ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

未来を見据えて

 部下の愛は一方的なものではいけない。主の愛もまた一方的ではいけない。互いが互いを愛せるような関係が築けてこそ、本当の信頼関係というモノが生まれるのではないだろうか。今回我が主は玉座を降りて、自分自身を見つめ直す事を選択した。ならば我々はその意志を汲み取り、主を待つべきではなかろうか。如何な関係に成れど他人は他人。心が如何様に繋がっていても他人は他人。故に今回、我々に出来る事は何もなかった。あるとすればそれは、信じる事のみ。他でもない主自身が己を信じられるようになるまで、ずっと。
 それ以外は許されないし、主もきっと歓迎しない。だからこそ私は、『待つ』事を選択した。それがフェリーテにとっての『愛』なのだから。
「どウし……………タ?」
「む? 何でもない……と言っても、お主には通じぬじゃろうな。考えていたのじゃよ、主様の事を」
 ゆっくりとした時間は好きだが、今日ばかりは話が別。何をしても集中できず、何をしてても喜びを感じられなかった。それを見かねたのだろう、ディナントは自分を盤上遊戯に誘ってくれた。現在の戦績は十三戦中全勝。
 『覚』は自主的に封じているが、それでもこの大陸で自分といい勝負をする事が出来るのはオールワークだけ。例外はない。戦績が物語っている通り、ディナントでさえも遊戯相手としては力量不足を否めないが、それでも誘ってくれたディナントには感謝しなければならない。
「アル……様。玉座……シンジ……てイない?」
「……いや、信じておるとも。主様はもう一度、きっと魔人の信用を得て戻ってくる事を信じておる。それは分かっているのじゃが……ディナント。チロチンの場所は把握しておるか?」
「最、じょウ……」
「うむ。確かに先程まではそうじゃったろうな。じゃがあやつは動き出した。オールワークから受け取った主様への手がかりを手に」
 この場に居ないナイツだろうと、『探考法』を行使すればその考えを読み取る事など難しい事ではない。『覚』は心を読むものだが、『探考法』は思考から思考を辿っていく妖術。チロチンの情報をディナントに渡せば、簡単に彼の思考に辿り着く事が出来る。
 それによると、どうやらオールワークは何らかの手段を用いて、チロチンに手がかり―――王剣の位置を示す指輪を渡したらしい。どんな意図があったかは分からない。『探考法』は魔術では妨害できない事から、どうやらオールワークは異空間にでも閉じ込められてしまったらしい。誰にも渡すなと言われていた筈の指輪をチロチンに送り付けた辺り、打つ手がそれ以外に無かったのだと思われる。
 そして、それを見たチロチンはその指輪を見て事態を察すると同時に、己の選択を悔いた。
「待つ事が疑いようもなく正しいと信じているのは妾とお主だけじゃ。チロチン以外にも言える事じゃないが、皆心の何処かでこう思っている。『自分は誰に従っているのか』とな」
「ソレ……アル、どさ……まじゃ?」
「うむ。妾とお主の思想は恐らく一致しておるな。妾達は『紛れもなく主様に従っている。故に主が己を見つめ直している時に無用な介入はしたくない』。そうじゃろう」
 頷きつつ、ディナントは盤上の駒を動かした。
「武人として当然かの? じゃが他の者は違う。妾達は『従う』のに対して、他のナイツの大概は『共に歩む』事を至上としている。価値観の押しつけなど無意味じゃからその辺りは省くが、もしもチロチンが動いた事を知ったら、他の者はどうすると思う?」
 動きが止まる。どうやら彼も察したようだ。チロチンだけが動く事で、周りにどんな影響が及ばされるか。そしてそれが、どんな最悪な事態を招いてしまうかという事に。
「そうじゃな。チロチンと同じような思いを少なからず抱いている者はこう思うじゃろう。『もしかして自分の選択は間違っていたのではないか』と。そう考え始めればもう止まらぬ。己の取った行動を恥じて、皆は今すぐにでもチロチンを探し出し、共に行こうとする。そうなれば最後じゃ。どんな事情があったとしても、結局のところ民衆には妾達を顎で使っているだけに見える。そうなれば主様の取った行動は全て水の泡。玉座を降りるという英断も意味を成さなくなり、信用は崩壊。主様は公開処刑される」
「……チロチ、ン。止メな……イイカ?」
「止めるとも。じゃが早すぎても遅すぎてもいかん。行くとすれば……そうじゃな。この一戦が終わったら、という事にしようかの。空間の外に逃げられても困るし、妾達は飽くまで不意を突く形で止めなければな……っと、王手じゃな」
「………………………………ま、イリ……マした」










 指輪から伸びる糸を辿っている内に、リスド大砂漠へと辿り着いてしまった。以前はここの大聖堂を拠点としていた。そう年月が経ったわけでもないが、何だか懐かしい気持ちになってしまう。あそこは帝城程広くは無かったから、もっと身近に主を感じられたのに……ああ、あの時までは確かに、共に歩んでいただろうに。
 だがもう失敗はしない。自分は何が起ころうとも主と共に歩む。何に背いても、誰に罵られようとも、誰に失望されようとも……絶対に。
―――アルド様。俺は……
「うむうむ。見上げた忠誠心じゃ。じゃがそこまでにしておけ」
 その言葉と同時に、風が突如として吹き出した。魔力の歪みも相まって、砂嵐を通した視界は殆ど何も見えそうにない。魔力の糸は変わらず伸びているが、これを頼りに歩いた所で彼女は撒けそうにないだろう。
「……何の用だ、フェリーテ」
「うむ、よく聞いたの。妾はな、お主のような愚か者を止めに来たんじゃ。何が『共に歩みたい』じゃ、笑わせおって。主と共に歩む事こそ至上であるという考え方を否定はせんが、お主のそれは我儘に過ぎん。主様の事などこれっぽっちも考えられていない、愚かな考えじゃ」
 口元を扇で隠していようとも、その奥にある表情が微笑んでなんかいない事は直ぐに分かった。返答次第では彼女は直ぐにその鉄扇を閉じ、実力行使に出るだろう。
「……私達はアルド様を裏切ったんだ。待つ事が正しいのは当たり前。だが、それは正しいだけのモノに過ぎない」
 だからと言って譲る事は出来ない。たとえここで殺し合いが始まろうとも、自分が導き出した結論を、決意をここで止める訳には行かない。
「待つ事が正しいと分かっていてお主は主様の下へ歩もうと言うのか。であれば正真正銘の阿呆じゃな。お主の理屈は正しいだけですらない。そもそも間違っている」
「私達は地位を捨てなかった。だがアルド様は玉座を降りて、動いたのだ。そんな主を、上から見ていろとでもいう気か、貴様は」
「違うの。上から見ているのではない、妾達は待っているだけじゃ。主様の帰る場所として、ここに在るだけじゃ。主様が王として復帰した時、そこに妾達が居なくてどうする? 疲労は極限まで蓄積され、只妾達の為だけに生きている主様には帰る場所が必要なんじゃ。そうでなければ……生きる意義を見失ってしまう」
「ならば共に歩めばいい! アルド様の居る場所そのものを帰る場所にすればいい筈だ。それなのに私達はあの人を……」
「裏切ってなどおらぬよ。お主達が救われる前から行動を共にしてきた妾が保証しよう。主様はそのような考えには至らない。お主とは違ってな」
 その眼には、怒りが籠っていた。的外れな考えを抱く者への軽蔑とでも言うのだろうか、彼女を信頼している自分に、その視線は辛すぎた。分かっているのだ、フェリーテが正しい事なんて。アルドという人間を最も深く理解できている女性であるからこそ、その言葉には正論しかない。
 だが、正論が正しかった事なんて一度たりとも無い。彼女の発言は大概正しいが、それと同時に間違ってもいる……そう、感情に左右されないのだ。部下としては当然とでも言わんばかりに余裕を醸して、常に冷静に。心など読めないチロチンにはそれが……いつも分からなかった。普段は隠していたが、今回ばかりは我慢ならない。
 己の内にある矛盾した感情、それに対して矛盾なき正論を叩きつけてくるフェリーテが、気に入らない。
「……今ならば穏便に城へと送り届けてやるが、どうじゃ?」
 答えなくともフェリーテならば理解してくれるだろう。己の内にある意思を示せば。
「……そうか。あまり手荒な手段は使いたくなかったんじゃが、お主がそう言うのであれば致し方ない。切り札の開帳は許可されている。少々痛い目を見る事になるが、覚悟する事じゃな」
 口元を隠していた鉄扇が閉じられて、ゆらりと落ちる。言葉に偽りはない。彼女は殺す気で来るだろう。勝算などあまりないし、出来れば女性は傷つけたくないのだが。それは現在の状況においては最悪の拘りだ。さっさと捨てたほうが賢明か。
 ……そういえば、フェリーテがまともに戦った所を見た事が無い。戦闘向きではないのだろうか、その割には随分と色濃い殺気を醸しているが。
「そういえば、まともに力を出して戦うのは久々じゃな。本気という事であれば主様との戦い以来じゃろう。手加減は要らぬから、全力で掛かってくるとええ―――始祖の名に懸けて、お主のような若輩者に負ける訳には行かないからのッ」
 フェリーテから放たれる妖気が、彼女の背後で餓者髑髏がしゃどくろを作り上げた。









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