
「……リーナです。えっと……アルド様は、どなたですか?」
両目を覆い隠すように包帯を巻いているが、その包帯を加味しても尚彼女が美人と呼ばれる類にある事はこちらにも直ぐに分かった。服はまともに着られないのか、羽織って目の前のボタンを留めるだけで着用できる特注品だが、一体誰がデザインしたのかやたらとお洒落な色合いをしている。まるで彼女の為だけに生まれたかのような服で、こんな服は見た事が……服? 衣類?
―――成程。製作者が分かった。
「私だ。お前が私に依頼を送ってきたリーナだな。同時並行で遂行するようで申し訳ないが、お前には大陸奪還に付き合ってもらうぞ。何、お前は何もしなくていいさ。只私の後ろに隠れて過ごしていればいい。お前の悩みが解決するまでな」
「はい……で、でも。本当に信じていいんですよね? 今度こそ、あの男は居なくなるんですよね?」
「ああ。仮にも私は魔王だ。民の一人や二人を守れないようではこの体に生きる価値は無い。安心しろ……なんてありふれた言葉で申し訳ないが、私にはそれしか言えないな」
チロチンの件についてはそれとなく問うてみるつもりだったが、傍らにファーカが居る影響で問う事は出来なかった。彼女の居る前で依頼の経緯を語ると、確実にリーナの首がこの場で刎ねられてしまう。ナイツの中で言わせればファーカは最も抑えが効かない存在なので、待てと言った所で言い聞かせる方が無理な話。無理に止めればその場は収まるだろうが、大陸奪還中の雰囲気が最悪なモノになりかねない。
ただでさえ二つの勢力と戦って勝利しなければならないのに、そこで内部の問題まで抱えてしまっては流石に対処しようがない。何となしにファーカの頭を撫でると、彼女は訝るような表情を浮かべてから、アルドに身体を寄せてきた。
「それでは挨拶も済んだ所で、チロチン」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げてから、チロチンは『隠世の扉』を発動した。
やはり何度入っても空間の外というモノは中々慣れない。声も聞こえなければ音も聞こえないし、視界も真っ黒いだけで何も情報らしき情報が見えていないし。やはり本当にレギ大陸に向かっているのか不安になってくるが、大丈夫だ。ナイツをフルシュガイドから取り戻す時もこれを使って無事に戻ってきた。今更レギ大陸へ移動する事くらいどうという事は無い筈だ。
しかしこんなところに居ると、自分の弟子にして唯一の女性である彼女の事を思い出してしまう。彼女は今どうしているのだろうか。元気でやってくれていればいいが、自分以外に触れない彼女が果たして別の所で満足に生活できているのか。また何かおかしな所に行っていないか。今も心配で仕方がない。他の弟子達と比べてみると、彼女と共に生活をしていた時期が休む暇も無くて辛かった記憶がある……まあ、カシルマとフィージェントと一緒に生活していた時期も、それはそれは体質の暴走何かで物凄く大変だったが。まるで走馬灯のように過る記憶に、アルドは苦笑してしまったかもしれない。感覚が無いので分からない。
それから歩き続けているつもりで数十分程度。空間内に出れば一秒も経っていないのだろうが、体感数十分。唐突に視界が色付いて、感覚が再起動。
最初に飛び込んできたのは、火の付いた弓矢だった。
「おっと」
額に命中する直前に矢の腹を掴み、傍らに投げ捨てる。偶然だとは思うが、ここまで的確に狙われていると最初から位置を予測していたのかと邪推せずには居られない。が、邪推は邪推のままである。アルド達の遥か前方では、自分達とは全く関係ない方向に魔術やら弓矢やらを放っている光景が広がっていたから。
「……全員、問題なくレギに辿り着いたようです」
背後から忍び寄ってきた彼の言葉に、アルドは頷いた。それについてはこちらも分かっている。というか、
「しょっぱい火を使ってるなあーッ。俺様の火を貸してやれば、この百倍は出るんだがなあッ!」
「……この程度、アルド様との死合に比べれば、児戯に等しきよ」
「イク……サ…………」
男性陣が盛り上がっているので、報告されるまでも無く全員が居る事は分かっている。ファーカとは空間の外に出る直前に手を繋いでいたし、リーナはチロチンに背負われているから消えようが無い。今回も無事に大陸移動には成功したようだ。
「ファーカ。血が疼くか?」
「えっ」
彼女に視線を合わせて尋ねると、ファーカは虚を突かれた様に目を見開いてから、顔を背ける。
「……正直に答えるならば、多少」
「ふむ。本当はどれくらいだ」
「凄くッ! ……あ、し、失礼しました」
同じ大陸に移動してしまえば否応でも感じるこの血の臭い。どうやら、長らく影に潜んでいたナイツの闘争心を目覚めさせてしまった様だ。ならば思う存分、その力を振るってもらおうか。一体どういう力が不死身に通じるのかどうかも気になる事だし。
「ここから北西の方角に小さな村があった筈だ。一体何人の不死と戦っているのか分からないが、戦火がここから目に見えて分かる以上、確実に範囲内にはある。死なないからって調子に乗っている奴等に、私達の存在を知らせてやろうじゃないか。準備は良いな?」
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