ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

最後の平和

 その後について語る事は何も無い。ツェートを連れてきたオールワークが彼と共に登場。彼の力を借りてナイツ達を全員帝城の中へ移動させて、それで終わりだ。本当は自分だけは歩いて帰るつもりだったのだが、ツェートがせっかく来たのでは利用しない手も無い。彼の能力に甘えて、アルドは大聖堂の入り口前まで連れてきてもらった。何でも、エルアがずっと出待ちをしている為、出来れば受けてやって欲しいとの事だ。本当にそうして欲しかったのなら種明かし等しなければ良いだろうとも思ったが、自分の性格を鑑みると、むしろ種明かしをしてくれた方が良い事に気が付いた。ツェートの判断は賢明で、良く自分の事を見ていると思う。今回に限っては特に、自分以上に。
 アルドが扉を開けると、聞いていた通りエルアが飛び込んできて、自分の身体に抱き付いてきた。この下りは二度目だが、相変わらず彼女は嬉しそうである。
「お帰りなさいッ! ご飯にする? 水浴にする? それとも、あ、そ、び?」
「あーうん。まあ、遊んでやるとも。遊んでやると約束したものな」
「やったーッ!」
 目的は果たせなかったが、それと彼女との約束はまるっきり関係ない。馬鹿みたいに騒いだせいで疲労が……と言っても、まあ変わらないか。疲労の上に疲労が重なった所で疲労は疲労。飲み会でどうなったとしても、それは変わらないし取れる事は無い。ならば彼女との約束通り、徹底的に遊んでやろうじゃないか。どんな遊びでも、徹底的に。
 どうやら今夜は眠れなさそうである。
「それより、ダルノアはどうしたんだ? ここから見た限りじゃ、姿が見えないが」
「ノアちゃんは水浴びだよッ! アルドも一緒に入りたいの?」
「馬鹿言え。幼子とはいえ女性である事に変わりは無いんだ。そんな破廉恥な事を私がする訳が無いだろうが」
 媚薬の効果はまだ切れていない。一体どれだけ強力なモノを使ったんだか。エルアに対してはその内側に潜む存在に意識を向けていればどうにか誤魔化せるが、その他のモノでは使えない手段。今は出来る限り接触を控えた方が良さそうである。
「で、何をして遊ぶんだ?」
「立体隠れんぼしよう! 壁でも天井でも床でも何処でも使って良いのッ! で、隠れ場所を変えられるのは一回だけ、見つけたら触る! 簡単でしょッ」
 簡単ではない。エルアの体の小ささを利用すれば何処だって入れそうなので、こちらは隠れる側も見つける側も大変不利となってしまう。徹底的に遊ぶ事がお望みなエルアが相手では、制限時間という概念はそもそも存在しないし、あったとしても内側の存在に協力を求めれば時間なんて無限に引き延ばされてしまう。つまり『移動』ルールを利用した時間切れ戦法は通用しないという事だ。見つける側は半分諦めているとして、隠れる側まで諦めなければならないとは、何という遊びか。
「ああ。しかし一つだけ条件を付けさせてくれ」
「何?」
 レンリーと雑談をしながらくつろいでいるツェートに、いつもの給仕服に着替えて何となくツェート達に簡単な料理を振舞っているオールワークに、存在を隠匿しているもう一人。ダルノアは現在水浴び中だが、もう五分程すれば出てくると想定しているので、メンバーは十分である。
「ここに居る奴らは全員参加だ」
 その言葉に含まれた意味は額面通り。周囲の動きが止まったような気がするが、今回に限っては間違いようもなく気のせいだと言える。
「……し、師匠? 何言ってんだ」
「そうよ! 何で私達まで参加しなきゃいけないの? 貴方一人でやればいいじゃない!」
 同じ場所に居るだけで巻き込まれそうになっている二人は、当然抗議をしてくる。オールワークだけは周囲の反応を伺って答えを出すのを遅らせているが、恐らく周りの者が参加するならば、という事だろう。ならば話は二人を納得させればいいという事で、実に単純だ。
 アルドは虚空に手を突っ込み、内部から一つの果実を取り出した。黄金色に輝く果実は林檎と葡萄の中間を取ったような歪な形をしており、明らかな異物の雰囲気を醸していた。
「この手の遊びは皆でやった方が楽しいだろう。それに、お前達が寝静まってから始めたとして、お前達はこの建物中から聞こえる騒音に耐えられるのか? 立体隠れんぼの名の通り、何処からでも音は発生するぞ。だったら最初から参加して、私達と一緒に限界まで疲れた方が安眠に就けるというモノだ。何か間違っている事は言ったか?」
 何もアルドは道連れ感覚でそんな事を言った訳では無い。中途半端に眠りに就く事が辛いだろうと思ったから全員を参加させるのだ。
「しかしまあ、景品も無しじゃやる気も出ないだろう。全力の遊びにやる気の無い奴が混じっても困るし、そこで私はこれを用意した」
 念の為にツェート達へと近づけるが、二人は案の定首を傾げた。
「これは心奪の果実。魔力を込めてから想い人に食べさせると、そいつはその人の事しか考えられなくなる」
「え……ちょ、ちょっと師匠。それってもしかして」
 ここまで言えば流石に察しがついたらしい。ツェートは興奮収まらぬ様子で立ち上がって果実を奪い取ろうとしてきたが、出鱈目な動きに捕まるつもりは毛頭ない。アルドは彼女へと果実を近づけて、その意思を誑かすようにゆっくりと呟いた。
「……レンリー。お前が勝ったら、これをくれてやる」
「―――ッ」
 ツェートの心が二度と傾かない事は、彼の事を好いている彼女自身が一番良く分かっている事だ。だからこそ、この脅しは誰よりも彼女の心に響く。しかし飽くまで勝負は公平に。アルドは続いてツェートに視線の高さを合わせて、果実を近づけた。無論、取られない為に最大限の警戒はしている。
「……ツェート。お前が勝ったら、これの扱いについては好きにするといい。レンリーに渡さない様に普通に食べるのもありだ。普通に食べる分には一般的な果実と何も変わらないからな。勿論他の使い方をしてくれたって構わない―――言わずとも分かるだろう? そこには何の苦労も無いが、簡単に手に入るならば手に入れてしまった方が良い筈だ」
「……欠陥は無いんですか」
「無い。骨の髄まで自分に染め上げる事が出来る」
 無駄な努力と骨折り損ばかり続けてきた自分が言うのは少し気が引けるが、人は簡単にそれが手に入るのならば思わずそれに手を出してしまいがちだ。だって、その方が楽だから。
 自分には楽な選択肢というモノが無かったから必然的に骨折り損ばかりを重ねてきた訳だが、基本的には誰であろうとも苦難は進んで選ばない。だって、その方が楽だから。
 たとえそれが自分の弟子であっても例外は無い。好きな人の心が簡単に手に入る可能性があるのなら、参加だってしてしまうだろう。


 だって、その方が楽だから。


 己が大切な人を利用するのは個人的に許しがたいが、こうでもしないと二人はやる気になってくれない。後でヴァジュラにはデザートの一つでも贈ってやろうか。アルドは多少ふら付きつつ、元の位置へと戻る。
「……まあ、どうしても参加したくないというのなら挙手をしろ。ソイツについては止めはしないから、普通に寝てくれ。私達も努めてソイツの睡眠は妨害しない様にしよう」
 一応聞いては見たが、思った通り挙がる手は一つも無い。オールワークの方を一瞥すると、彼女は軽く頭を下げてその意思を示してみせた。
「よし、全員参加という事で良いんだな。それじゃダルノアが出てきたら一旦中断として、最初は私が鬼をやろう」
「え、いいのッ?」
「年長者が率先して鬼をやるのは当然だろう。それじゃあ私は目を瞑るから、お前達は自由に何処へでも隠れてくれ。ああ、エルア。ダルノアの水浴びに乱入して隠れるのだけは駄目だぞ。勝負は飽くまで公平に、だ」
「分かってる! それじゃよーい、スタートッ!」










 それからダルノアも参加する事になって、そうしたらより一層戦いは過激化して、朝になっても終わりを見せなかった死闘は、参加者の寝落ちを皮切りに終わりを告げた。飲み会同様、結局勝者が誰になったのかはハッキリしなくて、それが原因で後に再び死闘が始まる事になるのだが、それはまた別の話。



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