ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

帰ってきた日常

 港に着くや、真っ先に降りたのはカシルマだった。こちらにその気は無かったとはいえ、脅すような形で彼に言ってしまったのだ。率いている部下がどうなったのか気になるのは、集団を率いる者としては当然の事だろう。
 血の臭いを全然感じない事から、彼も部下が無事である事は分かっているとは思うのだが、それでも実際に見たい気持ちは理解出来る。殺し方として血の関連しない方法なんて幾らでもあるのだ、それをされていないとは言い切れない。
「では私達も降りようか。ツェータ、ダルノア。荷物は大丈夫か」
 と言っても、後者に関しては元々船に乗船していた事もあって荷物なんてあってないようなモノ。ツェートもまあ、武器くらいである。
 所でこの下り、行きもやった気がするのだが気のせいだろうか。
「ああ、さっさと降りようぜ」
「はい、大丈夫です」
 結局彼女からあの問いの答えは貰っていないが、それもいいだろう。時間はたっぷりあるし、引き取る気こそ毛頭ないが、友人として彼女を滞在させる分には何の問題も無い。同年代との交流はエルアにとっても嬉しいだろうし、何より自分を通しているのであれば、流石に軋轢は起こらない筈だ。
 エルアは隔離されていたせいで世間知らず。
 ダルノアの過去は分からないが、釣り一つであそこまで楽しんでいた事まで考えると、通常の生活をしていたとは考えにくい。
 彼との間に何があったのかは分からないが、そこには原因の一つとして環境の違いが挙げられるかもしれない。ツェートには家族が居た。母親も居たし、幼馴染も居たし、師匠として自分も居た。だが、彼女には何も居ない(そもそも家族が居れば帰る場所だって必然的に存在しているだろう。であれば彼女があの問いに即答しない理由は無い)。奴隷時代を共に過ごした友人として自分は居るが、それだけだ。
「良し。ではリスド大陸に帰還出来た喜びを噛み締めつつ、船を下りて―――」
 二人を率いるようにアルドが足を踏み出した、直後。突起物がある訳でもないのに、アルドはその場で体勢を崩し、盛大な音を立てて倒れ込んだ。
「………………え」
 喧嘩している筈の二人だが、この時ばかりは声を揃えて困惑する。特に船の上で戦った事もあるツェートには、信じがたい光景だったかもしれない。どんな手段を講じても、どんな力を用いても勝てなかった男が、目の前で間抜けすぎる様を見せつけているのだから。港町でアルドを見ていた者達も、そのあまりにも似つかわしくない光景に、目を丸くしながらアルドの事をじっと見据えていた。「アルドさんッ!」
 その中で血相を変えて飛び出してきたのは、一人の少女。ダルノアは周囲の視線何てものともしないで、アルドに近寄ってその体を抱き起こす。
「大丈夫ですかッ?」
 地面から持ち上がった顔は、まるで気にしていないような表情だが、ダルノアには分かった。先程のアルドは、何もうっかり転んだ訳では無いという事を。本人にもそのつもりは無かったという事を。
「限界が……来てるんですか?」
 周りに聞こえない様に小声で尋ねると、アルドは少しだけ口元を吊り上げる。
「行動に現れたのは初めてかな。それもここまで露骨に……だが、大丈夫だ。ここ最近が平和だったから私も気が抜けただけ。心配する事は無い」
「でも…………!」
 アルドは何事も無かったように立ち上がり、背後の方を向く。
「行くぞ、ツェート」
 その不可思議な様子にツェートも少しだけ怪訝そうな表情を浮かべたが、英雄アルドを信じている彼はそんな疑問を馬鹿らしいと一蹴して、船を下りてきた。その様子に安堵しつつも、周囲の人達は先程の出来事をちょっとした刺激と受け取り、各々の生活へと戻っていく。程なくしてアルドの知り合いと思わしき人物がこちらに近づいてきたが、果たして、その中の何人が彼の容態に気付いているのやら。








――――――主様よ。魂が超越したとしても、その体は何処までも人間じゃ。
 彼が倒れた事をフェリーテは知っていたが、あそこで駆け寄る事は彼の体の状態を民に知らせてしまう事と同義。だから敢えて足を止めて、タイミングを計らった。他のナイツ―――特にチロチンが敏感に察してくれた事も相まって、結果的に彼の情報を隠蔽する事に成功した。彼の傍らに居る少女はこちらに少々の嫌悪を持っているが、そこからも自分達の配慮は成功したと言えるだろう。
「……フェリーテ。その様子では、そちらでも何かあったようだな」
「うむ。主様こそ、どうやら厄介事に巻き込まれた様じゃの。二人は一緒ではないの―――」
「アルド様ァァァァ! 聞いてくださいよ、こいつらと来たら酷いんですよ、俺様を全然心配してくれないんです―――ブッ!」
 フェリーテの言葉を遮る様にユーヴァンが駆け寄るが、少々腹を立てたフェリーテに鉄扇で顔を叩かれて、もんどり打って倒れた。鉄扇越しに咳を払ってから、改めてフェリーテは尋ねる。
「……二人は一緒では―――」
「無いに決まっているだろう。約束を忘れたのか? 申し訳ございません、アルド様。手を貸さないという事で接触も極力控えるべきだったのでしょうが……部下、ではなく。友人として出迎えたく思い、ここに至った次第。迷惑という事であれば、直ぐに退散いたしますが」
「いや、いい。お前達には丁度用があったし、それに『友人』として、という事であれば素直に嬉しい。だが、フェリーテの言葉は遮ってやるな。幾ら何でも可哀想だ」
 チロチンが背後の女性を見て、声の調子を下げた。
「……そういう訳だからトゥイ―二ー。フェリーテの言葉を遮るなよ」
「ええ、俺かッ? 俺なのかッ?」
 彼女の名誉の為に言っておくと、彼女は一言も発していない。なのに突然行動を規制されて、実にいい迷惑である。
 鉄扇を閉じて、フェリーテは『烏』の頭を軽く叩いた。
「お主の事じゃぞ、チロチン」
「分かっている……冗談だ」
 アルドは微笑ましそうにナイツのやり取りを見て静かに笑う。不機嫌なフェリーテもそれはそれで別の味があって可愛……いや、何を考えている。どうして思考が読める彼女の前でそんな事を考えた? 彼女の表情が一向に明るくならないのも、多分先程の思考のせいだ。口は災いの元ということわざもあるが、彼女の目の前では思考も災いの元。今度からは下手な事は考えない様にしよう。
「で、アルド様。私達に用とは?」
「ああ。二人が帰ってからの方が良いかもしれないが、まあいいだろう。えーと…………何て言ったらいいんだろうか―――男子会を開かないか?」

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