ワルフラーン ~廃れし神話
死哭病
「一体……何が起きたと言うんだ」
たとえ嘘だったとしても、自分の見ている光景を誰かに否定してほしい。誰か、誰か居ないのか。自分に声を掛けてくれる人は居ないのか。「何してんだ」とでも言ってくれるだけで、自分は救われるのに。
「予想以上だ。シャレになってないな、全く……」
あれは数時間前の事だった。
「……病が流行ってるんですよ」
「病?」
キスケが冗談を言うような男でない事はアルドが良く分かっている。小心者は嘘を吐けない。
「原因も不明、出所も不明。対処方法も分からない病気が蔓延しているんですよ。お蔭でフルノワ大帝国は死の国と化してしまいました。私の調査した限りで良ければ書類も渡しますが―――ハッキリ言って、何の参考にもならない事は確かです」
自分がこの国をほったらかしにしている間に何が起きたというのだ? 病気が蔓延している? 何故?
一番知りたいのはずっとこの大陸に居るキスケなのだろうが、それでも尋ねずには居られない。物事にはまず予兆と脈絡があるべきなのに、キスケの話はあまりに突拍子も無いというか、唐突というか。数日早く訪れた災害に襲われた気分だ。
「被害はどんな感じなんだ? まさか国民全員が死んでいるなんて事は……無いよな?」
そう言った後に思い出したが、アルドと行動を共にしている二人とはアジェンタ大陸で出会った。一人は大帝国から少し外れた村で、一人は記憶を失っていた頃に牢獄の中で。
二人の様子を窺うと、彼等もまた神妙な面持ちでキスケの話を聞いていた。
「……ええ。先代の王が残していった結界のお蔭で、城の中に逃げ込んだ者達は無事みたいです。只それ以外の者は―――恐らく」
キスケの視線が逸れたのを見れば、何を言いたいのかは明らかだった。先代の王―――エニーアのお蔭で最悪の事態だけは免れている様だが、それでも状況が悪い事には変わりない。一体この世界の何処にそこまでの即効性を持つ病気が存在するのだろうか。まだまだ未知の領域が存在するジバルですら確認できなかった病が、こんな国で突然発生するモノなのか? 仮に前からあったとして、ではどうしてかつてのフルノワ大帝国では蔓延しなかったのか。
「……気になっていたんだが、どうしてお前がそこまでの情報を持っているんだ? 外に居る奴らが等しく死を迎えたのであれば、調査をしたお前も、同じ結末を迎えていると思うのだが」
疑ったつもりは無いのだが、キスケは大袈裟に動揺して、頭を振った。
「リルティ様と転信石で連絡を取っているんですよ! むしろ私が調査をする事が出来たのも、リルティ様のお蔭なんです」
成程、つまりリルティは大帝国内部に居る魔人という事か。だから城の中が無事であるという報告も出来るし、何処からが安全で何処からが危険なのかをキスケに教える事も出来る………………
「…………すまない、誰だそいつは」
思わず素で尋ねてしまった。リルティという魔人の事なんか微塵も知らないモノだから、思わず王としての仮面が取れてしまったのだ。魔王にしてはあまりに間抜けな発言に、キスケは目を丸くしながら声を荒げた。
「アルドさんッ? しっかりしてくださいよ、貴方の部下じゃないですか!」
反論のしようがない。アルドは頬を掻いて、気まずそうに視線を逸らす。
「いや部下と言われてもな……会った事が無い奴の名前は覚えられないというか、何というか。それで、誰なんだそいつは」
言い訳のように聞こえるだろうが、会った事も無い奴の名前を覚えろという方が無理なのだ。何かしらの危険人物や重要人物なのであれば話は変わってくるが、そうでないのであれば殆ど不可能だ。疑うのならばやってみればいい。顔も見ていないし声も聞いていない奴の詳細を正確に述べられるかどうか、実験してみればいい。
多分誰も出来ないだろう。だからこれは言い訳では……言い訳…………言い訳か。
「……フルノワ大帝国を統治している者です。『鹿』の魔人で、ルセルドラグ様の配下だったと記憶しております」
「―――察しが悪かったな。オールワークからちゃんと名前を聞いておくんだったよ。そうか、アジェンタを統治しているのはリルティという者なのか……」
「こんな事を言うのは無礼かもしれませんけど、アルドさん大丈夫ですか? 私には何だかとても疲れているように―――」
「ああー気にするな! 単純にちょっと阿呆になっていただけだからな、うん。そうに違いない。それじゃあそろそろ『俺』は失礼するよ」
二人を引き連れて、アルドがキスケの肩を通り過ぎると同時に、言葉の意味を理解出来なかったキスケが凄まじい速度で再び進路を阻んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は行かない方がいいと言ったんですけどッ」
「…………聞いてしまっては猶更行かなければならないだろう。私は内部の安定化の為にここに来たんだ。死の病が怖いから帰るとか、そういう選択肢は削除する方向性でもある。どいてくれ」
無理に押しとおろうとするが、それでもキスケは進路を阻もうと今度は体に引っ付いてきた。『猪』の体重は見た目に反しておらず、とてもではないがこのままではまともに歩く事すら出来ない。しかし彼は善意で忠告しているので、その彼を説得するとなると……正論ではまず無理か。善意と正論は基本的に同じ属性に位置する。死なせたくないから行かせないというのは正論だし、それをわざわざ本人に言うのは善意である。しかしそれとは対照的な悪意でどうにか出来る訳でも無い。そもそも悪意は人を説得するモノでは無いからだ。
彼は小心者だからこそ、必要以上に用心し、警戒し、心配している。自分の事も、他人の事も。そんな彼を説得する事が、果たして魔王たるアルドに可能なのだろうか。二人の方を振り向くが、対処に関してはこちらに一任するとばかりに周りを見渡していた。この会話に入る気は無い様だ。
……あまり、好きではないが。こうなってしまっては仕方ないだろう。
「キスケ。かつて私が何と呼ばれていたか知っているよな?」
「―――貴方と敵対していた時代に生きていたんです、知らない筈がありませんよ。『勝利』ですよね」
「そうだな、『勝利』だな。その名前の由来は、何を相手にしようとも必ず勝利してきたからだ。お前は私が心配なのかもしれないが……安心しろ。病が相手であろうとも、お前達を救う為ならば私は必ず勝利してみせるよ」
幾度となく行ってきた救済という行為。難しい事は何も無い。ならば迅速に解決しようではないか。魔人の平穏を取り戻す為にも……なんて。
そう思っていたのだが―――
百聞は一見に如かず。大帝国に辿り着いて飛び込んできた光景は、彼の言葉に違わず死の臭いに満ち満ちていた。
たとえ嘘だったとしても、自分の見ている光景を誰かに否定してほしい。誰か、誰か居ないのか。自分に声を掛けてくれる人は居ないのか。「何してんだ」とでも言ってくれるだけで、自分は救われるのに。
「予想以上だ。シャレになってないな、全く……」
あれは数時間前の事だった。
「……病が流行ってるんですよ」
「病?」
キスケが冗談を言うような男でない事はアルドが良く分かっている。小心者は嘘を吐けない。
「原因も不明、出所も不明。対処方法も分からない病気が蔓延しているんですよ。お蔭でフルノワ大帝国は死の国と化してしまいました。私の調査した限りで良ければ書類も渡しますが―――ハッキリ言って、何の参考にもならない事は確かです」
自分がこの国をほったらかしにしている間に何が起きたというのだ? 病気が蔓延している? 何故?
一番知りたいのはずっとこの大陸に居るキスケなのだろうが、それでも尋ねずには居られない。物事にはまず予兆と脈絡があるべきなのに、キスケの話はあまりに突拍子も無いというか、唐突というか。数日早く訪れた災害に襲われた気分だ。
「被害はどんな感じなんだ? まさか国民全員が死んでいるなんて事は……無いよな?」
そう言った後に思い出したが、アルドと行動を共にしている二人とはアジェンタ大陸で出会った。一人は大帝国から少し外れた村で、一人は記憶を失っていた頃に牢獄の中で。
二人の様子を窺うと、彼等もまた神妙な面持ちでキスケの話を聞いていた。
「……ええ。先代の王が残していった結界のお蔭で、城の中に逃げ込んだ者達は無事みたいです。只それ以外の者は―――恐らく」
キスケの視線が逸れたのを見れば、何を言いたいのかは明らかだった。先代の王―――エニーアのお蔭で最悪の事態だけは免れている様だが、それでも状況が悪い事には変わりない。一体この世界の何処にそこまでの即効性を持つ病気が存在するのだろうか。まだまだ未知の領域が存在するジバルですら確認できなかった病が、こんな国で突然発生するモノなのか? 仮に前からあったとして、ではどうしてかつてのフルノワ大帝国では蔓延しなかったのか。
「……気になっていたんだが、どうしてお前がそこまでの情報を持っているんだ? 外に居る奴らが等しく死を迎えたのであれば、調査をしたお前も、同じ結末を迎えていると思うのだが」
疑ったつもりは無いのだが、キスケは大袈裟に動揺して、頭を振った。
「リルティ様と転信石で連絡を取っているんですよ! むしろ私が調査をする事が出来たのも、リルティ様のお蔭なんです」
成程、つまりリルティは大帝国内部に居る魔人という事か。だから城の中が無事であるという報告も出来るし、何処からが安全で何処からが危険なのかをキスケに教える事も出来る………………
「…………すまない、誰だそいつは」
思わず素で尋ねてしまった。リルティという魔人の事なんか微塵も知らないモノだから、思わず王としての仮面が取れてしまったのだ。魔王にしてはあまりに間抜けな発言に、キスケは目を丸くしながら声を荒げた。
「アルドさんッ? しっかりしてくださいよ、貴方の部下じゃないですか!」
反論のしようがない。アルドは頬を掻いて、気まずそうに視線を逸らす。
「いや部下と言われてもな……会った事が無い奴の名前は覚えられないというか、何というか。それで、誰なんだそいつは」
言い訳のように聞こえるだろうが、会った事も無い奴の名前を覚えろという方が無理なのだ。何かしらの危険人物や重要人物なのであれば話は変わってくるが、そうでないのであれば殆ど不可能だ。疑うのならばやってみればいい。顔も見ていないし声も聞いていない奴の詳細を正確に述べられるかどうか、実験してみればいい。
多分誰も出来ないだろう。だからこれは言い訳では……言い訳…………言い訳か。
「……フルノワ大帝国を統治している者です。『鹿』の魔人で、ルセルドラグ様の配下だったと記憶しております」
「―――察しが悪かったな。オールワークからちゃんと名前を聞いておくんだったよ。そうか、アジェンタを統治しているのはリルティという者なのか……」
「こんな事を言うのは無礼かもしれませんけど、アルドさん大丈夫ですか? 私には何だかとても疲れているように―――」
「ああー気にするな! 単純にちょっと阿呆になっていただけだからな、うん。そうに違いない。それじゃあそろそろ『俺』は失礼するよ」
二人を引き連れて、アルドがキスケの肩を通り過ぎると同時に、言葉の意味を理解出来なかったキスケが凄まじい速度で再び進路を阻んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は行かない方がいいと言ったんですけどッ」
「…………聞いてしまっては猶更行かなければならないだろう。私は内部の安定化の為にここに来たんだ。死の病が怖いから帰るとか、そういう選択肢は削除する方向性でもある。どいてくれ」
無理に押しとおろうとするが、それでもキスケは進路を阻もうと今度は体に引っ付いてきた。『猪』の体重は見た目に反しておらず、とてもではないがこのままではまともに歩く事すら出来ない。しかし彼は善意で忠告しているので、その彼を説得するとなると……正論ではまず無理か。善意と正論は基本的に同じ属性に位置する。死なせたくないから行かせないというのは正論だし、それをわざわざ本人に言うのは善意である。しかしそれとは対照的な悪意でどうにか出来る訳でも無い。そもそも悪意は人を説得するモノでは無いからだ。
彼は小心者だからこそ、必要以上に用心し、警戒し、心配している。自分の事も、他人の事も。そんな彼を説得する事が、果たして魔王たるアルドに可能なのだろうか。二人の方を振り向くが、対処に関してはこちらに一任するとばかりに周りを見渡していた。この会話に入る気は無い様だ。
……あまり、好きではないが。こうなってしまっては仕方ないだろう。
「キスケ。かつて私が何と呼ばれていたか知っているよな?」
「―――貴方と敵対していた時代に生きていたんです、知らない筈がありませんよ。『勝利』ですよね」
「そうだな、『勝利』だな。その名前の由来は、何を相手にしようとも必ず勝利してきたからだ。お前は私が心配なのかもしれないが……安心しろ。病が相手であろうとも、お前達を救う為ならば私は必ず勝利してみせるよ」
幾度となく行ってきた救済という行為。難しい事は何も無い。ならば迅速に解決しようではないか。魔人の平穏を取り戻す為にも……なんて。
そう思っていたのだが―――
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