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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

あるべき過去

 …………暑い。
 砂漠のど真ん中に位置する建物に居るとはいえ、この暑さは何かが違う気がする。纏わりついているというか、密着しているというか。砂漠の焼け付くような暑さとは、とにかく何かが違っていた。
「…………ぅ、ん…………?」
 この暑さの正体には覚えがある。あれは師匠アルドに弟子入りしたての頃だった。より正確に言えば、ネセシドとの決戦前夜。ヴァジュラの隣で寝た時だ。あの時は別に体を密着させていた訳では無いが、自分の足に彼女の尻尾が伸びていたので、存分にその柔らかさ、温かさを堪能させてもらった。あの時は大変楽しませてもらったが、この暑さはその時感じた感覚に似ている―――
「ん―――うおああああああ!」
 似ているだけで、全く同じという訳では無い。僅かに覚醒した意識が視界を開くと、目の前に居たのはエルアだった。丁度レンリーとの間に割り込むように入っており、その体勢は心なしか窮屈そうだ。
端に居た自分が驚いてベッドから転げ落ちてしまったので、その体勢も直ぐに広がったのだが。
「な、な、な……何でエルアがここに……」
 そこまで言って思い出した。確かアルドとオールワークが一緒に寝ているのを発見して、それで寝る場所が無いって話になって……完全に思い出した。エルアが最初からあんな場所に居たかは疑問だが、きっと眠っている内に移動してしまったのだろう。そうに違いない。そう納得して一人頷くツェートは、傍から見ればとても間抜けに見えただろう。
「起きたか、主よ」
「その声は……フォーナ。お前は寝てないのか?」
「私は監視者である故、この身に休息は必要なし。気にせずとも、体調に変化は無い」
 眠りを必要としない人間は居ないので、フォーナは見栄を張っているのだろう。主の手前、強く在ろうとしているのだ。その辺りを追及してやりたいが、その姿は自分を以てしても見えないので、フォーナが寝ていようと寝ていまいと自分には分からない。寝ていたとしても「寝ていない」と言われればそれまでである。見えないという特性は、何と厄介な事か。せめて全身黒ずくめでもいいから姿を現してくれればいいのに、こいつは一向に姿を現そうとしない。
「―――なあフォーナ。俺は先生に追いつけるって思うか?」
「……藪から棒に、とはこの事か。どうしてそんな事を尋ねる」
 そんな事を聞かれても理由は自分でも分からない。分かっている事は、自分はまだまだアルドの足元にも及んでいないという事。片腕を失っているからなんて言い訳にはならない。アルドも魔力が無いのだから。
「いや、悪魔との戦いをやって思ったんだよ。強くなった方だとは思ったけど、それでもナイツ……どころかオールワークさんにも及んでない事がさ。あの時は協力体制が敷かれてたから何とかなったけど、俺一人だったら絶対……負けたんだろうなって」
「超常の存在に容易に勝てるのであればそれは人間ではない。英雄というモノだ。私の見る限り、カテドラル・ナイツとやらも主の師も、相当の修羅場を潜ってきたのだろう。たかだか数年程度しか旅をしていない主が追いつけぬは当然の道理。そう気に病む必要はない」
 気に病む必要は無くても、それでもやはり気になってしまう。強者との強さの乖離。役に立ちたいと思う反面、足手まといになるのではないかという不安。それらは簡単に拭えるようなモノではなく、ツェートの表情は特に変わらなかった。
「―――アルド・クウィンツ」
「……え?」
 フォーナは、少しだけ逡巡しつつも、言葉を続ける。
「百万を超える魔人をたった一人で抑え込んだ……言い換えれば、突破した英雄。それが主の師の正体だ」
 ……え。
 突如告げられた真実味のない言葉に、ツェートは訝る様に語調を強めた。
「百万を……? 出鱈目な事を言うなよ、ありえないだろそんなのッ」
 そう、ありえない。たった一人の人間にそんな事が出来る筈が無い。何の才能も血統も無い人間に、そんな事が出来ていい訳が無い。それでも、確かに彼はやり遂げた。生きたいという思いと、死ぬ訳には行かないという執念の二つだけで。
「……事実だ。何らかの特性で記憶は失われているが、主の師は確かにアルド・クウィンツ本人。国の兵力が全て防戦に回る中、たった一人攻める事を決めた英雄……主や私とは、明らかに次元の違う場数を踏んでいる」
「それは……あれだろ。大袈裟に語ったんだよ、吟遊詩人なんかがさ。幾ら先生でもそんな数を相手にしてたら死んじゃうし―――」
「……主の師の過去だというのに、信じないと」
「そりゃ、あり得ないしな」
 正面の空間が歪み、人形を作り出す。それはやがて黒いローブを形成し、フォクナという人物を形成した。脈絡もなく姿を晒す人物に、ツェートは少しだけ驚いた。完全にフォクナの姿が形成されると、フォクナは頭部を隠すフードを脱いで、音もなくこちらに近寄ってきた。
「な、なんだよ」
「頭を借りる。もっと寄ってほしい」
 何をする気かは分からないが、話の流れを考慮すると、アルドが百万人を一人で抑え込んだという証明だろうか。しかし何をされても自分は絶対に信じる事は無いだろう。だってあり得ない。十人、百人、千人とは訳が違うのだから。
「主よ。これがかつての師の姿だ……『記聖ヒュムネ』」
 フォクナの手が頭に乗せられた瞬間、ツェートの意識は遥か彼方へと飛んで行った―――












 休んでいる暇は無い。まだまだ敵は居る。魔王も生きている。自分が戦わなければ人類は滅びの一途を辿る事になってしまう。自分は騎士として、それだけは避けなければならない。
「はあ…………はあ…………………ハアッ!」
 剣を振るう。一人倒れた。また一人出てきた。振るった。倒れた。繰り返す。
 背中に仲間は居ない。何処を向いても魔人、魔人、魔人。自分が倒すべき敵が自分を囲んでいるのだ。隙は一切見せられない。休息は一切与えられない。喉の渇きは返り血で凌ぎ、空腹は精神を研ぎ澄まして忘れるしかない。とにかく自分が戦わなければ、この国は―――人類は死んでしまう。自分一人の犠牲でこの世界が救われるのであれば、自分は喜んでこの身を差し出そう。膝が震えようとも、手の筋肉が麻痺しても、この剣は手放さない。この身を鋼に貫かれても、この魂は屈さない。決して膝は突かない。何千何万何百万居ようとも関係ない。自分は戦わければならないのだ。その為に今までを生きてきた。その為に剣を振るってきた。英雄になる為に、最強になる為に。
 たとえこの戦いの果てに、救いを捨てたとしても、安息を捨てたとしても。自分は決して後悔はしない。只人類が幸せに過ごしてくれるのであれば、自分はそれで満足だ。
 イティスが笑って暮らしていけるような世界が作れたら……それで満足だ。
「はあ…………ウオアアアアアアアアアアア!」
 だから腕が捥げようと足が捥げようとも、たとえこの命が尽きようとも自分は絶対に諦めない。魔王を倒すその時まで、自分はこの魂を血で濯ぎ続けよう。




 いつかきっと、平和が訪れると信じて―――








 意識が現実に舞い戻っても、ツェートは言葉を発する事が出来なかった。その戦いはあまりにも無謀で、絶望的で……あり得なかった。本当にこんな事があったのかと、疑いたくなってしまうぐらい。
「な、何だよ……これ」

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