ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

反転世界

 余所見などしていなかった。自分はアルドの従者として、彼と彼の友人であるゼノンの心理状態まで数秒の見逃しもしていなかった。だがそれは突然、あまりにも突然。二人の姿が消えてしまったのだ。一秒、半秒……或いはそれ以下。認識の合間に起こったと言われても不思議が無いくらい、一瞬の出来事だった。
「ん……あれ、師匠は?」
 レンリーの相手をしていて気が逸れていたようで、ツェートは全く気付いていなかった。只くっついてるだけのレンリーは居ようが居まいが割とどうでもいいらしい。相変わらずツェートに絡もうとしている。今はツェートの気がこちらに向いているので、相手にされていないが。
 アルドの身に何かあるとは思えないし、何かあった所で対処してしまうのがアルドなのだが、それでも従者として主の身は心配してしまうもの。『極限思考』を発動し、オールワークは現在の状況を整理する。
 村に一定距離近づくまでは問題なく二人は存在していたので、一定距離には特殊能力が働いていると考えて良いだろう。魔力濃度やら奪取やらはその能力の余波。そしてアルドが消えたのが数十秒前なので、逆算するとこの地点から約三十七歩前の地点が能力の限界範囲。余波が生まれている時点で範囲はまだまだ拡大しそうだが、それは置いておこう。
 ゼノンは村に数百メートル近づくだけで意識を奪われる、とも言っていた。自分自身が例外に入っているので大丈夫とも言っていた。そしてその『貂』の少女がアルドに会いたがっているとも言っていた……
 見えた。
「どうやら離れてしまったようですね。そして恐らく、この事件が解決しない限り私達が解放されることはないでしょう」
 割と本気でレンリーを無視し始めているツェートが、多少真面目に尋ねてくる。
「え、それってつまり……もうヴァジュラさんやユーヴァンさんに会えないって事か?」
「理解が早くて助かります。そして気づいているかは定かではありませんが、解放されないのは私達だけ。アルド様やゼノン様は問題なく元の場所に戻る事が出来ます。まあ、実際はそんな簡単な話ではないでしょうが、お二人は例外に入っている。ここは所謂結界ですからね。お二人は結界の外に居て、例外でない私達は結界の中に居る。結界の中から外に出るのは難しい事でしょうが、中に入ったモノを弾き出すのは簡単ですからね。急にお二人が消失したのは、そういう事でしょう」
「え? 先生達が孤立したんじゃなくて、孤立したのは俺達? ……どういう事だよ」
「勘違いしていたんですよ。景色も変わっていないから私達は移動していない様に思えますが、違います。私達は確かに結界の中へと入ってしまった。村に行けば私の言っている事も理解できるとは思いますが―――」
「そうか、それじゃ行こうぜ! 難しい話はよくわかんねえ!」
 人の話を最後まで聞こうとすらしない姿勢は感心出来ない。ツェートは足早にレンリーを引き連れて村の方へと向かってしまった。言いかけた言葉の方が重要だったりするのだが、最早手遅れ。自分には後を追うという選択肢しか残されていない。
……仕方ありませんね。
 オールワークは小走りで彼の後を追う。村に行った所でアルドとは出会えないし、自分の考えが正しければ、最悪終わらない持久戦を強いられる事になるのだが―――彼一人にそれを背負わせるのは酷というモノだろう。年長者としては半分でも、その負担を背負ってやらなければ。




―――俺は飽くまで妥協してやっただけだ、改心したつもりなど少しも無い。
 力を削がれたのは痛いが、それならそれでやり方がある。俺の宿主はどうやら、叶う筈もない恋……失礼。あれを恋というのは少し失礼だ。あれはもう依存の域、病気だ。かつては奴にも時間があったから顔を見せることは無かったが、奴が外の世界に目を向けてしまった結果、遂に顔を出してしまったといった所か。
 面白い。実に面白いぞ。
 例外が安全と同義であると誰が決めた? 例内も大概だが、例外はそれ以上に危険だ。例えるならば、綱渡り。下に爆弾を敷き詰めた場所に一本の縄を引いて、その上を歩くようなモノ。奴の性格を考えれば、まず間違いなく拒絶する。宿主の想いには応えないだろう―――だが。拒絶したらそれが最後だ。俺の力だけでは突破されてしまっただろうが、何せこれは他ならぬ宿主の願い。奴にはきっとどうしようもない。
 珍しいとされている悪魔オレとの共存。メリットだらけにも思えるかもしれないが、ただ一つ確実に言える大きなデメリットがある。
「―――さてさて、答えが出るまで、俺は退屈しのぎでもしてようか」
 こっちに全速力で向かってくるガキ、少しは出来そうだからな。答え合わせまでの暇つぶしには丁度いい。




「あの馬鹿、何をやっているんだか」
 こっちは非常に退屈だ。あっちのチームの方が面白そうで刺激がありそうだが、自分の介入は許されない。
 あらゆる法則の外に位置し、『死』に拒絶されている剣の執行者の介入は許されない。今までは何だかんだそれすらも無視して手を貸した訳だが、今度ばかりはアルドの問題。内部に渦巻いていた感情、危険に目を向けなかったアルドの責任だ。手を貸す事は許されないが、今回はそもそもその気すらない。
「……まあ、お手並み拝見だ、死剣と王剣の担い手よ。恋は残酷な現実の前に折れるのが通常だが、今度ばかりはその現実も塗り替わる。さて、無垢なる愛を相手にお前はどう立ち向かう?」
 執行者は姿の見えないアルドを試すように心で問うた後、現実へと視線を戻した。
「ほら、お前達。何手を緩めているんだ? 素振り千回だと言った筈だが―――」
「……俺達に指図すんじゃねえよ、クソガアアアアアアアア!」
 突如として魔人の一人が木剣を頭の上で構えて大上段でこちらに切り込んできたが、隙だらけだ。ここまで隙があるとただ突っ立っている事と何ら変わりがないのだが、これで攻撃だと言えるのだから(少なくとも素人共の間では)、全くお笑いだ。
 執行者は振り下ろされた木剣を押して跳ね返し、魔人の額を逆に割る。加減は完璧だったが、木剣は意図も容易く折れてしまった。
「があああああああ!」
 額を押さえて地面を転がりまくる魔人を一瞥し、執行者はつまらなそうに首を回した。
「サボってるからだな。隙だらけだし技も粗い。そんな練度じゃ十万人居ても我には傷一つ与えられんよ」
 魔人達がこんな風に敵意を剥き出しにしてくる気持ちも分からなくはない。人間とは本来犬猿の仲なのだから。
 アルドは全てを捧げた事でようやく信用を得たから例外として、自分のような上から目線で話すような奴は、典型的な人間を見ているみたいで嫌悪感を催すのだろう―――いや。
 そもそも執行者という存在を理解できている奴が少数しか居ない現状、執行者とはいえ元人間である自分は魔人からすれば人間にしか見えない。典型的な人間を見ているみたいというより、そのものに見えていると言い換えたほうが語弊が無いだろう。
「まあ、それでも稽古をサボって我を殺そうというのなら構わないがな。勘違いしないでほしいが、我はアルドの協力者に過ぎない。決して軍門に下っている訳ではない」
 一旦言葉を切って様子を見るが、意味を理解できていない魔人達は、相変わらず敵意を宿した瞳でこちらを見据えていた。自分が額を割った、魔人を支えながら。
「……言っている意味が分からなかったか? ならもっと分かりやすく言ってやろう。我は善意で稽古を見ている。お前等全員素質が無いからな。だが、飽くまで善意だ。その気になればいつでもお前達を見限る事が……殺す事が出来るという事を忘れるなよ」
「そ、そんな言葉に俺達が屈するか! 大体あのアルドとかいう野郎も俺は大っ嫌いだ。只美人侍らせてでかい顔してるだけじゃないか、あんな奴の何処が地上最強だよ!」
「……言ってる事は尤もだが、アイツは過去に辛い目に遭っている。お前達が想像もつかないくらいのな。だからまあ許してやれよ。今くらいはさ」
 アルドが受けた被害の全てはクリヌスも知らない。知っているのは世界の外に位置する自分と、チロチンくらいのモノだろう。こんな才能もない癖に最低限の努力もしないで文句ばかり言ってるような奴が知っている道理などある訳がない。知る権利すらない。
―――こっちはこっちで大変だな。
 アルドが居ない以上、部下の面倒はこちらの仕事。今までスケールの大きな事をし過ぎて今回は逆にやりづらいが、一度ここは初心に戻って、真摯に彼らと向き合ってみよう。アルドに対する不満、人間に対する恨みに答えを提示してやれば、もしかしたら……














 …………無いな。ありえん。






































 

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