ワルフラーン ~廃れし神話
大聖堂への帰還
『最低でも二か月は帰って来ないでください』
オールワークに言われた言葉は、今も忘れていない。喜んでいいのか何なのか、アジェンタ大陸の事件は迅速に解決してしまった為、必然的に彼女の言葉を守る事は出来ないのだが……まあ、冗談だろう。以前もこんな事を考えたような気がするが、彼女はそこまで性悪な女性ではない。二か月は帰ってくるなという事は、裏を返せば『問題解決が出来るとしても二か月は問題を放置しろ』と言っているようなものなので、もしそういう意味で言っているのだとすれば、素直に引く。彼女がまさかそんな女性である筈がないので、ここは自信をもって大聖堂の扉を開けるべきなのだろうが。いや、そこだけに問題があるのならば、アルドは迷いなく開けたのだが。
「師匠、どうしたんだ?」
「開けないんですか?」
ダルノアはともかく、どうしてツェートまでが同じ反応をするのか。仮にも同じ拠点で生活していた者だというのに。
「うん……ああ、どんな顔をして帰ってくればいいのか、分からなくてな」
一か月にも満たない短い間に過ぎないが、それでも数日この教会を空けた事は事実だ。アジェンタ大陸であんな事があった以上、笑顔で入るのは何だか違う気がするし、かといってあまりにもしんみりとしているとレンリーやエルアにも変な緊張感を与えかねない。
「……いや、もう悩まん。この感じは、多分悩むだけ悩んで結局答え何て出ないパターンだ。ならばもう為る様になればいいさ」
半ばやけくそ気味にアルドは扉に手を掛けて、ゆっくりと押し開いた。
「アルドーッ!」
扉が開いた瞬間、アルドの半分程もない小さな物体が彼の上半身に飛びついた。開ける前から身構えていたアルドは背後に倒れ込む事も無く、しっかりとその物体を受け止める。
「ただいま、エルア。帰ったぞ」
悪魔憑きの少女、エルア。リスド大陸の端の端に存在する村に只一人隔離されていた少女だ。彼女の事を知っているツェートはその行動に特に驚きはしなかったが、一方のダルノアは何故か敵意を抱いていた。
別に、アルドに対する行動に問題がある訳では無いのだが……その少女を見ているだけで、何だか気分が悪くなってくる。
ダルノアは一歩退いた。
「アルドッ♪ アルドッ♪ アルドッ♪」
エルアはアルドの体を抱きしめながら、その場でぴょんぴょんと跳ね続けている。それはさながら、久々に再会した飼い主に甘える子犬のようで、見ている側として微笑ましいモノがある。約一名を除いて。
「機嫌が良い様で何よりだ。所で私は事前に連絡を入れた覚えは無いんだが、どうやって出待ちをしていたんだ?」
「んー? 何かすっごく怖い男の人がね、教えてくれたの。そろそろアルドが帰ってくるって」
「怖い人……因みにどんな奴だった?」
「奇妙な仮面を付けている人物だ。実力的に言わせてもらえば、たとえどれだけの策を弄しても一蹴されそうなくらいだな」
明らかに彼女から発せられた声では無いが、その出所は間違えようもなくエルア。『それ』は恐らく、エルアでは適当な説明が出来ないと見越して出てきたのだろう。ご苦労な事だ。お蔭で誰がその事を知らせたのか直ぐに分かった。
「……そうか。だったら他の奴等も知っている訳か―――」
「ツェートッ!」
続いてこちらに駆け寄ってきたのはレンリーだ。エルアの状態を見て、彼女も愛しき人であるツェートに飛び込んだが、彼が軸足を捻って躱したので、レンリーは大砂漠の中に顔から突っ込んでしまった。中々勢いがついていた事もあって、顔が本当に沈んでいる。
「馬鹿じゃねえのお前。そういうのは年齢が幼い奴しか使えないんだよ。ここで言えば、そいつかエルアくらいだ。お前はちょっと……体重がな」
会話相手が女性である事を完全に忘れているような発言に、顔の埋まっていたレンリーが凄まじい勢いで首を向けて、返してきた。
「何よ、そんなに重くないわよッ!」
「いや、ちょっと……」
言葉選びが酷すぎるので擁護出来ないが、ツェートは現在隻腕だ。その状態で誰か一人を受け止めるには相当の膂力、或いは隻腕に慣れていないといけないので、まだまだ隻腕になって日の浅い彼には出来ない芸当である事は間違いない。擁護できないのは、只そう言えばいいのに、ツェートの言葉選びが明らかにレンリーを煽りに来ているのだ。
「そこまでにしておけ、ツェータ。レンリーもだが、流石に外で馬鹿話をするのはよろしくない。何せここは砂漠だ。喋り続けていたら喉に支障を来す。取り敢えず中に入るぞ」
「お帰りなさいませ、アルド様。この度はアジェンタ大陸への視察、お疲れさまでした」
恭しく頭を下げたオールワークを見て、アルドはようやく肩の緊張を解した。ようやく、帰ってきたのだ。『ここ』に。
オールワークに言われた言葉は、今も忘れていない。喜んでいいのか何なのか、アジェンタ大陸の事件は迅速に解決してしまった為、必然的に彼女の言葉を守る事は出来ないのだが……まあ、冗談だろう。以前もこんな事を考えたような気がするが、彼女はそこまで性悪な女性ではない。二か月は帰ってくるなという事は、裏を返せば『問題解決が出来るとしても二か月は問題を放置しろ』と言っているようなものなので、もしそういう意味で言っているのだとすれば、素直に引く。彼女がまさかそんな女性である筈がないので、ここは自信をもって大聖堂の扉を開けるべきなのだろうが。いや、そこだけに問題があるのならば、アルドは迷いなく開けたのだが。
「師匠、どうしたんだ?」
「開けないんですか?」
ダルノアはともかく、どうしてツェートまでが同じ反応をするのか。仮にも同じ拠点で生活していた者だというのに。
「うん……ああ、どんな顔をして帰ってくればいいのか、分からなくてな」
一か月にも満たない短い間に過ぎないが、それでも数日この教会を空けた事は事実だ。アジェンタ大陸であんな事があった以上、笑顔で入るのは何だか違う気がするし、かといってあまりにもしんみりとしているとレンリーやエルアにも変な緊張感を与えかねない。
「……いや、もう悩まん。この感じは、多分悩むだけ悩んで結局答え何て出ないパターンだ。ならばもう為る様になればいいさ」
半ばやけくそ気味にアルドは扉に手を掛けて、ゆっくりと押し開いた。
「アルドーッ!」
扉が開いた瞬間、アルドの半分程もない小さな物体が彼の上半身に飛びついた。開ける前から身構えていたアルドは背後に倒れ込む事も無く、しっかりとその物体を受け止める。
「ただいま、エルア。帰ったぞ」
悪魔憑きの少女、エルア。リスド大陸の端の端に存在する村に只一人隔離されていた少女だ。彼女の事を知っているツェートはその行動に特に驚きはしなかったが、一方のダルノアは何故か敵意を抱いていた。
別に、アルドに対する行動に問題がある訳では無いのだが……その少女を見ているだけで、何だか気分が悪くなってくる。
ダルノアは一歩退いた。
「アルドッ♪ アルドッ♪ アルドッ♪」
エルアはアルドの体を抱きしめながら、その場でぴょんぴょんと跳ね続けている。それはさながら、久々に再会した飼い主に甘える子犬のようで、見ている側として微笑ましいモノがある。約一名を除いて。
「機嫌が良い様で何よりだ。所で私は事前に連絡を入れた覚えは無いんだが、どうやって出待ちをしていたんだ?」
「んー? 何かすっごく怖い男の人がね、教えてくれたの。そろそろアルドが帰ってくるって」
「怖い人……因みにどんな奴だった?」
「奇妙な仮面を付けている人物だ。実力的に言わせてもらえば、たとえどれだけの策を弄しても一蹴されそうなくらいだな」
明らかに彼女から発せられた声では無いが、その出所は間違えようもなくエルア。『それ』は恐らく、エルアでは適当な説明が出来ないと見越して出てきたのだろう。ご苦労な事だ。お蔭で誰がその事を知らせたのか直ぐに分かった。
「……そうか。だったら他の奴等も知っている訳か―――」
「ツェートッ!」
続いてこちらに駆け寄ってきたのはレンリーだ。エルアの状態を見て、彼女も愛しき人であるツェートに飛び込んだが、彼が軸足を捻って躱したので、レンリーは大砂漠の中に顔から突っ込んでしまった。中々勢いがついていた事もあって、顔が本当に沈んでいる。
「馬鹿じゃねえのお前。そういうのは年齢が幼い奴しか使えないんだよ。ここで言えば、そいつかエルアくらいだ。お前はちょっと……体重がな」
会話相手が女性である事を完全に忘れているような発言に、顔の埋まっていたレンリーが凄まじい勢いで首を向けて、返してきた。
「何よ、そんなに重くないわよッ!」
「いや、ちょっと……」
言葉選びが酷すぎるので擁護出来ないが、ツェートは現在隻腕だ。その状態で誰か一人を受け止めるには相当の膂力、或いは隻腕に慣れていないといけないので、まだまだ隻腕になって日の浅い彼には出来ない芸当である事は間違いない。擁護できないのは、只そう言えばいいのに、ツェートの言葉選びが明らかにレンリーを煽りに来ているのだ。
「そこまでにしておけ、ツェータ。レンリーもだが、流石に外で馬鹿話をするのはよろしくない。何せここは砂漠だ。喋り続けていたら喉に支障を来す。取り敢えず中に入るぞ」
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