ワルフラーン ~廃れし神話
悪夢の中へ
その恰好上、フェリーテは高速戦闘には向いていない。それがずっと昔からナイツを見てきた自分の判断だった。現にチロチンは切り札を使わずとも、彼女を翻弄することが出来ている。
「そういえばお主は、諜報活動を主にしておったの」
「それがどうしたッ」
「よう避けるなと思うただけじゃ」
餓者髑髏の動きは非常に遅い。見てから回避も容易いのでは、チロチンには何時間経とうとも当たらないだろう。しかし問題はそこではない。どのようにして彼女を退けるか、だ。
確かに彼女を翻弄する事は出来ているが、悪い言い方をすればそれだけだ。当然ながら戦いは終わらない。妖術を扱う彼女も戦闘に特化した魔人ではないので、ここは何かしらの策を講じてから攻撃を加えなければ、退ける事は難しいだろう。空間転移の類の妖術を使用できる事もあり、逃走は難しい。というより殆ど不可能だ。空間の外に逃げようとした所で、その前に取り押さえられる未来が見えている。『隠世の扉』は実質の無力化をされていると言い換えても良い。それに幾ら遅いと言っても、のんきに笛を吹いていられるような時間は存在しない。
何度か背後に回り込んで蹴りを放ってみるが、どれも空を切るばかりで当たりやしない。フェリーテの背後に作られた存在の衝撃もあるが、どうも回避に徹されると舐められているようで気に障る。
「避けてばかりいちゃ、私は止められないぞ!」
攻撃の瞬間には必ず隙が出来る。フェリーテの攻撃手段が妖術だけと分かった以上、タイミングを見計らうのは簡単だ。彼女の瞳が何処を映しているかを見て回避すればいい。
「―――そうか。では少し反撃に転ずるとしよう」
その声が聞こえると同時に、背中を凄まじい衝撃が突き抜けた。背骨が破壊されたような、そんな感覚。受け身を取れるような体勢でもなかったので、チロチンはそのまま砂丘へと突っ込んだ。渾身の力を振り絞って背後を振り返ると、閉じた鉄扇を突き出しているフェリーテの姿が目に付いた。
「妾の攻撃手段が妖術だけと言った覚えは無いぞ? 鉄扇は立派な武器じゃからな、使えるモノは使わんとのう」
余裕を残しているとか残していないとか、そういう問題ではない。アルドと話している時には常に浮かべている筈の妖笑が今はない。瞳の奥には静かな敵意が滾っていて、自分が大人しく戻ろうとしない限りは、その敵意はきっと消えない。仮にも仲間である自分を、痛めつける事になったとしても。鉄扇を使用したのが正にその証拠と言えるだろう。彼女は基本、鉄扇を使わない。いや、使う必要もないのか。大概は妖術を使えば済んでしまうから。
しかしそう考えると納得がいかない。自分の背中を衝いた鉄扇は、か弱い女性とは思えない程の威力だった。あれが武器を滅多に使わない女性の力かと言われると、違うだろう。立ち上がりつつ観察してみるが、あの細く美しい腕から繰り出されたとは到底思えない―――
「餓者髑髏は消えてはおらぬぞ」
その忠告が無ければ、背後から薙がれた片腕を避ける事は出来なかっただろう。そうだ、敵は何も彼女だけではない。むしろ一番の敵は、彼女が作り出したこの怪物である。移動や攻撃こそ遅いが、フェリーテにばかり気を取られていては厄介な相手となるだろう。対抗策も無い以上、まずは分析するしかない。
次の餓者髑髏の攻撃を見送り、おおよその速度を脳内で計算する……気のせいかもしれないが、来ると思った一歩前で避けた方が攻撃を躱せる。これならばフェリーテの背後に回り込みつつ回避も……出来るかもしれない。
餓者髑髏が腕で薙ぐと同時に、チロチンは第二の切り札『刻の調』を発動。フェリーテの背後へと回り込み、肘鉄を放った。
『刻の調』。それは時間の拡張と収縮を自由自在に行う能力。たとえ一瞬の猶予しか無かろうとも、その部分を拡張する事で、別の行動をねじ込む事だって出来るし、本来の猶予を収縮させることで、一瞬で終わらせる事も出来る。早い話が疑似的な時間加速と、時間減速だ。如何なフェリーテでも今の行動は認識できなかっただろう。肘鉄は吸い込まれるように背中の中心へと命中、吹き飛ばした。
殆ど同時にチロチンも吹き飛ばされなければ、この作戦は成功したと言えただろう。
「なッ……グッ!」
彼女の鉄扇は三半規管を狙ったらしい。平衡感覚が崩れて、思うように立ち上がれない。視界の先にはやはり悠然と構えているフェリーテの姿があった。
「……くそッ」
立ち上がれないでいるチロチンを、餓者髑髏の掌が押さえ付けると同時に、勝負は決着した。
「変幻自在が『妖』の本質―――どうじゃ、『骸餓』の力は」
そもそも『妖』は人々が恐れる未知の存在であり、人々の中には存在しない『妖』まで創作して広める酔狂もいるぐらいだ。これはそんな『妖』の―――変幻自在という特性を活かした切り札が一つ。『骸餓』は変幻自在にその存在を変える事により、如何なる手段をも無力化する特性を持つ。早い話が、どんな力を持っていても後出しで能力を切り替える事で相手を無力化する術、という訳だ。
「……やられたな。というか、そんなのありかよ」
「そんなのありかよ……という言葉は、何も妾に限った話でもあるまい。お主は特に……な」
切り札の隠匿はナイツに共通しているが、実力まで隠していたのは彼女くらいのモノだろう。諜報に特化した切り札がここで仇になるとは思わなかった。これでは抵抗のしようが無い。平衡感覚は治りつつあるので、後はどうにかして隙を作らなければ。
「大人しくする事じゃな。お主では餓者髑髏を破壊する事は不可能。仮に破壊できたとしても、『骸餓』を突破する手段が無い以上、妾を突破出来ん。諦めよ」
「…………」
駄目だ、何も思いつかない。一体どんな風に会話を展開すれば彼女に隙が生まれるのだろうか。
「……そういえば、フェリーテ」
「何じゃ?」
「アルド様とは……もうやる事はやったのか?」
あまりこの手の話題は好きではないのだが、隙を作る為に手段は選んでいられない。こうなればやけくそだ。
「やる事……とは何じゃ?」
「子供はまだ作るべきではないのは分かっている。だが何も性行為は子供を作る為だけのモノじゃないだろう? お互いの愛を深め合う、再確認する。そういった目的だってある筈だ。一番アルド様との付き合いが長い筈のお前が……まさか処女なんて事は無いよな?」
「―――お主、手段を選ばなくなってきたの」
何とでも言うがいい。一度言い出したら止まってやるものか。アルドとの色々を根掘り葉掘り聞きだして、フェリーテの動揺を誘ってやる。ついでにファーカにも流してやる。それしか突破方法が無いのなら、やるしかない!
「……必死じゃな。じゃがその程度で妾の動揺を誘えると思うておるのなら大間違いじゃ。いいか、妾は―――む?」
突然、フェリーテは背後の餓者髑髏を消滅させて、歩き出した。先程まで重かった体は羽の様に軽くなって、負った筈の怪我は何処にも無い。
―――何のつもりだ?
彼女の向かう先は、まさにチロチンが行かんとしていた方向であり、彼女はそれを止めに来た筈だから……まるで意図が分からない。
「事情が変わってしもうた。チロチン、すまぬが一緒に来てくれぬか?」
「……どういう風の吹き回しだ。お前は私を止めに来たんじゃないのか」
「事情が変わったと言うとるじゃろう……お願いじゃ」
元々行く予定だったのだから願われずともそのつもりなのだが……何だろう、フェリーテの表情が、少しだけ強張っているように見える。
「……何があったんだ?」
「―――主様が、邪鬼に取り込まれたようじゃ」
「そういえばお主は、諜報活動を主にしておったの」
「それがどうしたッ」
「よう避けるなと思うただけじゃ」
餓者髑髏の動きは非常に遅い。見てから回避も容易いのでは、チロチンには何時間経とうとも当たらないだろう。しかし問題はそこではない。どのようにして彼女を退けるか、だ。
確かに彼女を翻弄する事は出来ているが、悪い言い方をすればそれだけだ。当然ながら戦いは終わらない。妖術を扱う彼女も戦闘に特化した魔人ではないので、ここは何かしらの策を講じてから攻撃を加えなければ、退ける事は難しいだろう。空間転移の類の妖術を使用できる事もあり、逃走は難しい。というより殆ど不可能だ。空間の外に逃げようとした所で、その前に取り押さえられる未来が見えている。『隠世の扉』は実質の無力化をされていると言い換えても良い。それに幾ら遅いと言っても、のんきに笛を吹いていられるような時間は存在しない。
何度か背後に回り込んで蹴りを放ってみるが、どれも空を切るばかりで当たりやしない。フェリーテの背後に作られた存在の衝撃もあるが、どうも回避に徹されると舐められているようで気に障る。
「避けてばかりいちゃ、私は止められないぞ!」
攻撃の瞬間には必ず隙が出来る。フェリーテの攻撃手段が妖術だけと分かった以上、タイミングを見計らうのは簡単だ。彼女の瞳が何処を映しているかを見て回避すればいい。
「―――そうか。では少し反撃に転ずるとしよう」
その声が聞こえると同時に、背中を凄まじい衝撃が突き抜けた。背骨が破壊されたような、そんな感覚。受け身を取れるような体勢でもなかったので、チロチンはそのまま砂丘へと突っ込んだ。渾身の力を振り絞って背後を振り返ると、閉じた鉄扇を突き出しているフェリーテの姿が目に付いた。
「妾の攻撃手段が妖術だけと言った覚えは無いぞ? 鉄扇は立派な武器じゃからな、使えるモノは使わんとのう」
余裕を残しているとか残していないとか、そういう問題ではない。アルドと話している時には常に浮かべている筈の妖笑が今はない。瞳の奥には静かな敵意が滾っていて、自分が大人しく戻ろうとしない限りは、その敵意はきっと消えない。仮にも仲間である自分を、痛めつける事になったとしても。鉄扇を使用したのが正にその証拠と言えるだろう。彼女は基本、鉄扇を使わない。いや、使う必要もないのか。大概は妖術を使えば済んでしまうから。
しかしそう考えると納得がいかない。自分の背中を衝いた鉄扇は、か弱い女性とは思えない程の威力だった。あれが武器を滅多に使わない女性の力かと言われると、違うだろう。立ち上がりつつ観察してみるが、あの細く美しい腕から繰り出されたとは到底思えない―――
「餓者髑髏は消えてはおらぬぞ」
その忠告が無ければ、背後から薙がれた片腕を避ける事は出来なかっただろう。そうだ、敵は何も彼女だけではない。むしろ一番の敵は、彼女が作り出したこの怪物である。移動や攻撃こそ遅いが、フェリーテにばかり気を取られていては厄介な相手となるだろう。対抗策も無い以上、まずは分析するしかない。
次の餓者髑髏の攻撃を見送り、おおよその速度を脳内で計算する……気のせいかもしれないが、来ると思った一歩前で避けた方が攻撃を躱せる。これならばフェリーテの背後に回り込みつつ回避も……出来るかもしれない。
餓者髑髏が腕で薙ぐと同時に、チロチンは第二の切り札『刻の調』を発動。フェリーテの背後へと回り込み、肘鉄を放った。
『刻の調』。それは時間の拡張と収縮を自由自在に行う能力。たとえ一瞬の猶予しか無かろうとも、その部分を拡張する事で、別の行動をねじ込む事だって出来るし、本来の猶予を収縮させることで、一瞬で終わらせる事も出来る。早い話が疑似的な時間加速と、時間減速だ。如何なフェリーテでも今の行動は認識できなかっただろう。肘鉄は吸い込まれるように背中の中心へと命中、吹き飛ばした。
殆ど同時にチロチンも吹き飛ばされなければ、この作戦は成功したと言えただろう。
「なッ……グッ!」
彼女の鉄扇は三半規管を狙ったらしい。平衡感覚が崩れて、思うように立ち上がれない。視界の先にはやはり悠然と構えているフェリーテの姿があった。
「……くそッ」
立ち上がれないでいるチロチンを、餓者髑髏の掌が押さえ付けると同時に、勝負は決着した。
「変幻自在が『妖』の本質―――どうじゃ、『骸餓』の力は」
そもそも『妖』は人々が恐れる未知の存在であり、人々の中には存在しない『妖』まで創作して広める酔狂もいるぐらいだ。これはそんな『妖』の―――変幻自在という特性を活かした切り札が一つ。『骸餓』は変幻自在にその存在を変える事により、如何なる手段をも無力化する特性を持つ。早い話が、どんな力を持っていても後出しで能力を切り替える事で相手を無力化する術、という訳だ。
「……やられたな。というか、そんなのありかよ」
「そんなのありかよ……という言葉は、何も妾に限った話でもあるまい。お主は特に……な」
切り札の隠匿はナイツに共通しているが、実力まで隠していたのは彼女くらいのモノだろう。諜報に特化した切り札がここで仇になるとは思わなかった。これでは抵抗のしようが無い。平衡感覚は治りつつあるので、後はどうにかして隙を作らなければ。
「大人しくする事じゃな。お主では餓者髑髏を破壊する事は不可能。仮に破壊できたとしても、『骸餓』を突破する手段が無い以上、妾を突破出来ん。諦めよ」
「…………」
駄目だ、何も思いつかない。一体どんな風に会話を展開すれば彼女に隙が生まれるのだろうか。
「……そういえば、フェリーテ」
「何じゃ?」
「アルド様とは……もうやる事はやったのか?」
あまりこの手の話題は好きではないのだが、隙を作る為に手段は選んでいられない。こうなればやけくそだ。
「やる事……とは何じゃ?」
「子供はまだ作るべきではないのは分かっている。だが何も性行為は子供を作る為だけのモノじゃないだろう? お互いの愛を深め合う、再確認する。そういった目的だってある筈だ。一番アルド様との付き合いが長い筈のお前が……まさか処女なんて事は無いよな?」
「―――お主、手段を選ばなくなってきたの」
何とでも言うがいい。一度言い出したら止まってやるものか。アルドとの色々を根掘り葉掘り聞きだして、フェリーテの動揺を誘ってやる。ついでにファーカにも流してやる。それしか突破方法が無いのなら、やるしかない!
「……必死じゃな。じゃがその程度で妾の動揺を誘えると思うておるのなら大間違いじゃ。いいか、妾は―――む?」
突然、フェリーテは背後の餓者髑髏を消滅させて、歩き出した。先程まで重かった体は羽の様に軽くなって、負った筈の怪我は何処にも無い。
―――何のつもりだ?
彼女の向かう先は、まさにチロチンが行かんとしていた方向であり、彼女はそれを止めに来た筈だから……まるで意図が分からない。
「事情が変わってしもうた。チロチン、すまぬが一緒に来てくれぬか?」
「……どういう風の吹き回しだ。お前は私を止めに来たんじゃないのか」
「事情が変わったと言うとるじゃろう……お願いじゃ」
元々行く予定だったのだから願われずともそのつもりなのだが……何だろう、フェリーテの表情が、少しだけ強張っているように見える。
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