ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

集う男達

 砂漠を超えなくてはならない都合上、てっきり自分が一番遅く到着すると思っていたのだが、先に待っていたのはディナントだけだった。まだまだ日が沈み切るまでには猶予があるが、何よりこの企画を楽しみにしていただろうユーヴァンや、基本的には先んじて待っている筈のチロチンが居ないというのは、実に不思議な光景だ。
「ディナント、他の奴はどうしたんだ?」
「……ヤッカイ…………まきコ……れて、る」
 厄介事に巻き込まれている? ……察しがつくようなつかないような。ナイツ女性陣に絡まれた所までは想像できるのだが、具体的にどう絡まれたのかは良く分かっていない。それにユーヴァンは絡まれる側というより、絡む側だ。女性陣に何をされた所で彼の余裕は乱れないし、そんな些細な事で遅れるとは思えない。
「アルド様あああああああああああああ! おまたああああああああああああああああああああああ―――ッ!」
 そんな事を考えて居たら、早速ユーヴァンが駆け寄ってきたが、何故か彼は突起物何て見当たらない場所で足を引っかけて倒れ込んだ。かなり勢いがついていたせいで、数メートル程全身を地面に削られながら吹き飛んでしまった。
「…………大丈夫か?」
「はいッ! 大丈夫でありますッ!」
「語尾がおかしいぞ」
 達磨の様に飛び起きたユーヴァンの全身を見回し、砂埃を払っておく。此度の会合は所謂飲み会なので、汚い格好では行えない。
「あ、済みません。アルド様の手を煩わせるつもりは」
「この程度で煩うも煩わないも無いだろ。今回の男子会は私から企画した事だし、気にするな。その代わりと言っては何だが、チロチンはどうしたんだ?」
「え、チロチンッ? ……ああ、先に来てないんだな! でも俺様は何も知りませんよ、生憎とヴァジュラの様子を見に行っていましたから!」
 遅れた理由ついでにそう語る彼の顔は、何処か恥ずかしそうだった。彼女が倒れた時にユーヴァンは居なかった筈だが、どうやら彼は中々心配性なようだ。あまりにもふざけた理由だったら流石に怒ったかもしれないが、そういう事であれば問題ない。むしろ自分も気になっていたので、どちらかと言えば有難い。
「彼女はどんな感じだった? 元気だったか?」
 その言葉の意味を図りかねたのか、ユーヴァンは僅かに首を傾げた。あの場に居なかったのでは、そう反応されても文句は言えない。
「そりゃ元気……って言いたかったんですけどねッ、具体的に言えば寝起きって感じでしたよ!」
「寝起き……他には?」
「他も何も、寝起きは寝起きですよッ。俺様の顔を見るなり、今が朝なのかどうかって事を聞いてるくらいでしたから、間違いありませんッ」
 『狼』にそんな特性があるとは聞いていないので、単純に彼女が寝ぼけたと受け取って良さそうだ。もしも何かしらの病気を患っているという事であれば不味かったが、アルドの思った通り只の疲労で良かった。その様子を聞く限りじゃ、問題なく女子会の方には参加出来るだろう。
「さて、後はチロチンとルセルドラグか」
 ルセルドラグはまあいいとして、本当にチロチンは何をやっているのやら。まだまだ猶予はあるし、待つ事は待つが、アルドにこの場を保つ会話能力は存在しない。それ故に、出来る事ならば早い所向かいたい。
 場を保つ会話ならばユーヴァンに任せればいいだろう……最初はそう思っていたが、ふとある事に気付いた。この場には、男性しか居ないという事に。
 いや、男子会だから当然なのだが、これではユーヴァンの話の引き出しに際限が無くなってしまうのだ。普段は彼自身がヴァジュラに気を遣って、あまり刺激的な話はしないようにしてくれているが、今はその心配は無い。それは言い換えれば、自嘲する必要が無いという事であり、その必要が無いのであればユーヴァンは遺憾なくその実力を発揮する。それは問題ない。問題ない―――が、場所が問題だ。ここは港であり、多くの魔人が行き交う場所である。当たり前の話だが、こんな所で刺激的な話をするのは少し違うだろう。
―――まあ、予めユーヴァンに言ってしまえばいいだけの話なのだろうが。
 それは少し違う気がする。今回の男子会は気兼ねなく喋れる事を主眼に置いた会合だ。そんな事をしてしまえばこの会合の存在に反する。


「お待たせ…………しました」


 聞き覚えのある声が聞こ得ると同時に、上空から黒い物体が落下してきた。どこぞの『竜』と違って着地に失敗するような事は無く、それは身を翻して、深々と頭を下げた。
「遅れてしまい大変申し訳ございません。如何なる罰も受ける所存故、どうかお許しください」
 気兼ねなく……という言葉の意味が、一瞬で崩壊した瞬間である。口調から動作から感情まで、何から何までが堅苦しい。遅れた事よりも、アルドとしてはそっちを怒ってやりたい気分だが。
「いや、遅れたと言ってもまだ日は沈んでいる途中だからな。これは単純に私やディナントが早かっただけで、罰するつもりは特にない。取り敢えず頭を上げろ」
 命令のままに頭を上げるチロチンの顔は、何処か浮かない表情だった。
「何かあったのか?」
「いえ……少し心残りが。個人的な事ですのでお気になさらないでください」
 彼と出会った頃まで加味しても、中々見ない類の表情だったが、そう言われてしまってはこちらも尋ねられない。溢れださんとする好奇心を抑え込みながら、アルドは辺りを見回した。
「……ルセルドラグは何処に居るか知ってるか?」
「―――いえ、何も」
 フェリーテに連絡をするように言っておいた筈なのだが、全く何をしているのだろうか。ふと、頭の中で女子会に乱入してメグナを苛立たせる彼の姿が思い浮かんだが、直ぐに思考から消去して、考え直す。彼もそこまで空気が読めない男では無い。幾ら何でも大人しくこちらに来る筈だ。
 しかしこれ以上待つのも他のナイツに悪いので、彼には申し訳ないが、先に出発するとしようか。
「そろそろ出発するか。アイツが女子会を荒らしにでも行かない限りは、間違いなく来る筈だ。場所なんか教えなくてもアイツの切り札があれば位置も分かるだろうし、まあ大丈夫だと判断した。準備は良いか?」
 全員の顔を一度見回してから、アルドは身を翻した。


 




 

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