ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

心透かして

 女性をデートに誘う程恥ずかしい訳でも無いが、誰かを何かに誘うというのは存外に、勇気が居る。何せ相手は自分では無いのだ。自分と違う予定もあれば、何かしらの確執だってあるかもしれない。そこまで考慮するとそもそも人を誘う事自体が間違っているのではとすら思ってしまうが、それでもアルドが剣に捧げた時間を取り戻す為には、少なくともその辺りの理屈には目を瞑らなければならない。もしも深読みが深読みで無かった場合を想像すると怖いが、もうそこは度胸で押し切るしかあるまい。落ち着け。相手はナイツ女性陣の誰かしらではなく、同性の、それも命を取り合った仲である男性だ。
「……男子会、とは?」
 当然の反応だ。説明も無しに自分の発言を理解出来るのは、ジバル出身の二人くらいなモノ。ディナントに説明を任せてしまっても良いのだが、彼に任せると『女人禁制の重苦しい会議』のような何かと勘違いされかねない。
「男子会というのは……まあ、言葉の通り女性抜きで行う集まりで、自由にやるんだ」
「自由……具体的には?」
「飲んだり食べたり、遊んだりして……な。色々喋るんだ、腹を割ってな。この時期を除いて私が玉座を降りたままで居る事はもう無いだろうから、せっかくという事で企画してみた。参加を強制するような事はしないが……どうだ」
 自分で誘っておいて何だが、こいつ人と会話した事があるのだろうか。脳内ではすらすらと淀みなく喋っている自分が居るのに、現実では所々で言葉を詰まらせながら、分かるような分からないような説明をしている自分が居る。やはり人を誘うのは苦手だ。命令する事も、頼む事も出来るのに、どうして『誘う』事になるとここまで間抜けになるのか。
「俺様は参加するぜ! アルド様と気兼ねなく会話出来る時何て金輪際ないかもしれないからなッ! おっと、決して他意は無いからな?」
 暫く会っていなかったが、彼の陽気さは相変わらずの様だ。変わらぬ態度で接してくれるユーヴァンに、アルドは片手を広げて微笑んだ。
「分かっている。有難う、ユーヴァン。他の者はどうだ?」
「…………コトワる、理由……イ」
 最後の方は良く聞こえなかったが、ディナントは確かに『断る理由は無い』と言った。彼らしい言い回し故に少しわかりにくいが、彼も参加するという意味だ。
 最後に残った男は、フェリーテの方を何度も見ながら、五分以上も悩み続けている。
「……チロチン」
「―――ディナント同様、私にも断る理由はございません。しかし、私達が居なくなれば女性陣の負担が」
 カテドラル・ナイツの面々は、アルドの居ない間、本来アルドがすべきだった事も代理で行っている。チロチンが気にしているのは、自分達が抜けた事で呼ばれていない女性陣の負担が増えるのではないかという事。彼の立ち位置はフェリーテと殆ど同じ場所にあるので、他の者を考慮するのは当然の事だ。
 だがそれに関しては手を打っている。
「ああ、問題ないぞ。女性陣は女性陣で、女子会を開いてもらうから」
「……え? それはどういう事でしょうか」
 アルドがその言葉に応えようとした、直後。口元を遮ったのはフェリーテの鉄扇だった。
「当然じゃの。妾達だけが働くという奇妙な話、仮に真実まことであればこの場で主様に苦情を入れている処じゃ。妾達は妾達で好きにやらせてもらうぞ」
「は……はあ。そういう事でしたら、私にも断る理由は無くなりますが」
 事前に何か相談をしていた訳では無い。先程の発言は、フェリーテが乗ってくれる事に賭けただけの、ある意味では出まかせに近い発言だった。『覚』を利用しているのでフェリーテとしか行えない高等技術だが、どうにか会話が繋がって助かった。アルドは密かに安堵して、心の中で彼女にお礼を言う。程なくしてこちらの心内に、『どういたしまして』という言葉が返ってきた。
「因みにお前達が不在の間の面倒は剣の執行者が全て何とかしてくれるそうだ。だからその辺りは安心してほしい。フェリーテ、お前はルセルドラグとメグナに連絡をしてほしい。その上でルセルドラグに参加の意を聞いてもらいたい」
「承った」
 フェリーテの首肯を見送ってから、アルドは続ける。
「そういう訳で、あー……日が沈んだ頃、ここに集合だ。忘れるなよ?」










 二人を連れて訪れたのは、帝城。船が止まるや否や真っ先に飛び出していったカシルマだが、アルドの読みでは彼はここに居る。彼があそこまで急ぐくらいだから、高確率で何かをやらかすような連中である事は間違いないので、きっとそうに違いないと思ったのだが。その読みは半分正解で半分間違っていたと言えるだろう。
「カシルマ」
 当の目的であったカシルマは、確かにこの場所に居た。だが彼の行動理由である筈の部下は何処にもいなかった。地下牢にすら一人も居なかった。
「……先生。ここに来るまでも探したんですけど。一人も見つからないのは、もしかして―――」
「…………」
 カシルマの声が微かに震えている気がしたが、それに突っ込むような愚かな真似は出来なかった。自分からすれば他人とは言え、弟子が率いていた部下だ。願わくは全員が五体満足で過ごせているように思ってはいたのだが、やはりこうなってしまったか。地下牢にぶち込まれているだけならばまだ救いようはあったのに……ああ、全く―――
「……ほら、さっさと歩いて」
「びゃあああああ! モフモフだあ!」
「ケヒヒヒ……あ、船長。ひょっとして船長もお楽しみだったんですかい?」
「モフ、モフ。気持ち良い」
 眼前の光景を理解する事には数十秒を要したという言葉は、比喩でも何でもない。彼らの事を良く知る我が弟子でさえ、目を丸くしながら立ち尽くしていたのだから、ほぼ他人である自分達に理解出来る訳が無い。人は本当に驚いたときに声すら出ないというが、この状況を目の当たりにした時の自分達は、正にその状況にあった。言いたい事がありすぎて声が詰まったというか、そもそも目の前の光景が信じられないというか。
「…………え」
 最初に出た声は、何とも情けないくらい掠れた声。ヴァジュラの部屋から虫の様に大量に湧き出てくる男達。その誰もが例外なく彼女の鎖に両手を縛られており、それでも尚あらゆる方向に散らばって騒ぎ立てる男達のせいで、百以上も伸びる鎖はさながら蜘蛛の糸の様にびっしりと張り巡らされていた。
「あ、アルド様」
「……ヴァジュラ。な、何をしているんだ……?」
 彼女の強さから考えても、輪姦されていた訳では無いのは確実として。一人の部屋から何百人もの男性がぞろぞろと出てくる光景は、何というか言葉に表しがたい不快感がある。口を閉じる事も忘れてその景色じっと見据えるアルドに、ヴァジュラは少しだけ不機嫌そうな表情で言った。
「……フェリーテは何処かに行ってしまって、ファーカにも押し付けられて。でも僕一人じゃ相手出来ないから、せめて夢でも見てもらおうかなって。『逝夢』を使って、上機嫌になってもらいました……」
 彼女の言っている『逝夢』は、早い話が対象に高揚感を与えつつ幻覚を見せる技だ。きっとそれで男達の煩悩を満たして、彼らが愚かな事をしないように抑え込んでいたのだろう。それはそれとして、ヴァジュラは面倒事を処理する役割では無い。彼女の声の調子がどことなく熱に浮いているのも、その証拠である。フェリーテだけが外出していた訳でも無いので、彼女に関しては仕方ない部分もあるかもしれないが、ファーカは……恐らく、うっかり殺さない様に彼女なりの配慮をしたのだろうが、そうだったとしてもやり方ってものがある。負担を全部ヴァジュラに押し付ければ何とかなると思ったのだろうが―――実際何とかなったのだが―――それは良いやり方とは言えない。
「―――それで、数百人の男を部屋で抑え込んだ気分はどうだった?」
「暑苦しい、です」
 命令するまでも無く、ヴァジュラは鎖を解放して、その場にへたり込んだ。彼女の部屋は、彼女一人ないしは客人一人が快適に過ごせるように設計されたもの。数百人を押し込んでまでも尚快適さを保証できるような作りではない。というか、そんな風に設計できる訳が無い。
 アルドはへたり込んでいるヴァジュラの手を取って、立ち上がらせる。「大丈夫か?」
「は……はい。有難うございます。僕なら大丈…………夫ッ?」
 一歩目で体勢を崩したヴァジュラを、アルドはすんでの所で抱き留めた。無理をするものではない、数百人が詰まった部屋でずっと彼等を抑え込んでいたのだ。意識がある事すら幸運なのに、わざわざそれを捨てるような事は無い。
「……苦労を掛けてしまって済まないな、ヴァジュラ。後は全て私達が処理するから、お前は部屋で寝ていて……おい。顔が赤いぞ」
 力なく頭を垂らすヴァジュラの顎を持ち上げて、再確認。やはり彼女の顔は異常と言ってもいいくらいに赤くなっていて、まともに意識を保てているとは思えない。それなのに意識を保てている辺りは流石ヴァジュラと言わざるを得ないが、だとしてもこれは酷い。命に関わるとまでは言わないが、いつ意識を失ってもおかしくなさそうだ。 
「だ、だ―――大丈夫……です。僕の事は気にしなくていいですから、アルド様はその人達を……」
「馬鹿者。こんな状態のお前を放っておけるか。取り敢えず、部屋で寝ていろ。出来れば氷魔術なりで室内を冷やしながら休め。分かったな?」
 返事を聞くよりも前に、アルドはヴァジュラの体をひょいと持ち上げて、部屋へと入っていった。






 彼女の顔がどうして異常に赤くなったのか、果たしてその理由を察している者は居なかった。 







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