ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

大老鹿

 呪いのスペシャリストと言われれば、知る限り二人存在するが、一人は今回連れてきていないし、一人は別れて久しい程の時間が経っている。後者に関しては今から連れてくる事は出来ないし、前者は我が弟子の持つ火種を抑え込む為に今も奮闘している筈。何よりアルドは現在玉座を降りている。これ以上カテドラル・ナイツと接触する事は控えるべきだ。最悪、『全てナイツが頑張ってくれただけで、こいつは手柄を掠め取っただけ』といちゃもんを付けられかねない。そこまで考慮すると、今回はもうこの戦力でやるしかないようだ。不安しか感じないが、一応確認しよう。
 現状確実に戦力になり得る一人目は、カシルマ・コースト。魔力を一切受け付けない体質故に病に……呪いに掛からない人間だ。カシルマの体質が適用されている事から分かったが、この呪いはジバル由来のモノでは無い(ジバルの術は五大陸が一般としている魔術理論とは一線を画している)。分かりやすく言えば、ジバルの呪いは呪いそのものを引き起こすが、五大陸の場合は魔力を練って魔術を作り、それによって呪いを発生させている。最終結果は同じだが、その過程で魔力が関わっていればカシルマには絶対に通じない。だから彼はまず間違いなく今回の事件の切り札、どうしようもなくなった場合の最終手段と言える。仮にも自分が鍛え上げた自慢の弟子だ、滅多な事では早々死なないだろう。
 次に自分。自分こそ最も当てにするべき存在なのだろうが、弟子の方が体質的にもよっぽど当てになるのは酷い話だ。しかし自分がこの事件を解決しなければ内部の安定化は到底成し得ない。不安は不安だが、頑張っていこう……ん? 戦力紹介の続き?


 以上だ。


 『蝙』の魔人ことネルレックは、非常に申し訳ないが戦力としてはちょっと数えられない。彼女はこの国の統治者に侍女として仕えているに過ぎないのだ。そんな彼女を連れ回して、振り回して、事態が好転するとはとても思えない。彼女には今まで通り状況維持に努めてもらった方がこちらとしては都合が良い。そして彼女が戦力外という時点で、この国に配属されている者は一切の例外なく戦力外だ。しいて言えば、この国を統治しているリルティは戦力になるのかもしれないが、だとしても……カシルマ以上の力は望めない。単純に自分の使い方が絶望的に下手くそだという可能性も無きにしも非ずだが、それでも只の『鹿』の魔人の王だ。一体何が出来るんだという話が出てくる訳で。
「先生。それで、何をすればいいんですか? 僕としては皆を、一刻も早く助けてあげたいんですけど」
「それは私も同じだ。誰かの呪いで国民を死なせる訳には行かない。だが……まずこの呪いが何なのかも分からないし、そもそも誰がやったのかも分からない。何処から手を付ければいいやら……」
 城内の者は皆これを『病』だと思っている故、情報収集はした所で意味が無いだろう。求めているモノと提供される情報に齟齬が生まれてしまうのも好ましくない。まるで見えない敵と戦っているようで、何処から対処すればいいのか分からない。
 脳内での推論構築にアルドが難儀していると、カシルマがポツリと呟いた。
「取り敢えず、リルティってのに会ってみたらどうですか?」
「リルティ……ああ、この国の。どうしてそんな提案を?」
「この国の統治者だったら、あれの正体を教えておいても損は無いと思ったんですよ。そうすれば、この国の書庫とかも入り放題、調べ放題、盗み放題ですから」
 成程。確かに統治者であればその辺りの……いやしかし。自分が来るまでに調べていないなんて事は無い筈だが。
「盗むのはどうかと思うが、お前の言う通り、言っておくだけ言っておいた方がいいのは間違いないな。特に知らせてもこちらが何かしらの不利益を被る事は……場合としては一つあるが、殆ど無いだろう」
「場合? 何ですか、それ」
「リルティとやらが犯人だった場合だ。『病』の正体に気付いているのは現状お前と私の二人だけ。それなのに排除しない理由が何処にある」
 不正をした者が共犯者を殺す事で、その不正を永久に闇に葬り去る手法は良くある。フルシュガイドでも決して珍しい手法では無かったし、それでもそんな事をした奴らはすべからく断罪されたのだが、今回はこちらが被る側。断罪しようにも出来やしない。
「取り敢えず、リルティの所へ行くぞ。私は玉座を降りた身だが、仮にも二代目『勝利』。許可など取らなくとも簡単に面会出来るだろう」
 英雄の側面は捨てたつもりなのだが。魔王となってもこの身は、やはり飽くまで『英雄』らしい。










 思った通りだ。王の下へ行くには数人の騎士が邪魔になったが、自分の正体がアルドだと分かると、確認も取らずに道を開けてくれた。カシルマは奴隷だと誤魔化しておく事で何とか一緒に通る事が出来た(かなり本人は不服そうだが)。後はもうこの階段を上って扉を開けて、王と出会うだけ。エニーアの部屋とは別に部屋が作られたらしく、王はそこに居るらしい。そこさえ間違わなければ次に扉を開いたとき、視界に映るのは初めて見るアジェンタ統治者の姿だ。
 少し緊張する。関係性で言えば自分の部下に過ぎないのだが、面識が無いからだろうか。今度からは大陸を攻略したらきちんと統治者の所には顔を出しておこう。今回のような事になった時……出来ればもう二度と起きてほしくないが……きっと動きやすい。
 アルドは扉の前まで近寄ると、突如背後を振り返って、階段の長さにげんなりした様子のカシルマを見る。海上の生活に慣れ過ぎた証拠だ。
「カシルマ。この扉を開けたら一応は王が居る。私の部下とは言え、王は王だ。横柄な態度は慎めよ」
 念の為に警告してやると、カシルマは声を荒げて食い気味に反論した。
「あ、当たり前じゃないですかッ。確かに僕は感化されやすいですけど、先生と一緒であればそんな事は絶対に有り得ませんよ、フィージェントじゃないんですから!」
 フィージェント、の部分だけやけに強調されていたのは自分の気のせいだろうか。確かにフィージェントだったら『お前がリルティって奴なのか。もっと強そうなやつを期待していたんだが、正直期待外れだな』等と失礼を通り越して死刑一直線の発言を平気でするだろう。確かにこういう警告はフィージェントにするべきだった。感化されやすい彼に警告をしても、それは自分に警告するようなモノだ。
「ならいい。それじゃあ扉を開けるぞ」
 アルドはゆっくりと扉を押し開いて―――閉じた。
「え? ちょっと……先生ッ?」
 我が目を疑った。気のせいでは片づけられない程鮮明な後ろ姿。誰がどう見ても間違えようのない体格と、種族。リスド大陸に居ると思っていたのに、何故。
「いや……当たり前か。失礼、取り乱したな。それじゃあ改めて……」
 アルドの手によって扉が外側に押し開かれた。重厚な開閉音が城内に響き渡り、来訪者の訪れを王へと知らせる。新たに作られた部屋というだけはあって、他の部屋よりも何倍も高価で綺麗な石材、絨毯が使われている。たかだか部屋一つに侍女十数人が傍らに控えている事からも、この部屋が如何に大事なモノかは素人目でも理解できる。眼前に居る二人の正体と同じくらいには。
「アルド様ッ?」
 開く目の無い『骸』と、本気で驚いた様子の『蛇』が、そこに立っていた。
「い、一体どうしてここに?」
 それはこちらが聞きたい。どうしてこんな所にカテドラル・ナイツが立っているのか。自分の同行は追跡しない様に『妖』が配慮してくれている筈なので、ここでの再会はそれこそ呪いか何かを疑ってしまうのだが。
 一番の不幸は、何故この二人が選出されているのか、という事。仲が悪いんだか良いんだか分からないこの二人を他の大陸に渡すなんてどうかしてる。ナイツをこの大陸に行かせたという事は、少なくともこの国にどんな事件が起こっているのかを把握したという事だ。それなのに、何故この二人? 殺意ばかり振り切れん程に高いが、一転して状況解決力は皆無に近い。この組み合わせを採用した無能は一体何処の誰だ。たとえフェリーテでもこれは擁護出来ない。
「あー…………まあ、いい。詳しい話は後でたっぷりと聞かせてもらう。私は王に用があって来たんだ、申し訳ないが横にどいてくれ」
 大幹に連なる枝のように細やかで芸術的な両角は、明らかに通常の『鹿』の魔人とは違っている。顎から喉にかけての皮膚が垂れ下がっている影響で年は少しだけ老けて見えるが、きっと年齢は自分よりも下なのだろう。その並々ならぬ生気を感じる瞳が語っている。
「まずは挨拶が遅れた事を謝らせていただきたい。『鹿』の魔人、リルティ。出来る事ならば、私はこのような形で顔を合わせたくなかった」
 アルドが素直に頭を下げて謝罪をすると、リルティは低い声で微かに笑った後、物憂げな瞳でこちらに問うてきた。
「……………吾もだ。魔王アルドよ。本来であれば宴を始める所も、此度はそうもいかない。……言いたい事があるのだろう? 吾は主に快く協力する次第。何なりと話してみるが良い」 









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