ワルフラーン ~廃れし神話
危険な思い出
ここが通路である以上、前後を塞がれた二人には捕まる以外の道は無かった。その筈だった。
「…………ん?」
樹は目の前で停止していた。細枝はゼノンの片腕に軽く絡みついていたが、特にそれ以上の動きはなく、少し腕を引っ張るだけで拘束からは解放された。
どうなっているのだろう。
「助かった……の……?」
目の端で、エルアが動かない樹を突っついていた。そして動かない事を確信した後、木剣を振って樹を断ち切った。再生は……起こらない。
「もう只の樹になったのかな? それともこれを操ってる人が気絶したとか?」
「そうだとしたら、アルドがやってくれたって事でいいのかなー……」
アルドならば樹を壊しながらでも根元の方まで行けるだろうし、だとするならば納得がいく。このタイミングで倒したのは偶然だろうが、何にしても幸運だった。樹木はエルアが切り開いてくれるようだし、このまま根元の方でアルドと合流すれば……いや。
そういえば鬼ごっこは未だ継続中だった。自分としてはさっさと終わらせたいが、エルアのやる気は消失していないように見える。そしてやる気が消失していないという事は、
『ほら、大空洞に出られた! それじゃゼノン! アルドが来るといけないから、逃げよ!』
という言葉が目に見えている。そうなるとアルドとの合流の機会を失う事になる上、今度は見つかる保証すらない。何としてもここはエルアにやる気を無くさせなければならない。しかし彼女に並の理屈が通じる訳がない。通じていたらこんな事になっていない。
「ねえエルア? ここは一つ、アルドの所に向かわない?」
「え、何で? アルドは鬼だよ、捕まっちゃうよッ」
やはりそう答えたか。その本気で捕まりたくないと言わんばかりの表情には申し訳ないが、ここで攻めなければエルアのやる気は削げない。
「…………じ、実はね。アルドには黙ってろって言われてたけど―――エルアにね、プレゼントがあるんだって」
「プレゼント? アルドから?」
「そ、そう。それでね、エルアが家に戻ったら渡すつもりなの。内容は流石に言えないけど、ね? 鬼ごっこ、終わりにしよう?」
全部嘘である。アルドにそんな事は言われていないし、そんな事をするつもりがない事も分かっている。彼女と遊んでいるのは飽くまで調査の一環。事態を解決するまでの、なんて事の無い道程に過ぎない。
―――アルド、ごめんなさい。
「アルドが私に……そっか。そっかそっか! そうなんだ! アルドが……えへへ」
「鬼ごっこ、終わりにする?」
「うん!」
素直に喜んでいるエルアを見ていると心が痛む。何処までも言っても嘘は嘘。この場しか凌げない虚実の言葉。そんな中身のない言葉を疑いもせず信じる彼女は……何というか、やはり子供なのだなと感じた。
罪悪感は半端なモノではないが。
「それじゃ、アルドの所に行こうか。きっとアルドも心配してるよ―――」
刹那。目の前を遮っていた樹木が切り開かれた。まるで紙を切るかのように容易く切り開かれた樹木は、綺麗な切り口をこちらに見せて、ゆっくりと左右に横たわった。
犯人は……考えるまでもない。そこに立っているから。
気を失うすんでの所で王剣を取り出せたのは幸運だったかもしれない。自分に突き刺し、『王権』によって毒を体外に排出して、ついでに体力も回復。後一秒でも遅ければアルドは恐らく死んでいただろう。宝物庫には感謝しなければいけない。
しかし死にたくなかったが為に、アルドは直前で感覚の共有を切ってしまった。剣を手放してしまったのだ。そのせいで二人の姿は見失うし、毒の影響で『胚逆』は刃毀れを起こしてしまった。もう一度樹木を操作すれば見つけられるかもしれないが、再び毒を喰らおうものなら、『胚逆』は壊れるだろうし、アルドにも今度こそ延命の余地は無いだろう。
となれば自力で歩いて探すしかないわけだが、問題がある。エルアに鬼ごっこを続ける意思があるかどうか、という問題だ。
もう『胚逆』は使えない。故に、エルアにその気があった場合、逃げられてしまう恐れがある。最終手段として『王権』があるとはいえ、使えば彼女の機嫌を損ねる恐れがある。勿論、何も起きないかもしれない。だが何か起きる可能性を考慮すると、そういう強引な手法で彼女を連れ戻す事は控えたい。
……考えていても仕方がない。取りあえず、彼女達の所まで行こう。あそこに留まっていれば僥倖、留まっていなければ……その時考えよう。『胚逆』は壊れそうなので回収しておく。
幸いにも、彼女達と最後に交戦した場所は覚えている。そして案外、その場所は近い。通路を三回ほど通って、左に曲がるだけだ。
樹は切り開かれていない。という事は……移動していないという事か? 転移魔術は二人とも覚えていない筈。エルアに関しては自分を真似している点を鑑みると、確実に。ゼノンに関してはあまり分からないが、そもそもそんな魔術が使えるのならばわざわざ歩いていく訳がないので……
「…………ふぅー」
二人は移動をしていない。そう信じてアルドは王剣を振り下ろした。
「…………ん?」
樹は目の前で停止していた。細枝はゼノンの片腕に軽く絡みついていたが、特にそれ以上の動きはなく、少し腕を引っ張るだけで拘束からは解放された。
どうなっているのだろう。
「助かった……の……?」
目の端で、エルアが動かない樹を突っついていた。そして動かない事を確信した後、木剣を振って樹を断ち切った。再生は……起こらない。
「もう只の樹になったのかな? それともこれを操ってる人が気絶したとか?」
「そうだとしたら、アルドがやってくれたって事でいいのかなー……」
アルドならば樹を壊しながらでも根元の方まで行けるだろうし、だとするならば納得がいく。このタイミングで倒したのは偶然だろうが、何にしても幸運だった。樹木はエルアが切り開いてくれるようだし、このまま根元の方でアルドと合流すれば……いや。
そういえば鬼ごっこは未だ継続中だった。自分としてはさっさと終わらせたいが、エルアのやる気は消失していないように見える。そしてやる気が消失していないという事は、
『ほら、大空洞に出られた! それじゃゼノン! アルドが来るといけないから、逃げよ!』
という言葉が目に見えている。そうなるとアルドとの合流の機会を失う事になる上、今度は見つかる保証すらない。何としてもここはエルアにやる気を無くさせなければならない。しかし彼女に並の理屈が通じる訳がない。通じていたらこんな事になっていない。
「ねえエルア? ここは一つ、アルドの所に向かわない?」
「え、何で? アルドは鬼だよ、捕まっちゃうよッ」
やはりそう答えたか。その本気で捕まりたくないと言わんばかりの表情には申し訳ないが、ここで攻めなければエルアのやる気は削げない。
「…………じ、実はね。アルドには黙ってろって言われてたけど―――エルアにね、プレゼントがあるんだって」
「プレゼント? アルドから?」
「そ、そう。それでね、エルアが家に戻ったら渡すつもりなの。内容は流石に言えないけど、ね? 鬼ごっこ、終わりにしよう?」
全部嘘である。アルドにそんな事は言われていないし、そんな事をするつもりがない事も分かっている。彼女と遊んでいるのは飽くまで調査の一環。事態を解決するまでの、なんて事の無い道程に過ぎない。
―――アルド、ごめんなさい。
「アルドが私に……そっか。そっかそっか! そうなんだ! アルドが……えへへ」
「鬼ごっこ、終わりにする?」
「うん!」
素直に喜んでいるエルアを見ていると心が痛む。何処までも言っても嘘は嘘。この場しか凌げない虚実の言葉。そんな中身のない言葉を疑いもせず信じる彼女は……何というか、やはり子供なのだなと感じた。
罪悪感は半端なモノではないが。
「それじゃ、アルドの所に行こうか。きっとアルドも心配してるよ―――」
刹那。目の前を遮っていた樹木が切り開かれた。まるで紙を切るかのように容易く切り開かれた樹木は、綺麗な切り口をこちらに見せて、ゆっくりと左右に横たわった。
犯人は……考えるまでもない。そこに立っているから。
気を失うすんでの所で王剣を取り出せたのは幸運だったかもしれない。自分に突き刺し、『王権』によって毒を体外に排出して、ついでに体力も回復。後一秒でも遅ければアルドは恐らく死んでいただろう。宝物庫には感謝しなければいけない。
しかし死にたくなかったが為に、アルドは直前で感覚の共有を切ってしまった。剣を手放してしまったのだ。そのせいで二人の姿は見失うし、毒の影響で『胚逆』は刃毀れを起こしてしまった。もう一度樹木を操作すれば見つけられるかもしれないが、再び毒を喰らおうものなら、『胚逆』は壊れるだろうし、アルドにも今度こそ延命の余地は無いだろう。
となれば自力で歩いて探すしかないわけだが、問題がある。エルアに鬼ごっこを続ける意思があるかどうか、という問題だ。
もう『胚逆』は使えない。故に、エルアにその気があった場合、逃げられてしまう恐れがある。最終手段として『王権』があるとはいえ、使えば彼女の機嫌を損ねる恐れがある。勿論、何も起きないかもしれない。だが何か起きる可能性を考慮すると、そういう強引な手法で彼女を連れ戻す事は控えたい。
……考えていても仕方がない。取りあえず、彼女達の所まで行こう。あそこに留まっていれば僥倖、留まっていなければ……その時考えよう。『胚逆』は壊れそうなので回収しておく。
幸いにも、彼女達と最後に交戦した場所は覚えている。そして案外、その場所は近い。通路を三回ほど通って、左に曲がるだけだ。
樹は切り開かれていない。という事は……移動していないという事か? 転移魔術は二人とも覚えていない筈。エルアに関しては自分を真似している点を鑑みると、確実に。ゼノンに関してはあまり分からないが、そもそもそんな魔術が使えるのならばわざわざ歩いていく訳がないので……
「…………ふぅー」
二人は移動をしていない。そう信じてアルドは王剣を振り下ろした。
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