ワルフラーン ~廃れし神話
理想の風景
テーブルに並んだ数々の料理に、エルアは言葉を失っていた。それは今までこんな料理を食べた事が無かったからか、或いはオールワークがそれ程までに凄かったか。何にしてもこんな食事風景、幸せという他ないだろう。
「美味ッ! アジェンタでも食事したけど、こっちはそれ以上に美味いな。師匠の周りには料理上手な人が多いんだな」
「フェリーテやヴァジュラはともかくとして、彼女は侍女……身の回りの世話を得意としている者だ。料理が上手いのは当然だろう」
「一応申し上げておきますが、私はアルド様以外に仕える気は……」
「あー分かってる。アンタを引き込もうとは思ってないよ。ただ俺も、こういう奴が欲しいなって思っただけだ、出来れば男で。話しやすいからな」
本人の理想なので、アルドが口を出す気は無いが、そんな人間は中々いない。自ら好きで料理を行う男など……知り合いの限りでは存在しない。料理を作れるか否か、という点で言えばフィージェントは外せないが、あれは料理をするというよりそれこそ料理を『作る』タイプなので、彼の求めているタイプではないだろう。仮にフィージェントのようなタイプでも良かったとしても、フィージェントの方が人の下に付くようなタイプではないので、やはり相性は悪い。
ツェートはレンリーの方を一瞥。露骨に深いため息を吐いた。
「……な、何よ!」
「いや、お前は料理……出来ないからなあ。せめてお前が料理を作れていれば―――って思っただけだよ」
「え。つ、ツェートって、もしかしてこの人みたいに料理が出来る人の方がいいの?」
「そりゃあ、出来ないよりはな」
この後の展開は読めているので、口出しはしないでおこう。彼女がツェートに好かれようと努力をしている事は明白だし、それを邪魔する気にはなれない。意味もなく誰かの好意を、誰かの努力を踏み躙れる程、自分は畜生ではないのだ。ツェート自身はヴァジュラばかり見ているとはいえ、それでもレンリーの恋路を邪魔する道理にはならないだろう。
「エルア、味はどうだ?」
「え……お、美味しいよ! すっごく美味しい! オールワークって、料理がすっごく上手なんだね!」
ツェートの例に漏れず、エルアもまた敬語を使えない人物の一人だ。しかしツェートは大陸の特性から、エルアはずっとあの村に閉じこもっていたので、仕方ないのだが。
「宜しければ、エルア様にお教えしましょうか?」
「……いいのッ?」
「お望みなのであれば」
オールワークはニコッと微笑んで、頷いた。エルアが嬉しさのあまり立ち上がりそうになったので、無言で肩を抑えて座らせる。
「……良かったじゃないか、エルア。アイツは滅多に誰かに寄り添って教える事はしないんだぞ」
ついでに言うと、あれ程までに明確に笑う事も無い。彼女が何を思ってあんな笑顔を浮かべたかは定かではないが、少なくともアルドがその笑顔を見たのは―――リシャが生きていた頃以来である。彼女のあんな……屈託のない笑顔は。
「そういえば先生。これからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「ほら。あの村での一件は済んだんだから、引き続き内部の問題解決をしなきゃいけないんだろ? だから次はどうするのかなってさ」
どうする……そう尋ねられても、具体的な答えは示せそうにない。ゼノンから譲り受けたリストを見る限りでは、特にこれと言って緊急性のある依頼は無いし、むしろ解決してもしなくてもいいどうでもいい依頼ばかりだ。問題である事は確かだが、あまりにも細やかというか何というか。言い切れはしないが、こんな問題を解決した所で内部が安定化するとは―――
「アルド様。まさかとは思いますが、問題の大小で行動を決めていらっしゃるのでしょうか」
「それがどうかした―――」
彼女の方へ視線を投げた事を、アルドは激しく後悔した。視界には、瞳に怒りを宿した彼女が映っている。その怒りは自分にしか向けられていないようで、傍らのエルア、そしてツェート達は相変わらず楽しそうに食事を取っている。人見知りのエルアが、面識など無い筈のツェートと談笑している事からもその平和さが―――
ああ、分かっている。自分に向けられている感情から目を背けてはいけない。
「アルド様。問題の大小で行動する事は悪い事ではあるとは言いません。しかし、貴方様は魔王で居られるべき御方。であるならば『王』として、何をすればよろしいのか……考えるべきではありませんか?」
アルドはフォークを置いて、しっかりと彼女を見据えた。
「……『王』として、か」
「たとえどれ程些細な事であれ、民が困っているのは事実です。アルド様が真に『王』であるというのならば、民草の声は、一瞬たりとも聞き逃してはいけません。『王』とはある種の、代表者なのですから」
まさか侍女から『王』を説かれるとは思っていなかったが、彼女の言っている事に反論は出来ない。『王』は民を導くモノ。民を導くには、民の言葉を聞く事が大事だ。民の行き先に王は在り、民の望む先に王は向かうのだから。
それを踏まえた上で、改めてリストを見ると……やはり絞れそうにない。全ての依頼が重要に見えてくる。
取り合えず、レイプや殺しの依頼は重要どころか無視していいとして、それを外すと残りの依頼は……違法な取引の依頼も無視するとして……やるべき依頼…………………は………………
「―――アルド様。食事が済み次第、私の部屋へ来てください」
「…………………………………え。な、何故だ?」
ここまで間抜けな声で返してしまったのも久しぶりだ。彼女の呆れた様子を見る限り、どうやら自分の様子を見かねたらしい。確かにどの依頼からやるべきなのか迷っていたし、彼女の言いたい事も完全には理解出来ていなかったが。
「…………いや、やはり理由は言うな。聞くべきではない予感がした」
「美味ッ! アジェンタでも食事したけど、こっちはそれ以上に美味いな。師匠の周りには料理上手な人が多いんだな」
「フェリーテやヴァジュラはともかくとして、彼女は侍女……身の回りの世話を得意としている者だ。料理が上手いのは当然だろう」
「一応申し上げておきますが、私はアルド様以外に仕える気は……」
「あー分かってる。アンタを引き込もうとは思ってないよ。ただ俺も、こういう奴が欲しいなって思っただけだ、出来れば男で。話しやすいからな」
本人の理想なので、アルドが口を出す気は無いが、そんな人間は中々いない。自ら好きで料理を行う男など……知り合いの限りでは存在しない。料理を作れるか否か、という点で言えばフィージェントは外せないが、あれは料理をするというよりそれこそ料理を『作る』タイプなので、彼の求めているタイプではないだろう。仮にフィージェントのようなタイプでも良かったとしても、フィージェントの方が人の下に付くようなタイプではないので、やはり相性は悪い。
ツェートはレンリーの方を一瞥。露骨に深いため息を吐いた。
「……な、何よ!」
「いや、お前は料理……出来ないからなあ。せめてお前が料理を作れていれば―――って思っただけだよ」
「え。つ、ツェートって、もしかしてこの人みたいに料理が出来る人の方がいいの?」
「そりゃあ、出来ないよりはな」
この後の展開は読めているので、口出しはしないでおこう。彼女がツェートに好かれようと努力をしている事は明白だし、それを邪魔する気にはなれない。意味もなく誰かの好意を、誰かの努力を踏み躙れる程、自分は畜生ではないのだ。ツェート自身はヴァジュラばかり見ているとはいえ、それでもレンリーの恋路を邪魔する道理にはならないだろう。
「エルア、味はどうだ?」
「え……お、美味しいよ! すっごく美味しい! オールワークって、料理がすっごく上手なんだね!」
ツェートの例に漏れず、エルアもまた敬語を使えない人物の一人だ。しかしツェートは大陸の特性から、エルアはずっとあの村に閉じこもっていたので、仕方ないのだが。
「宜しければ、エルア様にお教えしましょうか?」
「……いいのッ?」
「お望みなのであれば」
オールワークはニコッと微笑んで、頷いた。エルアが嬉しさのあまり立ち上がりそうになったので、無言で肩を抑えて座らせる。
「……良かったじゃないか、エルア。アイツは滅多に誰かに寄り添って教える事はしないんだぞ」
ついでに言うと、あれ程までに明確に笑う事も無い。彼女が何を思ってあんな笑顔を浮かべたかは定かではないが、少なくともアルドがその笑顔を見たのは―――リシャが生きていた頃以来である。彼女のあんな……屈託のない笑顔は。
「そういえば先生。これからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「ほら。あの村での一件は済んだんだから、引き続き内部の問題解決をしなきゃいけないんだろ? だから次はどうするのかなってさ」
どうする……そう尋ねられても、具体的な答えは示せそうにない。ゼノンから譲り受けたリストを見る限りでは、特にこれと言って緊急性のある依頼は無いし、むしろ解決してもしなくてもいいどうでもいい依頼ばかりだ。問題である事は確かだが、あまりにも細やかというか何というか。言い切れはしないが、こんな問題を解決した所で内部が安定化するとは―――
「アルド様。まさかとは思いますが、問題の大小で行動を決めていらっしゃるのでしょうか」
「それがどうかした―――」
彼女の方へ視線を投げた事を、アルドは激しく後悔した。視界には、瞳に怒りを宿した彼女が映っている。その怒りは自分にしか向けられていないようで、傍らのエルア、そしてツェート達は相変わらず楽しそうに食事を取っている。人見知りのエルアが、面識など無い筈のツェートと談笑している事からもその平和さが―――
ああ、分かっている。自分に向けられている感情から目を背けてはいけない。
「アルド様。問題の大小で行動する事は悪い事ではあるとは言いません。しかし、貴方様は魔王で居られるべき御方。であるならば『王』として、何をすればよろしいのか……考えるべきではありませんか?」
アルドはフォークを置いて、しっかりと彼女を見据えた。
「……『王』として、か」
「たとえどれ程些細な事であれ、民が困っているのは事実です。アルド様が真に『王』であるというのならば、民草の声は、一瞬たりとも聞き逃してはいけません。『王』とはある種の、代表者なのですから」
まさか侍女から『王』を説かれるとは思っていなかったが、彼女の言っている事に反論は出来ない。『王』は民を導くモノ。民を導くには、民の言葉を聞く事が大事だ。民の行き先に王は在り、民の望む先に王は向かうのだから。
それを踏まえた上で、改めてリストを見ると……やはり絞れそうにない。全ての依頼が重要に見えてくる。
取り合えず、レイプや殺しの依頼は重要どころか無視していいとして、それを外すと残りの依頼は……違法な取引の依頼も無視するとして……やるべき依頼…………………は………………
「―――アルド様。食事が済み次第、私の部屋へ来てください」
「…………………………………え。な、何故だ?」
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