ワルフラーン ~廃れし神話
捧げし愛
「……」
やはり付いていった方が良かった。たとえ彼がカテドラル・ナイツの指揮権を失ったとしても、我々は―――少なくとも自分は彼以外に忠義を誓う気は無いし、この命を賭ける気も無い。自分とファーカを助けてくれたのは他ならぬ彼―――アルドなのだ。彼を裏切ってまでナイツを続ける意味は無いし、もしも他の者が玉座に就こうものなら、チロチンは躊躇なくナイツを脱退しよう。自分の居るべき場所は彼の足元なのだから。
……なのに。
「あれ、チロチンったらどうしたの? 浮かない顔しちゃって。鳥だけに」
「……鳥は浮くというよりかは飛ぶと思うんだが」
冷静に間違いを指摘した後、チロチンは目を閉じた。「何しているんだ、こんな所で。ここは帝城の最上階だぞ? アルド様が居ない今、面倒な仕事は全て私達がやらなければならない。ここに居る意味は無いだろう」
アルドは戦ってばかりで、内部の治安の事を全く気にしていなかった。今、彼が内部に目を向けているのならば、自分達はかつてのアルドの様に、魔人の統率も含め色々な事を考えなければならない。剣の執行者とやらがこの大陸に滞在しているとはいえ、所詮は他人。依存すれば破滅する。
「じゃあ何でチロチンはこんな所に居るの? 確かにここは見晴らしがいいから、侵入者が来ても分かるだろうけど……壁に凭れてるだけじゃ流石に何も見えないでしょ」
「………………」
どうやらファーカを理屈で言いくるめる試みは失敗したようだ。これ以上言い逃れをしても時間の無駄だし、ここは素直に吐いておく。
「―――お前にだけは打ち明けておくが……私は……後悔している。オールワークを付いて行かせたことに」
「オールワークを信用してないの?」
「そういう訳じゃない。アイツの事は信用しているつもりだ。昔のアルド様を知っている関係もあるだろうから、アルド様としては願ったり叶ったりの人選だろうな……只」
主が本当に困ってる時に助けてやれないのは、臣下としてどうなのか。今までは只、従ってきただけだった。主の命令に従い、主の為に動いてきた。それはアルドが王である限りは当たり前のことで、本当の忠義心を試されるのはむしろ今。彼が玉座を降りた今だからこそ、自分達は彼を助けなければならない筈だ。
「私達は誰に従っているのか、と思ってな。ファーカ、お前は誰に従っているんだ?」
「……アルド様だけど」
「だが、我々の従っているアルド様は魔人の民意を聞き入れた。だから玉座を降りた……この意味が分かるか?」
わざわざファーカの方を見るまでもない。彼女が答えに迷っているのが手に取るように分かる。何か言ってやりたいけど、何を言えば分からない。彼女の胸に渦巻く感情は、大方そんな所だろう。
「……本当の意味でアルド様に従っているのなら、我々もまたナイツをやめるべきだったのではないか?」
彼女をしっかりと見据えてそう問うと、ファーカの表情は露骨に強張った。
「私情も交えて話すぞ。俺はアルド様を愛している。この身を永遠に捧げても良いと思える程にな。お前もそうだろう。ディナントも、フェリーテも、ルセルドラグも、メグナも、ユーヴァンも、ヴァジュラもそうだろう……なのに何故誰も、ナイツを脱退しない? 脱退まではしなくとも、何故誰もついて行かなかった? 本当に忠義を誓っているのなら、そうするべきだった。オールワークに全てを投げつけて、アルド様が今までやっていた事を引き受けるなんて事はするべきではなかった」
「ちょ、ちょっと……何が言いたいのよ!」
「口ばかりだったという事だ、我々の忠義など。いや、最初はそうではなかったのかもしれないな。だがナイツに配属されて考えが変わったのかもしれない。好待遇に感けて忠義心を忘れたのかもしれない。何にしても俺を含むカテドラル・ナイツは、アルド様を裏切ったんだ。この地位を捨てたくないと、心の何処かでそう思ったのかもな」
「―――私は、裏切ってなんか」
「口ではそう言えるだろう。勿論俺も。だが行動が全てを証明している。我々はいつの間にか、魔人という種族そのものに従っていたんだ」
「……違う」
「アルド様に本当に従っているのなら、我々もアルド様と同じように、一年間はナイツを脱退するべきだった! 民意に背いてでも、そうするべきだった。だが我々はしなかった、何故? 地位にしがみついていたからだ、民意に従っていたからだ。我々の本当の主人は人間などという下等生物ではなく、誇るべき同族の民意だった! 命をくれた、愛をくれた恩人への忠義心など、その程度で潰える代物に過ぎなかった!」
「違う!」
「……違うものか。俺もお前も、カテドラル・ナイツだ。アルド様が玉座を降りようとした時、脱退ではなく説得を選んだ時点で、同族さ」
めちゃくちゃな事を言っているのは分かっている。大陸奪還は魔人の望み、それを叶えるためにアルドは魔王になった。だからアルドが玉座を降りても、ナイツはやめるべきでないのは分かっている。アルドは魔人の望みを叶える為の駒でしかないのだから、そんな彼が玉座を降りれば付き従う必要がないのは当然の道理……それでも自分は、後悔している。
チロチンにとってはたった一人の、全てを捧げようと思える人だった。そんな人を、こんな風に裏切ってしまうなんて。
「……多数を取るか、一人を取るか。我々は満場一致で多数を取った。説得などという甘えた選択を取ったのがその証拠だ。だから私は後悔している。何故、そうしなかったのかと」
「…………」
ファーカはドレスの裾をぎゅっと掴んで押し黙っている。正論を言ったつもりはない。言い返そうと思えば言い返せるはずだ。だが間違った事を言ったつもりもない。アルドだけが玉座を降りたのは事実として、自分達はその様を上から見物している。きっとアルドは戻ってくると願いながら。アルドならば絶対に戻ってくると信じながら。
誰に共感されなくてもいい。付き従う事とはどういう事か、その答えは千差万別。チロチンの答えがたまたま『何に背こうとも主に付くべきである』というだけ。ファーカに押し付けるつもりは無かった……いや、嘘はよそう。自分はこの答えを共有したかったのだ。押し付けたかったのだ。その相手がたまたまファーカだった。近くに居る相手なら誰でも良かった。
「……………………………済まないな。こんな事を話してしまって。アルド様を信じて待つ事は、正しい選択なのは分かってる。色々な問題があるからな、実際問題、意志を貫くことはそう容易な事じゃないし、私の発言は要するに只の後悔。何の意味も無い事は私自身も分かってる。それでも私はあの人と共に歩みたい。アルド様の居ない人生など、俺には不要だからな―――」
固まる彼女の横を過ぎ、チロチンは階段を降りていく。
アルドの位置を知らせる、手がかりを片手に。
やはり付いていった方が良かった。たとえ彼がカテドラル・ナイツの指揮権を失ったとしても、我々は―――少なくとも自分は彼以外に忠義を誓う気は無いし、この命を賭ける気も無い。自分とファーカを助けてくれたのは他ならぬ彼―――アルドなのだ。彼を裏切ってまでナイツを続ける意味は無いし、もしも他の者が玉座に就こうものなら、チロチンは躊躇なくナイツを脱退しよう。自分の居るべき場所は彼の足元なのだから。
……なのに。
「あれ、チロチンったらどうしたの? 浮かない顔しちゃって。鳥だけに」
「……鳥は浮くというよりかは飛ぶと思うんだが」
冷静に間違いを指摘した後、チロチンは目を閉じた。「何しているんだ、こんな所で。ここは帝城の最上階だぞ? アルド様が居ない今、面倒な仕事は全て私達がやらなければならない。ここに居る意味は無いだろう」
アルドは戦ってばかりで、内部の治安の事を全く気にしていなかった。今、彼が内部に目を向けているのならば、自分達はかつてのアルドの様に、魔人の統率も含め色々な事を考えなければならない。剣の執行者とやらがこの大陸に滞在しているとはいえ、所詮は他人。依存すれば破滅する。
「じゃあ何でチロチンはこんな所に居るの? 確かにここは見晴らしがいいから、侵入者が来ても分かるだろうけど……壁に凭れてるだけじゃ流石に何も見えないでしょ」
「………………」
どうやらファーカを理屈で言いくるめる試みは失敗したようだ。これ以上言い逃れをしても時間の無駄だし、ここは素直に吐いておく。
「―――お前にだけは打ち明けておくが……私は……後悔している。オールワークを付いて行かせたことに」
「オールワークを信用してないの?」
「そういう訳じゃない。アイツの事は信用しているつもりだ。昔のアルド様を知っている関係もあるだろうから、アルド様としては願ったり叶ったりの人選だろうな……只」
主が本当に困ってる時に助けてやれないのは、臣下としてどうなのか。今までは只、従ってきただけだった。主の命令に従い、主の為に動いてきた。それはアルドが王である限りは当たり前のことで、本当の忠義心を試されるのはむしろ今。彼が玉座を降りた今だからこそ、自分達は彼を助けなければならない筈だ。
「私達は誰に従っているのか、と思ってな。ファーカ、お前は誰に従っているんだ?」
「……アルド様だけど」
「だが、我々の従っているアルド様は魔人の民意を聞き入れた。だから玉座を降りた……この意味が分かるか?」
わざわざファーカの方を見るまでもない。彼女が答えに迷っているのが手に取るように分かる。何か言ってやりたいけど、何を言えば分からない。彼女の胸に渦巻く感情は、大方そんな所だろう。
「……本当の意味でアルド様に従っているのなら、我々もまたナイツをやめるべきだったのではないか?」
彼女をしっかりと見据えてそう問うと、ファーカの表情は露骨に強張った。
「私情も交えて話すぞ。俺はアルド様を愛している。この身を永遠に捧げても良いと思える程にな。お前もそうだろう。ディナントも、フェリーテも、ルセルドラグも、メグナも、ユーヴァンも、ヴァジュラもそうだろう……なのに何故誰も、ナイツを脱退しない? 脱退まではしなくとも、何故誰もついて行かなかった? 本当に忠義を誓っているのなら、そうするべきだった。オールワークに全てを投げつけて、アルド様が今までやっていた事を引き受けるなんて事はするべきではなかった」
「ちょ、ちょっと……何が言いたいのよ!」
「口ばかりだったという事だ、我々の忠義など。いや、最初はそうではなかったのかもしれないな。だがナイツに配属されて考えが変わったのかもしれない。好待遇に感けて忠義心を忘れたのかもしれない。何にしても俺を含むカテドラル・ナイツは、アルド様を裏切ったんだ。この地位を捨てたくないと、心の何処かでそう思ったのかもな」
「―――私は、裏切ってなんか」
「口ではそう言えるだろう。勿論俺も。だが行動が全てを証明している。我々はいつの間にか、魔人という種族そのものに従っていたんだ」
「……違う」
「アルド様に本当に従っているのなら、我々もアルド様と同じように、一年間はナイツを脱退するべきだった! 民意に背いてでも、そうするべきだった。だが我々はしなかった、何故? 地位にしがみついていたからだ、民意に従っていたからだ。我々の本当の主人は人間などという下等生物ではなく、誇るべき同族の民意だった! 命をくれた、愛をくれた恩人への忠義心など、その程度で潰える代物に過ぎなかった!」
「違う!」
「……違うものか。俺もお前も、カテドラル・ナイツだ。アルド様が玉座を降りようとした時、脱退ではなく説得を選んだ時点で、同族さ」
めちゃくちゃな事を言っているのは分かっている。大陸奪還は魔人の望み、それを叶えるためにアルドは魔王になった。だからアルドが玉座を降りても、ナイツはやめるべきでないのは分かっている。アルドは魔人の望みを叶える為の駒でしかないのだから、そんな彼が玉座を降りれば付き従う必要がないのは当然の道理……それでも自分は、後悔している。
チロチンにとってはたった一人の、全てを捧げようと思える人だった。そんな人を、こんな風に裏切ってしまうなんて。
「……多数を取るか、一人を取るか。我々は満場一致で多数を取った。説得などという甘えた選択を取ったのがその証拠だ。だから私は後悔している。何故、そうしなかったのかと」
「…………」
ファーカはドレスの裾をぎゅっと掴んで押し黙っている。正論を言ったつもりはない。言い返そうと思えば言い返せるはずだ。だが間違った事を言ったつもりもない。アルドだけが玉座を降りたのは事実として、自分達はその様を上から見物している。きっとアルドは戻ってくると願いながら。アルドならば絶対に戻ってくると信じながら。
誰に共感されなくてもいい。付き従う事とはどういう事か、その答えは千差万別。チロチンの答えがたまたま『何に背こうとも主に付くべきである』というだけ。ファーカに押し付けるつもりは無かった……いや、嘘はよそう。自分はこの答えを共有したかったのだ。押し付けたかったのだ。その相手がたまたまファーカだった。近くに居る相手なら誰でも良かった。
「……………………………済まないな。こんな事を話してしまって。アルド様を信じて待つ事は、正しい選択なのは分かってる。色々な問題があるからな、実際問題、意志を貫くことはそう容易な事じゃないし、私の発言は要するに只の後悔。何の意味も無い事は私自身も分かってる。それでも私はあの人と共に歩みたい。アルド様の居ない人生など、俺には不要だからな―――」
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