ワルフラーン ~廃れし神話
彷徨いながら
アルドから悪魔についての情報を聞いておくべきだった。悪魔の作った異界に、危険を承知で飛び込む割には迂闊だったと言わざるを得ない。オールワークが知っているのは、ほんの少しの情報だけ。そしてそれは、この異界攻略時において何の役にも立ちはしない。
家の中に入ると同時に、空間が広がったような錯覚が脳内を刺激する。現実が塗り替えられ、異界法則が視界を侵食。家の壁は肉の様に赤く染まり、隆起して、生きているかのように脈動を始める。確認の為に背後を見ると、やはり巨大な肉によって塞がれている。
―――触っても大丈夫なようですね。
多少不快な感触がするだけで、特に何かが起こる様子はない。あの少年もこれを知ったから、奥の方へと突っ走っていったのかもしれない。床の柔らかさに足を取られない様に気をつけつつ、オールワークは異空間を進んでいく。
何の変哲もない家だった筈なのに、この異様さ。恐らく最奥は無いだろう。異界法則が適用されている以上は、常識の概念は思考の邪魔をするだけだ。建物であるのならば必ず行き止まりが存在するという常識は捨てて良い。同じ入口から入ったのだから、ツェートとは簡単に合流できるという常識も捨てて良い。
何の変化も事件も無く、歩き続けて数十分。変わり映えのしない景色に、オールワークは苛立ちを募らせる。悪魔は一体何をしたいのだろう。あの言葉が嘘でなければ、少なくとも自分には死ぬ可能性が……
『ああ、それならお前から見て右の家に居るけどな……その先は俺の作った異界だ。たとえこっちで力を失っていても関係ない。それでもいいってのか? 無駄死にするだけかもしれないぜ?』
あれは只の挑発だと思っていたのだが、成程。こういう事だったか。
『その先は俺の作った異界だ』
故に彼の所に辿り着けるとは限らない。
『たとえこっちで力を失っていても関係ない。それでもいいってのか?』
現実では力を失っていて自由に出来ないが、異界の中であればその縛りは無い。だから敢えて尋ねてきたのだ。『それでもいいのか』と。
『無駄死にするだけかもしれないぜ?』
オールワークを少年の所に連れて行く気はさらさらないから、行った所で意味は無いと言いたかったのだろう。あれは決して自分を舐めていたとかそういう事ではないのだ。
何せ悪魔は古来より人と関わってきた関係上、何においてもまず人の価値を見る。恐らく自分と出会った時、奴はこう思った。舐めてはいけない、と。だから敢えてツェートと違う場所―――ここに閉じ込めた。どんな小細工をしても無駄だと開き直ったのだろう、ここに何もないのはそういう事。何もしない事が一番の対策であると悟ったからだ。
考えが甘かった。悪魔の問いに対しての自分の答えは、真意と照らし合わせてみると大分ズレている。剣を奪われた時点で気づくべきだったというのは今更な話。今はここをどうやって脱出するか。それだけを考えよう。
肉の壁はあらゆる衝撃を吸収する。全力で殴った所で壊れないだろうし、仮に壊れてもツェートに出会える保証も外に出られる保証もない。
では魔術ならばどうだろうか。試しに指先に火を点けてみる―――点かない。魔力を十倍以上流した所で結果は変わらなかった。どうやらここは魔力濃度がマイナスになっているようだ。魔力ばかりが勝手に流れて、後には何も残らない。物理的な破壊は非常に困難という結論に達したが、魔術による破壊はそれすらも下回って不可能と言える。
―――剣を奪われたのは、痛手ですね。
宝物庫を呼び出しても反応すらしないという事は、魔力に関係するあらゆる権限が機能しないのかもしれない。例外として王剣の位置を示す指輪は機能しているが、この世界の脱出には役立ちそうもない。魔力の糸が壁をすり抜けて続いているが、これは王剣が世界の『法』を象徴する剣だからこそ実現している事。この世界を脱出する為には何の役にも立たない―――事も無いか。
魔力の糸が伸びているという事は、この方向に進んでいけば確実にアルドに出会えるという事である。ツェートの位置は分からないが、それはアルドと合流した後にでも探せば……いや、それは駄目だ。自分をこんな所に閉じ込めた以上、ツェートは自分とは全く違った被害に遭っている筈。仮にここを無限の退屈とするならば、あっちは無限の苦労、或いは無限の苦痛? 居ない事には分からないが、きっとそんな所だろう。自分と同じ事をされていると考えない理由は前述の通りだ。悪魔に実力を正当に評価された事を加味しての判断である。
分かりやすく言うと、自分の実力では悪魔にとっての『愉しみ』になり得なかったのだ。だがツェートの実力ならば、悪魔にとっての『愉しみ』になり得ていた。強いからではない、弱いから。
そして性根の腐った存在の『愉しみ』等相場が知れている。一刻も早く彼と合流しなければ、たとえ最初は良かったとしてもいつかは力尽きてしまうだろう。
一日耐えても一週間。
一週間耐えても一か月。
一か月耐えても一年間。
一年間耐えても十年間。
どうすればいい? 魔術も武器も通じず、機能するのはこの指輪と己の身体のみ。無限の退屈を与えられるこの空間を、私はどうやって脱出すればいい?
―――冷静になろう。頭に血が上れば解決できるモノも出来なくなる。何も出来ない訳ではないのだ。この指輪と身体は……身体は。
……そうか。もしかして、この方法ならば―――
家の中に入ると同時に、空間が広がったような錯覚が脳内を刺激する。現実が塗り替えられ、異界法則が視界を侵食。家の壁は肉の様に赤く染まり、隆起して、生きているかのように脈動を始める。確認の為に背後を見ると、やはり巨大な肉によって塞がれている。
―――触っても大丈夫なようですね。
多少不快な感触がするだけで、特に何かが起こる様子はない。あの少年もこれを知ったから、奥の方へと突っ走っていったのかもしれない。床の柔らかさに足を取られない様に気をつけつつ、オールワークは異空間を進んでいく。
何の変哲もない家だった筈なのに、この異様さ。恐らく最奥は無いだろう。異界法則が適用されている以上は、常識の概念は思考の邪魔をするだけだ。建物であるのならば必ず行き止まりが存在するという常識は捨てて良い。同じ入口から入ったのだから、ツェートとは簡単に合流できるという常識も捨てて良い。
何の変化も事件も無く、歩き続けて数十分。変わり映えのしない景色に、オールワークは苛立ちを募らせる。悪魔は一体何をしたいのだろう。あの言葉が嘘でなければ、少なくとも自分には死ぬ可能性が……
『ああ、それならお前から見て右の家に居るけどな……その先は俺の作った異界だ。たとえこっちで力を失っていても関係ない。それでもいいってのか? 無駄死にするだけかもしれないぜ?』
あれは只の挑発だと思っていたのだが、成程。こういう事だったか。
『その先は俺の作った異界だ』
故に彼の所に辿り着けるとは限らない。
『たとえこっちで力を失っていても関係ない。それでもいいってのか?』
現実では力を失っていて自由に出来ないが、異界の中であればその縛りは無い。だから敢えて尋ねてきたのだ。『それでもいいのか』と。
『無駄死にするだけかもしれないぜ?』
オールワークを少年の所に連れて行く気はさらさらないから、行った所で意味は無いと言いたかったのだろう。あれは決して自分を舐めていたとかそういう事ではないのだ。
何せ悪魔は古来より人と関わってきた関係上、何においてもまず人の価値を見る。恐らく自分と出会った時、奴はこう思った。舐めてはいけない、と。だから敢えてツェートと違う場所―――ここに閉じ込めた。どんな小細工をしても無駄だと開き直ったのだろう、ここに何もないのはそういう事。何もしない事が一番の対策であると悟ったからだ。
考えが甘かった。悪魔の問いに対しての自分の答えは、真意と照らし合わせてみると大分ズレている。剣を奪われた時点で気づくべきだったというのは今更な話。今はここをどうやって脱出するか。それだけを考えよう。
肉の壁はあらゆる衝撃を吸収する。全力で殴った所で壊れないだろうし、仮に壊れてもツェートに出会える保証も外に出られる保証もない。
では魔術ならばどうだろうか。試しに指先に火を点けてみる―――点かない。魔力を十倍以上流した所で結果は変わらなかった。どうやらここは魔力濃度がマイナスになっているようだ。魔力ばかりが勝手に流れて、後には何も残らない。物理的な破壊は非常に困難という結論に達したが、魔術による破壊はそれすらも下回って不可能と言える。
―――剣を奪われたのは、痛手ですね。
宝物庫を呼び出しても反応すらしないという事は、魔力に関係するあらゆる権限が機能しないのかもしれない。例外として王剣の位置を示す指輪は機能しているが、この世界の脱出には役立ちそうもない。魔力の糸が壁をすり抜けて続いているが、これは王剣が世界の『法』を象徴する剣だからこそ実現している事。この世界を脱出する為には何の役にも立たない―――事も無いか。
魔力の糸が伸びているという事は、この方向に進んでいけば確実にアルドに出会えるという事である。ツェートの位置は分からないが、それはアルドと合流した後にでも探せば……いや、それは駄目だ。自分をこんな所に閉じ込めた以上、ツェートは自分とは全く違った被害に遭っている筈。仮にここを無限の退屈とするならば、あっちは無限の苦労、或いは無限の苦痛? 居ない事には分からないが、きっとそんな所だろう。自分と同じ事をされていると考えない理由は前述の通りだ。悪魔に実力を正当に評価された事を加味しての判断である。
分かりやすく言うと、自分の実力では悪魔にとっての『愉しみ』になり得なかったのだ。だがツェートの実力ならば、悪魔にとっての『愉しみ』になり得ていた。強いからではない、弱いから。
そして性根の腐った存在の『愉しみ』等相場が知れている。一刻も早く彼と合流しなければ、たとえ最初は良かったとしてもいつかは力尽きてしまうだろう。
一日耐えても一週間。
一週間耐えても一か月。
一か月耐えても一年間。
一年間耐えても十年間。
どうすればいい? 魔術も武器も通じず、機能するのはこの指輪と己の身体のみ。無限の退屈を与えられるこの空間を、私はどうやって脱出すればいい?
―――冷静になろう。頭に血が上れば解決できるモノも出来なくなる。何も出来ない訳ではないのだ。この指輪と身体は……身体は。
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