ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

宝探しの始まり

 宝物庫には自由な出入りが約束されたため、アルド達は特に他の者の邪魔を受ける事も無く、そこに辿り着く事が出来た。アルドは早速彼女が記した通りの場所を探ろうと一歩を踏み出す。
「ねえ、先生。あの侍女とはどういう関係なんですか?」
 予め言っておくが、やましい事は何もない。しかし、突然弟子に女性関係を尋ねられて、動揺しない師匠は居ないだろう。アルドは二歩目の着地点を大幅に見誤り、そのまま宝物庫で倒れ込んでしまった。
「……藪から棒にどうしたんだ。私が女性をとっかえひっかえしてるとでも?」
 床に伏したままアルドが言う。カシルマは「ああ、いえ。そういう意味じゃないんですけど」と前置きしてから、続ける。
「いえ、先生に限ってそんな事は無いのは分かってるんですが、あの人から先生の臭いがしたので」
「先生の臭い……私、そんなに臭いのか」
「いや、そういう事でも無いんですよ! 何て言えばいいかなあ―――血の臭い、するんですよ。あの人から。先生に付着してるモノと同じ奴が」
 こいつは『犬』か、それとも『熊』か。一体いつから嗅覚が鋭くなってしまったのだろうか。或いはそれくらいは簡単に分かってしまうくらい、自分には血の臭いが付着している? であればクローエルやオールワーク、トゥイ―二―辺りが何か言ってきそうなものだが。
 ……カシルマに記憶を臭いとして受け取る体質は無かった筈だが、或いは弟子だからこそ分かる、非常に微妙な概念なのだろうか。
「……まあ、言っちゃまずい訳でも、隠したい訳でも無いからな。ずばり教えようか。アイツはな……私の部下の、姉のような存在だ」」
「姉、ですか?」
「私の部下には『烏』の魔人が居てな、ネルレックは……お前達にはあまり馴染みの無い喩えで申し訳ないが、自分の家から二軒くらい離れている処に住んでいる、昔から自分を可愛がってくれている人……のような存在だ。つまり知り合い。私が魔人の王となる前、つまり私が行方をくらましていた頃に出会った魔人だ」
 フィージェントやカシルマはその体質のせいで、こういう平凡な生活に疎い。彼らは「先生が居るなら平凡に疎かろうとどうでもいい」と言ってのけるくらいには自分を好いてくれているが、それでもやはり、こちらからすれば彼等には平凡の素晴らしさを知って欲しい。他でもない特異な体質だからこそ。敢えて。
「しかしながら、それを語ろうとすると大分長い話になるし、今はそんな事を話している場合じゃないから続きはまた後で―――」
「お待ちください、アルド様」
 声は背後から聞こえた訳では無い。では前かと言われれば、それも違う。じゃあ左、それとも右? いや、声は真上から聞こえた。天井を見上げると、ネルレックが死んだような目つきで、こちら側をじっと睨んでいた。
「どうかしたか?」
「……私にも、協力させてもらえないでしょうか」
「は?」
 ネルレックは天井を蹴って自分達の前に華麗に着地する。それを眺めていると色々不味いモノが見えかねないので、アルドは即座に目を閉じた。
「……申し訳ないが、お前は現状維持に努めてくれ。この件は非常に厄介でな。ハッキリ言えば、お前を無駄死にさせてしまいかねない」
 そうなった時、自分はチロチンにどんな顔してそれを伝えれば良いのか。そして他でもないチロチンは、どんな顔をして受け止めればいいのか。ネルレックの存在はとかく厄介で、アルドとしてはあまり動かしたくないのが本音だった。だから最初、あんな言い方をしたのだが。
 彼女の瞳から流れる涙を見て、その考えは一瞬で停止した。
「―――あの時も、私はそう言われて、あの事件から隔離された。チロチンとファーカの事は、私にも関係が無い訳じゃ無かったのに、貴方は私を守るべき対象としか見ていなかった」
 恨みでも怒りでも無い。果てしない悲しみだけが言葉を濡らしている。
 どうして気が付かなかったのだろうか。いや、何故分からなかったのだろうか。自分もかつて同じ体験をした事があるのに、同じ思いを抱いた事があるのに、どうして繰り返してしまったのか。自分に無関係ではないのに、何故か引き剥がされて、全く無関係の人物に全てを解決された時の気持ち。絶対に自分が何とかしなきゃいけなかったモノを、全て勝手に解決された時の無力感。たとえ本人が善意のつもりだったとしても、いや、善意だからこそ、こちらの心は無力感で満たされてしまう。やり場のない怒りに満たされてしまう。何も出来なかったという事実に嫌悪してしまう。
「結果として、チロチンとファーカは救われました。でも、私は関係なかった。私は、私は何もしてやれなかった。あの二人に親身になって居た筈なのに、困ってた時に何も出来なかった……我儘と承知で、お願いします。私はこれ以上、何もしない訳にはいかないんです。もう何もしないのは嫌なの……『アルド君』。一生のお願いだから……私にこの国を、救わせてくださいッ!」
 感情論だけで動くつもりは無いが、ここまで泣かれるとその考えにも躊躇が及ぶ。やはり彼女も一緒に―――しかし、何が出来るのだろうか。エニーアが遺した手掛かりを持っているのは自分達で、その自分達と一緒に調査させた所で大した意味は持てていないし、そうなるとやはり現状維持に努めてくれた方がこちらとしては役に立っているのだが……それでは彼女の気が治まらない。
「あ、アルド君? 先生、そんな風に呼ばれてるんですか。もしかして、同年齢?」
「女性に年齢の事を聞くのはタブーだ。それと私と同年齢は流石に有り得ないから控えろ。……ネルレック」
「……はい」
「今から私が言う場所に行って、とある人物を連れてきてくれ。塔の方の見張り台は開いていただろう。あそこから城にその人物を招き入れてほしい。一応言っておくが、これはどうでもいい仕事に意味を取って付けたような安っぽい仕事じゃない。この国を一秒でも早く救う為にやる重要な仕事だ。頼まれてくれるか?」
 彼女が頷いたのを見てから、アルドは彼女に耳打ちして、仕事の詳細を教える。
「……承知しました」
 ネルレックは魔術のようなモノを呟いた後、その姿を影へと溶け込ませた。自分達に気付かれずに天井に移動できたのも、きっとその術を使ったからなのだろう。




「さて、このメモによれば……どうやらこの宝物庫の中には、今回の事件に役立ちそうなモノが幾つかある。まずは、祓杖『魔祠』とやらを探すぞ」






 

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