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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

海の上の安穏

 夜にもなると、今までの出来事を振り返りたくなってしまうのは、自分だけだろうか。今までというのは当然、生涯の事ではない。そんな事をすればとてもではないが一日で振り返る事が出来なくなってしまう。思い出すのに一週間、反省するのに三か月と言った所だろうか。
 流石に前述の期間は冗談だが、『何となくしたくなった』という理由だけで全てを振り返る事はしたくない。一日で振り返るとか振り返らないとか以前に、毎日毎日そんな事をすれば疲れてしまうからだ。だから振り返るのは、『今日が始まってから今に至るまで』。この部分に限る。
「んー! やっぱり魚って美味いなッ。先生が調理しても美味しく感じるよ!」
 『食事は甲板で摂ろう』という提案は正しかったと言えるだろう。夜空に浮かぶ星も綺麗だし、波も安定している。ツェートもダルノアも喜んでくれているようだし、言ってみるモノだ。
「悪意を感じるな、その言葉」
 調理と言っても、軽く切って焼いた程度。変わった事をしたかと言えば、ダルノアに提供する魚の骨を全て取り除いた、という『配慮』程度のモノ。だというのに『先生が調理しても』という発言には……思い過ごしだと良いのだが、妙な悪意を感じる。
「お前はもう少し作った人間への感謝というモノを抱いた方がいいぞ。短気な者であれば我慢ならない発言だと思われるからな」
 先程まで海水をぶっ掛けられて機嫌が悪くなっていた人間とはとても思えない程に上機嫌。無礼なのはその影響と考えれば結構なのだが、アルドには気になる事があった。以前に比べるとツェートから可愛さというモノが無くなった気がするのだ。果たして気のせいだろうか。
 アルドは彼の隣に自らの良く知る弟子を幻視する。
『海の幸ってのも中々美味なもんだ、なあ先生。こういう時間を、楽しいって言うんだったけか? まあ何でもいいか、俺は先生が一緒に居れば割と何でも楽しいし』
『―――とても美味しいですよ。ええ、本当に』
 やはり気のせいでは無かった。ツェートがアジェンタ出身である事を考慮すれば仕方ないのかもしれないが……それでも態度が悪い気がする。もしかすると弟子というモノは須らくこのような感じであり、フィージェントやクリヌスが良い子過ぎたというのもあるかもしれな……無いか。クリヌスはともかくとして、フィージェントは態度が悪い以前の問題だった。それに比べればツェートの問題何て些細な事に過ぎない。それに、自分は良く分かっている筈だ。アジェンタの子供が如何に酷い常識に支配されていたかを。
―――だからツェートには他の大陸にも通じるように再教育をしたのだが、まだアジェンタ成分が抜けきっていないらしい。
「まあ、流石にヴァジュラさんには及ばないけどな!」
 謎の比較。
 意味を考える事すら馬鹿らしい上、ダルノアを会話から弾いているのでこの場所で出すべき話題とは言えないだろう。あまりにも反応に困ったので彼女の方へと首を向けるが、彼女は俯きながら無心で魚を頬張っていた。一つ食べたかと思えばもう次が口に運ばれている。早い。
「何の比較だ。それに唐突に彼女を持ち上げる事もそうだが、どうして私は彼女と張り合わなければならないんだ?」
「いや、ヴァジュラさんってやっぱり理想の女性なんだなって思ってさ。理想の女性に何を比較するべきかって言ったら、やっぱり理想の男性である先生を比べるべきかなって」
 アルドはその言葉を聞いて納得しかけたが、やはりおかしいという事に気付き、顎に手を当てて考え込む。
「ああ成程………………ん? どういう事だ? 理想の女性が理想であるかを確かめる為に比較をするとして、その比較対象が……理想の男性?」
 褒めているのか貶しているのかよく分からない。恐らく褒めているので喜んでいいとは思うのだが、ついさっき彼女を引き合いに出されたばかりなので、素直に喜べない。成り行きで取った弟子故に、寝食を数年も共にしていた訳では無いが、もしかして自分の性格が何かしらの悪影響を及ぼしてしまったのだろうか。確かに自分は『褒めるのが下手』だが。
 数分程考え込むが、答えは出なかった。
「―――まあいい。しかしツェータ、あまり感心出来る行為とは言えないな」
「え、何がだよ」
 弟子の口からしっかりと『僕は配慮という概念を理解していない阿呆です』という言葉を聞いたアルドは、呆れた表情で少女の方に指を向けた。
「この船に乗っているのは野郎だけなのか? 私の眼には無心で魚を口に運ぶ少女が見えるんだが、ひょっとして幻覚か?」
「…………いや、幻覚じゃないだろ。師匠、何言ってんだ?」
「台詞を奪うな。お前はこの少女が現実である事を分かっている。なのにどうして会話に入れないような話題を出すんだ。こいつが可哀想だとは思わないのか?」
「いや、可哀想かどうかって言われても……」
 見る限り、少女はこちらの様子などこれっぽっちも気にしている様子は無く、ただひたすらに魚を頬張っていた。あまりにも早すぎて咽る事になってもそれはご愛敬。彼女はそれでも食べる事をやめない。まるで普通の食事が如何に大切な存在であるかを知っているかのように。
「さっきから無言で食ってるだけだしなあ」
 至極もっともな指摘に、アルドは思わず目を逸らす。
「まあ……な。しかしツェータ。これは彼女が色々特殊だからこうなっているだけで、普通は違うんだ。やはり食事というモノに会話は付き物。会話の輪に入れなかったらそれだけで飯の美味さは半減だ。だからまあ、確かに彼女は特殊かもしれないが……私達二人で完結するような話をするのは控えような?」
「んー分かったよ。師匠がそこまで言うんだったら、次からはそうするわ」
 物分かりは良い様で何よりだ。これでまた少し、ツェートは普通の人間へと近づいた。後数年もすれば間違いなくアジェンタの気配は抜けきるが、その頃には既にアルドは死んでいるか侵攻を再開しているので、残念ながらこれ以上は彼に任せるしかない。
 胸に生じた不安を誤魔化すように、アルドは調理した魚を口へと運んだ。軽く切って焼いただけ。味付けは塩のみとシンプルだが、それなりには食える。これだけで彼女と比較されるのは心外だが、確かにフェリーテやヴァジュラであればこんな簡単な料理ではなく、もっと複雑な料理を作れただろう。
「アジェンタに着いてからは自由行動とする。私は飽くまでアジェンタ大陸の統治の様子を見に行くだけだからな。異常や悩みを見つけたのであれば随時対応していくつもりだが、お前にまで強要するつもりは無い。私を手伝うのは構わないし、自分の家に帰ってもいい。ダルノアに関しては私から離れないでほしい。幾ら統治していると言っても、犯罪が起きない訳じゃない。もう複数人の男に襲われるなんて懲り懲りだろうから、私の言葉をちゃんと聞いてくれると助かるぞ」
 言葉の途中、ダルノアの方を一瞥してみたが、特別様子が変化した様子は無かった。一体どれだけ本気で食事という行為に取り組んでいるのか。自分の言葉なんて全く聞こえていないかのように、彼女はずっと魚を頬張り続けている。
 …………まあ、大陸に着いてから改めて言えばいいか。
 見た所、残りの二日間も天気に大きな変化は無さそうだ。波は流石に分からないが、今が平和なのであれば出来ればこのまま穏やかなままで居てもらいたい。そうしてくれた方が早く到着する。






 こうして一日は終わりを迎える。中々に楽しく濃厚な一日だったが、それでも所詮は一日。振り返ってみると案外、短く感じてしまうモノだ。









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