ワルフラーン ~廃れし神話
無知は罪なり
「何だよとは……理解出来ない。それが主の師の過去。主の師がかつて見ていた光景だ」
「そういう事を言ってるんじゃねえよッ。こんな……こんな戦いがあっていい筈が無いだろ。こんな理不尽な―――なあ、本当にこんな事が、あったのか?」
「だからそう言っている。主の師は他の者とは明らかに次元の違う場数を踏んでいるのだ。それに従うナイツも相応の場数を踏んでいるのは至極当然の理であり、故に主が実力不足を気に病む必要は何処にもない」
一人ぼっちの戦争等、今となっては誰も経験出来ぬ事だからな、とフォクナは付け加えた。一人対百万。それがどれ程の規模だったかは想像すら出来ない。数人処か一対一ですら苦戦する自分には、到底辿り着ける境地ではないだろう。あれこそが『剣に全てを捧げた人生』の極致なのだろうか。
「……もしかして俺って、先生の事何も分かってなかったのか」
「もしかせずともそうだ。主の師の事を真に理解している者などごく少数、その上で彼を救える者は……ゼロなのだからな」
「ゼロ? ……ナイツの人達でも無理なのか? それにエルアやオールワークさんとか」
だからこそ、アルドはナイツを率いている筈だ。自分を理解し救ってくれるからこそ、大切にする。その道理は、決して間違っていない筈だ。
フォクナは小さく首を振った。
「主よ。『救う』とはどういう事かを考える事を推奨する。しかし、それがお節介である事も伝えておこう。主の師は唯一自分を救えたであろう機会を自ら捨てた。他でもない、ナイツの為に。そんな彼を無理やり救おうとするのは善意の押し付けに他ならない―――師に斬られたくなければ、それを忘れぬ事だ」
釘を刺すようにそう言うと、フォクナは再びその姿を空間に溶け込ませて、それきり黙り込んでしまった。名前を呼んでも返答は無かった。無視をするとは思えないので、恐らく厨房の方にでも向かったのだろう。
……善意の押し付け、か。
そんな事を言われてしまっては何をする気も起きないが、それでは自分はアルドに何を返せばいいのか。弟子として、自分は師匠に何をしてやればいいのか。
「……はあ。おいレンリー、エルア! 起きろ、朝だぞッ」
考えていても仕方がない。自分達も朝食に向かうとしよう。
「その後は……そうだな。毎年開催予定の祭りでも作りたい。やはり平和になったとは言っても、刺激は必要だ。退屈ではいけない。少子化問題も考えると、祭りは男女の恋を後押し出来るようなモノにもしていきたいな」
「男女の恋、ですか」
「勿論同性が集まっても楽しめるようなモノにはしていきたい。だが……何だ。内気で後もう一歩踏み出せない男性諸君も支援していきたいんだ。好きな女性と友人関係のまま終わるなんて嫌だろうから、私はその祭りで男性諸君を後押ししていきたい。受け身のままではいけない。たまには勇気を出して自分から行くべきだと……そう伝えたい」
恋愛下手をそのままにするのはいけない事だ。いつかきっと後悔する。だからメグナの時の様に、今度は自分が環境を整えて、そういう男達を支援していきたい。
恋愛について何も分からない自分だからこそ、そう思っている。
「成程。アルドがそれを言うと、説得力がありますね」
「嫌味なのか何なのか……まあ、そんな男性が居ないのであれば、私が如何に恋愛下手かというのを再確認する事になるが、多分居るだろう……居るよな?」
少しだけ不安になってきた。女性の事を考えすぎて自分の想いを伝えられない男性が居ない筈は無い。優しいと言えば聞こえは良いが、要は只の臆病者だ。臆病な魔人の一人や二人、絶対に居るだろう。むしろ居なくては困る。祭りの裏で『恋愛について何も分からない上、女性に想いを伝える事の出来ない男の会』を開いて、互いの傷を舐めあおうと思っているのに。
願いにも似たアルドの問いに、オールワークは含みのある笑みを浮かべた。
「さあ、どうでしょうね。民衆の性格を全て把握するような時間はございませんので」
「……知らないなら知らないと言ってくれてもいいんだが」
「その言い方には語弊があると考えたので」
「え」
「しかし、そこまで知らないと言ってほしいのでしたら、私はここで『知らない』と言わせて頂きます」
自分の話を聞くために席に着いていたオールワークが立ち上がった。逃げるように厨房を後にしようとしていたので、アルドは咄嗟に彼女の手を掴んで、引き留める。
「……いやー良く寝たよって―――オールワークさん? どっか行くのか?」
その直後だった。ツェートが厨房に足を踏み入れてきたのは。
何という不味い状況だろうか。何をするつもりもないとはいえ、女性の手を掴んでいる所を……それもエルアだったらそもそも不味い状況にはならないが、相手は侍女のオールワーク。それも昨夜一緒に寝た(それは決して劣情を含んだ悪意と煩悩の含まれる意味ではなく、本当に一緒に寝ただけだという事を理解してもらいたい)女性だ。何のつもりも無いと言っても、果たして信じてくれるかどうか。
あまりの動揺に手が強張ってしまうが、オールワークはそんな事は気にも留めないで、何事も無かったような顔を浮かべて言った。
「いえ。ツェート様御一行があまりにも遅かったので、起こしに向かおうかと思っただけです」
「ああ、そりゃ悪かったよ。で、何で手を掴まれて―――」
即座に手を離し、そっぽを向く。そして平静を保てる自信が無かったので、ついでに目を瞑って思考を洗浄する。昨日は何にも無かった。今日も何にも無い。そう、全く以て今日は綺麗な一日なのだ―――
「アルド、おはよう!」
「ん、ああお……はあああああああああッ!」
個人名を指定して呼ばれた事で、目を開いたのが運の尽きだった。視界に広がったのは顔。鼻先が触れ合いそうな程近寄ったエルアの顔だった。朝にも拘らず随分と元気そうである。ツェートでさえ言葉に少々眠気を感じさせるのに……確かにツェートはエルアよりは年上だが、そこまで年が離れているかというと……違う。
「……レンリーも、おはよう」
反射的に仰け反った事で椅子から転げ落ちてしまった。受け身も取れていないので普通に痛い。
「え、ええ、それはいいんだけど……大丈夫なの?」
「心配してくれるなんて珍しいな。しかし大丈夫だ。この程度の痛み、私からすれば何でもないさ」
大丈夫ではない。この程度の痛みでも、死に限りなく近い痛みを背負っている自分からすれば、致命傷である。レンリーすら心配してくれている所を見ると、恐らく大丈夫には見えないのだろうが。
「アルド、抱っこして!」
「抱っこ? ……ああ、分かった」
無念無想の境地に思考を消化させつつ立ち上がって、席に着く。本当は自分の隣の席に着いてくれれば良いのだが、彼女の笑顔を見ていると、断れなかった。
「ほら、乗れ」
膝の上を空けてやると、エルアは嬉しそうに跨って、背中に手を回してきた。重い。痛い。
「……そろそろ席に着いてくれると嬉しいのですが。朝食が冷めてしまいますので……それと、エルア様。エルア様が宜しければ、今日から料理をお教えしますが」
「え、本当ッ?」
「嘘は吐きません。直ぐに席に着いてください」
「はーい!」
助かった。エルアに抱き付かれた状態で食事を摂るなんて殆ど不可能な芸当なので、彼女には感謝しなければならないだろう。何となく服を整えて、首を回した。
「……どうかしましたか」
促されたにも拘らず、席に着いていない人間が居た。ツェートだ。普段がかなり素直なだけに、オールワークも困惑していた。
「うーん。いや、あのさあ……ちょっとオールワークさんに頼みたい事があるんだけどさあ」
「……ふむ。私の力が及ぶ限りであれば、大抵は受け付けますが」
その言葉を聞いても、ツェートは少しだけ恥ずかしそうに、口の中で言葉を転がしていた。やがて紡がれた言葉は、あまりにも予想外なモノだった。
「そういう事を言ってるんじゃねえよッ。こんな……こんな戦いがあっていい筈が無いだろ。こんな理不尽な―――なあ、本当にこんな事が、あったのか?」
「だからそう言っている。主の師は他の者とは明らかに次元の違う場数を踏んでいるのだ。それに従うナイツも相応の場数を踏んでいるのは至極当然の理であり、故に主が実力不足を気に病む必要は何処にもない」
一人ぼっちの戦争等、今となっては誰も経験出来ぬ事だからな、とフォクナは付け加えた。一人対百万。それがどれ程の規模だったかは想像すら出来ない。数人処か一対一ですら苦戦する自分には、到底辿り着ける境地ではないだろう。あれこそが『剣に全てを捧げた人生』の極致なのだろうか。
「……もしかして俺って、先生の事何も分かってなかったのか」
「もしかせずともそうだ。主の師の事を真に理解している者などごく少数、その上で彼を救える者は……ゼロなのだからな」
「ゼロ? ……ナイツの人達でも無理なのか? それにエルアやオールワークさんとか」
だからこそ、アルドはナイツを率いている筈だ。自分を理解し救ってくれるからこそ、大切にする。その道理は、決して間違っていない筈だ。
フォクナは小さく首を振った。
「主よ。『救う』とはどういう事かを考える事を推奨する。しかし、それがお節介である事も伝えておこう。主の師は唯一自分を救えたであろう機会を自ら捨てた。他でもない、ナイツの為に。そんな彼を無理やり救おうとするのは善意の押し付けに他ならない―――師に斬られたくなければ、それを忘れぬ事だ」
釘を刺すようにそう言うと、フォクナは再びその姿を空間に溶け込ませて、それきり黙り込んでしまった。名前を呼んでも返答は無かった。無視をするとは思えないので、恐らく厨房の方にでも向かったのだろう。
……善意の押し付け、か。
そんな事を言われてしまっては何をする気も起きないが、それでは自分はアルドに何を返せばいいのか。弟子として、自分は師匠に何をしてやればいいのか。
「……はあ。おいレンリー、エルア! 起きろ、朝だぞッ」
考えていても仕方がない。自分達も朝食に向かうとしよう。
「その後は……そうだな。毎年開催予定の祭りでも作りたい。やはり平和になったとは言っても、刺激は必要だ。退屈ではいけない。少子化問題も考えると、祭りは男女の恋を後押し出来るようなモノにもしていきたいな」
「男女の恋、ですか」
「勿論同性が集まっても楽しめるようなモノにはしていきたい。だが……何だ。内気で後もう一歩踏み出せない男性諸君も支援していきたいんだ。好きな女性と友人関係のまま終わるなんて嫌だろうから、私はその祭りで男性諸君を後押ししていきたい。受け身のままではいけない。たまには勇気を出して自分から行くべきだと……そう伝えたい」
恋愛下手をそのままにするのはいけない事だ。いつかきっと後悔する。だからメグナの時の様に、今度は自分が環境を整えて、そういう男達を支援していきたい。
恋愛について何も分からない自分だからこそ、そう思っている。
「成程。アルドがそれを言うと、説得力がありますね」
「嫌味なのか何なのか……まあ、そんな男性が居ないのであれば、私が如何に恋愛下手かというのを再確認する事になるが、多分居るだろう……居るよな?」
少しだけ不安になってきた。女性の事を考えすぎて自分の想いを伝えられない男性が居ない筈は無い。優しいと言えば聞こえは良いが、要は只の臆病者だ。臆病な魔人の一人や二人、絶対に居るだろう。むしろ居なくては困る。祭りの裏で『恋愛について何も分からない上、女性に想いを伝える事の出来ない男の会』を開いて、互いの傷を舐めあおうと思っているのに。
願いにも似たアルドの問いに、オールワークは含みのある笑みを浮かべた。
「さあ、どうでしょうね。民衆の性格を全て把握するような時間はございませんので」
「……知らないなら知らないと言ってくれてもいいんだが」
「その言い方には語弊があると考えたので」
「え」
「しかし、そこまで知らないと言ってほしいのでしたら、私はここで『知らない』と言わせて頂きます」
自分の話を聞くために席に着いていたオールワークが立ち上がった。逃げるように厨房を後にしようとしていたので、アルドは咄嗟に彼女の手を掴んで、引き留める。
「……いやー良く寝たよって―――オールワークさん? どっか行くのか?」
その直後だった。ツェートが厨房に足を踏み入れてきたのは。
何という不味い状況だろうか。何をするつもりもないとはいえ、女性の手を掴んでいる所を……それもエルアだったらそもそも不味い状況にはならないが、相手は侍女のオールワーク。それも昨夜一緒に寝た(それは決して劣情を含んだ悪意と煩悩の含まれる意味ではなく、本当に一緒に寝ただけだという事を理解してもらいたい)女性だ。何のつもりも無いと言っても、果たして信じてくれるかどうか。
あまりの動揺に手が強張ってしまうが、オールワークはそんな事は気にも留めないで、何事も無かったような顔を浮かべて言った。
「いえ。ツェート様御一行があまりにも遅かったので、起こしに向かおうかと思っただけです」
「ああ、そりゃ悪かったよ。で、何で手を掴まれて―――」
即座に手を離し、そっぽを向く。そして平静を保てる自信が無かったので、ついでに目を瞑って思考を洗浄する。昨日は何にも無かった。今日も何にも無い。そう、全く以て今日は綺麗な一日なのだ―――
「アルド、おはよう!」
「ん、ああお……はあああああああああッ!」
個人名を指定して呼ばれた事で、目を開いたのが運の尽きだった。視界に広がったのは顔。鼻先が触れ合いそうな程近寄ったエルアの顔だった。朝にも拘らず随分と元気そうである。ツェートでさえ言葉に少々眠気を感じさせるのに……確かにツェートはエルアよりは年上だが、そこまで年が離れているかというと……違う。
「……レンリーも、おはよう」
反射的に仰け反った事で椅子から転げ落ちてしまった。受け身も取れていないので普通に痛い。
「え、ええ、それはいいんだけど……大丈夫なの?」
「心配してくれるなんて珍しいな。しかし大丈夫だ。この程度の痛み、私からすれば何でもないさ」
大丈夫ではない。この程度の痛みでも、死に限りなく近い痛みを背負っている自分からすれば、致命傷である。レンリーすら心配してくれている所を見ると、恐らく大丈夫には見えないのだろうが。
「アルド、抱っこして!」
「抱っこ? ……ああ、分かった」
無念無想の境地に思考を消化させつつ立ち上がって、席に着く。本当は自分の隣の席に着いてくれれば良いのだが、彼女の笑顔を見ていると、断れなかった。
「ほら、乗れ」
膝の上を空けてやると、エルアは嬉しそうに跨って、背中に手を回してきた。重い。痛い。
「……そろそろ席に着いてくれると嬉しいのですが。朝食が冷めてしまいますので……それと、エルア様。エルア様が宜しければ、今日から料理をお教えしますが」
「え、本当ッ?」
「嘘は吐きません。直ぐに席に着いてください」
「はーい!」
助かった。エルアに抱き付かれた状態で食事を摂るなんて殆ど不可能な芸当なので、彼女には感謝しなければならないだろう。何となく服を整えて、首を回した。
「……どうかしましたか」
促されたにも拘らず、席に着いていない人間が居た。ツェートだ。普段がかなり素直なだけに、オールワークも困惑していた。
「うーん。いや、あのさあ……ちょっとオールワークさんに頼みたい事があるんだけどさあ」
「……ふむ。私の力が及ぶ限りであれば、大抵は受け付けますが」
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