ワルフラーン ~廃れし神話
乙女の気持ち
「依頼通り、鼠は駆除したが、他に何か注文は?」
「……助かったよ。俺って鼠が苦手でさ……『猫』なのに、変だよな」
アルドは剣を鞘に納めて、自嘲気味に笑う青年に語り掛ける。
「お前が変ならば私も変だろうな。人間でありながら魔人に嫌悪感を抱かないなんて……まあ、変だからこそ私は、お前達の側に居る訳だがな……だから、変でもいいんじゃないか? お前達は変な私を頼ってくれた変な奴等だ。変ってのは唯一性があるからこそ成り立つ言葉であって、それが崩れれば変とは言えなくなる。もっと自信を持ってもいいと思うぞ、男が強くある必要は、無いんだからな」
「最強の男が言っちゃダメだろ、それ」
「……私が強かったら、『皇』を失う事は無かっただろ? そういう事だ」
励ましていたつもりが、いつの間にか自嘲へと変化していた。アルドはそれに気づいて微笑むが、まさか自嘲返しをされているとは思わず、青年から励ましを返される事は無かった。
「じゃあ私はもう行くよ。何か用があれば大聖堂に直接来るか、ゼノンの所に行ってくれ」
依頼をこなし続けて一週間が経過した。時にはツェート達と、時には一人でこなしてきた訳だが、それでもあの疑問への答えは見つからない。この依頼が終わったらと何度後回しにした事か。まだ答えを出す必要はないと、何度目を背けた事か。
あれ以来、オールワークには特別な行動は見られなかった。いつも通り自分達の身の回りの世話をして、たまに談笑はするが、それでも仕事をして。あの事について言及はしていないが、言及をしようとするときっと話を逸らされるのでしないだけだ。仮に聞くとしたら話を絶対的に逸らされないような状況―――つまり以前の状況を再現してから。その状況が出来上がるまで、こちらも聞くつもりは無かった。
その心理を利用して、絶対的に二人きりにならないように動かれている気がするが、気のせいだろう。流石にそれは深読みだ、気にしてはいけない。しかし考えてみると、この一週間の間で彼女と二人きりだった時間は……あれ以来ゼロだ。余計とは言わないが、いつも誰かしらが加わっている。ツェート然り、エルア然り。空気を読むという高等技術をあの二人に教えるのはまだ早いので致し方ないが、これでは彼女にいつまで経っても問い質せない。
―――別にそれでもいいんじゃないか?
彼女はあれ以来何の行動も仕掛けてこない。つまり何の気もなかったのだ。あれは……そう、気のせい。きっと彼女がキスをしたと、アルドがそう思い込んだだけなのだ。あれは自分のイメージが作り出した幻想。オールワークにキスされたらいいなと考える自分の……そんな訳ないだろう。阿呆か。
大体キスというのは男の方から率先して行うモノである筈だ。決して受動的であっては……いや、アルドもキスの事を論じられる程経験や知識がある訳ではないのだが、とにかく。彼女があれ以上の行動を起こさない以上、こっちがその行動を突っつくのは逆に失礼なのではないのか。それだとまるで、自分が彼女の行動を意識しているみたいだし……
―――いや。現状維持は駄目だろう。
人間という種族を相手取った戦争も、いつかは終わりが来る。こんな戦争、いつまでも続けていられないだろう。それと同じ事で、現状維持はいけない。諸行無常という言葉に沿う事にはなるが、この状態も終わらせなくてはいけない。たとえ彼女があれ以来特別な行動を起こしていなかったとしても。
しかし、それで彼女を傷つけるような事があれば、自分はどうすればいいのだろうか。ありえないだろうが、限りなく可能性は低いとは思うが。彼女に泣かれてしまったらどうしようもない。やはり
この状況―――いや、しかし。
「……あれ、アルド様」
依頼のリストを見ながら歩いていたら、声を掛けられた。前方を見ると、胸に大量のパンを抱えたヴァジュラがこちらに駆け寄ってきた。パンの量は推定三十個。明らかに一人で食う量ではないが、まさか……いや、そんな筈は。
「それ、お前が一人で食べるのか?」
「え、いやいや。そんな訳ないじゃないですかッ。そんな訳ない……ですよね?」
「私に聞くな」
ナイツとは極力接触を断っているが、城下町に居るのでは完全に接触を断つのは不可能だ。こんな風に自然に遭遇してしまう事もあるが、それは仕方ない。声を掛けてきたのは彼女だし、無視をする訳にもいかないだろう。
「えっと、これはトゥイ―二―の買い出しに付き合った結果というか。何でこんなにパンが必要なのかは僕にも分からないんですけど」
ヴァジュラの許可を得て一つ手に取ってみると、何の変哲もないパンに思わず拍子抜けしてしまった。重さ、質量、大きさ。どれを取ってみても特筆すべきような事はない。
「一つくらいだったら、取ってもいいですけど」
「……ふむ、そうか? ここで会ったのも何かの縁だろうし、お前がそう言うなら貰っておくか」
どれを選んでも同じなので、現在手に持っているモノを貰う事にする。もしかしたら味に何かあるのかもしれないと思って齧ってみるが、やはり普通のパンだった。素材の甘さと共に、舌が妙に乾く。
何気なしにヴァジュラの方を見ると、彼女は自分のパン……正確には手元を見て、怪訝な表情を浮かべていた。
「どうした?」
「いや、その指輪……どうしたのかなって」
ヴァジュラが言っているのは、緑色の宝石が嵌め込まれた指輪の事だった。大きさもピッタリで完成度は高いが、どうにも手作り感が否めない。彼女の不安の交じった問いに答えるように、アルドは手を上げた。
「お前達を助けに戻る際、妹から貰った。長寿の願いが込められているそうだ」
「……妹さん、アルド様の事好きなんですね」
頬を緩めたのが悪かったかもしれない。ヴァジュラの表情は険しくなっていた。不安というより……嫉妬? そんな筈は無いか。イティスは妹、つまり家族だ。家族に対する愛に嫉妬する程、ヴァジュラは独占欲は強くない。気のせいだろう。
手を戻して、再びパンを齧る。深い意味は無いが、指輪は見えないように手で隠した。
「アイツには嘘も含めて迷惑を掛けたからな。指輪は少々大袈裟だと思うが、私はそれくらい心配されてもおかしくない事をしてしまった。好きかどうかはともかく、感謝しているよ」
「……そうですか。でもアルド様、気を付けた方がいいですよ。僕はアルド様の事、その……縛りたくないからあれだけど……オールワーク何かがそれを見たら、動揺しちゃうかも」
「オールワークだとッ。何か知ってるのか?」
彼女の肩を掴んで顔を近づけると、ヴァジュラは急いで首を振って距離を取った。
「知、知らないです! でも、その。オールワークは、アルド様をよく見てますから。指輪なんて作れるナイツは居ないし、アルド様も聞かれない限り言及しなさそうですから、勘違いされちゃうかもって―――」
「……それだ」
「え?」
残りのパンを口に押し込むと、身を翻して走り出す。咀嚼中なので言葉は交わせないが、背後には手で感謝の意を示しておいた。
「……助かったよ。俺って鼠が苦手でさ……『猫』なのに、変だよな」
アルドは剣を鞘に納めて、自嘲気味に笑う青年に語り掛ける。
「お前が変ならば私も変だろうな。人間でありながら魔人に嫌悪感を抱かないなんて……まあ、変だからこそ私は、お前達の側に居る訳だがな……だから、変でもいいんじゃないか? お前達は変な私を頼ってくれた変な奴等だ。変ってのは唯一性があるからこそ成り立つ言葉であって、それが崩れれば変とは言えなくなる。もっと自信を持ってもいいと思うぞ、男が強くある必要は、無いんだからな」
「最強の男が言っちゃダメだろ、それ」
「……私が強かったら、『皇』を失う事は無かっただろ? そういう事だ」
励ましていたつもりが、いつの間にか自嘲へと変化していた。アルドはそれに気づいて微笑むが、まさか自嘲返しをされているとは思わず、青年から励ましを返される事は無かった。
「じゃあ私はもう行くよ。何か用があれば大聖堂に直接来るか、ゼノンの所に行ってくれ」
依頼をこなし続けて一週間が経過した。時にはツェート達と、時には一人でこなしてきた訳だが、それでもあの疑問への答えは見つからない。この依頼が終わったらと何度後回しにした事か。まだ答えを出す必要はないと、何度目を背けた事か。
あれ以来、オールワークには特別な行動は見られなかった。いつも通り自分達の身の回りの世話をして、たまに談笑はするが、それでも仕事をして。あの事について言及はしていないが、言及をしようとするときっと話を逸らされるのでしないだけだ。仮に聞くとしたら話を絶対的に逸らされないような状況―――つまり以前の状況を再現してから。その状況が出来上がるまで、こちらも聞くつもりは無かった。
その心理を利用して、絶対的に二人きりにならないように動かれている気がするが、気のせいだろう。流石にそれは深読みだ、気にしてはいけない。しかし考えてみると、この一週間の間で彼女と二人きりだった時間は……あれ以来ゼロだ。余計とは言わないが、いつも誰かしらが加わっている。ツェート然り、エルア然り。空気を読むという高等技術をあの二人に教えるのはまだ早いので致し方ないが、これでは彼女にいつまで経っても問い質せない。
―――別にそれでもいいんじゃないか?
彼女はあれ以来何の行動も仕掛けてこない。つまり何の気もなかったのだ。あれは……そう、気のせい。きっと彼女がキスをしたと、アルドがそう思い込んだだけなのだ。あれは自分のイメージが作り出した幻想。オールワークにキスされたらいいなと考える自分の……そんな訳ないだろう。阿呆か。
大体キスというのは男の方から率先して行うモノである筈だ。決して受動的であっては……いや、アルドもキスの事を論じられる程経験や知識がある訳ではないのだが、とにかく。彼女があれ以上の行動を起こさない以上、こっちがその行動を突っつくのは逆に失礼なのではないのか。それだとまるで、自分が彼女の行動を意識しているみたいだし……
―――いや。現状維持は駄目だろう。
人間という種族を相手取った戦争も、いつかは終わりが来る。こんな戦争、いつまでも続けていられないだろう。それと同じ事で、現状維持はいけない。諸行無常という言葉に沿う事にはなるが、この状態も終わらせなくてはいけない。たとえ彼女があれ以来特別な行動を起こしていなかったとしても。
しかし、それで彼女を傷つけるような事があれば、自分はどうすればいいのだろうか。ありえないだろうが、限りなく可能性は低いとは思うが。彼女に泣かれてしまったらどうしようもない。やはり
この状況―――いや、しかし。
「……あれ、アルド様」
依頼のリストを見ながら歩いていたら、声を掛けられた。前方を見ると、胸に大量のパンを抱えたヴァジュラがこちらに駆け寄ってきた。パンの量は推定三十個。明らかに一人で食う量ではないが、まさか……いや、そんな筈は。
「それ、お前が一人で食べるのか?」
「え、いやいや。そんな訳ないじゃないですかッ。そんな訳ない……ですよね?」
「私に聞くな」
ナイツとは極力接触を断っているが、城下町に居るのでは完全に接触を断つのは不可能だ。こんな風に自然に遭遇してしまう事もあるが、それは仕方ない。声を掛けてきたのは彼女だし、無視をする訳にもいかないだろう。
「えっと、これはトゥイ―二―の買い出しに付き合った結果というか。何でこんなにパンが必要なのかは僕にも分からないんですけど」
ヴァジュラの許可を得て一つ手に取ってみると、何の変哲もないパンに思わず拍子抜けしてしまった。重さ、質量、大きさ。どれを取ってみても特筆すべきような事はない。
「一つくらいだったら、取ってもいいですけど」
「……ふむ、そうか? ここで会ったのも何かの縁だろうし、お前がそう言うなら貰っておくか」
どれを選んでも同じなので、現在手に持っているモノを貰う事にする。もしかしたら味に何かあるのかもしれないと思って齧ってみるが、やはり普通のパンだった。素材の甘さと共に、舌が妙に乾く。
何気なしにヴァジュラの方を見ると、彼女は自分のパン……正確には手元を見て、怪訝な表情を浮かべていた。
「どうした?」
「いや、その指輪……どうしたのかなって」
ヴァジュラが言っているのは、緑色の宝石が嵌め込まれた指輪の事だった。大きさもピッタリで完成度は高いが、どうにも手作り感が否めない。彼女の不安の交じった問いに答えるように、アルドは手を上げた。
「お前達を助けに戻る際、妹から貰った。長寿の願いが込められているそうだ」
「……妹さん、アルド様の事好きなんですね」
頬を緩めたのが悪かったかもしれない。ヴァジュラの表情は険しくなっていた。不安というより……嫉妬? そんな筈は無いか。イティスは妹、つまり家族だ。家族に対する愛に嫉妬する程、ヴァジュラは独占欲は強くない。気のせいだろう。
手を戻して、再びパンを齧る。深い意味は無いが、指輪は見えないように手で隠した。
「アイツには嘘も含めて迷惑を掛けたからな。指輪は少々大袈裟だと思うが、私はそれくらい心配されてもおかしくない事をしてしまった。好きかどうかはともかく、感謝しているよ」
「……そうですか。でもアルド様、気を付けた方がいいですよ。僕はアルド様の事、その……縛りたくないからあれだけど……オールワーク何かがそれを見たら、動揺しちゃうかも」
「オールワークだとッ。何か知ってるのか?」
彼女の肩を掴んで顔を近づけると、ヴァジュラは急いで首を振って距離を取った。
「知、知らないです! でも、その。オールワークは、アルド様をよく見てますから。指輪なんて作れるナイツは居ないし、アルド様も聞かれない限り言及しなさそうですから、勘違いされちゃうかもって―――」
「……それだ」
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