ワルフラーン ~廃れし神話
魔王の困惑
ゼノンに鬼をやらせる訳には行かなかったとはいえ、ここまでエルアに連れまわされている所を見ると、一体何が正しい選択だったのか分からなくなってしまう。こんな大穴まで作り出して……ゼノンの苦労は如何ほどか。
何より面倒なのが、この穴の入口。どうやらエルア次第で何処にも飛ばせるらしい。それは同じ入口から落ちたにも関わらず、アルドの付近に誰の姿も見えない事から推察できる。
―――かなり広いと見たが、さて。
一言で言えば全方位穴だらけ。壁にも入口があるし天井にも入口があるし、地面にも入口がある。一方で光は見えないので、出口は無い。少なくとも、アルドが今いる位置には。光源が無いので何も見えないが、それは問題ない。視えなくても聞こえるモノはある。感じるモノがある。人が神より賜りしモノは目だけではないのだ。
アルドは耳を澄ませて周囲の音を聞き分ける。漂う空気の音は除外するとして……今の所二人の音と思わしき音は聞こえない。聴覚には少しだけ自信があったが、どうやら彼女達は周辺には居ないようだ。周辺とは、ここから入口を十ツ程通った辺りまでの事を言う。距離にして数キロ。その範囲に二人が居ないという事は、この場所は少なくともそれ以上に広いという事。これは面倒である。魔物が居ないのが幸いだが、それはそれとして、無限の退屈がここにある。
「……おーい! 聞こえるかー!」
声は瞬く間に響き、返り、消える。反応の欠片も得られなかった声からは、心なしか虚しさすら感じてしまう。もしも気配を消失させていた場合は、アルドでも気づけないので一応呼んではみたが、案の定だ。やはり遠くに居ると見て良い。
出鱈目に近くの入口に飛び込んでみるが、その先は先程と似たような構造になっている。違いがあるとすれば入口の数だけ。先程は七九個だったが、今いる場所は一〇八個。
「……」
こうも音が無く静かだと、アルドはいよいよ次の可能性を考慮しなければならない。それは、実はこの穴は落とし穴で、二人は全く別の場所に転移しているのではないだろうか、という可能性だ。もしもそうであるのなら、アルドの心配など杞憂に過ぎず、二人はそんな自分の動きを見て嗤っているのではないか……エルアがあの状況であんな逃げ方をしたのには理由がある筈。無くてはならない。無かったら困る。
―――そう思ったら、何だか理由もないままにやった可能性の方も推察してしまう―――所謂、特に何も考えていなかったが、捕まりたくなかったのでやったという理由だが―――これも十分にあり得る。エルアはまだ子供だ。合理的とか効率的とか、そういう言葉の意味をまるで理解していない。だから彼女は、妥協はしないが頭は弱い。それ故に取る行動もまた、妥協はしていないが非合理的な場合がある……と思われる。
「――――――」
両方を視野に入れて動くことは出来ない。アルドはどちらのエルアを信じればいいのだろうか。自分の想定する最適な動きを行ったエルアと、妥協はしないが頭の弱い、アルドの良く知るエルア。どちらがこの時点で本物のエルアなのか。
「―――」
出るだけならば簡単だ。上を斬るだけでいい。だが、もしも彼女達が中に居た場合、彼女達を生き埋めにしてしまう事になる。
魔王アルドとしても、英雄アルドとしても、アルド・クウィンツとしても。どう行動するべきかは一致していた。
アルドは虚空から剣を引き抜いた後、足元に突き立てた。
「一体どうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
出口とアルドを探していた時、それは起こった。エルアの動揺ぶりから察するに、それはエルアの関わっていない事態……不測の事態。
あらゆる所から生えてくる樹木は、どうやってかこちらを感知しているようで、執拗に追いかけ回してくる。もう何処をどう進んだかなんて気にしていられない。覚えてもいられない。樹木の速度は存外に早く、そんな事に思考の容量を割いていたら絶対に追いつかれるからだ。
「ゼノン! こっち!」
下から二段目の入口まで跳躍。緩やかな坂となっている通路を駆け上がりながら、ゼノンは背後を確認する。あの太い樹木がここの入り口を通過するなど不可能な筈だったが、何のことは無い。掘り進めばいいのだ。細かろうが硬かろうが、そんな概念はこの樹木の前では全くの無意味、無意義、無価値。鋼鉄でもあれば話は別なのだろうが、生憎とここは地下空洞。あるとすれば土と石だけである。
「ね、ねえー! 本当にあれ知らないの?」
「知る訳ないよ! あれ何なのッ? 怖い!」
疑ってはみたが、考えてみれば彼女が犯人である場合、自身を追いかけ回す必要性は無い。本当に犯人ならば襲われたと思わせて別行動でも何でもすればいいのだから。
「ど、どうするッ? このままじゃ追いつかれるけど……!」
樹木の速度は徐々に加速している。行動を全く変えずに繰り返していればいずれ追いつかれる事は明白だった―――待て待て。
そもそもこれに捕まったらどうなるというのだろうか。追いかけられているから取りあえず逃げているが、果たしてこの行動は正しいのだろうか。いずれ追いつかれる事が明白であるのなら、一度捕まってみるのも手……いや、戦ってみるのもありなのではないだろうか。案外弱っちいかもしれない。
「エルア、樹と戦ったことある?」
「ん~ない!」
まあ、そうだろう。自分も無い。アルドはもしかするとあるかもしれないが、今は居ない彼の事を当てにするべきではない。自分達を当てにしなければ。
「……次の大空洞に出た時に振り返って迎え撃つから、エルアも協力してッ」
「ゼノンってばモノ好きだね。木と戦いたいなんて。でも……面白そうッ、分かった!」
背後が保つ距離は数メートルあるかどうか。振り返ったその瞬間に戦闘は始まる。
大空洞へと足を踏み出したその瞬間。二人は同時に身を翻し、武器を構えた。
何より面倒なのが、この穴の入口。どうやらエルア次第で何処にも飛ばせるらしい。それは同じ入口から落ちたにも関わらず、アルドの付近に誰の姿も見えない事から推察できる。
―――かなり広いと見たが、さて。
一言で言えば全方位穴だらけ。壁にも入口があるし天井にも入口があるし、地面にも入口がある。一方で光は見えないので、出口は無い。少なくとも、アルドが今いる位置には。光源が無いので何も見えないが、それは問題ない。視えなくても聞こえるモノはある。感じるモノがある。人が神より賜りしモノは目だけではないのだ。
アルドは耳を澄ませて周囲の音を聞き分ける。漂う空気の音は除外するとして……今の所二人の音と思わしき音は聞こえない。聴覚には少しだけ自信があったが、どうやら彼女達は周辺には居ないようだ。周辺とは、ここから入口を十ツ程通った辺りまでの事を言う。距離にして数キロ。その範囲に二人が居ないという事は、この場所は少なくともそれ以上に広いという事。これは面倒である。魔物が居ないのが幸いだが、それはそれとして、無限の退屈がここにある。
「……おーい! 聞こえるかー!」
声は瞬く間に響き、返り、消える。反応の欠片も得られなかった声からは、心なしか虚しさすら感じてしまう。もしも気配を消失させていた場合は、アルドでも気づけないので一応呼んではみたが、案の定だ。やはり遠くに居ると見て良い。
出鱈目に近くの入口に飛び込んでみるが、その先は先程と似たような構造になっている。違いがあるとすれば入口の数だけ。先程は七九個だったが、今いる場所は一〇八個。
「……」
こうも音が無く静かだと、アルドはいよいよ次の可能性を考慮しなければならない。それは、実はこの穴は落とし穴で、二人は全く別の場所に転移しているのではないだろうか、という可能性だ。もしもそうであるのなら、アルドの心配など杞憂に過ぎず、二人はそんな自分の動きを見て嗤っているのではないか……エルアがあの状況であんな逃げ方をしたのには理由がある筈。無くてはならない。無かったら困る。
―――そう思ったら、何だか理由もないままにやった可能性の方も推察してしまう―――所謂、特に何も考えていなかったが、捕まりたくなかったのでやったという理由だが―――これも十分にあり得る。エルアはまだ子供だ。合理的とか効率的とか、そういう言葉の意味をまるで理解していない。だから彼女は、妥協はしないが頭は弱い。それ故に取る行動もまた、妥協はしていないが非合理的な場合がある……と思われる。
「――――――」
両方を視野に入れて動くことは出来ない。アルドはどちらのエルアを信じればいいのだろうか。自分の想定する最適な動きを行ったエルアと、妥協はしないが頭の弱い、アルドの良く知るエルア。どちらがこの時点で本物のエルアなのか。
「―――」
出るだけならば簡単だ。上を斬るだけでいい。だが、もしも彼女達が中に居た場合、彼女達を生き埋めにしてしまう事になる。
魔王アルドとしても、英雄アルドとしても、アルド・クウィンツとしても。どう行動するべきかは一致していた。
アルドは虚空から剣を引き抜いた後、足元に突き立てた。
「一体どうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
出口とアルドを探していた時、それは起こった。エルアの動揺ぶりから察するに、それはエルアの関わっていない事態……不測の事態。
あらゆる所から生えてくる樹木は、どうやってかこちらを感知しているようで、執拗に追いかけ回してくる。もう何処をどう進んだかなんて気にしていられない。覚えてもいられない。樹木の速度は存外に早く、そんな事に思考の容量を割いていたら絶対に追いつかれるからだ。
「ゼノン! こっち!」
下から二段目の入口まで跳躍。緩やかな坂となっている通路を駆け上がりながら、ゼノンは背後を確認する。あの太い樹木がここの入り口を通過するなど不可能な筈だったが、何のことは無い。掘り進めばいいのだ。細かろうが硬かろうが、そんな概念はこの樹木の前では全くの無意味、無意義、無価値。鋼鉄でもあれば話は別なのだろうが、生憎とここは地下空洞。あるとすれば土と石だけである。
「ね、ねえー! 本当にあれ知らないの?」
「知る訳ないよ! あれ何なのッ? 怖い!」
疑ってはみたが、考えてみれば彼女が犯人である場合、自身を追いかけ回す必要性は無い。本当に犯人ならば襲われたと思わせて別行動でも何でもすればいいのだから。
「ど、どうするッ? このままじゃ追いつかれるけど……!」
樹木の速度は徐々に加速している。行動を全く変えずに繰り返していればいずれ追いつかれる事は明白だった―――待て待て。
そもそもこれに捕まったらどうなるというのだろうか。追いかけられているから取りあえず逃げているが、果たしてこの行動は正しいのだろうか。いずれ追いつかれる事が明白であるのなら、一度捕まってみるのも手……いや、戦ってみるのもありなのではないだろうか。案外弱っちいかもしれない。
「エルア、樹と戦ったことある?」
「ん~ない!」
まあ、そうだろう。自分も無い。アルドはもしかするとあるかもしれないが、今は居ない彼の事を当てにするべきではない。自分達を当てにしなければ。
「……次の大空洞に出た時に振り返って迎え撃つから、エルアも協力してッ」
「ゼノンってばモノ好きだね。木と戦いたいなんて。でも……面白そうッ、分かった!」
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