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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

海を越えて

 遥か彼方に見える大陸。相も変わらず人が居て、相も変わらず賑やかだ。しかし、以前訪れた時とは様子が確かに違っていた。
 帽子? 腰巻? 見る限り普通の人間だ、だが……どうしてか気になってしまう。まるで見られてはいけないモノを隠しているような―――そんな気がする。
「船長! 何か見えたんですかいッ」
「……ああ! 恐らくはリスド大陸だが、何だか面白いモノが見られそうだ! 野郎共、舵を取れ。目指すは五大陸が一つ。リスド大陸だァッ!」






 食事を終えた後、アルドはツェートと共にリスド大帝国を訪れていた。オールワークは今回、二人に料理を教えるという事で、付いては来なかった。料理を教えてもらう二人もそういう訳で大聖堂に残っている。『じっくりと仕込みたいので最低でも二か月は帰ってこないでください』とも言われたが、流石に冗談だろう、冗談と信じたい。二か月以内に帰ってきたら怒られる……とかは無いだろう。
「いやー! はー! ふうううううう!」
「お前は随分と調子が良いようだな」 
「当ったり前だよ! いつもいつもレンリーが隣に居たから気が休まらなかったんだ。流石にフォーナは今もいると思うけど……俺が大聖堂に戻るまで一切話しかけてくんなって言ったから、実質先生と二人きりだ。やっぱ男二人っていいよなー。気兼ねないというかさッ」
 気持ちは分かる。女性が面倒だという訳では無いが、やはり同性と一緒に居た方が気は楽だ。同性故に大体の気持ちは共感できるし―――あまり得意ではないが、女性が居る時には言い辛い、そっち方面の話も出来る。
 楽しいか楽しくないかは二の次として、自分も誰と居れば落ち着くと言えば、やはり男性だ。特にディナント。口数は少ないが、だからこそ落ち着く。互いに武人だからかもしれないが
「否定はしないさ。異性と居た方が落ち着くというモノも居るだろうが、私も同性と居た方が落ち着く類の人間だ。まあ……私だけに適用される事だが、ヴァジュラやフェリーテは例外的に落ち着くな」
「あー俺も分かるよ。フェリーテさんって静かな所とか似合いそうだもんな」
 ツェートには通じないが、個人的には風鈴の吊るされた縁側に彼女を座らせたい。そして隣に自分が座って、何を喋る事も無いまま花火を見上げていたい。
 ……まあ。その願いも、この戦いが終わらない限りは叶わないのだが。
「良く分かっているな。ヴァジュラはどんな所が似合うと思う?」
「んーヴァジュラさん? 川で水浴びしてる姿とかかなあ」
 あの殺人的なプロポーションのヴァジュラに水浴びをさせるか。彼が見たいのは恐らく、彼女の胸の谷間を抜けて流れる水滴や、濡れて肌に張り付く髪だろう。アジェンタから離れてかなりの期間が経った筈だが、どうも本質は変わっていないようだ。欲望に忠実すぎる。
「私は満月が見える日に山を登って、そこで彼女と月を見ていたいな。梟の鳴き声なんかがあってもいいかもしれない」
「フクロウ? 何だそれ」
「む、アジェンタには居なかったのか? ……まあ、機会があれば見せてやるさ。私は結構好きだ」
 やはり同性と居る方が気を遣わない。今の会話も、異性であればとてもとても話せた内容じゃない。『謠』は例外である。
 そんな事を話しながら、二人が街を歩いていると、港の方が何やら騒がしい事に気が付いた。港はいつもそれなりに賑わっているが、今回はそんな感じには見えなかった。一言で表せば―――恐慌、驚愕。まるで予想外の出来事が起きたかのようだった。
「ツェータ」
「言わなくてもいいぜ、準備は出来てる」
 両者が抜刀して港へ突っ込んだのは、殆ど同時だった。






「いやー! リスドも大概美人が多いねえ。人間じゃなくて魔人ってのもまた良い。どう、君? 俺の女にならないか?」
 顎を持ち上げられた女性は、全身を強張らせながらも首を振った。その行為自体、相当勇気のある行為である事は想像に難くない。背中に二本の大剣を交差させている男相手に、よく拒絶の意思を示せたモノだ。
「い、いやその……!」
「ん、もしかして脈ありッ? かはー! モテる男は辛いねえ。なあお前らァ!」
「そりゃいいんですが、船長! 物資は略奪しないんですかい。見る限り衛兵も居なさそうだし、こりゃチャンスだと思いますけどねえ」
「それと女もな……ケヒヒ」
 男の背後に控えている何百人もの部下の中から声が上がる。この街に居る魔人に戦闘能力は皆無であり、仮に今から襲撃された所で、誰一人として抵抗できるモノは居ないだろう。それは軽いノリの男も良く分かっていたが―――手を上げ、待ったを掛ける。
「女だったらあの子が居るだろう? まあ確かに巨乳の子も一人は欲しい所だけどな。だからそこに居るお嬢さんとか……お嬢さんとかあ! いやー何処を見ても美人、美人。人生って楽しいねー! もう女性全て俺の嫁でしょ? これはもう認めちゃっていいでしょ? ねえ―――」
「世界全ての女性を嫁にするのは勝手だが、流石に愛が枯渇する。やめておいた方が良いだろうな」
 その言葉に男が振り返った瞬間、視界に映ったのは傷の一つも見当たらない、不朽の刃だった。背後の船員には一切見えていなかった剣閃。危ないと叫んでも時既に遅し。最早どんな言葉を掛けた所で意味は無い。
 既に男は大剣を抜刀し、斬撃を防いでいるのだから。
「へえ……こんな重い斬撃は久々だッ―――なあ!」
 刃を押し返した勢いを殺さないで一回転。眼前の男を両断するつもりで薙ぐが、眼前の男は大剣の鎬に剣を振り下ろして力の向きを逸らし、地面にめり込んだ瞬間に足で踏みつけて大剣を固定した。人間一人の脚力などたかが知れている。男の足ごと持ち上げようと力を入れるが、どれだけ力を入れても大剣が持ち上がる事は無かった。
「もう一方の大剣も使ったらどうだッ!」
 大剣を気にしすぎて、全く男の方に注意を払っていなかった。鋭い前蹴りを顔に食らって後退。思わず大剣から手を放してしまう。
―――強え。
 あまりにも久しい強敵の出現。大剣も一本奪われて、更に先制攻撃を許してしまったともなれば劣勢も劣勢。勝ち目など殆ど皆無だが、それでも何故か興奮していた。こんな興奮、今まで味わった事なんて……
 男は背中からもう一本の大剣を抜刀してから、魔術を発動。地面にめり込んだ大剣を回収し、空いている方の手に装備する。
「大剣二刀流、という訳か」
 それはあり得ないとは言わないまでも、殆どの人間には出来ない芸当である。大剣の重量は推定馬二頭分。それを片手で、しかも二本持つ事がどれ程馬鹿げているかは喩えを出すまでもない。普通に無理だ。
「行くぞォッ!」
 男が大剣を構えて、一気に踏み込もうとした……刹那。




「―――ここまで大剣を軽々と振り回すなんてな。成長したなカシルマ。だが……」




 男は既に、男―――カシルマの眼前に移動していたのだから。十字を切る様に大剣を払って全力で後退するが、手応えらしい手応えは感じられなかった。守っていては勝てない。攻めた方がいいだろう。滑る体を無理やり大剣で無理やり止めて、カシルマは全力で駆け出した。重さで言えばこちらが勝っている。要は先に切り込んで相手の防御を切り崩せばいい。この二振りで崩せない防御は無い。眼前の男は構える事もしないまま余裕の表情でこちらを見据えていた。距離にして数十歩。まだ対応が間に合うと思っているのだろう。その油断が、自身の命運を決めたとも分からずに。
 カシルマの左足が踏み込まれると同時に、カシルマの体は一瞬にして消えた。速すぎて見えなかった訳ではない。その瞬間、文字通り本当に消えていたのだ。次にカシルマが現れたのは男の目の前。丁度大剣の重さが全て乗る距離だった。反応できたとしても間に合わない。こんな状況で間に合う防御では重さの乗った一撃を受け止める事は不可能だろう。
 カシルマの作戦は完璧だった。誤算だったのは、そいつはカシルマの事を知っていて。
「……遅いなッ」
 大剣が振り抜かれるよりも先に拳を放っていた事だろう。








 出会って早々、再会を懐かしむでもなく殴り付けてしまった。あの攻撃の唯一の突破方法だとはいえ、彼はフィージェントではない。流石にやり過ぎてしまった感は否めない。
「大丈夫だったか? こいつに変な事されてないよな?」
「え、ええ! 有難うございます、アルド様!」
 魔人の女性が深々と頭を下げるのを見て、アルドはすかさず手を振った。
「ああ、別にいい。今は玉座を降りているんだから、様なんて付ける必要はない。取り敢えず怪我が無くて何よりだよ」
 二、三回足蹴にしてみるが反応は無い。少々力を入れ過ぎてしまったようだ。見事に気絶してしまっている。
「何だよ先生ー。普通そこは弟子に見せ場を譲ってやるもんじゃないのかよ」
 背後では敵と戦えなかったツェートが不満を漏らして男を足蹴にしていた。師の背中を見て弟子は育つと言うが、気絶した人間を足蹴にする所まで真似する必要は全くない。直ぐにやめさせた。
「……こいつはお前が相手出来る奴ではない。かと言ってさっきの行いを見過ごす訳にも行かなかったのでな、許せ」
「相手出来ない? ……というか先生、こいつ知ってんのか?」
 今度は剣先で突っつき始めたので、直ぐにやめさせる。勘違いされては困るが、流石に剣先で突っつくなんて事は一度もしていない。
「―――ああ、勿論知っているとも。まさか海賊をやっているとは思わなかったがな。こいつの名はカシルマ。カシルマ・コースト。私を師と仰ぐ弟子の一人であり、魔力を一切受け付けない体質を持つ男だ」
 フィージェント以上に驚きだ。まさかこんな形で再会する事になるなんて。






 

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