ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

目指すが果ては未開の地

 相変わらず、クダイ村は厄介事に巻き込まれたくないようで、ツェートのいざこざの時もそうだったが、決して何か物騒な事が外で起きている時は決して介入しようとはしなかった。が、今回に限って言わせてもらえば、その判断は珍しく正しいと言わざるを得ない。この村の外に広がる死体の数々、数えるまでも無く二百体以上。外がそんな状態にも拘らず外を出歩ける人間が、果たしてどのくらい存在していようか。
 その上で、敢えて言わせてもらおう。この村を故郷とする少年が危機に瀕しているというのに、その主義を貫くのは如何なモノか。確かに関わらないという判断は正しいが、決して善い行いとは言えないだろう。しかしそれについて文句を言うのは暫し後。今は無様な姿で十字架に掛けられている彼を助けなくては。
「ツェータ」
 声を掛けてやると、ツェートは力なく垂れていた頭をどうにか持ち上げて、掠れ切った声で「師匠……」と言った。その下に居る不定形の存在がこちらに何かを投げつけてきたが、大したモノでも無いから気にしない。
「私はこっちに迎えを出したみたいだが……どうやら、来ていないようだな」
 どうやら、次に彼女と再会した時に詳しく聞く必要がありそうだ。自分の命令に背いてまで何をやっていたのかを。仮に彼女が犯人であればそれで追い詰める事が出来るだろうし、違ったならばそれで良い。何かしらの事情があったという事で、この話は無かった事になるだけだ。
「……師匠…………そい……………つ」
「そいつ? 私の横に居るこいつがどうしたか?」
「死な………………ない」
 自分の聞き間違えで無ければ、彼は今、確かに『死なない』と発言した。不死身だと言ったのだ。モノを投げる事しか能のない、この不定形が。
 今も尚、こちらになんて事の無い物体を投擲し続けている不定形だが、負傷している様子も見られないし、どうやらツェートはこれと戦って負けた様だ。その彼も瀕死の重傷と呼べるような重傷は負っていないので、敗因は―――その特性を信じるのであれば、疲労か。
 確かに死なない相手との戦いは、余程手慣れた者でない限りは疲労によって敗北する。一方で不死身の存在は疲れない事はあり得ないにしても、非常に疲れにくいので、長期戦に持ち込まれれば死ぬ可能性すら持ち合わせているこちらが不利なのは当然。一体どんな精神状態でこの黒い物体と交戦するに至ったかは知らないが、普通は逃げるべきだろう。特に、不死身の存在を殺す手段を持っていない限りは。
 アルドは何気なく視線を不定形へと向けると、それの腹部に軽く刃を突き立てた。距離にしておよそ三歩以上あった間合いは、気づけば両者が密着状態になる程に縮まっていた。不定形の物体は不自然に身体を痙攣させた後、ゆっくりとその場に倒れて……二度と動かなくなった。後ろから再び何かが投擲される事も無ければ、死体がこれ以上増える事も無くなった。一体何だったのだろう。こいつは。それを聞く為にも、取り敢えずツェートを助けるか。
 彼の四肢は簡単に外されない様にきつく縛られているが、その縛られている先が木製の十字架では壊すのは容易である。軽く根元を払ってやると、バランスを崩した十字架はツェートを巻き込んで背中から倒れ込んだ。
「で、アイツは何なん……取り敢えず治療が先か。ああ喋らなくていいぞ。流石に一度訪れた家は覚えている」
 彼の四肢を開放した後、まるで荷物の様に肩に担ぎあげて、アルドはツェートの家を目指す。死体の数から考慮するに、あれは魔術では無いのだろう。確かに分身を作る魔術は存在するが、それを百体も二百体も作っていたら常人であれば魔力切れを起こす。あの魔術は非常に魔力効率が悪く、アルドの『影人』やエヌメラでも無ければ、たとえクリヌスであっても魔力切れを起こして死亡してしまうだろう。一方でそれに対しての効果は『本人の百分の一』以下の力しか持たない存在を作るだけ。使用したとしても精々が十体までで、意味も無く百体や二百体作るくらいであれば普通に戦った方が早い。
 扉を開けると、正に家を出ようとしていたメイザーと鉢合わせになった。
「あ……!」
「お久しぶりです。少し無茶をやらかしたようでしてね、取り敢えず中に入れてくれませんか」
 息子を担ぐ物騒な男の姿に、メイザーは少々警戒心を露わにしたが、その言葉を聞くや否や、快く中に入れてくれた。一緒に居る筈の少女の姿が見えなかったが、寝室の方に移動させたとの事らしい。何でも、二人の仲が悪そうに見えたから、らしい。彼女がそこまで刺々しい性格だったとは思わないが、ツェートは一体何を言ったのだろうか。
「あの……ロッタさんは無事なんですかッ?」
 床にツェートを下ろし、改めて身体の損傷を確認する。右肩に足に脇に……致命傷と言えるような傷は見当たらない。
「主に疲れているだけなのでそう問題はありません。傷口については適当に布で縛っておけば、自然治癒で完治するでしょう。さっきも言った通り、こんな事になっているのは過度の疲労のせいなので、傷の軽重に拘らず、数時間は眠っていないと駄目ではありますが」
 アルドはメイザーに言伝を頼んでから、「それでは私はこれで」と言って身を翻した。今回ばかりはしてやられた。ネルレックの姿も見当たらないし、協力者の一人であるツェートも、休養が必要な程度にはやられてしまった。しかしながら、未だ犯人に繋がる明確な手掛かりは何一つとして見つけておらず、何だか掌の上で転がされているようである。まるで自分こそが『王』であるとでも言うように、弄んで。
 しかしこれ以上思い通りに動く気はない。ネルレックの消息は気になるが、今は魔力湧出点を探した方が良いだろう。もしも彼女が犯人なのであれば/彼女が犯人で無い事を証明する為には―――きっと、その方が良い。








 アルドには霊脈を流れる魔力を明確に感じ取る事は出来ないが、それでも魔力湧出点から湧き出てくる膨大な魔力であれば、感じ取る事が出来る。精神を研ぎ澄ませて、雑念を打ち払って、無念無想の境地へと至れば、この世界に起きている異常は容易に分かるモノだ。
 ……ここか。
 クダイ村からずっと東。港からも首都からも離れているそこは―――幽鈴迷宮だった。
 ……あの話はもう終わった筈だが。
 偶然とは思えない場所だが、間違えようもなく魔力の局地的な湧出はあそこから感じられる。考えてみればあそこは迷宮の機能が停止してる広いだけの洞窟だし、アルドに対する何らかの当てつけという可能性を抜きにしても、隠し場所に採用される事はおかしい事ではない。木を隠すなら森の中、異常性を隠すなら異常性の中、とも言うし。
 足を踏み入れると、何年か前に見た光景が、そのまま投影されたような視界が広がった。ここから暫くは一本道、やがて左右に分かれて。あの時アルフは真ん中を焼却して道を作ったが、仮にもここは迷宮。抗いようも無い年月も相まって、彼が切り開いた道はすっかり無くなっていた。代わりにあったのは、人のモノとは思えない足跡。連なるように付く足跡は、左側の通路の先へと続いており、普通に考えればこの先に魔力湧出点があるのだろう。他に手掛かりらしき手掛かりも無いし、たとえこれが罠だったとしても、アルドにはこれを辿る以外の行動は選べないが……何故だろう。嫌な予感がする。その予感は僅か一瞬の出来事だったが、だからこそアルドを明確に逡巡させた。どうしてかは分からない。まがりなりにも地上最強と呼ばれていた自分が今更恐れるなんて、そんな事は滅多に無いと思っていたから。
 真理剣を反転させて死剣へ。最大限の警戒をしながら、アルドはゆっくりと足跡を辿っていく。頭の片隅で鳴り続ける警鐘に、耳を塞ぎながら。


 

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