ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

彼女を見据えて

「船長! あざしたッ!」
「俺達を捕縛した女性……胸が大きかったぞ。ケヒヒヒヒャ」
 アルドに船を明け渡した後、カシルマは部下達を解放するために城を訪れていた。部下達は捕縛されたにも拘らず煩悩に塗れているが、そこはもう気にしない。感化されやすい自分が何を言っても変わらないだろうし、それに……ノリは大事だ。ノリが合わなければ集団から弾かれるのは当然の理。ならばもう、流れのままに動く他無いだろう。
「お、胸が大きかっただと! その話、詳しく聞かせてもらおうじゃないのッ」
「水色の髪の……なんかモフモフした女でしたね。ヒヒヒ」
「モフモフ? んーモフモフ!」
 女性の特徴を表す際に『モフモフ』なんて聞いた事もない。少なくとも、カシルマの知る一般常識では使われない。有り体に言えば、ちょっと何を言っているのか分からない。
「モフモフ!」
「モフモフッ!」
 何かの合言葉のように数百人の部下が声を揃えて言う。カシルマはこの辺りで既に諦めたようにこのノリを受け入れていた。考えるだけ無駄、だから考えるな。海賊のノリというモノについて哲学的な答えを出したくないのであれば、考えてはいけない。これは半分、戒めのような何かである。
 透明な物体から受け取った鍵を差し込み、部下を解放する。百人規模という事もあって何部屋かに分けられていたが、それでも大分窮屈だったようで、扉が開いた瞬間、轟音が地下に響き渡る。
「ホアアアアアアアアアア! 出られた、僕は出られたんだ! いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッ!」
「美人ばっかり……クフフ」
「船長助かったぜぇ! やっぱり船長は船長だ、これからも一生付いてきます!」
 反射的に片耳を塞いだのは、正しい判断だった。順番なんて考えもしない部下達は我先にと、この辛気臭い牢屋から出ようと叫んでいる。その勢いと数百人の叫びたるや、正に雪崩のようである。耳が痛い。
「お主等、静かにせい! 城中の侍女が震えてしまっておる」
 誰かしらが地下室の扉を開けた瞬間、見た事も無いような服を着た美しい女性が扇状の物体で口元を隠しながら立っていた。
「あ、姐さん! すいやせん、やっと外に出られると思ったら、嬉しくて……」
「姐御、今日も美しい。ククク」
 自分が予想した反応とは違っていたとか違っていない以前に……あ、姐さんッ? 一体部下達はいつあの女性とそんな関係になっていたのだろうか。カシルマが呆然と女性を見つめていると、
「世辞はよせ。それと嬉しかったら何をしても良いのかと言えば、違うの……ふむ。カシルマ・コーストとやらは既に主様から聞いたのか。それならば話が早い。早急にこの者達にそれを伝えて、城を出るが良い」
 まるで今知ったかのような口調で、女性は自分の名を呟いた。自分の過去を知っているか、アルドに聞くかしなければ名前等分かる筈も無いのだが―――主様? 少し気になったが、一先ずは己の役目を果たすとしよう。
 息を吸って、声量を整える。
「お前ら、この街に滞在している間は略奪行為を含めたあらゆる行為をするなッ。強姦も、殺人も強盗も何もかも駄目だ。口説くのは……程々にな。以上の言葉を守れない奴はもう一度牢屋に戻ってもらうから、そのつもりでな!」
 海賊とは自由の象徴であり、好き放題出来るのが海賊の利点でもある。その利点の殆どを封じられる事には、当然ながら文句があった……部下の内の誰かが、それを言うまでは。
「あれ? って事は。って事はだよ? つまり、つまりさ。姐さんとか、モフモフとか、侍女の子とかも口説いていいって事かな」
 皆の視線が、目の前の女性へと注がれる。女性は扇状の物体を閉じて、妖笑を浮かべた。
「好きにせい。妾達は決して、お主等の誰にも心を奪われぬ」
 見下すように、試すように。自信をもって女性はそう言った。
 『決して』。『絶対』。秩序を嫌い、自由を愛す海賊は、その言葉を聞くだけで吐き気を催す。しかし同時に、その秩序を破壊しようと躍起になる事もある。狙っていったのかどうかはさて置いて、その言葉を聞いた海賊達は目を輝かせて。
「っしゃああああああああああああああああああああああああああッ!」
 狂喜/狂気の表情を浮かべながら、握り拳を突き上げた。














 カシルマ然り、ツェート然り。弟子が気を失っている姿を見るのにも随分と慣れてしまったようだ。何分見続けようとも心配の情は湧き上がる事は無く、それどころか退屈を感じてしまうようになった。では遊ぶべきなのかと言えば、遊ぶべきなのだろう。しかし、生憎とここは船の上。周りには青い海があるだけで、娯楽に利用できそうなモノは何もない。
 これは推測に過ぎないが、カシルマ達はノリで退屈を凌いでいたのだ。女性とどんなプレイをしながらまぐわるのか、乱暴なのか紳士なのか。これ以上挙げようとすると理性が壊れるので止めておくが、その男性特有の酷いノリがあったからこそ、たとえ何も無い船上でも退屈せずに過ごせたのだ。その推測を抜きにしても数百人は居たし、話し相手には絶対に困らない。だからカシルマ達は至って普通に過ごす事が出来た。
 しかし。現在アジェンタ大陸へと向けて進行する船には三人しか居ない。更に言えば一人は戦闘の影響で気を失っていて、未だ目覚める様子も無い。二人で話せれば十分だろうという声もあるだろうが、考えてみてほしい。自分は同じ過ちを犯したのだ。『尋ねるような形で話を締めた事を今更後悔した』? 後悔するのは結構だが、自分は何も反省していなかった。自嘲する気も起きないくらいには愚かな行動であり、次に同じ間違いをしようものなら、自分は直ちに自決する。これ以上生き恥を晒す訳にはいかない。
 というのは冗談だが、そのせいで話が続かなくなってしまったのは自分の責任。どうにかしなければ、ダルノアも退屈で死んでしまうかもしれない。しかし提供出来る話題があるかというと、無い。
 心内で自嘲をしても、それでもアルドが話題を振りかねていると、ダルノアが口を開いた。
「……そう言えば、私達が奴隷だった頃も、こんな感じでしたね。こんな沈黙が続いてて、私達はずっと、妙な攻防を繰り広げていて」
「……あの時は記憶を失っていた。それに喋れなかったんだ。済まないな」
「いえ! 私は別に退屈には思っていませんでした。たとえ喋る事が出来なかったとしても……おかしな話ですけど、幸せでしたから」
 言いつつダルノアが体を寄せてくる。ああ確かに、こんな感じだった気がする。毛布でも掛かっていれば完璧である。
「アルドさん。もし私がジバルって所に行っても……また会えますか?」
「……嘘は吐きたくないから正直に言わせてもらおう。この体は壊れかかっている。後一つ何かが欠けるだけで、私の全ては崩れ去る。罅だらけで錆だらけ。今は戦う意味があるから戦っているが―――どうだろうな。もしかしたら死ぬかもしれないな。ジバルの方には天森白鏡……ああっと、恩師もいるし、もしも生きているのであれば顔を出すつもりだが……今の私には、約束は出来ないというしか無い」
 中々死ねないモノだと考える自分が居る。自分を好いてくれる者が居て、その人を悲しませたくないから。それは五大陸にも居れば、死者にも居るし、特にジバルでは『霧代アルド』という一般人として過ごした分、『英雄』として過ごした五大陸よりも関係は密接になる。茶屋の娘ともそれなりに仲良くなっていたし、酒屋の主人とは良く食事をしていた。他にも思いつくが、自分が死ねばまずその人達が悲しむ。いつか戻ってくると約束したにも拘らず、それを勝手に破るのは申し訳ない。
 中々普通に生きられないモノだと考える自分が居る。もうこの体は崩壊寸前。自分を必要としてくれる者が居るからどうにか成り立っているだけで、それが無くなった瞬間、もう耐える事は出来ない。
 約束は守りたいが、勝手に破られてもおかしくない現状、自分にはどっちかを決める事は出来ない。
「だが…………もしもお前が生きていてほしいというのであれば、それをずっと想い続けてくれるのであれば、それは私の生きる理由になる。私が生き永らえたまま目的を果たす事が出来たのであれば、必ず会いに行こう」
 続けて何かを言おうとしたが、それはやめておいた。もう尋ねるような形で話を締めるのはやめだ。今回は彼女に救われたが、流石に三回も同じ事をする程自分は馬鹿ではない。
 アルドは即座に立ち上がると、調子の良い声で言った。
「……辛気臭い話はここで終わりだッ。お腹も減っただろうから。食事にするぞ」
 やはり食事は偉大だ。話の流れを滑らかに出来る。アルドはそれを『彼女』とのデートで知った。
「え? でもこの船に食糧なんて積まれて……」
 そこまで言った所でダルノアの言葉は強制的に断ち切られた。いつの間にかアルドが手にしていたモノを見て、理解したからだ。
「食糧は無限にあるだろう? 何せここは……海だからな」


 









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