ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

在す現、泡沫の過去

 確かにアルドの周りには特殊体質やら、無駄に才能溢るる弟子やらが集まってくるが、エルアはそんな存在ではない。いや、無かった。彼女は只の病弱な少女であり、アルドやリシャが介入しなければ彼女の体は今頃悪魔に乗っ取られていただろう。それくらい、非力な存在だった。
 エルアの攻防一体の斬撃に、アルドは攻めきれずにいた。身体を限界まで酷使して斬撃の流れに身を任せる『交迫』。病弱だった彼女にそんな芸当が出来るとは思えない。だが実際は、まるでずっと昔から使ってきた様に使いこなしている。まさか、本当に自分を完璧に真似しているのか?
 武器の差がある為、エルアも攻め切れている訳ではない。棒切れと死剣のどちらが優れているかは言うまでもないが、アルドはその優位性があるお陰で押し切られていないと言っても過言ではない。
―――過去の自分、まさかこれ程とはな。
 模倣者が少女とはいえ、此度の戦いは紛れもなく自分対自分。虚実のある斬撃も簡単に見抜けるが、それは相手も同じこと。
 戦って数時間以上が経つが、やはり決定打は与えられない。
 アルドの銀閃がエルアを断ち切らんと躊躇なく放たれるが、エルアは棒切れを逆手に持ち替え鎬に刺突。地面に下がった切っ先は踏みつけられて、持ち上がらない。反撃を考える暇もなくエルアは自由になっている片手で掌底を放ってくるが、武器を離せない今、アルドはむしろ顔を近づけて威力を減殺するしかない。
 しかしそんな事などエルアは想定済み。掌の密着した顎。ここから攻撃の展開など出来そうも―――
 いや、まずい!
 そう思った時には既に手遅れ。直後に襲ったのは意識を揺さぶる特大の衝撃。アルドは綺麗な弧を描いて地面へと倒れ込む。上空からは魔力で強化された棒切れが自由落下運動をしながらこちらに向かって来ていた。
 しかしあんな棒切れよりも注意を払うべきはエルアだ。後方に転がって体勢を立て直すと同時に棒切れを彼女へと蹴飛ばした。当たれば即死は免れなかっただろうが、エルアは当然掴んで止めた。
 魔力の根源とも、始祖とも、古代から生きている黒狼とも。色々な奴らと戦ってきたが、自分とは戦った事が無い。そして自分と戦うという事がここまで面倒だとは思わなかった。手の内も戦い方も、全てお見通し。しかしそれは相手も同じ事。
 一体どうすればいいのだろうか。こんな所で泥仕合はしたくない。早い所終わらせなければ、ツェートやレンリー、何よりオールワークに何かあった時に助けられない。
「見事だな、エルア。まさか何から何まで私を真似してくるとは驚いた。病弱だったお前からは信じられない成長だよ」
「そんな事喋ってていいの? 手加減はしないんじゃないの?」
「手加減はしないとも。只褒めているだけだ」
 今までと全く同じ力では片付けられない。ではどうするか。
 エイン・ランドには生きなければならないという執念から来た不意打ちで勝利した。
 エヌメラは自分の力を限界以上まで引き出した上で、そこにエインの後押しが加わり勝利した。
 だが今回は一対一。ゼノンはむしろ足手まといなので、今度こそ本当の真剣勝負。
「…………だから、俺のもう一つの本気を見せてやる」
 アルドは自分の眼前に剣でゆっくりと円を描く。続いてそれに重なるように十字を描き、最後に一文字。
 ジバルで習得した技は、極力この大陸では使わないようにしている。強すぎるから、という事ではない。単純にこの技を極めていないので、使いたくなかっただけだ。だが、今回はそうも言っていられないらしい。
 何せ対面しているのは過去の自分。既に極め使い慣れた技は互いに知り尽くしている。故にこの勝負を終わらせるためには、未完成のこの技を使うしかない。
天森白鏡テンシンハッキョウ流、『緋演ヒエン』」
 只間合いを測り直しただけだと思ったのか、エルアは渾身の力を込めて踏み込み、一気に肉迫。頭蓋を粉砕せんと棒切れを振り下ろす。たとえ防御しようともその防御を貫く一撃なのは確実で、無理に防御をすればむしろ体勢が崩れてしまう。だからこの一撃、躱すしかないのだが。アルドは躱そうともしない。棒切れは吸い込まれるようにアルドの頭蓋に命中。鈍い音が響き、アルドはその場に……倒れない。
「えッ」
 微動だにしないアルドに驚愕して動きが止まるエルア。それは言うなれば隙であり、逃す大馬鹿は存在しない。余裕を見せていられる程実力差がある訳でもないから。アルドは自由になっている片方の手をゆっくりと前に出して―――予備動作なしの一撃を繰り出した。動きの止まった彼女にそれを避ける術はない。無拍子の一撃でもあるので、威力を減殺することも出来ないだろう。
「きゃっ!」
 大して吹っ飛んだ訳でもないが、この一撃は飽くまで仕切り直しの一撃。そしてそれが決まった今、ここに宣言しよう。
「お前の攻撃は、今後一切私の体には届かない」
 その言葉に偽りは無かった。空中で体勢を整えると同時に、魔術で生成した木を足場にこちらに突っ込んできたが、まるでそよ風に舞う木の葉を避けるが如く、アルドは緩やかにそれを往なした。方向は逸らさない。逸らしたのは飽くまで、威力の方向。勢い余ったエルアは背後の草原まで勝手に吹き飛んでいく。ゆっくり振り返ると、何が起こったか分からない顔を浮かべながら、こちらに神速の刺突を放とうと身構えるエルアの姿があった。
 だが焦らない。そもそも先程まで防戦一方になっていたのは、攻撃を馬鹿正直に受けた事で勢いの緩衝材にされて、連撃を放つことを許していたからだ。そしてそれは自分も同じ事。だから連撃と連撃がぶつかり合って、決定打が生まれなかった。
 攻撃とは流れる水である。だから逆らってはいけない。防御は水の流れる川が如く、その攻撃を受け入れなければいけない。
 そもそも。こちらが反撃に転ずる必要は、全く無いのだ。何せこちらは真剣、あちらは棒切れ。その優位性があったから防戦も成り立ったとはいえ、一度でもこちらの攻撃が通ってしまえば彼女は死ぬ。殺す事に今更抵抗は無いが、この勝負は相手を殺さなくても終わるだろう。先程までのアルドは、非常に短絡的だった。容赦をしないだとか、加減をしないだとか、阿呆らしい。
 手加減をしない事と殺す事は全く別の事である。手加減をしなくても相手を殺さない事は十分に可能。容赦をしなくてもこの戦いを終わらせる事は十分に可能だ。
 アルドの宣言通り、エルアの攻撃は―――過去のアルドの斬撃は、一度もこの身に届かなかった。
 どんな重い攻撃も、どんな軽い攻撃も、どんな早い攻撃も、どんな遅い攻撃も。回避不可能の斬撃であろうと、威力増加を目的とした重ね斬撃だろうと、防御不可能の特殊斬撃であろうと。何も届かない、届かせない。
 どんな武器にも対処法はある。どんな攻撃にも対処法はある。少なくとも使い手が人間である以上、それは絶対に存在する。
「これで、稽古は終わりだ」
 エルアが放った神速の刺突。死剣など使う必要はない。何も所持していないもう片方の手で威力を逸らし、その勢いを利用して裏拳を叩き込めば終了だ。脳を揺さぶられて意識を奪われたエルアはその場に崩れ落ちた。
 アルドは先程とは逆の手順で空を切り、納刀。大きなため息を吐いた。
「私は『勝利』を冠りし者。そして私は『勝利』の後継を作る気は無い。こんな呪われた称号は私とクリヌスが持つだけで十分だ。故に……負ける訳には行かないんだよ、特に、昔の私にはな」







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