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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

合流

 カシルマが訪れたのは、使用人たちの個室である。避難している者達の視界外で、更に犯人を除く使用人の視界外で、王様からも見えない場所があるとすればここだけだ。勝手に入るのは非常に申し訳ないが、これも捜索の為。一応下着をしまっている場所だけは探らないつもりなので、誰かに見られたとしても大事にはならないだろう(なので、下着と同じ場所に隠されていた場合はどうしようもない)。そう自分に言い聞かせるように、カシルマは早速一つ目の部屋へと足を踏み入れる。ここはどうやらあの『羊』の魔人の部屋らしい。ここに入った理由は特にない。強いてあげるとするならば、先ほど周りを見渡した時、彼の姿が見えなかったからだろうか。彼が犯人である事を裏付ける証拠は何処にも無いが、少しでも怪しいと感じるには十分である。手の赴くままに引き出しや棚を開けてみるが、案の定ある筈もなく、収穫はゼロに終わった。
「…………」
 出来るだけ荒らさない様に心掛けたつもりだが、これではまるで盗みに入ったような荒れ具合だ。もしかしたら自分が探している時に、背後で妖精が無駄に部屋を荒らしていたのかもしれない―――いや、冗談だ。それこそ有り得ない話。単純に自分の探し方が下手くそだったのだろう。気持ちを素早く切り替えて、カシルマが部屋を出ようとしたその時。
 凄まじい轟音と共に、部屋が大きく揺れた。自分の体質から考えると、影響を受けている以上、自然災害か何かだという事は何となく分かる。
 改めて外の状況を確認するべく部屋を出るまでは、確かに自分はそう思っていた。
「え……っと? 外?」
 ユラスの部屋から出ると、何が起きたか目の前には、陽光煌く大草原が広がっていた。避難者も、死体の山も、アルドも、王様も居ない。そこには何処までも広がる草原と自分だけが存在している。成程、自然災害ではなく、何らかの異名持ちの武器を使ったという事か。確かにそれなら、魔力を一切付け付けない自分に影響が及んでいる事にも納得がいく。何を使ったかは知らないが、ここまで大規模な上書きはフィージェント以来である。いや、むしろこれと似たようなモノを喰らった事があるからこそ、自分は全然取り乱していないのかもしれない。どういう事かって? では結論から言おう。
 カシルマ・コーストは、只一人このだだっ広い草原の世界に閉じ込められた。考えるまでも無く、犯人に。












 城の何処を探してもカシルマの姿が見えない。もしやと思い城下町の方にも出てみたが、何処にも、誰も居なかった。『羊』の魔人が言うには先程会話したばかりらしいから、居ないという事は無い筈なのだが。
 アルドはその場で精神を研ぎ澄ませて、彼の気配を何とか探知しようと試みるが、やはりこの城内には居ないようだ。では何処に? 彼の性格を考えるとカクレンボをしたい訳でも無いだろうし、そもそも城下町の方に居るのであれば誰かに言伝くらいは頼んでいる筈。だが、見る限りそんな言葉を預かっていそうな素振りをしている者は居ないし、一見して誰も居なさそうな場所を見つめている者も居ない。
―――アイツが捕まったなんて、万が一にも無いとは思うのだがな。
 そもそも魔力を一切受け付けない彼をどうやって捕まえれば良いのだ。この世界の技術は殆ど魔力のお蔭で発展したと言っても過言ではなく、それを全否定するような体質の人間が捕らえられる道理がある訳が無い……いや、そうか。彼の姿が見えなくなった事で焦ってしまったが、そう言えばネルレックもあれから姿を見せていない。彼女を迎えに出したのは自分だが、それにしても遅すぎやしないか。まるで何か帰って来れない事情が発生したかのような……もしかして、本当に発生したのか?
―――いや、杞憂の筈だ。
 彼女自身にも戦える力はある。全くの素人では相手にならないくらいの強さは持ち合わせている。仮に実力的に劣っていたとしても、上空を取れる彼女の優位性まで考慮すれば、ある程度の強さの敵も余裕をもって撃破する事が出来るだろうと思っていたのだが、ここまで遅いと、彼女の敗北が頭を過ってしまう。
 今ここで自分が離れれば、仮に犯人が城内に居た場合に猶予を与えてしまう事になるから、迂闊には動けない。しかし、もし犯人が外に居た場合、そしてネルレックをなぶり倒していた場合、自分は彼女を見捨てた事になり、たとえこの事件が解決したとしても彼女という犠牲は避けられぬモノとなる。これからの犠牲を考えると、一人の犠牲でそれ以外の全てが救われるのであれば、王としては迷わず一人を犠牲にするべきなのだろうが……彼女の言葉が、どうにも胸で引っかかる。
『私にこの国を、救わせてください!』
 彼女は自分で国を救わせてほしいと言った。自分を英雄にしてくれと希った。果たして、そんな人間を捨ててしまって良いのだろうか。かつて捨てられたから、という訳では無い。国の為に動きたいと願っている者を切り捨てていいのか。それだけだ。国の為に動く訳でも無い者大勢と、国の為にその身を捧げる事が出来る者一人。価値としてはやはり大勢の方に軍配が上がるが、それはそれとして、一人の方を捨ててしまっても良いのかどうか。そんな貴重な人材をわざわざ捨ててしまっても良いのかどうか。
 有り得ない。そんな人材を切り捨てる事はアルドには出来ない。そんな事をするくらいならば、この身を犠牲にして両方共を助けた方がずっと正しい選択である。
「ああ全く、『勝利』としては、どうしても完全なる勝利を獲得したくなってしまうモノなんだな……」
 ならば考える必要はない。アルドは全力で城の入口へと駆け出して、固く閉じた城門を切り開く。結界ごと切り開かない様に、王剣は使わなかった。きっと問題は無いだろう。今は何よりも、あちらの様子を見に行く事の方が重要だ。
 そう。助けるとか助けないとか、犠牲になるとかならないとか、どっちを選ぶとか選ばないとか。どうでもいい。無駄だ。クソだ。愚かだ。阿呆だ。間抜けだ。そんな事を考えている暇があるくらいならば、一刻も早く動いてしまった方がいいという事、もう何年も前から気付いていたというのに。










 クダイ村にてアルドが目にしたのは、不定形の存在によって十字架に掛けられたツェートの姿だった。
 

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