ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

女子は可憐なり

「えー! せっかく帰ってきたのに、アルドまた行っちゃうの?」
 男子会に行くという話が終わってから、真っ先に反応したのは、案の定、エルアだった。オールワークによると、どうやらアルドが帰ってきたらたくさん遊ぼうと思っていたらしく、この大聖堂を利用した何でもありの鬼ごっこをやろうとしていたらしい。言うまでもなく、男子会が無かったとしてもやる気は無かった。十中八九、大聖堂が壊れてしまうから。
「私も行きたいッ! 駄目?」
「駄目だ。男子会は女人禁制の男だけの会合だ。エルアは女の子だろうが」
「むー……私も男の子だったらなあ……」
 それはそれで問題があるような気がしないでも無いが、同性愛にとやかく言うような事はしない。誰が何を愛そうと勝手だろう。それに他人が口出しをする権利は無い。アルドはエルアの頭に手を置いて、優しく撫でる。
「帰ってきたらいっぱい遊んでやる。お前が望む遊びに好きなだけ付き合ってやる。だから……エル、我慢してくれ。『俺』としても、こんな機会が訪れるとは思わなかったんだ。頼む」
 言い聞かせるようにそう言いつつ、彼女の頭を撫で続けると、エルアは口を尖らせながらも、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。でも、約束だからねッ? 破っちゃだめだよ?」
「ああ、守るさ。破っちまったら『お前』にも怒られそうだからな」
 『それ』に向けてそう言ってみるが、すっかりエルアの内側に潜んでしまった『それ』は何も言おうとはしなかった。アルドは手を広げて、自嘲的に笑った。
「それで、アルド様。女子会はナイツだけで行われるのですか?」
「え? いやそれは知らないが……多分、トゥイ―二―やクローエル辺りは誘われるんじゃないか? いや、トゥイ―二―は他の侍女の統括があるから、誘われるとしたらクローエルだな」
 オールワークが露骨に暗い顔をしたのを見て、アルドは慌てて付け足した。
「……お前を出さなかったのは、距離的な問題だからな。もしかして、参加したいのか?」
「……正直な気持ちを言えば、そうなります」
 彼女が一瞬だけ視線を外したのは、言っていて恥ずかしくなったからだろうか。だが確かに自分やリシャに仕えていた彼女は、あまりにも忠実に仕え過ぎて、このような催しモノにはあったとしても参加しなかった。その理由は勿論、アルドが参加しなかったからであり、特にリシャが生きていた時代はナイツを集めていた時代でもあるので、彼女が仮に参加したくなるような催しがあったとしても、その暇が無かった。照れくさいのは、『今更』だという事を他でもない彼女が理解しているからだろう。
「ふむ……そうか。だったらフェリーテにでも聞いてくる事だな。もしかしたら参加させてくれるかもしれない。エルアは……えーと。ダルノア」
 アルドが傍らの少女に声を掛けると、少女は自らの体勢をしっかりと整えて、丁寧な口調で言う。
「初めまして。私は、ダルノアです。アルドさんとは牢屋の中で知り合った、友人……のようなモノです。よろしくお願いします」
 同年代の子供にも拘らず自分と全く性質の違う少女に、エルアは見事に食いついてくれた。
「私、エルア! よろしくね、えーと……ノアちゃん!」
「の、ノア? は、はあ……」
 エルアのテンションには度々ついていけなくなるかもしれないが、そこは何とかしてほしい。彼女としては初めての同世代の友達だ、何とか仲良くなろうとするのは仕方のない事で、基本的に穏やかなダルノアであればおかしな軋轢は起こらないと思うが……いや、本当にツェートは何をしたのだろうか。
「エルアとダルノアにはツェート達と一緒にここの留守を任せる。こんな砂漠に足を踏み入れてくる奴は滅多に居ないだろうが―――まあ安心だよな。五人も居れば」
「え、五人?」
 驚きの声を上げたのはどういう訳かツェートだった。
「おいおい。お前が忘れてどうするんだよ。居るだろ、お前の連れ」
 大聖堂に帰ってくるまで話しかけるなと命じられたせいで、全く存在感を感じなかった彼の連れ。彼が磔にされた時も助けなかったのは、その後に会話が生じる事を考慮したのだろう。ツェートは何を言っているのか分からないような表情を浮かべたが、やがて思い浮かんだようにその名を呼んだ。
「…………フォーナ?」
「……どうした、主よ」
 いつの間にかツェートの背後には黒いローブで全身を隠した人間が立っていた。予兆なく出てきた人物に、レンリーは椅子から転げ落ちる程驚いていた。その様子では彼女も、存在を忘れていたらしい。
「いや、何でもないけどさ。あまりにも存在感が無いから驚いていたんだよ。俺から言い出したことだけどさ、すっかり忘れてたわ」
「―――元監視者とはいえ、この能力にはそれなりに矜持を抱いている。気にする事は無い。主が拾ってくれなければ、価値すら無かったのだから」
 ツェートの連れという事で、彼だか彼女だか分からないソイツは淡々と呟いた。ツェートが参加しないので、ソイツが参加する道理は無い。これで大聖堂内にはツェート、エルア、ダルノア、フォクナが残る事になる。この大聖堂に攻撃を仕掛けるような奴等まず居ないだろうが、それでも戦力としては十分だ。
「それじゃあ、俺はそろそろ港の方に行くから、各自勝手な事をして過ごしててくれ。大聖堂を壊す以外の事は、まあ大概は容赦しよう」








「ええッ? 女子会?」
「女子……会だと?」
「お主が反応する必要は無いと思うんじゃが」
 これがチロチンやディナントであれば、即座に話の空気を察して立ち去るのだろうが、そのような配慮がルセルドラグにある訳が無く、彼はさも当然の様に会話に割り込んできた。
「……で、メグナよ。参加するかの?」
「当ったり前よ! アルド様が居ないのがちょっと残念だけど、そう言えばこういうのって一回もやった事無いし、実は少しだけ興奮してたりね!」
「貴様が参加するんは、控えた方が良い。全てが台無しだ」
 ルセルドラグの姿は相変わらず見えないが、彼の居る場所を的確に見つめて言い返すメグナもメグナだ。姿が見えていないという事実が、まるで存在していないかのようである。
「うっさいわねッ。大体アンタも男子会のお誘い掛かってんだからそっちに行けばいいじゃない」
「言われずとも、そうするつもりだ」
 何だかこれ以上会話を放置すると大変な事になりそうなので、フェリーテは言葉の合間を見て鉄扇を開き、二人の間に挿し込んだ。以前からそうだとは思っていたが、どちらかと言えば騒動の原因になっているのはメグナではなく、ルセルドラグな気がする。大体がメグナの発言に噛みついて、そこから発展しているような……
「喧嘩はやめんか。これでは楽しい会合がそれこそ台無しになってしまう。ルセルドラグ、お主は何も、アルド様にまで迷惑を掛けたい訳では無かろう」
「む……それは、確かに」
「であればこれ以上メグナの発言に噛みつくのはやめい。お主はお主で男子会を愉しめば良いし、妾達は妾達で女子会を愉しめば良い。それで全て解決していると思うのじゃが、何か間違っておるかの?」
 しかし幸いなのは、一応彼にも常識くらいはあるという事。故にこちらが完璧な正論を言えば黙ってくれるし、一理あるのならば少なくとも一考はしてくれる。メグナとの口論は、彼女自身も感情的になって食い掛かるから起きているだけで、自分の様に理知的に説明してやればそんな事は起こらない。
「――――――そうだな。こんな蛇野郎に構っても良い事は無し。俺も直ちにあちらへと合流しよう」
 ルセルドラグの思考が離れていく。足音を出していないのは自分がまだその場にいるかもしれないとメグナに思い込ませる作戦か何かか。今回も自分はメグナの味方なので、聞く筈も無いが。ルセルドラグの思考が幾らか離れていった後に、フェリーテは彼女の方に向き直った。
「うむ。それではメグナ。奴めが消えた所で話があるのじゃが」
「話? 女子会のルールとか、そういうの?」
「いや、飽くまで気楽な会合にしたいと考えて居る故、そんな堅苦しいモノを制定するような愚行はせん。これは何というか……個人的なお願いなのじゃが」
 彼女に頼むのは『種族』的に無理があるような気もしたが、他の者も性格、体格の問題から大概である事に気付いたので、であれば一番女性らしさに気を遣っているだろうメグナが適任である。
 誰にしたって、こんなお願いをするのは少し気恥しいが、聞かぬは一生の恥。フェリーテは下唇を噛みしめながら、視線を逸らして言った。
「その……洋服の着方、教えてもらっても良いかの?」
「………………は?」
 メグナは何を言っているんだと言わんばかりの表情で、フェリーテの両肩に手を置いた。呆れとか驚きとか、彼女にしてみればそれ以前の問題だった。
「ごめん、フェリーテ。どうやら私、耳をおかしくしたみたい。もう一回だけ言ってくれるかしら」
「だ、だから……お主やヴァジュラ、ファーカが着てる服の着方を……教えてくれと言っておろう」
 露骨に視線を合わせようとせず、もじもじしながら言葉を繰り返す彼女に、メグナは思わずゾクりとしてしまった。普段は大人の雰囲気と余裕を醸しているフェリーテが、洋服の着方等という、習うよりは勝手に覚えた方が全然早い事を、恥を忍んで自分に尋ねて来ている。その時の彼女たるやまるでお年頃の少女のようで……凄く。
「マジ?」
「ま、マジじゃ」
 凄く。
「…………………………アンタって、意外に抜けてる所あるわよね」
「だ、だからお主に頼んでおるのじゃろ…………うが…………」
 凄くそそられる。
 メグナは下衆な笑みを浮かべて、大きく頷いた。本来のフェリーテであれば彼女の悪巧み何て容易に看破できたのだろうが、現在の彼女は酷く動揺していた為に、気づく事は出来なかった。






 こんな事になるのならファーカにでも頼んだ方が良かったかもしれない。一体何だって自分はメグナなんぞにこの事を頼んでしまったのか。時渡りの術が使えない訳では無いが、能力に制限が掛かっている今は、使えたとしても数十秒が限界。それもこうしてメグナの部屋に移動した今では遅すぎる。
「一つ問うが……どうしてこんな服を持ち合わせておるのじゃ。それに妾は着方を教えてほしいと言っただけで、着こなし方を教えてほしいとは一言も」
「いやいや。着方を知るってのは服そのものを知るって事。つまり、必然的に着こなし方を知るって事よ?」
 如何にもな説明に、自信に満ち溢れたメグナの身振り。嘘を吐いているとは思えないが、それにしてもこれはどうなのだろう。
 背中が大きく切り開かれた服というのは。
「そ、それは真か?」
「アンタに嘘を吐く意味なんか無いでしょ。吐いた所でバレるしね」
 自分の目の前にある衝撃の物体に動揺している事なんて、フェリーテ自身が一番良く分かっている事だが、それを口に出してしまうと、もしかしたら善心でこれを出してくれているのかもしれないメグナに悪意が乗っかる可能性があるので言えない。
 いや、たとえ善心だったとしても、この服は無い。
「しかしこの服は…………主様風に言わせてみれば、『これは無い』という奴じゃな」
「何でえ? フェリーテくらい体のラインが綺麗だったら十分に着こなせると思うんだけど、自信が無い訳じゃないでしょ?」
「否定はせんが……どちらかと言えば、ヴァジュラの方が似合うと思うぞ」
「ヴァジュラに渡すなんてそれこそアホよ。アイツが着ちゃったら殺傷能力が出てきちゃうもの。それにアイツ自身着るかどうかも怪しいし、そんでもって着るべきかどうかアルド様に尋ねにいって」
「主様が答えかねるという状況が生まれる訳じゃな。分かるぞ」
 まるで他の者が着ると殺傷能力が生まれないかのような言い回しだが、アルドに対しては誰であっても生まれるだろうし、確かに自分はヴァジュラと比べると主に胸部の関係で劣るが、だからと言って着る道理にはならない。
「……着ないの?」
「着る訳なかろう。そんな恥ずかしいモノ」
「一回だけ着ない? ね、一回一回! 私アンタの服の脱がせ方分かんないから、アンタが自主的に脱いでくれないと着れないでしょ。ほら、見るだけじゃ分かんないし―――ね?」
 服のサイズの問題を利用して断ろうと思ったが、物質の大きさを自由に変える魔術が使えないメグナではない。直ぐにフェリーテに大きさを合わせて、いよいよこちらは断り様が無くなってしまった。
「…………分かった。一度だけ着よう。じゃが、直ぐに脱ぐぞ」
 フェリーテは溜息を吐きながら、帯に手を掛けた。







「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く