ワルフラーン ~廃れし神話
男子会1/3
普通の者であれば、何か月も掛けてより良いお店を見つけるべきなのだろうが、アルドにはそんな時間は存在しなかった故、そんな事は出来なかった。何せこの企画自体は前々から温めていたモノでは無く、アルドがアジェンタ大陸を出た時にやろうと思い立っただけなのだ、計画性何て皆無。どのようなお店でどのくらい何をするのか、明瞭である筈が無く、だからこそアルドにはこの方法しか取れなかった。
辿り着いたのは土地に対して明らかに雰囲気の似合っていない建物。急遽その場所に設置したと言っても違和感はなく、それ程までにその建物はあまりにも周りに似合わなかった。
まるで風景に溶け込もうと努力してみたが無理だった……とでも言わんばかりに。
「……アルド様。私の記憶が正しければ、このような場所に料理店等ある筈が無いのですが」
彼の言っている事は正しい。アルドがこの会を企画する前までは確かに何も無かったし、自分が唐突に会合をやり始めなければ、これからも建物が建つ事は無かっただろう。こんな砂漠からも港町からも外れた……如何にもな廃屋は。
まるで、人を避けるように。
「その通りだ。この場所は私が知人に頼んで急遽作らせた建物。本来は幾度も調査を重ねて、最善の店を選ぶべきなのだろうが―――ご存知の通り、私は内部の安定化に努めていたせいで、そんな暇は無かった。それ故にこのような方法を取らざるを得なかった。申し訳ないな」
具体的には、大聖堂に帰る途中に転信石を利用して彼等に連絡した。宝物庫越しに伝えたのでダルノアやツェートには気付かれていないだろう。それでも間に合うかどうかは微妙だったが、彼らはやり遂げてしまった様だ。
因みに、間に合わなかった場合は宝物庫にある道具を利用していた。出来ればキーテンを落とす際に使いたかったモノでもあるので、やり遂げてくれて何よりである。
「い、いえ。それは別に構わないのですが……人は居るんですか?」
「居るに決まっているだろう。確かに見てくれは廃屋だが、それは人を寄せ付けない為であり、中はしっかりしている筈だ」
ここにファーカが居れば説明も出来たのだが、此度は男子会故に彼女は居ない。アルドは二人の顔を脳裏に浮かべながら、廃屋へと近づいていく。
「ディナントであればもしかしたら聞いた事があるかもな。私の行動に間違いが無ければ、この中に居るのは棘童とタケミヤカヅキ、それぞれ『童』と『武』の魔人で、『皇』の友人だ」
わざわざ『皇』の友人と言ったのは、彼等に信用性を持たせる為である。自分の知人で、さらに『皇』の友人でもあるならば、ナイツが信用しない道理は無いだろう。毒味等と言って警戒されては『気兼ねない』という会のコンセプトが再度揺るがねないので、必要な情報だ。
「タケ……ミヤ…………?」
「む、聞いた事があったか?」
「…………………………シラ、ぬ」
何も無い場所で、アルドは足を突っかけて倒れ込んだ。まるで知っているような口ぶりだったのに、ディナント特有の間に騙された。悪気はないので責めはしない。アルドは立ち上がって、扉を開けて中を確認。二人の姿は見えないが、外装に反して中は建築したばかりとだけあって綺麗で、その机の形から椅子の数に至るまで注文通り。多少の粗さは時間の関係もあったので見逃そうと思ったが、期待以上の出来栄えである。
扉を閉めて身を翻し、ナイツの方を見据えた。
「まさか本当に廃屋何て事はあるまいな、と思って見てみたが、問題ない。さあ入ってくれ、中は意外と綺麗だぞ」
気負う事は無い。何も女性を相手にしている訳では無いのだから。
扉を大きく押し開くと、外側に設置された大きな鐘が壁に当たり、派手な音を鳴らした。その音を聞くや厨房の方から小さな物体が飛び出してきて、開幕こちらに飛び蹴りを放ってきた。かなりの勢いがついていたが、アルドの背後に居たのはディナント。自分が手を出さずとも、半身になって躱すだけで、その蹴りはディナントの巨体に命中する事になる。そうなれば体格差の問題から吹き飛ぶのはディナントではなく―――
「おわああああっ!」
彼―――棘童である。
勝手に飛んで勝手に吹き飛んだ棘童は、無様にも地面に叩きつけられてから、憎々し気にこちらを睨みつけてきた。
「何で避けるんだよ!」
「何で当たるんだよ」
無理を言ってこの場所に出張してもらったとはいえ、アルド達は客である。飛び蹴りを喰らう謂れ何てない。そしてそんな視線で睨まれる謂れも無い。チロチンの方から僅かに殺気が出た気がしたが、アルドが意に介していない事を察したのか、直ぐに収まった。
「タケミヤを呼んでくれ」
「えー、またアイツかよ。もうちょっと俺に構おうぜ」
「お前に構っても事態は進展しないからな。早く呼べ」
以前も同じように促したような気がするが、きっと気のせいだ。棘童は頬を膨らませながらそっぽを向いて、業務放棄をし始めたが、宝物庫から菓子を与えてやるだけで、直ぐに機嫌を直した。あまりこういう言い方は好きではないが、子供とはなんと単純な事か。
「タケミヤッ! アルドが来たぞ、たっぷり文句を言ってやれ!」
その声に応じて厨房から出てきたのは、ファーカの時に世話になった男、タケミヤカヅキ。ファーカ以外の女性を招くとファーカを怒らせる要因になりかねなかったので、暫くはあの店の世話になる事は無いだろうと思っていたら、今回はファーカ以上に世話になってしまった。わざわざあの森から移動してきて、この場所に店を構えて、更に自分の注文まで聞いてくれて―――今回の事で、彼等には頭が上がらなくなりそうだ。
「おお、霧代アルドか。どうだ、内部の感じは。お前の希望通りにはしてみたが」
気兼ねない会合をコンセプトに、部屋の内部は全体的に暖かい雰囲気を醸している。灯りについては蝋燭やランプでは役に立たないという事で、光を広げる魔術を使用して、一片の影も残さない様にしてもらっている。男子会中の維持費は棘童の『管理』により、ゼロ。食欲が失せるのも問題だし、あまりに優しすぎるとそもそも盛り上がらないという事で、結局壁紙は白のままだが、それが吉と出るか凶と出るか。
心配事はあるが、ここまで自分の為にやってくれたのなら、後は自分がやるだけだ。
「問題ない。それで、料理は?」
「好きなだけ頼み、好きなだけ貪るが良い。狂宴に付き合う準備は……万全だ」
席の位置は各自自由という事で、ディナントは壁側、アルドは入り口側で、残った二人が間を埋める形になっている。分かりやすく言えば、アルドの向かい側にはディナントが居て、ユーヴァンの向かい側にはチロチンが居る。ルセルドラグが来た場合は自分の隣を使わせようと思っているが、取り敢えずはこの席でいいだろう。
「お待ちよ! さあさあ、差し当たっては数十品。追加注文があれば俺に言ってくれ! そんじゃあまあ、後はご自由にー」
机にひとしきり料理が並べられた後、そんな事を言って棘童は厨房の方へと姿を消した。今回は連れが男性だけという事もあって、妙に弄るような事はしてこなかった。
「うおおおおいッ! マジでたくさん料理が出てくるな!」
「アルド様にこのような友人がいらっしゃったとは……少々意外です」
「…………」
始まって数分。どんな話題を出せばいいのかを考えて居たのに、早速ナイツは各々の特徴を主張していく。
ユーヴァンはあらゆる料理に対して少々過剰な反応をしつつも食事を楽しみ、チロチンはこちらに会話を投げかけて、ディナントと来たら自分が食事に手を付けるまで手を出す気は無いと来た。
……ああ、そういえば今回は『気兼ねない』会合だったな。
自分が何よりも気にしていたのに、その自分が早速それを破っていた。今回の会合は、飽くまで気兼ねなく、腹を割って話したいから行われた会合。どんな話題から話そうか、なんて堅苦しい事はする必要が無い。
要は楽しければいいのだ。話の順序何て知った事か。
「正確には『皇』の友人だがな、私にだって友人くらいは居るさ。確かに周りを考えてみれば、目立った奴は居ないかもしれないが……ああ。済まないな、友人を作れる体質では無いんだ」
浅く深く。それがアルドの基本的な友人の作り方だ。そのスタイルを魔王になっても続けている為、ナイツを友人として数えたとしても、他には……ダルノア、ワドフ、エリ、『謠』、『謡』、剣の執行者、アルフ、ゼノン、リーリタ…………直ぐに思いついただけでも、結構いた。
目の前に置かれたパンに手を伸ばして、乱暴にかぶりつく。非常にもちもちとしていて、噛みやすい。近くにソースが置かれているが、もしかしてこれを付けて食べろという事なのか。
「いえ、そのような事は……。しかし、アルド様がナイツの何れか以外と過ごしている時間など、あまり見た事は無かったので」
「大聖堂時代は周りが砂漠だったのもあるだろう。今は玉座を下りているが、これからは城下町の民とも交流を深めていくつもりだ」
城下町だけなのか、と思われるかもしれないが、確かにリスド大陸に居る全ての魔人を城下町に招集した訳では無い。だが、働ける魔人は自給自足でもしていない限りは城下町に存在する。それ故に多くの働き口が存在するので、城から出れば多くの魔人と交流する事が出来るという訳だ。正確な数は分からないが、わざわざ計らずとも九割以上の魔人と出会う事が出来るだろう。
「まあ、今はそんな事を言っている暇は無い。今日を超えればまた明日も安定感の為に動かなければならないからな」
「休みたいとは思わないのですか?」
「それを言える立場か? 許してもらえなかったら死ぬんだぞ。まあ欲を言えば数時間くらいは休みたいがな」
「ヴァジュラの膝枕とかですかッ?」
続いてスープを喉に流し込もうとしたが、突如として会話に割り込んできたユーヴァンの発言に動揺。アルドはその場で咽て、大きな咳をした。
「ガハッ…………おまハッ、え。―――普通は徐々にそういう方向に持っていくべきだと思うんだが、いきなり過ぎないか? それにヴァジュラに膝枕をされたら、眠れるモノも眠れなくなるに決まっているだろう」
主に膝枕をされた時に真正面に見えるモノのせいで。
「じゃあメグナですかッ?」
「蜷局の中心に私が入るという事か? 全身が絞まってそれ処じゃないぞ。膝枕は……そうだな。うた―――いや、違う。オールワークにしてもらいたいかな。そんな機会は訪れないと思うが」
イメージではフェリーテも中々似合っている。だが、個人的には逆に膝枕をしたいと思っている為、敢えて言わなかった。
というかこの話題、刺激が強すぎる気がするのだが気のせいだろうか。膝枕とか……こんな場所でも無ければ悶死する。
「その辺にしておけユーヴァン。アルド様には刺激が強すぎる話だ、するとしてももう少し柔らかい段階からだな」
焼き魚を食べながら、チロチンは箸を向けて忠告する。それは有難いが、何より気になっているのは、どうしてジバル出身でもない彼が箸を使いこなしているのかという事である。ユーヴァンは理解すらしていないのに。その目の動きから推測するに、ディナントの動きを真似ているとみたが、それにしては最初から完璧すぎる。
さて、ユーヴァンも押さえてくれたようだし、今度はこの野菜でも―――
「それで、アルド様。今度は誰をデートに誘うつもりで?」
幸いにも口から発射する事は無かったが、噛み締めていた野菜が口の中で広がって、再び咽せ返る。
「チロチン……お前もか」
「……アルド様の行動傾向を見る限り、またやるだろうと思っているので」
その通りなので、言い返せない。
「いや、別に前々から計画している訳では無いから、ここでは何も言えないぞ。大体前々から計画していたら私はやらかしたりしない筈。多分」
チロチンは懐から手紙のようなモノを取り出し、それを眺める。
「ふむ……それでは今の所、予定は無いと」
「するつもりなのは認めるぞ」
というより、この恋愛経験の無さはどうにかしなければ、もうどうにもならない気がする。ナイツを土台にとは言い方が悪いが、それでも身近にいる女性でどうにかしなければ、アルドはもう女心が一生理解出来ない寂しい男となってしまう。それだけは御免だ。
自分を好いてくれる女性の為にも、絶対に至ってはならない。
「―――ファーカの件を繰り返すみたいで気は引けますが、アルド様に一つ頼みたい事がございます」
スープを喉に流し終えると、気まぐれにこちらに来た棘童が直ぐに新しい料理を持ってきてくれた。ディナントの方は彼の手が届く範囲の料理が食べ終わっていたが、それも直ぐに下げられて、新しい料理と入れ替わる。出てくる料理に法則性は無いようだが、話を阻害しない配慮なのだろう。とてもありがたい。
「……まあエヌメラの時の借りもあるしな。言ってみろ。出来る事と出来ない事はあるが、まあ大抵は引き受けるぞ」
今はナイツにも苦労を掛けているし、一つくらいであれば全然こちらも拒絶するつもりは無い。毎日毎日、些細なお願いからそれなりに重大な依頼を解決しているのだ。ナイツ一人の頼みも聞けないで、何が魔王か。
その答えに安心したようで、チロチンは安堵したように言った。
「恋人になってもらってもよろしいでしょうか?」
その瞬間。全員の動きが硬直したのは言うまでもない。
辿り着いたのは土地に対して明らかに雰囲気の似合っていない建物。急遽その場所に設置したと言っても違和感はなく、それ程までにその建物はあまりにも周りに似合わなかった。
まるで風景に溶け込もうと努力してみたが無理だった……とでも言わんばかりに。
「……アルド様。私の記憶が正しければ、このような場所に料理店等ある筈が無いのですが」
彼の言っている事は正しい。アルドがこの会を企画する前までは確かに何も無かったし、自分が唐突に会合をやり始めなければ、これからも建物が建つ事は無かっただろう。こんな砂漠からも港町からも外れた……如何にもな廃屋は。
まるで、人を避けるように。
「その通りだ。この場所は私が知人に頼んで急遽作らせた建物。本来は幾度も調査を重ねて、最善の店を選ぶべきなのだろうが―――ご存知の通り、私は内部の安定化に努めていたせいで、そんな暇は無かった。それ故にこのような方法を取らざるを得なかった。申し訳ないな」
具体的には、大聖堂に帰る途中に転信石を利用して彼等に連絡した。宝物庫越しに伝えたのでダルノアやツェートには気付かれていないだろう。それでも間に合うかどうかは微妙だったが、彼らはやり遂げてしまった様だ。
因みに、間に合わなかった場合は宝物庫にある道具を利用していた。出来ればキーテンを落とす際に使いたかったモノでもあるので、やり遂げてくれて何よりである。
「い、いえ。それは別に構わないのですが……人は居るんですか?」
「居るに決まっているだろう。確かに見てくれは廃屋だが、それは人を寄せ付けない為であり、中はしっかりしている筈だ」
ここにファーカが居れば説明も出来たのだが、此度は男子会故に彼女は居ない。アルドは二人の顔を脳裏に浮かべながら、廃屋へと近づいていく。
「ディナントであればもしかしたら聞いた事があるかもな。私の行動に間違いが無ければ、この中に居るのは棘童とタケミヤカヅキ、それぞれ『童』と『武』の魔人で、『皇』の友人だ」
わざわざ『皇』の友人と言ったのは、彼等に信用性を持たせる為である。自分の知人で、さらに『皇』の友人でもあるならば、ナイツが信用しない道理は無いだろう。毒味等と言って警戒されては『気兼ねない』という会のコンセプトが再度揺るがねないので、必要な情報だ。
「タケ……ミヤ…………?」
「む、聞いた事があったか?」
「…………………………シラ、ぬ」
何も無い場所で、アルドは足を突っかけて倒れ込んだ。まるで知っているような口ぶりだったのに、ディナント特有の間に騙された。悪気はないので責めはしない。アルドは立ち上がって、扉を開けて中を確認。二人の姿は見えないが、外装に反して中は建築したばかりとだけあって綺麗で、その机の形から椅子の数に至るまで注文通り。多少の粗さは時間の関係もあったので見逃そうと思ったが、期待以上の出来栄えである。
扉を閉めて身を翻し、ナイツの方を見据えた。
「まさか本当に廃屋何て事はあるまいな、と思って見てみたが、問題ない。さあ入ってくれ、中は意外と綺麗だぞ」
気負う事は無い。何も女性を相手にしている訳では無いのだから。
扉を大きく押し開くと、外側に設置された大きな鐘が壁に当たり、派手な音を鳴らした。その音を聞くや厨房の方から小さな物体が飛び出してきて、開幕こちらに飛び蹴りを放ってきた。かなりの勢いがついていたが、アルドの背後に居たのはディナント。自分が手を出さずとも、半身になって躱すだけで、その蹴りはディナントの巨体に命中する事になる。そうなれば体格差の問題から吹き飛ぶのはディナントではなく―――
「おわああああっ!」
彼―――棘童である。
勝手に飛んで勝手に吹き飛んだ棘童は、無様にも地面に叩きつけられてから、憎々し気にこちらを睨みつけてきた。
「何で避けるんだよ!」
「何で当たるんだよ」
無理を言ってこの場所に出張してもらったとはいえ、アルド達は客である。飛び蹴りを喰らう謂れ何てない。そしてそんな視線で睨まれる謂れも無い。チロチンの方から僅かに殺気が出た気がしたが、アルドが意に介していない事を察したのか、直ぐに収まった。
「タケミヤを呼んでくれ」
「えー、またアイツかよ。もうちょっと俺に構おうぜ」
「お前に構っても事態は進展しないからな。早く呼べ」
以前も同じように促したような気がするが、きっと気のせいだ。棘童は頬を膨らませながらそっぽを向いて、業務放棄をし始めたが、宝物庫から菓子を与えてやるだけで、直ぐに機嫌を直した。あまりこういう言い方は好きではないが、子供とはなんと単純な事か。
「タケミヤッ! アルドが来たぞ、たっぷり文句を言ってやれ!」
その声に応じて厨房から出てきたのは、ファーカの時に世話になった男、タケミヤカヅキ。ファーカ以外の女性を招くとファーカを怒らせる要因になりかねなかったので、暫くはあの店の世話になる事は無いだろうと思っていたら、今回はファーカ以上に世話になってしまった。わざわざあの森から移動してきて、この場所に店を構えて、更に自分の注文まで聞いてくれて―――今回の事で、彼等には頭が上がらなくなりそうだ。
「おお、霧代アルドか。どうだ、内部の感じは。お前の希望通りにはしてみたが」
気兼ねない会合をコンセプトに、部屋の内部は全体的に暖かい雰囲気を醸している。灯りについては蝋燭やランプでは役に立たないという事で、光を広げる魔術を使用して、一片の影も残さない様にしてもらっている。男子会中の維持費は棘童の『管理』により、ゼロ。食欲が失せるのも問題だし、あまりに優しすぎるとそもそも盛り上がらないという事で、結局壁紙は白のままだが、それが吉と出るか凶と出るか。
心配事はあるが、ここまで自分の為にやってくれたのなら、後は自分がやるだけだ。
「問題ない。それで、料理は?」
「好きなだけ頼み、好きなだけ貪るが良い。狂宴に付き合う準備は……万全だ」
席の位置は各自自由という事で、ディナントは壁側、アルドは入り口側で、残った二人が間を埋める形になっている。分かりやすく言えば、アルドの向かい側にはディナントが居て、ユーヴァンの向かい側にはチロチンが居る。ルセルドラグが来た場合は自分の隣を使わせようと思っているが、取り敢えずはこの席でいいだろう。
「お待ちよ! さあさあ、差し当たっては数十品。追加注文があれば俺に言ってくれ! そんじゃあまあ、後はご自由にー」
机にひとしきり料理が並べられた後、そんな事を言って棘童は厨房の方へと姿を消した。今回は連れが男性だけという事もあって、妙に弄るような事はしてこなかった。
「うおおおおいッ! マジでたくさん料理が出てくるな!」
「アルド様にこのような友人がいらっしゃったとは……少々意外です」
「…………」
始まって数分。どんな話題を出せばいいのかを考えて居たのに、早速ナイツは各々の特徴を主張していく。
ユーヴァンはあらゆる料理に対して少々過剰な反応をしつつも食事を楽しみ、チロチンはこちらに会話を投げかけて、ディナントと来たら自分が食事に手を付けるまで手を出す気は無いと来た。
……ああ、そういえば今回は『気兼ねない』会合だったな。
自分が何よりも気にしていたのに、その自分が早速それを破っていた。今回の会合は、飽くまで気兼ねなく、腹を割って話したいから行われた会合。どんな話題から話そうか、なんて堅苦しい事はする必要が無い。
要は楽しければいいのだ。話の順序何て知った事か。
「正確には『皇』の友人だがな、私にだって友人くらいは居るさ。確かに周りを考えてみれば、目立った奴は居ないかもしれないが……ああ。済まないな、友人を作れる体質では無いんだ」
浅く深く。それがアルドの基本的な友人の作り方だ。そのスタイルを魔王になっても続けている為、ナイツを友人として数えたとしても、他には……ダルノア、ワドフ、エリ、『謠』、『謡』、剣の執行者、アルフ、ゼノン、リーリタ…………直ぐに思いついただけでも、結構いた。
目の前に置かれたパンに手を伸ばして、乱暴にかぶりつく。非常にもちもちとしていて、噛みやすい。近くにソースが置かれているが、もしかしてこれを付けて食べろという事なのか。
「いえ、そのような事は……。しかし、アルド様がナイツの何れか以外と過ごしている時間など、あまり見た事は無かったので」
「大聖堂時代は周りが砂漠だったのもあるだろう。今は玉座を下りているが、これからは城下町の民とも交流を深めていくつもりだ」
城下町だけなのか、と思われるかもしれないが、確かにリスド大陸に居る全ての魔人を城下町に招集した訳では無い。だが、働ける魔人は自給自足でもしていない限りは城下町に存在する。それ故に多くの働き口が存在するので、城から出れば多くの魔人と交流する事が出来るという訳だ。正確な数は分からないが、わざわざ計らずとも九割以上の魔人と出会う事が出来るだろう。
「まあ、今はそんな事を言っている暇は無い。今日を超えればまた明日も安定感の為に動かなければならないからな」
「休みたいとは思わないのですか?」
「それを言える立場か? 許してもらえなかったら死ぬんだぞ。まあ欲を言えば数時間くらいは休みたいがな」
「ヴァジュラの膝枕とかですかッ?」
続いてスープを喉に流し込もうとしたが、突如として会話に割り込んできたユーヴァンの発言に動揺。アルドはその場で咽て、大きな咳をした。
「ガハッ…………おまハッ、え。―――普通は徐々にそういう方向に持っていくべきだと思うんだが、いきなり過ぎないか? それにヴァジュラに膝枕をされたら、眠れるモノも眠れなくなるに決まっているだろう」
主に膝枕をされた時に真正面に見えるモノのせいで。
「じゃあメグナですかッ?」
「蜷局の中心に私が入るという事か? 全身が絞まってそれ処じゃないぞ。膝枕は……そうだな。うた―――いや、違う。オールワークにしてもらいたいかな。そんな機会は訪れないと思うが」
イメージではフェリーテも中々似合っている。だが、個人的には逆に膝枕をしたいと思っている為、敢えて言わなかった。
というかこの話題、刺激が強すぎる気がするのだが気のせいだろうか。膝枕とか……こんな場所でも無ければ悶死する。
「その辺にしておけユーヴァン。アルド様には刺激が強すぎる話だ、するとしてももう少し柔らかい段階からだな」
焼き魚を食べながら、チロチンは箸を向けて忠告する。それは有難いが、何より気になっているのは、どうしてジバル出身でもない彼が箸を使いこなしているのかという事である。ユーヴァンは理解すらしていないのに。その目の動きから推測するに、ディナントの動きを真似ているとみたが、それにしては最初から完璧すぎる。
さて、ユーヴァンも押さえてくれたようだし、今度はこの野菜でも―――
「それで、アルド様。今度は誰をデートに誘うつもりで?」
幸いにも口から発射する事は無かったが、噛み締めていた野菜が口の中で広がって、再び咽せ返る。
「チロチン……お前もか」
「……アルド様の行動傾向を見る限り、またやるだろうと思っているので」
その通りなので、言い返せない。
「いや、別に前々から計画している訳では無いから、ここでは何も言えないぞ。大体前々から計画していたら私はやらかしたりしない筈。多分」
チロチンは懐から手紙のようなモノを取り出し、それを眺める。
「ふむ……それでは今の所、予定は無いと」
「するつもりなのは認めるぞ」
というより、この恋愛経験の無さはどうにかしなければ、もうどうにもならない気がする。ナイツを土台にとは言い方が悪いが、それでも身近にいる女性でどうにかしなければ、アルドはもう女心が一生理解出来ない寂しい男となってしまう。それだけは御免だ。
自分を好いてくれる女性の為にも、絶対に至ってはならない。
「―――ファーカの件を繰り返すみたいで気は引けますが、アルド様に一つ頼みたい事がございます」
スープを喉に流し終えると、気まぐれにこちらに来た棘童が直ぐに新しい料理を持ってきてくれた。ディナントの方は彼の手が届く範囲の料理が食べ終わっていたが、それも直ぐに下げられて、新しい料理と入れ替わる。出てくる料理に法則性は無いようだが、話を阻害しない配慮なのだろう。とてもありがたい。
「……まあエヌメラの時の借りもあるしな。言ってみろ。出来る事と出来ない事はあるが、まあ大抵は引き受けるぞ」
今はナイツにも苦労を掛けているし、一つくらいであれば全然こちらも拒絶するつもりは無い。毎日毎日、些細なお願いからそれなりに重大な依頼を解決しているのだ。ナイツ一人の頼みも聞けないで、何が魔王か。
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