ワルフラーン ~廃れし神話
遮覆蛇討伐のススメ
遮覆蛇という存在に心当たりはない。しかし防衛を任されている彼が出鱈目を言う可能性は低いし、何より彼は気まぐれに自分を誘っただけに過ぎない。仮にここで断ったとしても、彼は黙って一人で行くのだろう。
しかし、大陸の防衛を部外者に全て押し付ける訳にはいかない。このリスド大陸は自分達のモノ。であるのならば、その障害も自分達で排除するべきだと。そう剣の執行者に言ってやった。
「……で、集まったのがこれだけか」
「―――非常事態とはいえ、あの者達を監視する役が居なければの。幸い、口説かれている者達にその役割を押し付ければいいだけなのじゃが」
フェリーテ、ディナント、チロチン、ユーヴァン、トゥイ―二―。大陸が喰われようかという一大事にたったの五人だ。致し方ないとはいえ、これはあまりにも酷い。酷すぎる。怪物殺しのプロフェッショナルであるディナントがいるとはいえ、大陸を喰らう程の、それも見た事も聞いた事もないような蛇を相手に活躍できるのかは微妙である。
その他のメンバーに関しては、自分を含めて言う事は無い。ユーヴァンはアルドが居ない事情から完全に自滅前提だし、自分の第三切り札はアルドとの契約の関係で最高出力で使用する事が出来ない。トゥイ―二―は……分からない。そもそも切り札など持っているのだろうか。
「おい、しっかりしろ。一応大陸が滅ぶか滅ばないかの瀬戸際。アイツが帰ってくる場所が無くなるかもしれないんだぞ? 『妖』はいざとなったら逃げられるだろうが、他の奴らはそうはいかない。それなのに五人……舐めてるのか?」
「俺様に掛かれば、竜の劣化である蛇なんぞに遅れはとらん! 安心しろッ」
果たして蛇が竜の劣化なのかは議論の余地があるが、今はそんなどうでもいい事を証明している場合ではない。溢れ出る衝動を抑えつつ、フェリーテは話をどうにか保つ。
「まあ、仮にも主様が選抜したナイツじゃ。五人しか集まっては居ぬが、されども五人。それも特別な五人じゃ。妾としても遮覆蛇がどのような怪であるかは分からぬ不安はあるが、きっと大丈夫じゃろう」
「その根拠は? 我の瞳には既に、無残に食い殺されるお前達の未来が見えるのだが」
「それこそお主以外の根拠はない。妾は信じるぞ。主様が信じてくれた妾達をな」
それくらいの覚悟が無ければ、自分達は胸を張ってアルドの忠臣であると言う事は出来ない。身も心も捧げた部下であると言う事は出来ない。
フェリーテに倣って、ユーヴァンは自らの胸を叩いて叫んだ。
「俺様達はアルド様の忠実なる僕。出来ぬやらぬは通じない! 俺様達は……最強の部下なんだからなあっははははは!」
一人一人、言葉が違う。中身が違う。どういう経緯でアルドに助けられて、どういう経緯でアルドに忠誠を誓ったのかが違う。それでも皆、彼の事を信用している。己の全てを酷使して自分達を救ってくれた彼の事を。
「オレ……アル……様、し……ンカ。こ、身、こ、のタマシ―――ヤイ、して……必ずや……ウチタオシて……見せよう!」
うなり声のような重低音でそう言った後、ディナントは腰に提げた刀を地面に突き立てて、己の体に気合を入れる。と同時に鎧が大きな音を立てたが、それは眠っていた鎧がディナントによって奮い立たせられたようにも見えた。
今回真っ先に誘ったのはディナントだが、やはりその判断は間違っていなかった。彼は武士として、アルドに報いる事を願いとしてきた。助けられてばかりではなく、自分が助けるのだと言っていた。その想いこそ共通だが、きっと一番張り切っているのは彼だろう。
今日、自分にとって最高の相手を利用して、その願いを叶える事が出来るのだから。
「お、俺はナイツには及ばないけど……でも、諦める気はない! 俺がアルド様の帰る場所を守るんだ!」
トゥイ―二―は少しだけ腰が引けているような気もするが、ディナントが張り切り過ぎているだけだろう。彼女は決して蛇に怯えている訳では無く……不安になっているだけだ。考えてみれば確かに、彼女とアルドが接触していた時間は非常に少ない。ここ最近は皆無なのでは無かろうか。仕方ない事とはいえ、彼女の気持ちになって考えてみたら、きっと凄く寂しいのだろう。
主従関係以前に、ナイツ含めた皆はアルドを愛している。それ故に文句を言う事も出来ないから、もどかしい。
全員の決意をしっかりと聞き届けた剣の執行者は、一瞬動きを硬直させたかと思うと、突然身を翻した。
「付いてこい。奴の出てくる場所へと移動するぞ」
執行者を追って辿り着いたのは、大陸の端の端。村すら形成されていない場所である。土地も整備されていない上に森も深く、しかし何故か魔物は居ない。こんな不思議な土地が『邂逅の森』以外にあったとは思わなかった。
「何だ、遅かったな」
一応自分の妖術を全力で使用して追跡したのだが、瞬間移動という方法を取るのであれば『付いてこい』と言う必要は無かった気がする。今更言っても仕方がないので、忘れておくが。
「ここが遮覆蛇なる存在の出現場所かの?」
「ああ。まだ猶予はあるだろうから、しっかりと周辺の地形を把握しておけよ。相手はリスド大陸と同程度の大きさを持つ貪欲な蛇だ。適当に立ち回って居たらお前達と言えども只では済まないだろうからな」
「……俺から質問をしていいか?」
全員の視線が一斉に声の方向へと注がれる。先程から一言も発そうとしなかったチロチンだった。平静な瞳でじっと剣の執行者を見据えている。
「その蛇とやらに、罠は効くのか?」
「それは貴様の切り札で分かる事だと思うが、何故に我に尋ねる」
「俺の第三切り札は別用で使いたくてな。それだけ尋ねたい。効くのか?」
別用。その言葉が何故か引っかかった。大陸が滅んでしまいかねないこの事態をさておいて、切り札を使う用件があるのだろうか。
剣の執行者は海の方を見遣り、言う。
「大きさと威力さえ考慮されていれば、問題ない」
「そうか……感謝する」
『覚』を使って心を読んでも良いが、彼の顔から推察するに、あまり他人を巻き込みたく無さそうだ。どんなに近しい仲間でも超えてはいけない一線がある。チロチンが自ら話そうとするまでは、敢えて読まないでおこう。
「因みに、奴が海から顔を出してくる際は地震が起きるから、体勢を崩さないようにな。アルドを悲しませたくなかったら、誰一人として死ぬんじゃない―――来たな」
執行者がその言葉を言い放つと同時に、天地を揺るがさん程の大きな地震が発生した。
ディナントは足をめり込ませて体勢を維持、チロチンとユーヴァンは単純にその場で滞空。フェリーテは自身を僅かに浮き上がらせる事で回避しようとしたが、その地震は何かが違っていた。
「なッ……くっ」
浮いている体を維持出来ない。フェリーテは背後の木に強く叩きつけられた。滞空していたチロチンやユーヴァンもコントロールを失って地面に墜落しているし、トゥイ―二―は言わずもがな。まともに体勢を保っていたのはディナントだけだった。
一体何が起きたのだ。まるで自分の体に直接揺れが来ていたような感覚を覚えたのだが。
「ディナントッ! この中で怪物との戦いを得手としている主に聞く。この感覚は一体なんじゃッ」
そう尋ねると同時に、フェリーテは地面に手を付いて、『死考写』を発動させた。
―――これは空間振動。フェリーテ、チロチン、ユーヴァン。気を付けろ。この怪物が放つであろう攻撃は、全て空間を伝播するぞ!
大鎌の様に湾曲した巨大な毒牙、螺旋状に紡がれた巨大な舌は、あらゆる障害を削り、絡めとり、かみ砕く。たとえその対象が大陸であったとしても、その牙と舌があれば食す事は容易いだろう。顎や口元に生えた大きな触手は恐らくは取るに足らぬ小粒も纏めて絡めとる為にあるモノ。こちらとしては、口よりも何よりもまずあの触手を警戒する必要がありそうだ。
しかしながら、あの全身に広がる鈍色の鱗。その光沢は、水一滴の侵入も許さない程完璧で、当然その体には少しの切り傷も見当たらない。
「シャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
―――遮覆蛇が、その醜悪な姿を晒しだした。
しかし、大陸の防衛を部外者に全て押し付ける訳にはいかない。このリスド大陸は自分達のモノ。であるのならば、その障害も自分達で排除するべきだと。そう剣の執行者に言ってやった。
「……で、集まったのがこれだけか」
「―――非常事態とはいえ、あの者達を監視する役が居なければの。幸い、口説かれている者達にその役割を押し付ければいいだけなのじゃが」
フェリーテ、ディナント、チロチン、ユーヴァン、トゥイ―二―。大陸が喰われようかという一大事にたったの五人だ。致し方ないとはいえ、これはあまりにも酷い。酷すぎる。怪物殺しのプロフェッショナルであるディナントがいるとはいえ、大陸を喰らう程の、それも見た事も聞いた事もないような蛇を相手に活躍できるのかは微妙である。
その他のメンバーに関しては、自分を含めて言う事は無い。ユーヴァンはアルドが居ない事情から完全に自滅前提だし、自分の第三切り札はアルドとの契約の関係で最高出力で使用する事が出来ない。トゥイ―二―は……分からない。そもそも切り札など持っているのだろうか。
「おい、しっかりしろ。一応大陸が滅ぶか滅ばないかの瀬戸際。アイツが帰ってくる場所が無くなるかもしれないんだぞ? 『妖』はいざとなったら逃げられるだろうが、他の奴らはそうはいかない。それなのに五人……舐めてるのか?」
「俺様に掛かれば、竜の劣化である蛇なんぞに遅れはとらん! 安心しろッ」
果たして蛇が竜の劣化なのかは議論の余地があるが、今はそんなどうでもいい事を証明している場合ではない。溢れ出る衝動を抑えつつ、フェリーテは話をどうにか保つ。
「まあ、仮にも主様が選抜したナイツじゃ。五人しか集まっては居ぬが、されども五人。それも特別な五人じゃ。妾としても遮覆蛇がどのような怪であるかは分からぬ不安はあるが、きっと大丈夫じゃろう」
「その根拠は? 我の瞳には既に、無残に食い殺されるお前達の未来が見えるのだが」
「それこそお主以外の根拠はない。妾は信じるぞ。主様が信じてくれた妾達をな」
それくらいの覚悟が無ければ、自分達は胸を張ってアルドの忠臣であると言う事は出来ない。身も心も捧げた部下であると言う事は出来ない。
フェリーテに倣って、ユーヴァンは自らの胸を叩いて叫んだ。
「俺様達はアルド様の忠実なる僕。出来ぬやらぬは通じない! 俺様達は……最強の部下なんだからなあっははははは!」
一人一人、言葉が違う。中身が違う。どういう経緯でアルドに助けられて、どういう経緯でアルドに忠誠を誓ったのかが違う。それでも皆、彼の事を信用している。己の全てを酷使して自分達を救ってくれた彼の事を。
「オレ……アル……様、し……ンカ。こ、身、こ、のタマシ―――ヤイ、して……必ずや……ウチタオシて……見せよう!」
うなり声のような重低音でそう言った後、ディナントは腰に提げた刀を地面に突き立てて、己の体に気合を入れる。と同時に鎧が大きな音を立てたが、それは眠っていた鎧がディナントによって奮い立たせられたようにも見えた。
今回真っ先に誘ったのはディナントだが、やはりその判断は間違っていなかった。彼は武士として、アルドに報いる事を願いとしてきた。助けられてばかりではなく、自分が助けるのだと言っていた。その想いこそ共通だが、きっと一番張り切っているのは彼だろう。
今日、自分にとって最高の相手を利用して、その願いを叶える事が出来るのだから。
「お、俺はナイツには及ばないけど……でも、諦める気はない! 俺がアルド様の帰る場所を守るんだ!」
トゥイ―二―は少しだけ腰が引けているような気もするが、ディナントが張り切り過ぎているだけだろう。彼女は決して蛇に怯えている訳では無く……不安になっているだけだ。考えてみれば確かに、彼女とアルドが接触していた時間は非常に少ない。ここ最近は皆無なのでは無かろうか。仕方ない事とはいえ、彼女の気持ちになって考えてみたら、きっと凄く寂しいのだろう。
主従関係以前に、ナイツ含めた皆はアルドを愛している。それ故に文句を言う事も出来ないから、もどかしい。
全員の決意をしっかりと聞き届けた剣の執行者は、一瞬動きを硬直させたかと思うと、突然身を翻した。
「付いてこい。奴の出てくる場所へと移動するぞ」
執行者を追って辿り着いたのは、大陸の端の端。村すら形成されていない場所である。土地も整備されていない上に森も深く、しかし何故か魔物は居ない。こんな不思議な土地が『邂逅の森』以外にあったとは思わなかった。
「何だ、遅かったな」
一応自分の妖術を全力で使用して追跡したのだが、瞬間移動という方法を取るのであれば『付いてこい』と言う必要は無かった気がする。今更言っても仕方がないので、忘れておくが。
「ここが遮覆蛇なる存在の出現場所かの?」
「ああ。まだ猶予はあるだろうから、しっかりと周辺の地形を把握しておけよ。相手はリスド大陸と同程度の大きさを持つ貪欲な蛇だ。適当に立ち回って居たらお前達と言えども只では済まないだろうからな」
「……俺から質問をしていいか?」
全員の視線が一斉に声の方向へと注がれる。先程から一言も発そうとしなかったチロチンだった。平静な瞳でじっと剣の執行者を見据えている。
「その蛇とやらに、罠は効くのか?」
「それは貴様の切り札で分かる事だと思うが、何故に我に尋ねる」
「俺の第三切り札は別用で使いたくてな。それだけ尋ねたい。効くのか?」
別用。その言葉が何故か引っかかった。大陸が滅んでしまいかねないこの事態をさておいて、切り札を使う用件があるのだろうか。
剣の執行者は海の方を見遣り、言う。
「大きさと威力さえ考慮されていれば、問題ない」
「そうか……感謝する」
『覚』を使って心を読んでも良いが、彼の顔から推察するに、あまり他人を巻き込みたく無さそうだ。どんなに近しい仲間でも超えてはいけない一線がある。チロチンが自ら話そうとするまでは、敢えて読まないでおこう。
「因みに、奴が海から顔を出してくる際は地震が起きるから、体勢を崩さないようにな。アルドを悲しませたくなかったら、誰一人として死ぬんじゃない―――来たな」
執行者がその言葉を言い放つと同時に、天地を揺るがさん程の大きな地震が発生した。
ディナントは足をめり込ませて体勢を維持、チロチンとユーヴァンは単純にその場で滞空。フェリーテは自身を僅かに浮き上がらせる事で回避しようとしたが、その地震は何かが違っていた。
「なッ……くっ」
浮いている体を維持出来ない。フェリーテは背後の木に強く叩きつけられた。滞空していたチロチンやユーヴァンもコントロールを失って地面に墜落しているし、トゥイ―二―は言わずもがな。まともに体勢を保っていたのはディナントだけだった。
一体何が起きたのだ。まるで自分の体に直接揺れが来ていたような感覚を覚えたのだが。
「ディナントッ! この中で怪物との戦いを得手としている主に聞く。この感覚は一体なんじゃッ」
そう尋ねると同時に、フェリーテは地面に手を付いて、『死考写』を発動させた。
―――これは空間振動。フェリーテ、チロチン、ユーヴァン。気を付けろ。この怪物が放つであろう攻撃は、全て空間を伝播するぞ!
大鎌の様に湾曲した巨大な毒牙、螺旋状に紡がれた巨大な舌は、あらゆる障害を削り、絡めとり、かみ砕く。たとえその対象が大陸であったとしても、その牙と舌があれば食す事は容易いだろう。顎や口元に生えた大きな触手は恐らくは取るに足らぬ小粒も纏めて絡めとる為にあるモノ。こちらとしては、口よりも何よりもまずあの触手を警戒する必要がありそうだ。
しかしながら、あの全身に広がる鈍色の鱗。その光沢は、水一滴の侵入も許さない程完璧で、当然その体には少しの切り傷も見当たらない。
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