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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

現る真意

 ナイツにも情報提供はしておいた方がいいだろう。情報統制の為に全ての侍女には部屋から出てもらった。今ここには、少なくとも信用に値する者しか居ない。アルドは安心して、自分達の情報を引き渡した。
 これが病ではなく呪いであるという事。
 これは自然的災害でも何でもなく、人為的に行われた虐殺である事。
 普段ならば喧嘩しかねない二人も、流石に事態が事態だ。少しだけ怪しい部分があったが、どうにか抑え込んでくれたようだ。それでもこの二人なので、まだ油断は出来ないが。
「ふむ……その言葉を真として、咎人に心当たりはあるのか?」
「あったらこれは事後報告になっていたし、そうであればどんなに良かったか。今の所は怪しい人物すら絞り込めてなくてな」
 再び頭を下げると、リルティは驚いたように目を細めて、微かに笑った。
「王が何度も頭を下げるでは無い。主に仕えている者が不憫であろう」
「私はもう王ではない。好きに呼んでくれて構わないが、お願いだからその名前だけはやめてくれないか。私は現在玉座を降りている。そんな格式ばった呼ばれ方をされるのは好きじゃない」
 二人の方を一瞥してから、アルドは不満そうに眼を伏せた。他の者はともかく、ナイツには強要出来ない。彼らは自ら望んで自分の事をそう呼んでいるだけなのだから。たとえ自分が玉座を降りようとも、彼らはいつもの呼び方を止めないだろうし、無理にやめさせると彼らの内に生じる罪悪感が心を塗り潰しかねない。
 リルティが小さく頷く。
「うむ。ではアルド、と呼ぶ事にしよう。それでアルド。吾には何が出来る?」
「今の所は特には。しかし、城内の書庫と宝物庫。後……前王の部屋に、自由な出入りを許可して貰えれば、それで結構だ」
「王……理由を聞いても?」
 人間との関係性に関わる話を魔人である彼にするのは少し気が引けたが、理由さえ話せれば許可は取れると見た。嘘を吐く訳にも行かないし、全て正直に話そう。
「この城に呪いが流れ込んでこないのは、私の知り合いでもあった前女王であるエニーア・フランシアが遺した結界のお蔭だ。だから、アイツの部屋にもしかしたら何か手掛かりがあるかもしれない。そう思っただけだ。後は……荒らされたら困るから場所は言えないが、アイツの墓に何か手向けたいと思ってな」
「死んでも尚人間を気にするか、アルドよ」
「……人間の全てが、魔人に対して偏見があるとは思わない事だ。それは私自身が証明しているし、これからもそうするつもりだ。私は―――自分を愛してくれた人間を、死んだからと言って裏切りを躊躇しないような人間じゃない」
 自分以外に目を向けたくが無い故に大陸の特性まで塗り替えて、自分に殺される事になると分かっても尚、自分といつか結ばれたいという思いを口にした。その約束が果たされるかどうかも分からないのに、自分が口頭で約束したら、とても喜んでいた。やった事は過激かもしれないが、その思いは間違いなく、何処までも美しかった。エニーア・フランシアはそういう少女で、アルドはその純真さに恋をした。だから『いつか』の内に果たされる約束も守るつもりだし、彼女の事はたとえ何があっても生涯忘れるつもりはない。
 たとえこの体が。朽ちたとしても。
「……理由は全て話したが、どうなんだ? 許可してくれるか」
 ここまで自分の胸の内を晒したとはいえ、許可が下りない可能性は十分にある。自分の発言が気に食わないからという理由だけで、もしかしたら自由行動すらも禁じられるかもしれない。そうなればアルドはリルティと敵対する事になるだろうが、それはそれで構わない。結果的に彼らが救われれば、自分にどんな災難が降りかかろうとも無問題だ。
 『鹿』の魔人は俯いたまま、数十分以上も考え込んでいた。アルドは傍らの弟子の様子を時々伺いながら、ひたすらに決断の時を待つ事にする。
 言い終わってから気付いたが、自分の発言はメグナとルセルドラグにも聞こえている。彼/彼女がどう思うかは知らないが、何らかの勘違いをされてしまった時の為に補足すると、アルドにはこれっぽっちもナイツを裏切る気はない。勿論魔人を裏切る気もない。『皇』に頼まれた以上は守らなければいけないというのもあるし、大陸奪還という目的は自分なしには達成できないかもしれないというのもあるが、やはり一番は、それが『生きる理由』になっているからだ。
 エヌメラとエインとの戦いで、自分の体は限界点を迎えてしまった。後は己の体が崩れるのを待つだけ。それはさながら、かき集めた砂に風が吹きつけた時の様。そんな自分がどうして死に抗ってでも生きているのかと言えば、やはり彼らが必要としてくれたからだという所が大きい。当然だが、英雄は必要とされなければ存在しない。
 要らなければ殺されて、要るのであればボロボロに使い込まれる。それが英雄というモノだ。だから必要とされている間は、何が何でも生きてみせる。少なくとも自分から死にに行くような事はしたくない。
 だから、そう。他の人間との思い出を語ったからと言って、そんな悲しい顔はしないでほしい。二人は自分にとって最高の―――
「許可しよう」
 アルドの思考を断ち切ったのは、力強い重低音だった。こちらの聞き間違いで無ければ、彼は確かに『許可しよう』と発言した。
「いいのか……? 許可してしまって。私の都合などはさておいて、お前は自分の務めを果たすべきだったんじゃないのか」
「王の今の務めは民を守る事。最初に言った通り、吾はぬしに快く協力する次第。その方が迅速に事は治まるだろうと考えた結果だ。故に、主の言葉にどれ程許容し難い感情を抱いたとしても、今は胸の中にしまい込んでおく方が、得策であろう」
 その言葉を紡ぐのには、相当の時間を要しただろうに、リルティはまるで当たり前と言わんばかりの表情で冷静に返答した。他の王の様に決して驕り高ぶるのではなく、吾こそが王であるという矜持をもって、自分に答えてくれた。自分よりもよっぽど王の素質を持っている。上に立つモノの資格を持っている。好き勝手に動いて、己の民を蔑ろにした自分とは大違いだ。
「……感謝する」
 それだけ言うと、カシルマの手を引っ張って、アルドは部屋を後にした。








「ねえバ骸骨。アルド様を追いかけなくてよかったの?」
 自分を愚弄しつつもそう尋ねてくるのは変温ビッチこと『蛇』の魔人メグナだ。バカと骸骨を掛け合わせた悪口に本来ならば耐えられる筈もなく、半殺しにしている処だが、今回は少しだけ状況が違う。彼女の言葉も不思議と心を苛立たせなかった。
「私んも貴様に同じ事を期待していたが……どうやら不幸にも、同じ事を考えているようだなん」
 メグナは不愉快そうに「そうね」と言った後、
「追いかけられる訳が無いよな/わよね」
 合わせるように、お互いの考えを口にした。そう、追いかけられる訳が無い。アルドは玉座に戻る為に必死に頑張っているのに、自分達が介入してしまえばそれまでの努力は全て無駄になる。




『今、主様は中々に精神が追い込まれておる。自分のせいで大陸が危険に晒されたと、必要以上に責任を背負い込んでから、ずっと……じゃ。だからお主等、お願いじゃ。今回はルセルドラグの配下の所で起きた問題故、行く事を止めはせぬが……どうか、主様には極力声を掛けないでくれんか? 今の主様は誰にも救えぬ。だから―――頼む』






 あそこまで必死なフェリーテは初めて見た。心を読める彼女だからこそ見える苦悩がある事は考えなくても分かった。もしもこれが何かの冗談だったら笑い飛ばしていたのに、普段は落ち着いている筈の彼女にあそこまで懇願されてしまうと……断れる訳が無い。無理だ。
「今のアルド様は誰にも救えない……か。どういう意味なのかしらね。私達じゃ無理って事なの?」
「分からん。考える必要もあるまいん。私達は私達で、アルド様とは別方向からこの事件を解決すればいいだけだ」
 さっさと話を切り替えて次に進もうとするルセルドラグの足を、メグナの下半身が縛り上げた。当然、ルセルドラグの姿は彼女には僅かに見えてすらいない。だがこの上なくしっかりと、『骸』の足は縛り付けられていた。
「てめえ、心配じゃねえのかよ! アルド様は私達を救って下さったのに、私達からは何も出来ないなんて、絶対に嫌だろ!」
 見えない筈の自分に顔を寄せる彼女に、たまらずこちらも声を荒げた。
「嫌に決まっているだろう! 私も、出来る事であればアルド様を助けたい! ……だがなん、『メグナ』。忠臣である我らですら救えぬという事であれば、アルド様の抱えるそれは、最早アルド様の根本にあった何かだという事。私達に出来る事があるとすれば………………」
 あるとすれば、それはアルドと自分達は違うという事を弁えるという事。
 故に。
「只目の前の事件を調査する事だけだ」



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