ワルフラーン ~廃れし神話
最強の師匠と無敵の弟子
話を聞いてから、自分は改めてカシルマが大馬鹿である事を実感した。エインの真似事をしようという発想は、少なからず腕に自信のある者は抱くのだろうが、まずやろうとは思わない。
大陸間を泳いで渡るという芸当がどんなにとち狂っているか、一般常識を持ち合わせている人間であれば言わずとも良く分かるだろう。それをこの男は、『居づらい』という理由だけで実行し、達成してしまった。手伝ってくれるのは有難いが、そこまでの行動が常軌を逸していて複雑だ。素直に感謝できない。
「入り口付近は終わりましたね」
「ああ。これで終わりだ、な」
カシルマが軽く欠伸をすると同時に、アルドが最後の死体を町の外に運び出した。彼が来てからは円滑に死体運びが進み、入り口付近は二十分程度で終わってしまった。大陸間を泳いで渡ったとは思えない体力に、アルドは舌を巻いた。エインの真似事をしてまだ疲れないか。魔力を受け付けない体質とはいえ、それと人間離れした持久力は全く関係ない。一体何処から湧いて出たのか。
「次は路地裏でも片づけますか? 僕はまだまだ全然いけますけど」
「いや、今日は入り口だけでいいだろう。それに運び出した死体も放置という訳にはいかない。要件を済ませた後は連れの二人の所へ行くついでに埋葬もしなければな」
自分が全く病に対する心配をしないのには理由がある。書類の最後の一行にはこう書かれていた。
『この病はどうやら、植物や動物には発生しないらしい』
つまり人類種にのみ通用する病という事だが、一体どうして人類種のみなのだろう。自分に医学の知識は無いが、推測するにこれは魔力に反応しているのではないだろうか。動物や植物だって魔力を持っているが、それは人間に比べれば非常に微々たる量であり、病が反応しなくても無理はない。この推測が正しいと仮定した場合、ある事が分かる。
それは、病自体も魔力を持っているのではないかという事。
それ自体が魔力を持っているからこそ人間の魔力に反応すると考えると、カシルマには一切通じない。彼の体質は魔力を一切受け付けない体質だから。それを本人が早々に気付いたからこそ、彼は呑気に欠伸をした。この推測を確固たるモノにする証拠は無いが、カシルマの体に黒い痣が浮かんでこない事から、少なくともカシルマは病に罹らないという事が分かる。
「しかしお前、本当に大丈夫なのか? お前の部下の話を聞く限りじゃ、お前が居なくなると途端に暴走しそうだが」
「その辺りの対策はしておいたので、僕が居なくなった事に気付く人は居ないと思いますが。まあ仮に気付いたとしても、モフモフが何とかしてくれますよ」
耳慣れない言葉を聞いたアルドは、思わず聞き返す。
「モフモフ?」
「アイツらを捕まえた女性らしいですよ。正直僕も何を言ってるのか理解できませんが、心当たりは?」
モフモフ……恐らく初めて聞いた口語だが、心当たがあるかどうかと言えば、ある。考えるまでも無く彼女だろう。まさか捕まえた人間からそんな擬音語で呼ばれているとは思わないだろうが。アルドは目を伏せて、小さく笑う。
「勿論ある。確かにアイツに任せておけば、まあどうにかなるだろう。血を見る事は無い筈だ」
「血を見るッ? どういう事ですかッ?」
当たり前の様に放たれた物騒な言葉に、カシルマが食い気味に聞き返してきた。幾ら面倒くさがっても、彼は一応船長だ。何だかんだ仲間は心配なのだろう。どうしようもない奴等でも大切に思う彼の姿勢に感心しつつ、アルドは言葉を続ける。
「凄い綺麗な少女……みたいなの居なかったか? 身長は凄く小さいんだが―――とても、美しい女性なんだが」
「それが……どうかしたんですか?」
「誰もアイツに任せようとは思わないだろうが、ソイツに手を出したら間違いなく死ぬ。これでもかという程切り刻まれて肉塊にされかねない。言い忘れたが、魔人達は皆人間を強く憎んでいる。お前達は私の知り合いという事で例外になっているだけで、本来なら即座に殺されてもおかしくないんだ。もう一度海を渡れと提案する気は無いが、お前の部下が彼女に手を出さない事を祈るしかないな」
しかしナイツには彼女以外にも女性が居る。それを考えれば彼女に手を出そうと思う輩は……性癖にもよるが、無いのではないだろうか。いや、煩悩に従順な男性陣は何をするか分からない。絶対は言い切れない。
「リスド大陸に帰還したら部下は一人残らず殺されていた……なんて事もあり得ないとは言わん。こっちに来た以上、精々部下がやらかさないように祈る事だな」
カシルマの表情が見る見る暗くなっていくが、来てしまった以上は仕方ない。そもそも居づらいという理由だけでこちらに来た彼が悪いのだから。
「城に行くぞ。生存者がどのくらい居るか、確認しなければな」
城門前にはやはりというべきか案の定というべきか、入り口とは比べ物にならない程の死体が転がっていた。城に逃げ込む直前で息絶えてしまったのだろう。死体にはやはり黒い痣が浮かび上がっている。城門に続く跳ね橋は下りたままだ。上げる暇が無かったのだろうが、今回は好都合だった。城門へと近づいて、軽く押してみる。開かない。
「しっかりしているな。城の備蓄が消えれば籠城にも限界が来るとはいえ、扉が開いていたら病が流れ込んでくるかもしれないし、私達からすれば不都合だが、賢明だ」
エニーアが遺してくれた結界のお蔭で病が流れ込まずに済んでいるので、実際は扉が開いていようといまいとあまり関係ないのかもしれないが、それでも閉めた判断は正しい。 死体を見る事が無いし、何より開いているよりは強い安心感を得られる。
「うーん、どうしたらいいんでしょうね。先生だったら難なく分断出来るんでしょうけど、それをしたら結界にも穴が空きかねないし」
「そうだな。内部の奴等と接触を図りたいが、これではどうしようもないな」
壊すのは簡単だが、直すのはそう容易な事じゃない。ここでの安易な行動は控えた方が良いだろう。
「城内に続く地下道何て知らないし、この中にどうやって入ればいいのかは……まあ、簡単か」
「え?」
あっさりと言い切られた言葉に、カシルマは目を丸くする。地下道も裏口も無いのに、一体どうやって入るというのだろうか。
「町の何処かにはあるだろうからな、探すぞ」
「……え、ま。待ってくださいッ! 一体何を探すんですか?」
身を翻して歩き出そうとするアルドを呼び止める。自分には何が何だかさっぱりだ。その言葉で弟子が未だ察していない事に気付いたアルドは首を向けて、
「決まってるだろう。井戸だ」
この城に配属されたモノとして、たとえどんな状況に陥ったとしても職務は全うしなければならない。『羊』の魔人、ユラスはいつにも増して頑張っていた。城の備蓄はまだまだ持つが、この城に避難してきた民達の疲労は五日目にして既にピークに達していた。外にも出れず、食糧も決まったものしか配られない。そんな窮屈さを大量の死と共に押し付けられたのだから当然だが、そんな時こそ自分達が頑張らなければいけない。生きる希望を失って死ぬ者を出さない為にも、絶対に弱音を吐いてはいけない。
王であるアルドが、大陸を全て奪還してくれるその日まで。
「ユラス、食糧は配り終わった?」
「任された分は、きっちりと!」
「そう。だったら厨房の地下にある井戸から水を汲んできて。体調を崩してきてる人も増え始めたみたいだから」
上司である彼女の命令は絶対だ。ユラスは駆け足で厨房へと飛び込み「失礼します!」と他の者を躱しつつ、地下へと降りていく。中々どうして不思議な構造だが、今はこの不思議な構造に助けられている。慣れた手つきで木製のバケツを落とすと、何か固いモノに当たったような音がした。
「え?」
思わず中を覗き込むが、暗くて何も見えない。暫くすると声が聞こえてきた。
「済まないがバケツを一旦引き上げてくれ。邪魔だ」
「あ、済みません……って、え? その声は……もしかして!」
声は、期待通りの返答を返してくれた。
大陸間を泳いで渡るという芸当がどんなにとち狂っているか、一般常識を持ち合わせている人間であれば言わずとも良く分かるだろう。それをこの男は、『居づらい』という理由だけで実行し、達成してしまった。手伝ってくれるのは有難いが、そこまでの行動が常軌を逸していて複雑だ。素直に感謝できない。
「入り口付近は終わりましたね」
「ああ。これで終わりだ、な」
カシルマが軽く欠伸をすると同時に、アルドが最後の死体を町の外に運び出した。彼が来てからは円滑に死体運びが進み、入り口付近は二十分程度で終わってしまった。大陸間を泳いで渡ったとは思えない体力に、アルドは舌を巻いた。エインの真似事をしてまだ疲れないか。魔力を受け付けない体質とはいえ、それと人間離れした持久力は全く関係ない。一体何処から湧いて出たのか。
「次は路地裏でも片づけますか? 僕はまだまだ全然いけますけど」
「いや、今日は入り口だけでいいだろう。それに運び出した死体も放置という訳にはいかない。要件を済ませた後は連れの二人の所へ行くついでに埋葬もしなければな」
自分が全く病に対する心配をしないのには理由がある。書類の最後の一行にはこう書かれていた。
『この病はどうやら、植物や動物には発生しないらしい』
つまり人類種にのみ通用する病という事だが、一体どうして人類種のみなのだろう。自分に医学の知識は無いが、推測するにこれは魔力に反応しているのではないだろうか。動物や植物だって魔力を持っているが、それは人間に比べれば非常に微々たる量であり、病が反応しなくても無理はない。この推測が正しいと仮定した場合、ある事が分かる。
それは、病自体も魔力を持っているのではないかという事。
それ自体が魔力を持っているからこそ人間の魔力に反応すると考えると、カシルマには一切通じない。彼の体質は魔力を一切受け付けない体質だから。それを本人が早々に気付いたからこそ、彼は呑気に欠伸をした。この推測を確固たるモノにする証拠は無いが、カシルマの体に黒い痣が浮かんでこない事から、少なくともカシルマは病に罹らないという事が分かる。
「しかしお前、本当に大丈夫なのか? お前の部下の話を聞く限りじゃ、お前が居なくなると途端に暴走しそうだが」
「その辺りの対策はしておいたので、僕が居なくなった事に気付く人は居ないと思いますが。まあ仮に気付いたとしても、モフモフが何とかしてくれますよ」
耳慣れない言葉を聞いたアルドは、思わず聞き返す。
「モフモフ?」
「アイツらを捕まえた女性らしいですよ。正直僕も何を言ってるのか理解できませんが、心当たりは?」
モフモフ……恐らく初めて聞いた口語だが、心当たがあるかどうかと言えば、ある。考えるまでも無く彼女だろう。まさか捕まえた人間からそんな擬音語で呼ばれているとは思わないだろうが。アルドは目を伏せて、小さく笑う。
「勿論ある。確かにアイツに任せておけば、まあどうにかなるだろう。血を見る事は無い筈だ」
「血を見るッ? どういう事ですかッ?」
当たり前の様に放たれた物騒な言葉に、カシルマが食い気味に聞き返してきた。幾ら面倒くさがっても、彼は一応船長だ。何だかんだ仲間は心配なのだろう。どうしようもない奴等でも大切に思う彼の姿勢に感心しつつ、アルドは言葉を続ける。
「凄い綺麗な少女……みたいなの居なかったか? 身長は凄く小さいんだが―――とても、美しい女性なんだが」
「それが……どうかしたんですか?」
「誰もアイツに任せようとは思わないだろうが、ソイツに手を出したら間違いなく死ぬ。これでもかという程切り刻まれて肉塊にされかねない。言い忘れたが、魔人達は皆人間を強く憎んでいる。お前達は私の知り合いという事で例外になっているだけで、本来なら即座に殺されてもおかしくないんだ。もう一度海を渡れと提案する気は無いが、お前の部下が彼女に手を出さない事を祈るしかないな」
しかしナイツには彼女以外にも女性が居る。それを考えれば彼女に手を出そうと思う輩は……性癖にもよるが、無いのではないだろうか。いや、煩悩に従順な男性陣は何をするか分からない。絶対は言い切れない。
「リスド大陸に帰還したら部下は一人残らず殺されていた……なんて事もあり得ないとは言わん。こっちに来た以上、精々部下がやらかさないように祈る事だな」
カシルマの表情が見る見る暗くなっていくが、来てしまった以上は仕方ない。そもそも居づらいという理由だけでこちらに来た彼が悪いのだから。
「城に行くぞ。生存者がどのくらい居るか、確認しなければな」
城門前にはやはりというべきか案の定というべきか、入り口とは比べ物にならない程の死体が転がっていた。城に逃げ込む直前で息絶えてしまったのだろう。死体にはやはり黒い痣が浮かび上がっている。城門に続く跳ね橋は下りたままだ。上げる暇が無かったのだろうが、今回は好都合だった。城門へと近づいて、軽く押してみる。開かない。
「しっかりしているな。城の備蓄が消えれば籠城にも限界が来るとはいえ、扉が開いていたら病が流れ込んでくるかもしれないし、私達からすれば不都合だが、賢明だ」
エニーアが遺してくれた結界のお蔭で病が流れ込まずに済んでいるので、実際は扉が開いていようといまいとあまり関係ないのかもしれないが、それでも閉めた判断は正しい。 死体を見る事が無いし、何より開いているよりは強い安心感を得られる。
「うーん、どうしたらいいんでしょうね。先生だったら難なく分断出来るんでしょうけど、それをしたら結界にも穴が空きかねないし」
「そうだな。内部の奴等と接触を図りたいが、これではどうしようもないな」
壊すのは簡単だが、直すのはそう容易な事じゃない。ここでの安易な行動は控えた方が良いだろう。
「城内に続く地下道何て知らないし、この中にどうやって入ればいいのかは……まあ、簡単か」
「え?」
あっさりと言い切られた言葉に、カシルマは目を丸くする。地下道も裏口も無いのに、一体どうやって入るというのだろうか。
「町の何処かにはあるだろうからな、探すぞ」
「……え、ま。待ってくださいッ! 一体何を探すんですか?」
身を翻して歩き出そうとするアルドを呼び止める。自分には何が何だかさっぱりだ。その言葉で弟子が未だ察していない事に気付いたアルドは首を向けて、
「決まってるだろう。井戸だ」
この城に配属されたモノとして、たとえどんな状況に陥ったとしても職務は全うしなければならない。『羊』の魔人、ユラスはいつにも増して頑張っていた。城の備蓄はまだまだ持つが、この城に避難してきた民達の疲労は五日目にして既にピークに達していた。外にも出れず、食糧も決まったものしか配られない。そんな窮屈さを大量の死と共に押し付けられたのだから当然だが、そんな時こそ自分達が頑張らなければいけない。生きる希望を失って死ぬ者を出さない為にも、絶対に弱音を吐いてはいけない。
王であるアルドが、大陸を全て奪還してくれるその日まで。
「ユラス、食糧は配り終わった?」
「任された分は、きっちりと!」
「そう。だったら厨房の地下にある井戸から水を汲んできて。体調を崩してきてる人も増え始めたみたいだから」
上司である彼女の命令は絶対だ。ユラスは駆け足で厨房へと飛び込み「失礼します!」と他の者を躱しつつ、地下へと降りていく。中々どうして不思議な構造だが、今はこの不思議な構造に助けられている。慣れた手つきで木製のバケツを落とすと、何か固いモノに当たったような音がした。
「え?」
思わず中を覗き込むが、暗くて何も見えない。暫くすると声が聞こえてきた。
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