ワルフラーン ~廃れし神話
彼女が遺してくれたモノ
彼女の部屋に最後に訪れた時も、確か部屋はこんな感じだった。誰の配慮か、まるでアルドがいつかここを訪れる事が分かっていたかのように、彼女の部屋は不変を貫いていた。
「さて、調べていくぞ」
「……はい」
何らかの事情を察した弟子は、露骨に尋ねたい雰囲気を醸すも、詮索しようとはしなかった。本当に有難い事だ。魔人に対して人間の事を語るなんてどうかしている行動だったが、それでもここまで上手く行ったのであれば無問題。遠慮なく調査をするとしよう。
―――私が解決しなければ、この国は。
彼女の遺したこの国を、魔人が欲したこの国を。こんなどうでもいい事で壊してしまう訳にはいかない。二代目『勝利』の名と、己の全てに懸けて、この事件は自分が解決する。アルドは差し当たって部屋の引き出しを開け、気になるモノを探索していく。
「先生」
「何だ」
「エニーアって人は、どんな人だったんですか?」
一度振り返ると、カシルマは自分に倣うように引き出しや家具の隙間を探している。隙間を探しているのは隠し扉や隠し部屋の可能性を考慮しているのだろう。
「……アジェンタは、それはそれは酷い子供の集まりだった。だがアイツは……アイツだけはずっと少女だった。私なんかをずっと見ててくれた、ずっと想ってくれた只一人の少女だった。今の私には大切な者が居る故、その想いには応えられなかったが、もしも私が魔王となる道以外を歩んでいたのであれば―――」
無い。やはりこういう事態は想定されていないのだろうか。結界を遺していた事を考えるとそうは思えないのだが。
「私は……『俺』はきっと、彼女を頼っていただろう。彼女だけを愛し、彼女だけの騎士になっただろう。エニーア・フランシアは、己の恋に従順な普通の少女。彼女を評するのであれば、私はこう言う」
「……その、何か済みません。その人の事、思い出させて」
いつもの調子で説明したつもりだったのだが、カシルマの反応から察するに少々暗さが漏れてしまったようだ。アルドは急いで言葉を付け加える。
気に病む必要のない事まで気に病んでしまう。その性質は、自分の背中を見て学んでしまったのか何なのか。見ていて複雑な気分だ。
「殺したのは私だ、気にするな。それにアイツとは『いつか』結ばれる運命にある。お前が気を遣う必要は何処にもないし、そもそもする意味も無い」
ベッドの横にある小さな引き出しを開けると、小さく折り畳まれた羊皮紙が目に入った。それが只の羊皮紙であるのならば見逃したのだが、折り畳まれた羊皮紙の真上には小さく『私の大好きな人へ』と書かれていた。それが誰を指すのかは、自分に限っては考えるまでも無い。
少しだけ悪いとは思ったが、こんな非常事態に妙な罪悪感を抱いていては事態は進展しない。傷つかない様に紙を取って、丁寧に広げていく。
『私の大好きな人へ
もしも私が居ない時にこの国に非常事態が迫ったら、今から記す場所に行ってください。きっと貴方なら活用出来ると思います―――』
『大好き』という言葉を最後に、文章は終了していた。やはり彼女は自分に手掛かりを遺してくれていた。自分が死ぬ事を何処かで感じたのだろうか。そうでなければここまで狙った手掛かりを遺す事は出来ない。ここまで自分に明確に宛てられた手紙を書く事は出来ない。懐に入れて、立ち上がる。切り口は見つかった。
「先生ー、何か見つかりましたか?」
「ああ。この事件の切り口が見つかった。そっちはどうだ?」
「特に関係ないとは思うんですが……これ」
カシルマの所へ駆け寄ると、彼は貴重なモノでも扱うかの様に慎重に手を上げて、こちらにそれを見せてきた。いや、実際それは大変貴重なモノなのだが。
素人目でも分かる程の輝きを持つそれは、宝飾装身具……ブローチだった。フルシュガイドの剣をモチーフにしたと思われる剣を守る様に、綺麗なツタが絡みついている。見る限り加工の非常に難しい鉱石を使用したのだろうが、それにしては職人に匹敵する程の完成度で、どうしてこんなモノが彼女の所にあるのかは謎だった。単純に彼女が自分様に作らせたとも考えられるが、それだとカシルマの反応に納得がいかない。
「近くに紙は無かったか?」
「紙ですか? ……えーっと、これですね」
ブローチはどうやら箱に収納されていたらしい。それも、やたらと豪華な装飾が施された箱に……まさか。
貰った紙に目を通すと、そこにはやはり『私の大好きな人へ』と書かれていた。
『私の手作り。 下手かもしれないけど、喜んでくれたら嬉しいな』
やはりこのブローチを作ったのはエニーアだった。そしてどうやら、これは自分に贈るつもりだったらしい。手に取って、服に付けてみる。特に変わった能力を持っている訳では無いようで、確かにこれは彼女の手作りなのだろう。一流の職人が作ったモノ程魂は感じられないし、特殊な道具のような違和感も感じない。
だが、まるで彼女が自分の隣に居るようなそんな気分がした。時を経るごとに崩れていく自分の体を、何かが支えているような気がした。
「……では宝物庫に向かうぞ。私の得た手掛かりがそこを示している」
主の帰りを、フェリーテはひたすらに待っていた。ルセルドラグとメグナをあの大陸に送り出した事に未だ不安は拭い切れていないが、それでもあの二人ならばきっと察してくれるだろうと信じる事にする。彼らは確かに仲が悪いが、それでも主を愛する気持ちは一緒。絶対にやらかす事は無い。やらかす事は……無い。
……………………多分。
「はあああああああああ……憂鬱じゃ。妾の言葉を、僅かなりとも理解出来ていればいいのじゃが」
今までが今までなので、信じ切れていないのが本音だ。あの組み合わせには不安しか感じない。
「姐さん! どうしたんですか、何か心配事でもッ?」
「―――主は気楽で良いの。妾は心労で倒れてしまいそうじゃ、全く」
この下衆な男達が何か問題行動を起こしたら、それは殺すだけでどうにかなる。だがアルドに何かあった場合、それはたとえルセルドラグとメグナを殺したとしてもどうにかなるモノではない。ヴァジュラやファーカは言い寄る男達に対応する事で気を紛らわせているようだが、ああ自分の何と特殊な事か。アルドにしかこの身を捧げないと誓ったからこそ、こんな状況下でも主の事を常に考えてしまう。
―――しっかりするんじゃ。主様が居ぬ間は、妾達がしっかりしなければ。
やはり問題の火種になりかねないのはこの男達だ。町に下りた奴等も居るので、気を紛らわせる為にもあちらを見回りにでも行こうか。妖術を見せる訳にも行かない為、仕方なしにフェリーテは歩いて町へと降りていく。
「『妖』の魔人。随分と暇そうだな」
城門の柱に凭れていたのは、魔人達の教官を務めている男、『剣の執行者』だった。思考が一切見えない事からも分かるが、彼は明らかに自分より格上の存在である。切り札を全て開帳したとしても、きっとこの男には傷一つ付けられずに敗北するのだろう。
「……主が言う言葉ではあるまい。妾を待っていたのか?」
彼は基本的に交流を取ろうとしない。こんな所で壁に凭れるなんて、そうとしか考えられないのだが。
剣の執行者の背中が壁から離れる。
「そうだともいえるし、そうでないとも言える。まあ安心しろ、我はお前を助けようと思っているだけだ。お前のその悩み、もしかしたら我ならば解決できるかもしれないからな」
「なんじゃと?」
「我は一応、アイツが玉座に戻るまでの間の防衛を任されている。アイツとは良くも悪くも協力関係にあってな、守らない訳にも行かない。本来ならば我一人でも問題ないが、どうだ。一緒に来てみる気はあるか」
そう尋ねつつも何処かに歩み去ろうとする男の足を、フェリーテは妖術で止める。
「話が見えぬ。どういう事じゃ」
振り払おうと思えば簡単に振り払えるその術を、剣の執行者は敢えて受け入れたまま、平淡な調子で呟いた。
「この大陸に危機が迫っているという事だ。もし防ぐことが出来なければ、リスド大陸は……遮覆蛇に一瞬で喰われるぞ」
「さて、調べていくぞ」
「……はい」
何らかの事情を察した弟子は、露骨に尋ねたい雰囲気を醸すも、詮索しようとはしなかった。本当に有難い事だ。魔人に対して人間の事を語るなんてどうかしている行動だったが、それでもここまで上手く行ったのであれば無問題。遠慮なく調査をするとしよう。
―――私が解決しなければ、この国は。
彼女の遺したこの国を、魔人が欲したこの国を。こんなどうでもいい事で壊してしまう訳にはいかない。二代目『勝利』の名と、己の全てに懸けて、この事件は自分が解決する。アルドは差し当たって部屋の引き出しを開け、気になるモノを探索していく。
「先生」
「何だ」
「エニーアって人は、どんな人だったんですか?」
一度振り返ると、カシルマは自分に倣うように引き出しや家具の隙間を探している。隙間を探しているのは隠し扉や隠し部屋の可能性を考慮しているのだろう。
「……アジェンタは、それはそれは酷い子供の集まりだった。だがアイツは……アイツだけはずっと少女だった。私なんかをずっと見ててくれた、ずっと想ってくれた只一人の少女だった。今の私には大切な者が居る故、その想いには応えられなかったが、もしも私が魔王となる道以外を歩んでいたのであれば―――」
無い。やはりこういう事態は想定されていないのだろうか。結界を遺していた事を考えるとそうは思えないのだが。
「私は……『俺』はきっと、彼女を頼っていただろう。彼女だけを愛し、彼女だけの騎士になっただろう。エニーア・フランシアは、己の恋に従順な普通の少女。彼女を評するのであれば、私はこう言う」
「……その、何か済みません。その人の事、思い出させて」
いつもの調子で説明したつもりだったのだが、カシルマの反応から察するに少々暗さが漏れてしまったようだ。アルドは急いで言葉を付け加える。
気に病む必要のない事まで気に病んでしまう。その性質は、自分の背中を見て学んでしまったのか何なのか。見ていて複雑な気分だ。
「殺したのは私だ、気にするな。それにアイツとは『いつか』結ばれる運命にある。お前が気を遣う必要は何処にもないし、そもそもする意味も無い」
ベッドの横にある小さな引き出しを開けると、小さく折り畳まれた羊皮紙が目に入った。それが只の羊皮紙であるのならば見逃したのだが、折り畳まれた羊皮紙の真上には小さく『私の大好きな人へ』と書かれていた。それが誰を指すのかは、自分に限っては考えるまでも無い。
少しだけ悪いとは思ったが、こんな非常事態に妙な罪悪感を抱いていては事態は進展しない。傷つかない様に紙を取って、丁寧に広げていく。
『私の大好きな人へ
もしも私が居ない時にこの国に非常事態が迫ったら、今から記す場所に行ってください。きっと貴方なら活用出来ると思います―――』
『大好き』という言葉を最後に、文章は終了していた。やはり彼女は自分に手掛かりを遺してくれていた。自分が死ぬ事を何処かで感じたのだろうか。そうでなければここまで狙った手掛かりを遺す事は出来ない。ここまで自分に明確に宛てられた手紙を書く事は出来ない。懐に入れて、立ち上がる。切り口は見つかった。
「先生ー、何か見つかりましたか?」
「ああ。この事件の切り口が見つかった。そっちはどうだ?」
「特に関係ないとは思うんですが……これ」
カシルマの所へ駆け寄ると、彼は貴重なモノでも扱うかの様に慎重に手を上げて、こちらにそれを見せてきた。いや、実際それは大変貴重なモノなのだが。
素人目でも分かる程の輝きを持つそれは、宝飾装身具……ブローチだった。フルシュガイドの剣をモチーフにしたと思われる剣を守る様に、綺麗なツタが絡みついている。見る限り加工の非常に難しい鉱石を使用したのだろうが、それにしては職人に匹敵する程の完成度で、どうしてこんなモノが彼女の所にあるのかは謎だった。単純に彼女が自分様に作らせたとも考えられるが、それだとカシルマの反応に納得がいかない。
「近くに紙は無かったか?」
「紙ですか? ……えーっと、これですね」
ブローチはどうやら箱に収納されていたらしい。それも、やたらと豪華な装飾が施された箱に……まさか。
貰った紙に目を通すと、そこにはやはり『私の大好きな人へ』と書かれていた。
『私の手作り。 下手かもしれないけど、喜んでくれたら嬉しいな』
やはりこのブローチを作ったのはエニーアだった。そしてどうやら、これは自分に贈るつもりだったらしい。手に取って、服に付けてみる。特に変わった能力を持っている訳では無いようで、確かにこれは彼女の手作りなのだろう。一流の職人が作ったモノ程魂は感じられないし、特殊な道具のような違和感も感じない。
だが、まるで彼女が自分の隣に居るようなそんな気分がした。時を経るごとに崩れていく自分の体を、何かが支えているような気がした。
「……では宝物庫に向かうぞ。私の得た手掛かりがそこを示している」
主の帰りを、フェリーテはひたすらに待っていた。ルセルドラグとメグナをあの大陸に送り出した事に未だ不安は拭い切れていないが、それでもあの二人ならばきっと察してくれるだろうと信じる事にする。彼らは確かに仲が悪いが、それでも主を愛する気持ちは一緒。絶対にやらかす事は無い。やらかす事は……無い。
……………………多分。
「はあああああああああ……憂鬱じゃ。妾の言葉を、僅かなりとも理解出来ていればいいのじゃが」
今までが今までなので、信じ切れていないのが本音だ。あの組み合わせには不安しか感じない。
「姐さん! どうしたんですか、何か心配事でもッ?」
「―――主は気楽で良いの。妾は心労で倒れてしまいそうじゃ、全く」
この下衆な男達が何か問題行動を起こしたら、それは殺すだけでどうにかなる。だがアルドに何かあった場合、それはたとえルセルドラグとメグナを殺したとしてもどうにかなるモノではない。ヴァジュラやファーカは言い寄る男達に対応する事で気を紛らわせているようだが、ああ自分の何と特殊な事か。アルドにしかこの身を捧げないと誓ったからこそ、こんな状況下でも主の事を常に考えてしまう。
―――しっかりするんじゃ。主様が居ぬ間は、妾達がしっかりしなければ。
やはり問題の火種になりかねないのはこの男達だ。町に下りた奴等も居るので、気を紛らわせる為にもあちらを見回りにでも行こうか。妖術を見せる訳にも行かない為、仕方なしにフェリーテは歩いて町へと降りていく。
「『妖』の魔人。随分と暇そうだな」
城門の柱に凭れていたのは、魔人達の教官を務めている男、『剣の執行者』だった。思考が一切見えない事からも分かるが、彼は明らかに自分より格上の存在である。切り札を全て開帳したとしても、きっとこの男には傷一つ付けられずに敗北するのだろう。
「……主が言う言葉ではあるまい。妾を待っていたのか?」
彼は基本的に交流を取ろうとしない。こんな所で壁に凭れるなんて、そうとしか考えられないのだが。
剣の執行者の背中が壁から離れる。
「そうだともいえるし、そうでないとも言える。まあ安心しろ、我はお前を助けようと思っているだけだ。お前のその悩み、もしかしたら我ならば解決できるかもしれないからな」
「なんじゃと?」
「我は一応、アイツが玉座に戻るまでの間の防衛を任されている。アイツとは良くも悪くも協力関係にあってな、守らない訳にも行かない。本来ならば我一人でも問題ないが、どうだ。一緒に来てみる気はあるか」
そう尋ねつつも何処かに歩み去ろうとする男の足を、フェリーテは妖術で止める。
「話が見えぬ。どういう事じゃ」
振り払おうと思えば簡単に振り払えるその術を、剣の執行者は敢えて受け入れたまま、平淡な調子で呟いた。
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