ワルフラーン ~廃れし神話
想いが引き起こすは愛か奇跡か
エニーアが記した手紙には、祓杖『魔祠』、探槌『野架』、劫槍『握逆』の事が書かれており、自分の国にどういう事態が起こっているかは分からないので、アルドが判断して使ってくれとの事。使い方については『勝利』だった自分の方が良く分かるから、敢えて説明はしないらしい。彼女らしいと言えばらしい手紙か。確かに、異名持ちの武器の使い方に関しては自分の方が一歩抜きん出ている。
その上で言わせてもらうのであれば、今回特に必要なのは祓杖『魔祠』だ。この杖は所謂『先詠み』の特性を所有していて、どう動いていいか困った時は、取り敢えずこの杖の示す方向に向かえば良い。そうすれば未来は切り開かれて、約束されし未来が自分達を迎える事になる。とは言ったって、この杖は飽くまで手助けをするだけ。最終的には自分達で事態を解決しなければならないが、その辺りは問題ない。
自慢にもならない醜い歴史だが、アルドの積んできた経験は一般のそれを遥かに上回っている。最終的に自分の力が必要だという事であれば、そこに問題は無いだろう。
今までも、これからも、アルドはずっと、己の力を信じてきたから。
「…………あったか?」
「いいや、無いみたいですね。少なくとも僕は今の所見つけられていません」
見落としの無い様に丁寧に探しているつもりなのだが、自分も見つけられていない。というかそもそも、エニーアの手紙に書かれている特徴を持つ武器が一つたりとも存在しない。今回に限ってはあまり役立たそうな探槌でさえ、その姿が見当たらない。
「多分無いですよこれ。一応魔力をこの部屋に通して、検知してみますか?」
「いや、いい。そもそも私達も考えが浅かった」
「え?」
アルドはここへ来るきっかけとなった紙を折り畳み、カシルマに見せた。真上には小さく『私の大好きな人へ』と書かれている。
「本当は、私だけが気づくべきだったんだよ。いや、私だけが気付けたはずなんだ。そもそもエニーアだったら、こんな風に折り畳みはしないって事」
「……話が見えないんです、けど?」
「こいつは私に恋をしていた。その真相についてはさておいて、アイツは他の人間に知られたくはなかった筈だ。まさか人権の存在する年齢の上限を定めた自分が、人権の存在する年齢の上限を超えた者を愛しているなんて。それでは法としての力が発揮されない。法とは制定した者すらも縛りを受けるモノ。なのにその事実が明らかになれば、自分の王としての権威は消え失せてしまう。全ては推測でしかないが、そんな状態でも尚私への想いを捨てなかった彼女が、こんな風に折り畳む訳が無いんだよ。どう考えても警戒が弱すぎる」
そこまで言った所で、カシルマもようやく話が見えてきたようだ。「あー」と納得がいったように視線を上に移動させていた。この話において重要になってくるのは、彼女がどんな立場に居たか、という事だ。結局の所あれは壮大なお見合いだったが、だとしても彼女からすれば運命の出会い。決して誰にも知られたく無かった筈だ。
「つまり、この手紙は既に私達以外の誰かが読んだ、という事だ。ではそれは誰なのかという話にもなるが、わざわざ折り畳んで読んだ形跡を誤魔化そうとしたって事は、この国をこんな風にした犯人と見て間違いないだろうな」
少なくとも、味方ではないのは確かだ。もしその人物が味方なのであれば、自分達はもっと早くこの情報を手に入れる事が出来ただろう。宝物庫にある筈の『無い武器』を探す必要なんて無かった。そいつが味方であれば、既にこの手には三つの武器が握られている。
「……全部、無駄骨だったな。どんなに探しても見つからないって事は、犯人が全て持ち去ってしまったという事だ。実に無駄な時間しか食っていないな、全く」
「持ち去った人物に心当たりは……済みません。先生でもそれは無理ですよね」
「ああ。大体それが分かったらこの事件は簡単に解決している。せっかく見つけた切り口だったんだが、どうやら振り出しに戻ったようだな……」
アルドは自嘲的な笑みを浮かべながら、その場に座り込んだ。いつもはおかしな所で察しが良いのに、今回に限ってはどうして気が付かなかった。あの時に気が付いてさえいれば……ああ、もう遅い。
「この城に避難した人で、武器を持ち歩いてる人が居なかったか、聞いてみますか?」
「……ではお前はそうしてくれ。私は書庫に向かう」
カシルマであれば、単独行動をしてもそうそうやられる事は無いだろう。少しだけ心配な気持ちもあったが、今は何としてでも切り口を見つける事が先だ。
我が弟子の背中を見送った後、アルドも気怠そうに立ち上がり、動き出す。犯人がもしも自分達の行動を監視しているのであれば、きっと犯人を直接導き出そうとしているカシルマの方を警戒するだろう。ならば自分はそれを隠れ蓑に、思う存分書庫を調べさせてもらう。宝物庫と違って、書庫は一人で細工をするにはあまりにも数が多い。きっと何か呪いについての手掛かりが残っている筈だ。
書庫には既に『骸』と『蛇』の姿があったが、今は極力干渉しない方が今後の為でもある。二人から距離を取る様に、アルドも手掛かりとなりそうな本を探していく。今回の事件が呪いによるものであれば……一体、何の本を見れば良いのだろうか。ジバルじゃあるまいし、呪いの呪いによる呪いの為の本なんてそうそう無い。というか、見た事が無い。差し当たってはこの大陸の歴史を綴った本でも見ていくとしようか。
アルドが取った本には、魔人との全面戦争に勝利した瞬間を現在として、それまでの歴史が描かれている。流し気味にパラパラと捲っていくが、今回のような事態と似たような事が書かれているページは―――無いか。本当に存在しないのか、はたまた犯人が持ち出してしまったのか。いずれにしても、歴史を見る事によって手掛かりを得ようとするのは安易な考えだったのかもしれない。それを裏付けるように、ナイツの二人は全く別の場所を探している。
書庫に存在しないなんて事は無い筈だ。間違いなくこの書庫には手掛かりが残っている。絶対に残っている筈だ。どんな人間も、魔人にも欠点がある様に。どんな作戦にも穴がある。むしろ作戦自体が完璧であればある程、少しの綻びが全てを崩しかねない。
アルドは服に付けたブローチを握りしめて、心の中で彼女に謝る。彼女からこの国を奪った以上、何としても自分がこの国を繁栄させなければいけないのに、これでは繁栄どころか衰滅してしまっている。彼女の想いに応えなかったどころか、自分は彼女が築き上げた国さえも、無に葬り去ろうとしてしまっている。
―――私は、勝利しなければならないというのに。
負けは許されない。絶対に。
この戦いにも勝利しなければならない。何としても。
自分にはまだ、大陸奪還という大勝負が残っているのに、こんな所で立ち止まっている訳にはいかないのに。手掛かりが何一つ見つからない。
ブローチを握りしめる手に力が入る―――その直後の事だった。アルドの頭上から、一冊の本が落ちてきたのは。
「……ん?」
本棚にはびっちりと詰め込まれているため、自然に落ちるという事はあり得ない。だが、本が落ちてきた方向を見遣っても、特に目を引く物体は見えなかった。もしかしたらブローチが何かのスイッチになっているのかとも思ってもう一度握りしめるが、それでも何も起こらない。
視線を床に落として本を拾い上げると、その表紙には金色の文字でこう書かれていた。
『魔力の流れとは ~霊脈を利用した魔術式』
霊脈。その言葉には聞き覚えがある。あれは確か、エリにお願いされてレギ大陸へと赴いた時の話だ。あの時は確か、『謠』が脈を書き換えるという馬鹿げた所業をした事によって難なく突破していたが、あれは謠が『創』の執行者だったからこそ出来た荒業で、当然ながらアルドに出来る道理は無い。
しかし。いや、この奇跡を幸いなモノであると信じるのであれば、今回の呪いは霊脈を利用した術である可能性が高い。もしそうなのであれば、この本は非常に強力な手掛かりとなる。犯人を追い詰める証拠にも成り得るだろう。
アルドは周囲の気配を確認してから、本の一ページ目に手を掛けた。それにしても、どうしてこの本は落ちてきたのだろう。本棚の高い位置にある本は触られる事も少ないので、猶更落ちてこないとは思うのだが。
――――――まさか、な。
その上で言わせてもらうのであれば、今回特に必要なのは祓杖『魔祠』だ。この杖は所謂『先詠み』の特性を所有していて、どう動いていいか困った時は、取り敢えずこの杖の示す方向に向かえば良い。そうすれば未来は切り開かれて、約束されし未来が自分達を迎える事になる。とは言ったって、この杖は飽くまで手助けをするだけ。最終的には自分達で事態を解決しなければならないが、その辺りは問題ない。
自慢にもならない醜い歴史だが、アルドの積んできた経験は一般のそれを遥かに上回っている。最終的に自分の力が必要だという事であれば、そこに問題は無いだろう。
今までも、これからも、アルドはずっと、己の力を信じてきたから。
「…………あったか?」
「いいや、無いみたいですね。少なくとも僕は今の所見つけられていません」
見落としの無い様に丁寧に探しているつもりなのだが、自分も見つけられていない。というかそもそも、エニーアの手紙に書かれている特徴を持つ武器が一つたりとも存在しない。今回に限ってはあまり役立たそうな探槌でさえ、その姿が見当たらない。
「多分無いですよこれ。一応魔力をこの部屋に通して、検知してみますか?」
「いや、いい。そもそも私達も考えが浅かった」
「え?」
アルドはここへ来るきっかけとなった紙を折り畳み、カシルマに見せた。真上には小さく『私の大好きな人へ』と書かれている。
「本当は、私だけが気づくべきだったんだよ。いや、私だけが気付けたはずなんだ。そもそもエニーアだったら、こんな風に折り畳みはしないって事」
「……話が見えないんです、けど?」
「こいつは私に恋をしていた。その真相についてはさておいて、アイツは他の人間に知られたくはなかった筈だ。まさか人権の存在する年齢の上限を定めた自分が、人権の存在する年齢の上限を超えた者を愛しているなんて。それでは法としての力が発揮されない。法とは制定した者すらも縛りを受けるモノ。なのにその事実が明らかになれば、自分の王としての権威は消え失せてしまう。全ては推測でしかないが、そんな状態でも尚私への想いを捨てなかった彼女が、こんな風に折り畳む訳が無いんだよ。どう考えても警戒が弱すぎる」
そこまで言った所で、カシルマもようやく話が見えてきたようだ。「あー」と納得がいったように視線を上に移動させていた。この話において重要になってくるのは、彼女がどんな立場に居たか、という事だ。結局の所あれは壮大なお見合いだったが、だとしても彼女からすれば運命の出会い。決して誰にも知られたく無かった筈だ。
「つまり、この手紙は既に私達以外の誰かが読んだ、という事だ。ではそれは誰なのかという話にもなるが、わざわざ折り畳んで読んだ形跡を誤魔化そうとしたって事は、この国をこんな風にした犯人と見て間違いないだろうな」
少なくとも、味方ではないのは確かだ。もしその人物が味方なのであれば、自分達はもっと早くこの情報を手に入れる事が出来ただろう。宝物庫にある筈の『無い武器』を探す必要なんて無かった。そいつが味方であれば、既にこの手には三つの武器が握られている。
「……全部、無駄骨だったな。どんなに探しても見つからないって事は、犯人が全て持ち去ってしまったという事だ。実に無駄な時間しか食っていないな、全く」
「持ち去った人物に心当たりは……済みません。先生でもそれは無理ですよね」
「ああ。大体それが分かったらこの事件は簡単に解決している。せっかく見つけた切り口だったんだが、どうやら振り出しに戻ったようだな……」
アルドは自嘲的な笑みを浮かべながら、その場に座り込んだ。いつもはおかしな所で察しが良いのに、今回に限ってはどうして気が付かなかった。あの時に気が付いてさえいれば……ああ、もう遅い。
「この城に避難した人で、武器を持ち歩いてる人が居なかったか、聞いてみますか?」
「……ではお前はそうしてくれ。私は書庫に向かう」
カシルマであれば、単独行動をしてもそうそうやられる事は無いだろう。少しだけ心配な気持ちもあったが、今は何としてでも切り口を見つける事が先だ。
我が弟子の背中を見送った後、アルドも気怠そうに立ち上がり、動き出す。犯人がもしも自分達の行動を監視しているのであれば、きっと犯人を直接導き出そうとしているカシルマの方を警戒するだろう。ならば自分はそれを隠れ蓑に、思う存分書庫を調べさせてもらう。宝物庫と違って、書庫は一人で細工をするにはあまりにも数が多い。きっと何か呪いについての手掛かりが残っている筈だ。
書庫には既に『骸』と『蛇』の姿があったが、今は極力干渉しない方が今後の為でもある。二人から距離を取る様に、アルドも手掛かりとなりそうな本を探していく。今回の事件が呪いによるものであれば……一体、何の本を見れば良いのだろうか。ジバルじゃあるまいし、呪いの呪いによる呪いの為の本なんてそうそう無い。というか、見た事が無い。差し当たってはこの大陸の歴史を綴った本でも見ていくとしようか。
アルドが取った本には、魔人との全面戦争に勝利した瞬間を現在として、それまでの歴史が描かれている。流し気味にパラパラと捲っていくが、今回のような事態と似たような事が書かれているページは―――無いか。本当に存在しないのか、はたまた犯人が持ち出してしまったのか。いずれにしても、歴史を見る事によって手掛かりを得ようとするのは安易な考えだったのかもしれない。それを裏付けるように、ナイツの二人は全く別の場所を探している。
書庫に存在しないなんて事は無い筈だ。間違いなくこの書庫には手掛かりが残っている。絶対に残っている筈だ。どんな人間も、魔人にも欠点がある様に。どんな作戦にも穴がある。むしろ作戦自体が完璧であればある程、少しの綻びが全てを崩しかねない。
アルドは服に付けたブローチを握りしめて、心の中で彼女に謝る。彼女からこの国を奪った以上、何としても自分がこの国を繁栄させなければいけないのに、これでは繁栄どころか衰滅してしまっている。彼女の想いに応えなかったどころか、自分は彼女が築き上げた国さえも、無に葬り去ろうとしてしまっている。
―――私は、勝利しなければならないというのに。
負けは許されない。絶対に。
この戦いにも勝利しなければならない。何としても。
自分にはまだ、大陸奪還という大勝負が残っているのに、こんな所で立ち止まっている訳にはいかないのに。手掛かりが何一つ見つからない。
ブローチを握りしめる手に力が入る―――その直後の事だった。アルドの頭上から、一冊の本が落ちてきたのは。
「……ん?」
本棚にはびっちりと詰め込まれているため、自然に落ちるという事はあり得ない。だが、本が落ちてきた方向を見遣っても、特に目を引く物体は見えなかった。もしかしたらブローチが何かのスイッチになっているのかとも思ってもう一度握りしめるが、それでも何も起こらない。
視線を床に落として本を拾い上げると、その表紙には金色の文字でこう書かれていた。
『魔力の流れとは ~霊脈を利用した魔術式』
霊脈。その言葉には聞き覚えがある。あれは確か、エリにお願いされてレギ大陸へと赴いた時の話だ。あの時は確か、『謠』が脈を書き換えるという馬鹿げた所業をした事によって難なく突破していたが、あれは謠が『創』の執行者だったからこそ出来た荒業で、当然ながらアルドに出来る道理は無い。
しかし。いや、この奇跡を幸いなモノであると信じるのであれば、今回の呪いは霊脈を利用した術である可能性が高い。もしそうなのであれば、この本は非常に強力な手掛かりとなる。犯人を追い詰める証拠にも成り得るだろう。
アルドは周囲の気配を確認してから、本の一ページ目に手を掛けた。それにしても、どうしてこの本は落ちてきたのだろう。本棚の高い位置にある本は触られる事も少ないので、猶更落ちてこないとは思うのだが。
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