ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

女子会

「少し意外です。フェリーテがこんな場所を知っているなんて」
「こんな場所とはまた失礼な言葉じゃな。妾だって別大陸の文化に理解が無い訳では無い。このような催しモノに使うとは思わなかったが、気にするでない」
 女性陣が訪れたのは暖色の光に照らされた店内が特徴のお洒落な店。あまり広さは持っていないが、今回はどうやら貸し切りにしているようで、中には誰も居ない。
「メグナは現在進行形で妾が案内中じゃ。そう時間を経ずとも来るであろう。ナイツ最速の名に懸けて、な」
 いや、こんな所でナイツ最速の名を遺憾なく発揮されても困る。フェリーテの案内を受けて、ヴァジュラ達は席に着いた。位置は奥からフェリーテ、オールワーク、クローエル、ヴァジュラ、メグナ、ファーカ。何の嫌味かファーカの目の前がメグナの席なので、彼女の食事中の視界には否応なくメグナの胸が映ってしまうだろう。それに気づいた彼女は直ぐに抗議してきたが、通路側にメグナの席がないと入りづらいだろうから、却下。彼女は頬を膨らませてそれでも引き下がらなかったが、やがてこの店のウェイトレスが料理を卓上に並べ始めると、その顔は直ぐに喜色に塗り潰される。
「既に料金は妾が支払っておいた。急遽こしらえた場所故、何かしらの不都合はあるかもしれぬが、その辺りは容赦願うぞ」
 申し訳なさを表すように、フェリーテはがら空きの片手をぎこちなく動かした。鉄扇で口元を隠したかったのだろうか、しかし今の彼女は完全にこちらの文化に染まっているので、鉄扇などという折り合いのつかない道具は持っていない。見ていると手に取る様に分かる。彼女は落ち着きを取り戻せていない。
「―――いや、文句を言える立場じゃないよ。ここまで凄いの出されちゃったらさ」
 試しに手前の魚を取って、口へと運んだ。少し噛んでやればほろりと身が崩れて、中からはまろやかな甘味が漏れ出てくる。甘みと言っても、ケーキのような主張の強いモノでは無く、全体から微かに感じ取れる上品な甘味だ。控えめに評価して、とても美味しい。
「……美味しいッ」
 胸部を除けば自己主張の弱いヴァジュラが、驚いたように目を見開いた。その反応は無意識に抱いた警戒心を解し、その他の者達も彼女に続くように食事を開始した。
「―――あら、本当。とても優しい口当たりで、食べやすいですね」
「す、凄い……です。オールワークさんよりも凄―――痛ッ!」
「言いたい事は分かりますが、比較は止めなさい。これからの業務に支障を来す恐れがあります」
 発言は様々だったが、一同に共通している感情は、『美味しい』というモノだった。大陸を奪還する為に動いている間は、自分でさえ他のナイツの純粋な笑顔は見られなかったので、ここまで喜んでくれるのであれば、こちらの苦労も報われた気分だ。
「はーい、お待たせ……ってああ、もう始めちゃってるのね?」
「始まったからお主も来たんじゃろう。食事の熱でも感知したか?」
 言いつつメグナは席に座り、目の前に置かれた料理にかぶりつく。種族の関係上、メグナの格好は中々に刺激が強いが(というかあんな服を持っているくらいだから、彼女の所有している服は大体があのような露出度なのだろう)、目の前の食事に集中しているナイツ達がそれに突っ込む事は無かった。
 彼女達がその事に気が付くのは、食事が始まって一時間……最初の盛り上がりも、徐々に欠けてきた頃である。
「あの……メグナ様。その格好は……一体、どういう?」
 お前が言うなという話だが、クローエルのその発言によって、ナイツ全員の視線がメグナへと注がれる。彼女の種族が『蛇』である以上、下半身は裸である事は気にしないとして、裾を結ぶ事でへそを出し、それによって更に胸を強調させるのはどうなのか。彼女の胸部を覆い隠す衣服は、既にパツパツである。
「どういうって……決まってるでしょ? 外出用の服よ」
「ですが、メグナ様がそのような服装で外出された事は一度も―――」
「こういうのは食事用なのよ! 大陸侵攻の時にお洒落して汚れちゃったら困るでしょ。本当は……アルド様とデートをする事になった時に、着ようと思ってたんだけどね」
 メグナが眉を寄せている所を見ると、どうやらあれ以来、アルドとは二人きりの時間を作れていないらしい。尤も、他のナイツも例外では無いのだが。
「ていうか、アンタに言われたくないわよ! アンタの方がどっちかっていうと誘っているようにしか見えないけどッ?」
「い、いや! ですからこれは……」


「どっちもどっちじゃ/です/だよ/」


 こんな不毛な言い争いが他にあるのだろうか。どちらも食事用と言うより男を誘っているような服にしか見えない。そこには彼女達が競っている優劣などある訳が無く、こちらからすれば等しく服を間違えている奴等という認識だ。クローエルに関してはそれしか持っていない事から許される余地はあるが、メグナは擁護のしようがない。
「……しかし、今更じゃな。クローエルは意外じゃが、メグナに関してはどうせそうであろうと思っていたのでな」
「それは……嫌味、なのかしら。どんな反応をしていいか全く分からないんだけど」
「取り敢えず笑っておけば良いのではないか?」
 笑い混じりに口元を綻ばせると、メグナはお断りとでも言うように、両手を広げた。
「笑える程面白くないわよ……ってか、フェリーテ。改めて見ると、結構似合ってるわね。流石私って感じだわ」
 言葉の最後に見えた意地悪な笑みは、クローエルから始まった服装弄りのお返しだろうか。次に注目が集まったのはフェリーテだった。元々彼女自体のスタイルが良いので、ひざ丈のスカートは彼女の脚線美をより引き立てている。スカートが短くとも長くとも現れない、絶妙な美しさだ。それと組み合わされているノースリーブの服も、変に胸が強調されている訳でも無く、彼女にどことない上品さを感じさせる要因になっている。普段着ている着物や浴衣とは、また違った美しさだ。
 フェリーテは鉄扇……が無い事は流石に理解したので、口元を引き締めて、溢れ出る羞恥心を抑え込む。
「わ、妾の話はしなくとも良かろう。既に一度言及されておるし―――」
「いーや、気が済まないわね。私の事を話題に出したんだからアンタだって話題に出されなきゃ筋が通らないッ。ねえファーカ」
「え…………あ、はい。そうですね」
 ファーカも確かにこちらを見てはいるが、関心の大部分はまだ机に再び並べられた料理にあるようで、その返事は何処か中身が無い。
「それに、話題に出せる奴がアンタしか居ないのだって問題よッ。オールワークはちょっとかっこいいし、クローエル……は被ってるし、ファーカはドレスの種類が変わっただけだし、ヴァジュラに至っては何も変わってないじゃない! 何よ!」
「何じゃッ。これは女子会なんじゃ、どんな格好でも良かろうがッ」
「え、女子会って全員勝負服を着てくるもんじゃ」
「お主の服を勝負服にする妾はモノ知らずかッ! 大体、女子会は男衆に聞かれたら不味い事でも話せるようにと男子禁制にしただけで、そのような規則は設けた覚えはない」
 男子会だって恐らくそのような流れになっているだろうし、自分達も見習わなければ。会話内容が変わらなければ只の会合と変わりなく、それでは女子会の意味がない。
 女子しか居ないからこそ出来る会話を。この会合に目的があるとすれば、それだけだ。
「ふーん。じゃあ聞くけど、ここに居る全員って、アルド様の事が好きなのよね?」
 言葉が切れると同時に全員が首肯。聞くまでも無い事なのに、その光景を見たメグナは若干引き気味に仰け反っている。まるで自分だけは違うかのような反応だが、彼女もまたアルドの事を愛しているので、例外ではない。
「でさあ。まあ私はアンタ達の協力のお蔭でキ、キス出来たけど、アンタ達は何かする予定は無いの? それ以上の事とかさ」
 メグナの指す『それ以上』が何か。それは間違っても性行為などではない。アルドは子供が生まれるとしても、戦争を知って欲しくないという思いから決して手を出さないので、メグナの言う『それ以上』は、単純に『愛撫』であろう。
「ま、待つが良いメグナ。今の主様の体がどんな事になっているかはお主も分かっている筈じゃ。それを承知の上で質問しておるのか?」
「当たり前じゃない。というか、アンタも分かってんでしょ? アルド様の疲労は、私達と一緒にいる間は、確かに和らいでいる事に」
「うっ……」
 それはアルドと共に過ごしていれば誰だって気付く事。特に『覚』を持つフェリーテは真っ先に気付いている筈なのである。
 苦し紛れの言い訳も空しく、メグナが畳みかける。
「大体、女子会がそういうモノって言ったのはアンタよアンタ! それにそって私も聞いたんだから、言い出しっぺたるアンタは答える義務がある。さあ―――皆の前で答えなさい。アンタはアルド様と、何をしたいの?」
「……わ、妾は――――――」





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