ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

知るも知らぬも愛の内

 『骸餓』の力は悪魔にすら通用する。あの悪魔がアルドを取り込んだとしてもそれは変わらない。アルドもこの力を解放した自分と戦い、その果てに勝利したのだ。決してその彼を取り込んだからと言って、この能力を簡単に突破出来る訳ではない。
 悪魔の言う通り、フェリーテが居なければ他の者は何も出来ずに殺されていただろう。彼らが戦っている今も、この世界では空間圧縮の権能が常時発動している。『骸餓』による対応をしていなければ、ナイツであろうとも死んでいた。この悪魔、口は大変生意気だが、実力は侮れるものではない。
 ツェートの一閃を白色の剣で受け流しつつ、背後から迫ってきていたフォクナへとぶつけて攻撃を相殺。即座に両断せんと剣を振り上げるも、その度にチロチンが割って入っては二人を救出。それによって作り上げられた隙をオールワークが突く。レンリーは自分の背後に隠れているが、この四人。まだ一時間も経っていないというのに、即興でやっているとは思えない程息の合った連携で、共通の敵を追い詰めていた。
 権能の食い合いで思うように力を振るえない以上は悪魔も人間とそう変わらない。担い手を失った事で輝きを失っている王剣も、そう怖いものではない。苦労なしに勝てると思っていた悪魔にとって、これ程の苦戦は予想外だっただろう。
「何故……何故この剣は私を認めないッ? 私はアルドを取り込み、担い手となった筈なのに!」
 オールワークの神速の突きに対応できている辺り、腐っても悪魔だ。今の彼女は怒っている。己の主を取り込まれた事に、道具扱いされている事に。悪魔もどうにか反撃を試みようとするが、剣術に関しては素人の悪魔にそんな隙が与えられる事は無い。急所への攻撃を外して防ぐので精一杯だ。
 王剣の特性が発揮できるのであればやりようはあったかもしれないが、あの剣の担い手は下等な悪魔ではなく、人間アルド。担い手以外の人間が使おうとすれば、あのように白く変色して機能を失ってしまう。
「俺を忘れんじゃねえよッ!」
 背後の気配に意識を取られてしまい、僅かだがオールワークの刺突への反応が遅れてしまった。実力者同士の戦いでは刹那の隙が命取り。今回もそれに漏れず、神速の刺突は吸い込まれるように悪魔の喉元へと放たれた。これを躱せば背後のツェートの攻撃が直撃。避けやすい攻撃だとしても彼の一閃が鋭い事には変わりなく、一太刀でも浴びせる事が出来れば悪魔だとしても致命傷は免れない。ツェートは隻腕である事が弱点だが、その弱点を守る様に動いているフォクナが居るのでは、悪魔としても攻めづらい事この上ない。一方で背後を気にすれば、もう喉元にまで迫ってきている刺突は確実に命中し、悪魔の喉元に穴を穿つだろう。フェリーテと権限の競り合いをしている以上その結果は覆しようがなく、治癒すらもままならない。
 息の合った連携よりも何よりも。悪魔にとって一番の癌はフェリーテなのだ。一度でも権能の食い合いに負ければそれこそ敗北は必至。今度こそ完全に存在を滅却された上で、事態を完全に解決されてしまう。だから権限の奪い合いは絶対に手を緩められない。だがそうしなければ……ジリ貧である事は明白。
 悪魔の思考は全て駄々洩れだ。読めない攻撃はなく、仮に奥の手を不意打ち気味に出したとしても、チロチンに伝えればそれで済む事。相性の問題もあって自分には弱いが、基本的にチロチンは防戦に関して言えば天才的だ。『隠世の扉』はあらゆる攻撃への回避手段になるし、『刻の調』は移動にも攻撃にも使える万能な切り札。この二つを併用しているチロチンに攻撃を当てる為には、何かしら特殊な手段を用意しないといけない。そしてそれは、フェリーテと権能を食い合っている以上悪魔には用意できないものだった。
 悪魔はすぐそこまで迫っていた刺突を手で掴み、力の流れを強引に変えて背後から来たる刃へと重ねた。二人の武器がぶつかって重なる。思ったよりツェートの力が強かったのか、オールワークの体勢が少しだけ崩れた。
―――貰った。
 王剣の特性を失ったとしても、剣としての特性が消えた訳ではない。それにオールワークが消えればこの連携は途端に崩れて弱体化する。悪魔の戦略は正しいものだ。斬るのではなく刺す事にしたのも、隙を最大限減らして抵抗の暇を与えない為だろう。その戦略に隙は何処にもない。隙があるとすれば、それは戦略の内側ではなく外側。
 重なった武器を足場に、黒い物体が悪魔の首へと飛びかかってきた。フォクナだ。自身の両足を起用に使い、悪魔の首を締め上げる。
「なッ……貴様―――ぐッ!」
 自身の首に絡みついている足を引き剥がさんと抵抗するが、フォクナの足はまるで最初から体の一部だったかのように吸い付いて離れない。
「今だ―――!」
 その言葉と同時に、ツェートとオールワークの斬撃が悪魔を切り裂いた。無茶な話だが、悪魔はフォクナを無視してオールワークを狙うべきだった。チロチンも介入するべきかと悩んでいたのだ、そうしていれば少なくとも彼女だけは殺せた。だが悪魔は己の命を優先してしまった。権能の食い合いは未だ続いているから、自己保存の権能が使えないのだ。恐怖を感じない筈の悪魔が、己の存在の消滅を恐れたのだ。
―――チロチン。あの三人を保護して退避せい。
 そう伝えたのと、悪魔がフォクナの足を握り潰そうとしたのはほぼ同時だった。期待通りチロチンが三人を回収してくれたが、後少しでも遅れていれば恐らくは……悪魔の狙い通りの事が起きていただろう。
「……あまり俺を怒らせるな。自己保存の権能が使えなくともな―――ふん。貴様ら……こいつがどうなってもいいのか?」
 悪魔は己の腹部を抉ると、傷口から飛び出たのは血ではなく……見覚えのある腕だった。数年の月日では癒えもしない火傷の痕。リスド大陸に住み、彼を慕う者ならば間違える筈がなかった。
「俺へのダメージは全てこいつに蓄積される。いいのか? 死ぬぜ、お前達が取り戻したい主とやらが」
―――人間、か。
 どうやら取り込まれている間は意識を失っているようだ。あの腕からはまだ生気が感じ取れる。先程まで明らかに悪魔を追い詰めていた三人の表情が、露骨に強張った。
「だから言っただろう。『大人しく貴様らが殺されるのであれば、苦しみを味わわずに死ねるのだ』とな」
 あれはそういう意味だったか。そういえばまだリスドも取り返していない頃、魔人を襲撃した人間に自分も似たような言い回しをした事があるような。これは一本取られた。
 悪魔は変色した王剣を突き付けて、嗤う。
「人間は一人では生きていけない。これだから人間は下等生物なのだ、魔人も大差はない。近しい者が危機に晒されているからどうした? 死ぬからどうした? そんなもの戦いには関係のない事だ。戦いの本質とは敵を殺す事。自らと相容れぬ者を排除する事だ。何を犠牲にしたとしても、そんなモノを気にするのは戦いが終わった後だ。違うか、女。お前は……そこな下等生物よりずっと俺に近い存在の筈だ。お前なら言っていることが、欠片程度なら理解できると思うが」
「……そうじゃな」
 悪魔の腹の中に居るのはアルド。それは虚実ではなく真実。悪魔へのダメージが彼に蓄積されるというのも、今使ってきた以上は真実なのだろう。
 アルドからは現在不死性が失われている。即死狙いの攻撃をしては道連れにされる事は必至。かと言って致命傷にならない攻撃では悪魔を仕留める事は出来ず、しかし悪魔には攻撃を加減する理由がないので一方的に攻撃されてしまう。
 己の生を取るか。赤の他人いとしいひとの生を取るか。
「――――――全くもって理解出来ぬよ」
 フェリーテは餓者髑髏の指のみを顕現させて、悪魔の腹部を刺し貫いた。中にいるだろう人間もろとも。
「な―――」
「何……!」
 全員が言葉を失った。悪魔は一切の躊躇なしに攻撃された動揺から。他の者はどちらも選ばなかった動揺から。
「小童。お主は何も理解しておらぬ。お主が人質に取ったそれは人間じゃが、只の人間ではない。罪深くも『妖』の始祖である妾の心を奪った人じゃ。確かに戦いの本質は自らと相容れぬ者を排除する事。どんな犠牲も気にするのは終わった後。確かに理解は出来よう。じゃが妾達は飽くまで人間アルドを助けに来たんじゃ。戦う戦わない、気にする気にしない以前に、お主から人間アルドを引き離せればそれで良いのじゃ」
 指が顕現しては悪魔の足に、手に、肩に、太腿に、胸に突き刺さり、その動きを封じ込める。血は出ない。全てのダメージは内部の人間へと集約するから。
「妾の愛した人間はこの程度では死なぬ。殺しても立ち上がり、足を捥いでも這って進み、手を捥がれても口で武器を持ち、頭を捥いでも再生させるような男じゃ。長年の戦いでその生命力は失われたかもしれぬ。じゃが今は気を失っているだけなんじゃろう? であるならば起こさねばならぬ。どんな手段を使ってものう」
 痛みが蓄積されるのならむしろ好都合だ。悪魔から引き離す事さえ出来れば、心おきなくこの不敬者を排除する事が出来る。
「まだ起きぬか。ならばまだ痛みを加えないとのう。それこそ死ぬまで」
 片手で足りぬなら両手を使うまで。両手が足りぬなら手を増やすまで。
「な、なあフェリーテさん。それ以上やったら師匠が……!」
「死なぬ。お主の師は殺されて死ぬ程やわではない」
 突き刺さった骨が抜かれて、また刺さって。抜かれて、また刺さって。刺して、刺して、刺して、刺して、刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して。
 肉体を突き刺す度に力なく飛び出ている腕が痙攣する。程なくして腕が繋がっている先から血が流れてきた。それでも彼女は突き刺すのをやめない。
「貴様……正気か……!」
「悪魔に正気を疑われるとはの。じゃが安心せい。正気でいては魔王アルドの部下など務まらぬ。気持ちを理解する事もな」
 何度突き刺そうとも目覚めぬアルドに、フェリーテ以外の四人が『死んだのでは』と疑念を持ち始めた。それでもフェリーテは少しも躊躇せず、今度は餓者髑髏の頭を顕現させた。
「これで終いじゃ。目覚めぬのであればこれまで。お主もろとも喰ろうてやる」
 悪魔の数倍もあるだろう巨大な骸が、口を大きく開けて、その体を噛み千切ろうとした……
「……お前の気持ちはよく伝わった。有難う、フェリーテ」
 悪魔が握りしめていた王剣が、突如輝きを取り戻した。担い手に悪魔が認められた訳ではない。現にその柄は悪魔ではなく、悪魔の内側から突き出た腕が握りしめていたのだから。



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