ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

泡沫の奇跡

 二人の試合はあまりにも一方的だった。本気を出したらしい男の攻撃に、隻腕の青年は防戦が手一杯らしい。それでも隙を見て攻撃を試みてはいるが、それでも本気を出した男にはどんな攻撃も届かなかった。素人的観点から言って、隻腕の青年は考えもつかないような方向、方法で火傷痕の酷い男に攻撃を仕掛けているが、たとえ真上からの攻撃であろうとも攻撃は弾かれて、たとえ青年が三人に分身して襲い掛かったとしても、攻撃は弾かれて。何をどうしようとも弾かれる攻撃は反撃に利用されて、隻腕の青年は為す術もなく攻撃を食らって。それでも尚立ち上がる隻腕の青年に、火傷痕の酷い男は何を言う事もなく付き合い続ける。
 次元の違いすぎる戦いに、少女は口を挟む事が出来なかった。或いはその戦いを見て圧倒されていたのかもしれない。自分の知る人物の、その強さに。たとえ波が荒れようとも二人の戦いは終わらない。二人はお互いに殺意を剥き出しにして斬り合い、突き合い、殴り合う。
 一方の男は笑っている。お互いの……きっと譲れない何かを懸けた戦いに笑っている。楽しみながら戦っている。他でもないこの時が、自分が輝ける場所であるとでも言うように。
 一方の青年は怒っている。その顔を醜悪に歪めながらも、決して我だけは失わず、戦っている。この時だけは、負ける訳にはいかないとでも言うように。
 しかしそれが勝負である以上、決着するのは必然。隻腕の青年の攻撃が弾かれたその瞬間に、その戦いは決着した。
「私の勝ちだ」
 こちらからは何をしたのか全くもって理解出来なかった。見た事をありのままに言うのであれば、男が隻腕の男の顎に軽く触れて……それだけ。傍から見れば男の拳が顎に触れただけに過ぎない。しかし隻腕の男はその直後に動きを止めて、後ろから甲板へと倒れ込んだ。
「…………起きたのか」
「え、あ……あの」
 男はこちらを一瞥するが、やがて興味を失くしたように視線を戻して、倒れ込んでいる男を抱え上げた。
「色々言いたい事はあると思うが、付いてきてくれ。話はその後にしよう」
 その言葉の裏にある意味に気付きながらも、少女は彼の言葉に従う事にした。






 本気で斬り合っていた、とは言っても、男の方に殺す気は無かったらしい。青年の体の何処にも切り傷は見受けられなかった。ただし打撲痕等は相当数存在していて、それはとてもではないが数十分戦っていただけで付くとは思えない。戦った事の無い自分が何を言っても、『素人目から見れば』でしかないが、よくもまあ、あれだけ動けたモノだ。
「その人、大丈夫なんですか?」
 男性の後を追って辿り着いたのは船内の一室。男性は隻腕の青年を下ろすと、部屋の壁に凭れ掛かった。
「問題ない。殺す気で斬りはしたが、実際一度も通っていないからな。防御は大したものだよ、本当に」
 それは嘘だ。この男は敢えて防御のしやすい場所に攻撃を打ち込んでいた。本当に殺そうと思えばもっと打ち込むべき場所があった筈なのに、男はそれをしなかった。
「当然だろう。こいつは私の弟子であり、私の願いを叶えてくれるかもしれない人物の一人だ。本気で戦いはしたが、殺す気なんて更々無かった……まあ、防御が間に合わなかったら、普通に死んでいたと思うが」
 自分の思っていた事に返された言葉に、少女が呆然としていると、男性は少しだけ微笑んで一言。
「顔に出てる」
 そんな事を言われても直しようが無いのに、何故か両手は反射的に顔へと伸びてしまった。そんなに顔に出やすいのだろうか、自分は。心を読まれる事は好きではないので直したい所だが、彼を見ているとどうしても顔に出てしまう。
「…………もし勘違いだったら本当に申し訳ないんですけど、貴方はアジェンタ大陸で……奴隷でしたか?」
 聞き方も大分おかしいが、これで頷かれれば滑稽な事この上ない。戦っている時から自分は彼の事に気付いていたのに、その実、彼は自分がかつて出会った男性に良く似た人であったというのだから。ぬか喜びというか何と言うか……自分は勿論の事、勝手に勘違いされた彼にも迷惑を掛けてしまうのは、どうなのだろう。
 男性は少しだけ考えた後、思い出したように口元を綻ばせる。
「…………中々楽しかったぞ。お前との奇妙な攻防は」
「やっぱり貴方は……!」
 反射的に詰め寄ってきた少女に、男性は芝居がかった動作で、大袈裟に片手を広げた。
「―――私の名前はアルド。アルド・クウィンツだ。久しぶり、とでも言っておこうか? ダルノア」






 やはり男性の正体は、かつて自分がアジェンタで出会った男―――アルドだった。お互いにどうして出会ってしまったのか分からないが、取り敢えずはお互いの情報を共有する事にした。他愛もない話も交ぜながら、その再会を喜ぶように。彼は自分を探してほしくなかったそうだが、それでもこうして再会できた事には、満更でもない表情を浮かべていた。その上で分かった事だが、アジェンタを滅ぼしたのは他でもないアルドだそうだ。ずっとあの牢屋に閉じ籠っていたから分からなかったが、あの時外に出ていれば、もしかしたら彼ともっと早く再会出来たのだろうか。そう思うと、あの時の行動が悔やまれる。
「……お前は本当に分かりやすいな。別に悔やむ必要は無い、子供は皆殺しの方針を取っていたからな。むしろお前の決断は正しかったと言えるだろう」
 当たり前の様に心を読んでいるが、ダルノアはもう気にしない事にした。もう出会えないとすら思っていた彼と出会えた。その奇跡に感謝していれば、多少の不快感は気にならなかった。
「……私が、死んだかもしれないから?」
「かも、という言い方には語弊があるな。外に出ていればお前は間違いなく死んでいた。お前の決断は誇るべきモノだ。私と少し会えなかったからって、帳消しにされるようなそんなチンケな決断じゃない」
 誰がどの辺りで戦っていたかは分からないが、良くも悪くもナイツは命令に忠実だ。どんな事情があれ視界に入った子供おとなは皆殺し。本人はまるで自覚していないが、彼女は九死に一生を得たのだ。
「それで……どうして私に会いたかったんだ? 牢屋内であんな目にも遭ったんだし、よもや好きになったという事ではあるまい。何か用があるんだろ」
「ある事はあるんですが、その……お礼、を言いたくて」
「お礼? ……何かしたか、私」
 本当に思い当たらないかのように、アルドは虚空を見据えながら思案する。五分程経過しても何も得られなかったようで「何をしたんだ?」と尋ねてきた。
「―――守ってくれて、有難うございました。最初は全然、楽しくも何ともなかったんですけど、アルドさんが居てくれたおかげで、凄く楽しかったです」
 彼が居たからこそ自分は生きているようなモノ。国が滅んでも彼にお礼を言いたいという理由が自分を生かしてくれていた。好意とかそういう事ではなく、そのままの意味で。アルドは自分にとって、生きる意味になっていたのだ。
「排泄場所での事も、アルドさんが助けてくれなかったらきっと……本当に、感謝してもしたりません」
「気にする必要はない。一般的常識を持ち合わせていて、且つ本能より理性が強い男性であれば誰でもする当たり前の事だ。感謝する必要は無いし、それに不足を感じる必要も無い……しかしまあ、それでも感謝を感じてくれているというのであれば、お前には五大陸から出て行ってもらいたいものだ」
「五大陸から出て…………え?」
 あまりにも唐突な発言に理解が追いつかなかった。
「流石に言い方が不味かったな。さっきも語った通り、アジェンタを滅ぼしたのは私だ。そして、他の四大陸―――リスドはもう既にやったが―――にも同じ事をするつもりだ。どうしてか、とは聞くなよ。出来る事ならお前を巻き込みたくは無いからな」
 まあそれでも、彼女が五大陸の何れかに飽くまで執着するのであれば、容赦なく斬殺するのだが。勘違いしてもらっては困るが、これは只のお願いに過ぎない。『彼女が死にたくないだろうから』提案をしたのであって、『自分が彼女を殺したくないから』提案した訳では無い。
 偽物ほんものとはいえ、アルドは自分の妹を斬り殺したのだ。今さら誰かを殺したくないという思いが沸いてくる訳が無い。妹は……イティスは自分にとって、最も殺したくなかった人間なのだから。
「五大陸から出ていくって……私は何処に行けばいいんですか?」
「ジバル、という国がある。もしお前が死にたくないのであれば、そっちに行け。案内まではしてやる。ついでにそっちでの住処も提供しよう」
 仮に彼女が拒否するのであれば、それはそれで構わない。前述したようにこれは彼女を巻き込みたくない、死にたくないだろうからという思いから来た提案。決して殺したくない訳では無いし、殺せない訳では無い。
「ジバルって国の事は良く分からないんですけど……狙わないんですか、そっちは」
「狙わない、というより狙う意味が無いな。私は飽くまで五大陸を狙っている。ジバルはジバルでまた別の国、それも幻の国だ。五大陸の一つではない上に、あちらはあちらで別の勢力が存在する。狙うだけ面倒だ」
 そういう訳で、ダルノアがジバルに移動してくれるというのであれば、彼女を狙う理由が無くなる。五大陸の何れかに存在すればそれだけで狙う理由にはなり得る(何度も言うが、自分の保護下に入れる気は無い。流石にエルアだけで手一杯である)が、逆に言えばそれさえ無くなってしまえば理由を付けようにも付けられなくなる。
「今、答えを出す必要は無い。幾ら私でも知らない事情はあるからな。何か清算したい事があるならそれを優先すると良い。今の私達には時間が幾らでもある、丁度お前と出会った時と同じくらいな……そうだろう?」














 




 

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