ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

約束された勝利

 隻腕のモノと戦うのは、実は初めてだったりする。というのも、通常隻腕になれば人は戦線から退き、隠居してしまう。己の全力が出せない事に絶望してしまい、気力そのものを失ってしまうからだ。それでも尚戦い続ける人間も少なからず存在するが、そんな人間は少数も少数。更に言えば、それはとても非常識的で異常な行動である。そんな人間が居るとすれば、それはアルドの様に戦いの中でしか意義を見つけられないか、単純に戦いという行為に憑りつかれているか。どちらかであろう。ツェートは違うが。
 ツェートの剣戟は以前より格段に鋭くなっていた。何らかの技術を併用している影響か、視界外に飛ぶ能力はどんな場所にも飛べる能力へと変化してしまった。これでは彼の動きを見極めようにも見極められないし、独学で動きを学んだと思われる体には何の法則性も見当たらない。当然ながら彼のこれは特殊体質なので、アルドの持つ戦いの経験にもこのような輩との記憶は無いのだが、それでもツェートの攻撃が一発でも当たるような事は無かった。掠る事さえあり得なかった。斜めに振り下ろされる剣。それを躱せば刃を返して薙ぎ払う。それすらも躱せば突きへと移行して、それを往なして首を軽く払ってやれば、ツェートは大袈裟に飛んで回避をする。
 ……そう。あまりにも読みやすいのだ。隻腕であるが故に重心の制御は難しくなる。剣を振ろうにも不釣り合いな体ではかつてのような振り方をしても満足できる斬撃は放てない。そうと分かれば自然に振りは大振りになり、肩の動きも露骨になっていく。確かにツェートの剣戟は以前よりも格段に鋭くなった。今の所は適当に攻撃をしているだけだが、防御も以前と比べれば固くなった。
 しかし以前と比べるまでもなく、格段に弱くなっていた。
 それが彼の戦いの代償とはいえ、それを理由に鍛錬を怠るなんて失望もいい所だ。自分を超えようと志す者とは思えないほどに愚か、あまりに滑稽。一体どんな旅路を歩んできたかは分からないが、それが相当温い旅路であった事は想像に難くない。自分と別れてから、一体何をしていたのだろう。
 そう思ったら、段々腹が立ってきた。手加減はしないと言ったが、本当に手加減をやめれば一瞬で決着が付くために最初くらいはしてやろうかとも思ったが……気分が変わった。
 アルドはわざとツェートの刃に斬撃を合わせて、真正面から彼の斬撃を押し潰した。ツェートの体が吹き飛んで、壁に激突。罅こそ入らないまでも、ツェートの背中には相当の負担が掛かっただろう。
「……剣を交えて分かる事もあるのだな」
「ッ……何だ? 俺が前より強くなってるって事か?」
「弱くなっているという事に決まっているだろうが、大バカ者。お前が今までどんな修行をしていたのか、どんな敵と戦っていたのか知らないが。鍛錬不足も甚だしいな」
 その言葉に煽られて……刹那。ツェートの姿が眼前から消え去った。しかし安心してほしい。彼の出現する場所何てたかが知れている。足元に剣を突き立てると、鋼が叩きつけられたような大きな手応え。余裕をもってそちらを見ると、足の腱を斬ろうとしていたツェートの姿がある。かなり無茶苦茶な体勢で剣を振っており、防御してもしていなくても足は大して斬れなかっただろう。それを認識した瞬間に再び彼の姿が消える―――どうやら学習していないらしい。ため息混じりにアルドは剣先を脇の下に通すように構えて一回転。背後に飛んでいたツェートを巻き込んで海の外へと吹き飛ばした。防御は間に合っても、空中に居る以上その衝撃は殺しようが無い。能力で帰ってくる事は最早確実として、どうしても彼の実力の低下に肩を落とさずには居られない。
「隻腕になっても尚戦うというのなら、お前はもう少し鍛錬を重ねるべきだな。あまりにも経験が違い過ぎる。これでは手加減をやめた瞬間、一瞬で勝負が決着してしまいそうだな―――あまり私を失望させるなツェート。私はお前に期待をしていたんだぞ? これではネセシドとの戦いの時と何も変わらない。お前は今も昔もずっと―――」
 アルドは真上から急襲してきた剣先を握りしめて、
「弱いッ!」
 甲板へと叩きつけてやった。それを握りしめる所有者ごと。一切の手加減をやめて。
「ガハッ……」
 流石はカシルマの船だ。人を叩きつけた程度では壊れない。
「私の事を英雄と知ったからか? 百万人を相手に一人で戦って勝利したからか? お前の剣には恐れがある。こんな奴に勝てる訳が無いという諦めがある。なあ、何故諦めるんだ? 私が『勝利』だからか? 嘘や出鱈目と言われてもおかしくない程の功績を残したからか? それがどうしたって言うんだよ、私が英雄だとしても、私が地上最強だったとしても、お前がツェート・ロッタである事に変わりはない。一つだけ良い事を教えてやるから胸に刻んでおけ。どれだけ勢力的に不利だとしても、どれだけ経験的に不利だとしても、対等の勝負を挑んではいけない理由にはならない。相手が誰であろうとも諦める必要は何処にもない。諦める意味は無い。お前には戦う権利がある。勝利する権利がある。相手が百万の軍勢であれ、地上最強と謳われた『勝利』であれ、それは変わらない。初めから勝負を諦めるなんて卑怯にも程があるだろう……ツェート・ロッタ。立て。立って戦え。まだこの戦いは終わっていない。お前にその意思がある限り、この戦いは終わらない。私を超えたいと思うのなら、それくらいの思いで掛かって来い。死に物狂いで勝利を掴まなければ、私からヴァジュラを奪い取る事は出来ないぞ! お前が自分の恋を叶えたいというのであれば、自らの思いを、自らの口で、自らの想い人に伝えたいというのであれば! 恐れなど捨てておけ!」
 言い終わると同時に、アルドはその首筋に死剣を突き立てた。避けられなかったのであればこれまでだ。ツェートの覚悟はその程度だった、自分を超えたいと思う願いも、所詮は空虚なモノでしか無かったという事だ。
「…………さっきから言いたい事ばっか言いやがって。人の気持ちも知らないで、偉そうに。ふざけてんじゃねえよ」
 黒い殺意を帯びた低い声。アルドはゆっくりと振り返る。再び剣を構えるが、もうその目に恐れは宿っていなかった。
「―――そうだ。私はそれが見たかった。お前の必死な姿が見たかった」
「ふざけてんな、やっぱ。何でヴァジュラさんみたいな美人がアンタなんかに惚れたのか、俺には到底理解出来んね」
 いよいよ『アンタ』と呼ばれてしまったか。少しだけ悲しみを感じたが、それでも喜びの方が大きかった。自分を本気で殺しに来てくれる存在が、ここに生まれた。それが嬉しかった。
「そうだな、私にも分からない。こんな醜い火傷痕を持つ男の何に惚れたのかなんて分かる訳が無い。私は只、命を懸けただけだからな。しかし……今はそんな事、どうでもいいだろう。私より弱いモノにヴァジュラを渡すつもりは無い―――『俺』の命より大事な彼女を、渡す訳が無い」
「命を懸けたなんて、言葉だけだろ。そんなありふれた台詞、誰が信じるんだよ」
「信じるか信じないかはどうでもいい筈だ。これは俺が俺に立てた俺との誓い。ありふれていたとしても、そんな事は知った事ではない。言いたい奴には言わせておけばいい。俺は至って―――本気だ」
 先に一歩を踏み出したのはアルドだった。神速を超える斬撃がツェートの胴体へと放たれ、その身を分かたんと襲い掛かる。手加減をやめた本気の剣閃。ツェートに見える道理は無く、凶刃はその体を無常に引き裂いていく。そのビジョンは、彼が予備動作なしに防御をするまでは、完璧だった。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ゥンッ!」
 受け処は完璧だったが、それでもアルドの膂力には勝てなかった。船の手すりを壊しながら、再びツェートは大海の中へと沈んでいく―――後ろか!
 アルドが振り返りざまに放った一撃は、背後に回っていたツェートの攻撃と全く同じタイミングで放たれていた。
 しかしツェートの武器がアルドを突き立てられたのも(心臓は真理剣によって守られているため、貫かれなかった)、それと全く同じタイミングだった。
―――何が起きた?
 痛みなど気にしている場合ではない。身を翻すと同時に後退すると、海水で全身を濡らした様子のツェートが、息も絶え絶えに武器を構えていた。先程と違っている点は……言わなくとも明らかだった。
「…………面白いな」
 ツェートの全身には、謎の印が刻まれていた。海に落ちている間に刻んだのだろうか、だとするならば先程の攻撃は、あの印の効果に因るモノだと推測できるが。
 何にしてもまだ駄目だ。最初こそ通用しても、それは二度目が通用する道理にはならない。ツェートが何らかの手段で分身をするというのであれば、こちらはより客観的にツェートを見据えるまで。
 かつて魔人と戦った時も、そうしてきたのだ。たかだか一人が数人に増える程度の一発芸で、自分は倒せない。
 その時、船内の方で扉が開く音を聞いた気がした。恐らくは気のせいだろうが、もしも彼女がこの戦いを見てしまった時、彼女はどう思うだろうか。






 命を懸けた斬り合いを、心の底から楽しむ自分を。







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