ワルフラーン ~廃れし神話
自己螺旋
接吻。言い換えれば、キス。不意打ち気味にそれをされた少女は、自分の身に何が起きたのか理解できていなかった。それはアルドの性格をよく知っていたからこその反応だし、その事を知らされていなかったゼノンもまた、その行動に驚いていた。顔は鉄仮面のように固まって、身体は棒のように真っ直ぐで。どれだけ動かそうとしてもどれだけ落ち着こうとしても変わらない。
―――アルドは一体、何をしているのだろう。
「ん……んッ!」
唇が離れる。ようやく自分の置かれている状況に気付いたエルアは、顔を真っ赤に染めながら呆然とアルドの顔を見上げている。一方のアルドは跋の悪い顔でそっぽを向いていた。
彼女はそれが羞恥によるモノだと思ったのか、はたまた別の理由によるモノだと思ったのか。それは分からない。だが事実として、エルアはキスをされた。
プレゼントとして、アルドから。キスを……された。
そうキスを……された。キスを―――
いやいやいやいやいやいや。あれはキスなんかではない。そうあれは唇に付着していたゴミを取っただけ……なのであればわざわざ唇を重ねる必要はなさそうだ。では何故? 絶対にあり得ないのだ、キスをされるなんて。
だって、だって―――
だってアルドには……好きな人が居るんだから。
幾ら何でもそれくらいは分かる。アルドの心は愛にほだされていた。最初に会った時からそれだけは分かっていた。だから自分は悪魔に望みを……『この世界にアルドを永久に縛り付けてほしい』と願ったのに。これでは……これではまるで話が違うではないか。アルドが離れていくと思ったからそう願ったのに、彼は離れる処か、自分に寄り添ってくれている。
「……な、な、なんで?」
「―――何でとは、何だ?」
「何でき、キスをしたの?」
きっと何か別の理由がある。そう、例えば仕事だ。アルドがここに来たという事は、きっとこの村の異変を感知しての事。それを抑える手段として自分にキスを……そう。きっとそうだ。そうに違いない。そんな願いとも取れる思い込みは、顎に手を当てて考え込む彼を見ている内に消えていく。何故悩む? 何故言いにくそうに口を動かしている?
何故そんなにも優しい表情で、こっちを見つめている?
「理由は無いな。強いて言えばプレゼントだ、それ以上の意味はない――――と言いたかったが、全てを話すとしよう。ゼノン、いいよな?」
「ええ……ああ、うーん、うん。いいけど」
妙に言葉が濁った気がするが、気にしないでおこう。
「では遠慮なく。『俺』がここに来た真の目的はな、エルア。お前の中の悪魔が引き起こした異変を解決しに来たんだ。お前……外から魔人を攫っているんだってな」
「……え、知らない。やってないよそんな事!」
「……そうか。ではやっていないとして、エルア。俺がここに来たのはやっていない筈の異変を解決する為だが、同時に俺はお前に会いに来たんだ……正直な話、ゼノンに言われなければ思い出せないくらいお前の事は忘れていたんだがな」
やはりそうだ、アルドはいつか離れていく。先程出た言葉がその証拠。自分など彼からすればちっぽけな存在で、明示されて初めて思い出せるようなそんな存在に過ぎない。
一体何を動揺していたのだろう。こんな所で折れてしまえば、彼は今度こそ永久に自分の近くから離れていってしまう。エルアにとってはそれこそが最も望まない結末だというのに。
「だからこそお前に会いに来たんだ。俺は今まで外側に目を向け過ぎていた。だから俺は全ての者からの信用を失って、只の人間となってしまった……それが、お前と再会できる数少ない機会が生まれた瞬間だった。だから俺は異変の事を聞いたとき、お前に真っ先に言いたかった。俺は変わる、もうお前達を……俺を信じてくれた者達を裏切ったりはしないと」
「……アルドは、私を殺すつもりじゃなかったの?」
「お前が死ぬ時があるとすれば俺が殺した時だけ……もしも手遅れならばそうしたさ。だがお前は今まで通りだった。今まで通りのお前だった。そんなお前を殺す事は出来ない」
……………嘘だ。嘘だ。嘘だ。アルドはその場限りの嘘を言っているに違いない。エルアを傷つけない為に、言っているだけに過ぎない。
「放置などしない、忘却などしない。約束しよう。神に誓おう、悪魔に誓おう。月にも太陽にも空にも大地にもお前にも誓おう! この誓いが破られることがあったら、俺はあらゆる罰を受けても良い。ここまで言って破る奴など人間の屑だ、俺自身もそんな俺は到底許せそうにないからな―――だから、俺を信じて話してほしい。今回の事件の真相、虚偽。お前達が何をしようとして何の為にこの亜現実を作り上げたのか……聞かせてくれ」
言葉なんて幾らでも紡げる。誓いなんて幾らでも立てられる。何に誓われようとも答えてはいけない。『アルドが離れていくのが怖かったから、永遠に閉じ込めようとした』なんて、そんな願い。本人に言えるわけがない。言ったらきっと嫌われる。悪魔の力まで使ってやりたい事だったのかって呆れられてしまう。
「……嘘、嘘、嘘、嘘」
「エルアッ!」
それは突然の事だった。エルアを中心に漆黒が空間を上書きしていく。壁だった部分は、昏き底の彼方へと。家具は存在ごと闇に上塗りをされて、存在を確認する事さえできなくなった。その暗闇の中心ではずっとエルアが耳を塞いで蹲っている。
そうか、この亜現実は彼女の心象世界だったのか。彼女の感情に呼応して景色は塗り替わる。彼女の願いに呼応して現実は切り替わる。つまり今まで見てきた不思議な景色は、現象は。全て彼女の感情だったのだ。
「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌イヤァァァァァァァ―――!」
「エルアッ!」
彼女の家が漆黒に呑まれる直前、アルドは半ば反射的に、彼女の体を抱き締めた。
―――アルドは一体、何をしているのだろう。
「ん……んッ!」
唇が離れる。ようやく自分の置かれている状況に気付いたエルアは、顔を真っ赤に染めながら呆然とアルドの顔を見上げている。一方のアルドは跋の悪い顔でそっぽを向いていた。
彼女はそれが羞恥によるモノだと思ったのか、はたまた別の理由によるモノだと思ったのか。それは分からない。だが事実として、エルアはキスをされた。
プレゼントとして、アルドから。キスを……された。
そうキスを……された。キスを―――
いやいやいやいやいやいや。あれはキスなんかではない。そうあれは唇に付着していたゴミを取っただけ……なのであればわざわざ唇を重ねる必要はなさそうだ。では何故? 絶対にあり得ないのだ、キスをされるなんて。
だって、だって―――
だってアルドには……好きな人が居るんだから。
幾ら何でもそれくらいは分かる。アルドの心は愛にほだされていた。最初に会った時からそれだけは分かっていた。だから自分は悪魔に望みを……『この世界にアルドを永久に縛り付けてほしい』と願ったのに。これでは……これではまるで話が違うではないか。アルドが離れていくと思ったからそう願ったのに、彼は離れる処か、自分に寄り添ってくれている。
「……な、な、なんで?」
「―――何でとは、何だ?」
「何でき、キスをしたの?」
きっと何か別の理由がある。そう、例えば仕事だ。アルドがここに来たという事は、きっとこの村の異変を感知しての事。それを抑える手段として自分にキスを……そう。きっとそうだ。そうに違いない。そんな願いとも取れる思い込みは、顎に手を当てて考え込む彼を見ている内に消えていく。何故悩む? 何故言いにくそうに口を動かしている?
何故そんなにも優しい表情で、こっちを見つめている?
「理由は無いな。強いて言えばプレゼントだ、それ以上の意味はない――――と言いたかったが、全てを話すとしよう。ゼノン、いいよな?」
「ええ……ああ、うーん、うん。いいけど」
妙に言葉が濁った気がするが、気にしないでおこう。
「では遠慮なく。『俺』がここに来た真の目的はな、エルア。お前の中の悪魔が引き起こした異変を解決しに来たんだ。お前……外から魔人を攫っているんだってな」
「……え、知らない。やってないよそんな事!」
「……そうか。ではやっていないとして、エルア。俺がここに来たのはやっていない筈の異変を解決する為だが、同時に俺はお前に会いに来たんだ……正直な話、ゼノンに言われなければ思い出せないくらいお前の事は忘れていたんだがな」
やはりそうだ、アルドはいつか離れていく。先程出た言葉がその証拠。自分など彼からすればちっぽけな存在で、明示されて初めて思い出せるようなそんな存在に過ぎない。
一体何を動揺していたのだろう。こんな所で折れてしまえば、彼は今度こそ永久に自分の近くから離れていってしまう。エルアにとってはそれこそが最も望まない結末だというのに。
「だからこそお前に会いに来たんだ。俺は今まで外側に目を向け過ぎていた。だから俺は全ての者からの信用を失って、只の人間となってしまった……それが、お前と再会できる数少ない機会が生まれた瞬間だった。だから俺は異変の事を聞いたとき、お前に真っ先に言いたかった。俺は変わる、もうお前達を……俺を信じてくれた者達を裏切ったりはしないと」
「……アルドは、私を殺すつもりじゃなかったの?」
「お前が死ぬ時があるとすれば俺が殺した時だけ……もしも手遅れならばそうしたさ。だがお前は今まで通りだった。今まで通りのお前だった。そんなお前を殺す事は出来ない」
……………嘘だ。嘘だ。嘘だ。アルドはその場限りの嘘を言っているに違いない。エルアを傷つけない為に、言っているだけに過ぎない。
「放置などしない、忘却などしない。約束しよう。神に誓おう、悪魔に誓おう。月にも太陽にも空にも大地にもお前にも誓おう! この誓いが破られることがあったら、俺はあらゆる罰を受けても良い。ここまで言って破る奴など人間の屑だ、俺自身もそんな俺は到底許せそうにないからな―――だから、俺を信じて話してほしい。今回の事件の真相、虚偽。お前達が何をしようとして何の為にこの亜現実を作り上げたのか……聞かせてくれ」
言葉なんて幾らでも紡げる。誓いなんて幾らでも立てられる。何に誓われようとも答えてはいけない。『アルドが離れていくのが怖かったから、永遠に閉じ込めようとした』なんて、そんな願い。本人に言えるわけがない。言ったらきっと嫌われる。悪魔の力まで使ってやりたい事だったのかって呆れられてしまう。
「……嘘、嘘、嘘、嘘」
「エルアッ!」
それは突然の事だった。エルアを中心に漆黒が空間を上書きしていく。壁だった部分は、昏き底の彼方へと。家具は存在ごと闇に上塗りをされて、存在を確認する事さえできなくなった。その暗闇の中心ではずっとエルアが耳を塞いで蹲っている。
そうか、この亜現実は彼女の心象世界だったのか。彼女の感情に呼応して景色は塗り替わる。彼女の願いに呼応して現実は切り替わる。つまり今まで見てきた不思議な景色は、現象は。全て彼女の感情だったのだ。
「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌イヤァァァァァァァ―――!」
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