ワルフラーン ~廃れし神話
魔王の動揺
「それにしても……アルドは一体どうやってこっちを捕まえるんだろう」
鬼ごっこにおいて、鬼側は逃走側を捕まえる事が勝利への条件だが、現在鬼側は謎の追加ルールによって、掴む事が出来なくなっている。エルアを楽しませる目的から始まった事とは言え、何故受け入れてしまったのか。これで鬼側の勝ち目は殆ど無くなってしまったようなモノ。
ゲームはあまりに一方的だとつまらないとは、エルアに憑いている悪魔が言っていた事だが、全くだ。負けたくないからとルールを追加してしまってはつまらない。これではまるで鬼の居ない鬼ごっこをやっているようなモノだ。
「大丈夫だよゼノン! アルドならきっと、どうにかするって!」
「……エルアって、意外と無責任だよねー」
子供らしいというか何と言うか。この横暴とも言えるような自由奔放さは大人にはないモノだ。短気な大人ならば、ブチ切れてもおかしくない。少なくともアルドは、子供に対してはそれなりに器が大きい事が窺える……いやそもそも。
エルアは病弱だった関係もあって、外には滅多に出られなかった。だから今みたいに自由に動けるようになった時に、好き放題やってしまうのは致し方が無い。何せ彼女は、他の誰よりもアルドと自由に遊びたがっていたのだ。その気持ちをアルドは汲み取ったのだろう。だから敢えて……受け入れた。
「アルドは何でも出来るから、遠慮しない! 遠慮しちゃったら、それはアルドを信じる事への妥協になるでしょ?」
「え、そ、そう……? 確かに、そう言えなくも無いけど……ええー?」
信用の全力投球も、それはそれで如何なモノか。
「大丈夫! 私もこれ以上ルールを追加する気は無いしッ。これ以上追加しちゃったら本当に勝ち目がなくなっちゃうもん」
「え、今でも十分勝ち目が無いと思うんだけど……」
「じゃあ後ろ見てみる?」
「え?」
何の事か分からない。困惑しつつも背後を振り返ってみると―――アルドが音もなくこちらに駆けてきていた。エルアに手を引かれてずっと走っているが、歩みを止めていれば既に追いつかれていただろう。
「な、何で諦めてないの?」
「これで分かったでしょ? アルドにも勝ち目がない訳じゃないの。アルドもそれに気づいたから追いかけてきた……」
勝ち目がない訳ではない……? 掴めないという事は、触るという事か? いや、接触で攻めてくるならば、五分と経たないうちにこの鬼ごっこは終わっている。アルドが掴むことに固執していたのは、そう簡単に鬼ごっこを終わらせない為だ。つまりアルドは、掴むことも触る事も出来ない状態でこちらを追いかけてきている。一体どうするつもりなのだろうか。
「もう走ってるだけじゃ駄目かもね……それじゃゼノン、今から地面を陥没させるから、しっかり付いてきてね!」
「え、ええ!」
倒れ込むようにエルアが手をついた瞬間……地面に光の吸い込まんとするほどの大穴が出現。底は当然見えない。アルドとの距離は五十メートルを切っている。そこまで近づかれては最早距離は無いも同然。アルドは接触、掴みを使わずに捕まえられる策があるようだが、だからと言って捕まりに行く道理はない。これは本気の遊びなのだ、妥協は許されない。エルアがそれを許さない。こうなった以上はアルドも妥協しないだろう。
だからこの遊びにおいて勝利する為には、ここに飛び込むしかない。二人が全力でやる以上、ゼノンも全力でやるしかないのだ。
見えない底をしっかりと見据えて、ゼノンは闇の底へと飛び込んだ。
自分が『猫』の魔人である事を、これ程までに感謝したことは無いだろう。暗闇の底は固い土だったが、問題なく着地する事は出来た。エルアは……アルドを模倣したとは言っても、ここは暗闇。完璧に模倣しようとも、アルドは人間だ。まともに受け身を取れる訳が無く、気絶していた。
「エルア、エルア!」
「……う~ん、んん? あれ、ここは何処?」
直ぐにエルアの意識は覚醒したが、暗闇に移動した影響で、目が慣れていないようだった。今は少なくとも、ゼノンだけが一方的に彼女を見ている。
「何処じゃないでしょーッ。この穴はエルアが作ったんだから!」
「あれ、そうだっけ……?」
「しっかりしてよ……」
動こうとしないという事は、まだ目が慣れていないのか。恥ずかしそうな笑みをしっかりとこちらに向ける事が出来るのは、きっと『猫』の目の反射を利用しているのだろう。
「待ってね―――ああ、そうだった! アルドから逃げる為に作ったんだったね。でもこれだけ大きな穴を作るつもりは無かったんだよね。力の加減を間違えちゃったかな?」
「間違えたじゃ済まないんだけど、この穴って脱出できるの? 一応鬼ごっこは継続中だから、アルドも入ったと思うけど」
「……ゼノンったらおかしな事を言うんだね。アルドから逃げる為に作ったんだから、入ってもらわないと困るじゃん」
「そういう事じゃないんだけど……まあいいか。それで、どうするの? ここって……」
見渡す限りあるのは道ばかり。何処に繋がっているかも分からない道が、自分達を囲むように存在している。何故か壁にも同じような道が存在しているのは気にしてはいけない。この道の一つ一つが別の場所に繋がっているとは考えたくない。
だが同じ場所に繋がっているかも……とは考えるまでも無いくらい愚かな考えだ。道を増やす意味がないから。
ゼノンの手を借りつつ、エルアは立ち上がった。どうやら目が慣れてきたようだ。
「ここって脱出できるの?」
「勿論! だってこれ、アルドを撒くために作った迷宮だもの。脱出できないなんてありえないよ」
「じゃあ出口までの道程は知ってるのね!」
「ううん、知らない!」
それだったら話は変わってくる。アルドをここに閉じ込めつつ迷宮から脱出すれば、自分達の勝利は揺るぎないものとなる。かなり卑怯な手段だが妥協をしないと言った以上は全力で……
「え?」
「だって、そんな事したら、勝ち目なんかあってないようなモノじゃん。だからこそ脱出できなくは無いけど、私は知らないの。だって、その方が楽しいじゃん!」
「いやいやいや! それって下手したら三人ともここで飢え死にするわよ?」
「その方が無意識に妥協しないでしょ。大丈夫! 鬼ごっこが終わったらアルドが何とかしてくれるよッ」
完全にアルド頼みである。アルドが何とか出来なかった場合など考えてもいないのだろう。彼女はそういう性格の人だ。
―――という事は、もうこれは鬼ごっこではないのではないか? いや、正確には鬼ごっこなのだが……完全に役割交代している気がする。
「じゃあ行こう! アルドに見つからない内に!」
「見つからないと何とか出来ないでしょッ!」
念願の外出という夢が叶ったからと言って。アルドと遊べるからと言って。それでもやっていい事には限度がある。一般的教育を受けた人間、或いは魔人ならばその辺りを弁えているが、彼女はそんな教育すら受けていない『災憑』の少女。暴走してしまっても不思議ではない。それが悪い事であるという認識が無いから。
それでも言わせてもらう。
―――アルド。この鬼ごっこ……凄く疲れるよ。
鬼ごっこにおいて、鬼側は逃走側を捕まえる事が勝利への条件だが、現在鬼側は謎の追加ルールによって、掴む事が出来なくなっている。エルアを楽しませる目的から始まった事とは言え、何故受け入れてしまったのか。これで鬼側の勝ち目は殆ど無くなってしまったようなモノ。
ゲームはあまりに一方的だとつまらないとは、エルアに憑いている悪魔が言っていた事だが、全くだ。負けたくないからとルールを追加してしまってはつまらない。これではまるで鬼の居ない鬼ごっこをやっているようなモノだ。
「大丈夫だよゼノン! アルドならきっと、どうにかするって!」
「……エルアって、意外と無責任だよねー」
子供らしいというか何と言うか。この横暴とも言えるような自由奔放さは大人にはないモノだ。短気な大人ならば、ブチ切れてもおかしくない。少なくともアルドは、子供に対してはそれなりに器が大きい事が窺える……いやそもそも。
エルアは病弱だった関係もあって、外には滅多に出られなかった。だから今みたいに自由に動けるようになった時に、好き放題やってしまうのは致し方が無い。何せ彼女は、他の誰よりもアルドと自由に遊びたがっていたのだ。その気持ちをアルドは汲み取ったのだろう。だから敢えて……受け入れた。
「アルドは何でも出来るから、遠慮しない! 遠慮しちゃったら、それはアルドを信じる事への妥協になるでしょ?」
「え、そ、そう……? 確かに、そう言えなくも無いけど……ええー?」
信用の全力投球も、それはそれで如何なモノか。
「大丈夫! 私もこれ以上ルールを追加する気は無いしッ。これ以上追加しちゃったら本当に勝ち目がなくなっちゃうもん」
「え、今でも十分勝ち目が無いと思うんだけど……」
「じゃあ後ろ見てみる?」
「え?」
何の事か分からない。困惑しつつも背後を振り返ってみると―――アルドが音もなくこちらに駆けてきていた。エルアに手を引かれてずっと走っているが、歩みを止めていれば既に追いつかれていただろう。
「な、何で諦めてないの?」
「これで分かったでしょ? アルドにも勝ち目がない訳じゃないの。アルドもそれに気づいたから追いかけてきた……」
勝ち目がない訳ではない……? 掴めないという事は、触るという事か? いや、接触で攻めてくるならば、五分と経たないうちにこの鬼ごっこは終わっている。アルドが掴むことに固執していたのは、そう簡単に鬼ごっこを終わらせない為だ。つまりアルドは、掴むことも触る事も出来ない状態でこちらを追いかけてきている。一体どうするつもりなのだろうか。
「もう走ってるだけじゃ駄目かもね……それじゃゼノン、今から地面を陥没させるから、しっかり付いてきてね!」
「え、ええ!」
倒れ込むようにエルアが手をついた瞬間……地面に光の吸い込まんとするほどの大穴が出現。底は当然見えない。アルドとの距離は五十メートルを切っている。そこまで近づかれては最早距離は無いも同然。アルドは接触、掴みを使わずに捕まえられる策があるようだが、だからと言って捕まりに行く道理はない。これは本気の遊びなのだ、妥協は許されない。エルアがそれを許さない。こうなった以上はアルドも妥協しないだろう。
だからこの遊びにおいて勝利する為には、ここに飛び込むしかない。二人が全力でやる以上、ゼノンも全力でやるしかないのだ。
見えない底をしっかりと見据えて、ゼノンは闇の底へと飛び込んだ。
自分が『猫』の魔人である事を、これ程までに感謝したことは無いだろう。暗闇の底は固い土だったが、問題なく着地する事は出来た。エルアは……アルドを模倣したとは言っても、ここは暗闇。完璧に模倣しようとも、アルドは人間だ。まともに受け身を取れる訳が無く、気絶していた。
「エルア、エルア!」
「……う~ん、んん? あれ、ここは何処?」
直ぐにエルアの意識は覚醒したが、暗闇に移動した影響で、目が慣れていないようだった。今は少なくとも、ゼノンだけが一方的に彼女を見ている。
「何処じゃないでしょーッ。この穴はエルアが作ったんだから!」
「あれ、そうだっけ……?」
「しっかりしてよ……」
動こうとしないという事は、まだ目が慣れていないのか。恥ずかしそうな笑みをしっかりとこちらに向ける事が出来るのは、きっと『猫』の目の反射を利用しているのだろう。
「待ってね―――ああ、そうだった! アルドから逃げる為に作ったんだったね。でもこれだけ大きな穴を作るつもりは無かったんだよね。力の加減を間違えちゃったかな?」
「間違えたじゃ済まないんだけど、この穴って脱出できるの? 一応鬼ごっこは継続中だから、アルドも入ったと思うけど」
「……ゼノンったらおかしな事を言うんだね。アルドから逃げる為に作ったんだから、入ってもらわないと困るじゃん」
「そういう事じゃないんだけど……まあいいか。それで、どうするの? ここって……」
見渡す限りあるのは道ばかり。何処に繋がっているかも分からない道が、自分達を囲むように存在している。何故か壁にも同じような道が存在しているのは気にしてはいけない。この道の一つ一つが別の場所に繋がっているとは考えたくない。
だが同じ場所に繋がっているかも……とは考えるまでも無いくらい愚かな考えだ。道を増やす意味がないから。
ゼノンの手を借りつつ、エルアは立ち上がった。どうやら目が慣れてきたようだ。
「ここって脱出できるの?」
「勿論! だってこれ、アルドを撒くために作った迷宮だもの。脱出できないなんてありえないよ」
「じゃあ出口までの道程は知ってるのね!」
「ううん、知らない!」
それだったら話は変わってくる。アルドをここに閉じ込めつつ迷宮から脱出すれば、自分達の勝利は揺るぎないものとなる。かなり卑怯な手段だが妥協をしないと言った以上は全力で……
「え?」
「だって、そんな事したら、勝ち目なんかあってないようなモノじゃん。だからこそ脱出できなくは無いけど、私は知らないの。だって、その方が楽しいじゃん!」
「いやいやいや! それって下手したら三人ともここで飢え死にするわよ?」
「その方が無意識に妥協しないでしょ。大丈夫! 鬼ごっこが終わったらアルドが何とかしてくれるよッ」
完全にアルド頼みである。アルドが何とか出来なかった場合など考えてもいないのだろう。彼女はそういう性格の人だ。
―――という事は、もうこれは鬼ごっこではないのではないか? いや、正確には鬼ごっこなのだが……完全に役割交代している気がする。
「じゃあ行こう! アルドに見つからない内に!」
「見つからないと何とか出来ないでしょッ!」
念願の外出という夢が叶ったからと言って。アルドと遊べるからと言って。それでもやっていい事には限度がある。一般的教育を受けた人間、或いは魔人ならばその辺りを弁えているが、彼女はそんな教育すら受けていない『災憑』の少女。暴走してしまっても不思議ではない。それが悪い事であるという認識が無いから。
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