ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

歪んだ日常

 そう時間を消費したわけでもないまま村に辿り着いたが、意識を失う事も、奪われることもなかった。ゼノンの言っていた事と若干食い違っているような気もするが、そういえばゼノンも例外メンバーだった。道理で効果を受けない訳だ。
―――どうも何か引っかかるが、今は置いておこう。
「……やはりあいつ等は居ないか」
「村の造形もおかしくなってるねー……」
 この村は広場を中心として広がるように家が建てられていたのだが、現在は全くの無秩序。広場が狭くなるとか、道が通れなくなるとか、そんな事は知った事ではないとでも言っているようだった。とかく周りの家に秩序なんて求めるだけ無駄で、眼前にある一軒の家を除けば、全ての家が捨てられたように散っていた。ここまで来ると当然の事になってくるが、人影は見当たらない。
「……ねえ」
「何だ?」
「もしかしなくても、エルアの家に入るしかない……?」
 目に付いた家の中を適当に覗いてみるが、やはり人影は見当たらない。それ処か生物の気配も感じ取れない。『皇』と旅をしていた頃に、似たような事になっている土地を訪れた事があるが、あそこの家は皆泣いていた。かつて自分達を愛してくれた人々に見放されて、ずっと泣いていた。
 だがこの家は泣いていない―――生きていないのだ。人が住んでいたという過去が無いからだろう。見てくれはそっくりだが、歩んできた歴史が全てを物語っている。
「そう、だな。このまま周辺を探索しても収穫は得られないと思う。しかし待ってくれ。こんな状況だ、アイツにどんな顔して会いに行けばいいか―――うおッ!」
 そんな言い訳が受理されるはずがなかった。アルドとゼノンには誤魔化しようのない明らかな体格差があるが、彼女はそんな事などお構いなしとばかりに手を引いてエルアの家へと歩き出す。
「そんな事考えなくていいでしょーッ。エルアはいつものアルドと会いたいんだから、いつも通りに接すればいいんだって!」
「アイツは寂しがってたんだろう? いつも通りに会いに行ったらそれこそ反省してないみたいじゃないか」
「信じなって! エルアはそんな子じゃないでしょッ?」
―――妥協を許さない性格は、絵本の棒読みは許されず、作り笑いも許されず、飲み物の配合は比率を完璧に……考えるだけでもこっちは面倒だが、それにしても気になるのが、病弱なのにあの性格は何処から生まれてきたのかという事。どう考えても病弱な人間が獲得できるような性格ではないと思ったり思わなかったり。
「いや、やっぱり駄目だ! そんな会い方したらアイツからすれば謝罪を面倒くさがったように見える! やっぱり少し待―――」
「お黙りなさい! 誰かに会いに行くときにいちいち計画してたら身が持たないよ!」
 ゼノンが家の扉に手を掛けて、勢いよく開いた。
「エルア! 今日はすっごい人が来てくれたよ!」
 登場のお膳立てをしてくれた、とでも言ってやった方が良いのだろうか。生憎してほしい訳ではなかったし、こんな事をされたら逃げるに逃げられない。
「―――私に会いたがっていると聞いてな。元気にしてたか、エル」
 しかし逃げ道が塞がれた以上、進むしかない。それは今も昔もどんな状況でも、変わらない。
 可能な限り気持ちを平常に近づけて、アルドは家へと足を踏み入れた。












「…………………ア、アルド?」
 もう会えないと思っていた。
「ああ。その、何だ。お前の事をすっかり忘れていた。謝っても許されないのは分かってるが……っておい! どうした?」
 視界がぼやけてくる。声は何かが詰まってしまったかのように上手く出なくなり、胸の中心がぎゅっと締め付けられる。
「アルド…………アルドなの? 本物……悪魔さんじゃない?」 
「悪魔ではないな」
「本当?」
「本当だ」
「嘘?」
「嘘じゃない」
 示される証拠はない。悪魔ならば姿形の変化など朝飯前。自分の喜んだ顔を見たくてやったと言われた方が断然納得できるからだ。
 しかし、確信した。自分に対してどう接すればいいか悩んでいるような視線の泳ぎ方。誰かを従えるようなガラではないのに無理やりに使われる『私』という一人称。間違いない。間違いようがない。
「う…………うわあああああああああああん! ひゅううううううううええええええええええん!」
「え、ちょっと待て待て待て! 何故に泣く? 迷惑だったのかッ?」
「違うぇの……あぢゅどにばえたのが……うれじくて……」
 大粒の涙が止まらない。顔と一緒に言葉も崩れて、最早言語として機能していない。アルドがこちらに駆け寄ってきて涙を拭いてくれるが、それでも滂沱の涙はエルアの表情を濡らしていく。
「―――取りあえず泣き止め。嬉しいのは分かったが……ああはいはい。そうかそうか嬉しいか。そこまで喜んでくれると俺も嬉しいよ」
 泣き続けるエルアを、アルドは優しく抱きしめた。
「う……ううぅぅううぅうううううう」
 それから五分以上もエルアは泣き続けたが、アルドはもう「泣き止め」とは言わずに、泣き止むまでずっと、彼女の背中を擦り続けた。


―――悪魔さん……有難う。










 幼いころの恋。それは忘れられない思い出の一つでもある。しかし恋をそんな風に位置づけられる時、自分はきっと大人になっているのだろう。
 子供は子供に恋をする。大人は大人に恋をする。それは世界の常識であり、人間の常識であり、当たり前な事だ。では―――子供が大人に恋をするのは駄目なのか? 大人が子供に恋をするのは駄目なのか?
 これが恋だという確固たる証拠はない。単純に一緒に居たいだけかもしれない。一緒に遊んで、一緒に寝て、一緒に生きていたいだけかもしれない。
―――本当に?
 彼が笑いかけてくれれば、彼が頭を撫でてくれれば、彼が生きてさえ居てくれればいいのかもしれない。
―――抑えるなよ。お前の望みは何だ? 本当にそれでいいのか? 
 恋とは他人を思いやる気持ち。あの人はかつてそう言った。しかしこの胸にある気持ちは自分の事ばかり。決して恋とは言えるモノではない。
―――時は絶え間なく流れる。いつか笑う事も、撫でてくれることも、生きる事さえも、アイツはやめてしまうかもしれない。お前はそれを許していいのか? 己を殺してまで、そんな事を容認していいのか。


 ああ、いっその事。時の止まった世界で永遠に―――



















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